66話 知識を持つもの
ゼロと真助は黒いスーツの男に案内される形で屋敷の中へと入れられ、そして2人が目的の1つとしている人物がいるとされる部屋の前へと案内される。
「ここにいるのか?」
「はい、こちらにいます。お帰りの際はまたお呼びください」
スーツの男は一礼すると席を外すように去っていき、男の姿が見えなくなるとゼロは首を鳴らすなりノックもせずに豪快に部屋の扉を開けて中に入る。
真助も続くように中に入り、2人が中に入ると部屋の中にいた人物は落ち着いた様子で2人に視線を向ける。
「……来たか」
「その言い方、オレたちがここに来るのを察知してやがったな?」
「数時間前の戦闘については報告が来ていたからな。そして何かあるなら自由の効くオマエと未だに学生として学校に通えていない鬼月真助がここに来るのは容易に想像できた」
「相変わらずの余裕だな。その余裕がヒロムに潰されるのが楽しみだぜ……一条カズキ」
言ってろ、と部屋の奥にある大きな椅子に腰掛ける青年・一条カズキはゼロに冷たく返すと彼に質問した。
「ここに来たのはペインについてだろ。ヤツの何が知りたい?」
「聞きたいことは山ほどある。だがまずは……別の世界の姫神ヒロムという人間がこの世界に存在する理由についてだ。オレら2人が知識を合わせても答えが出なくてな」
「なるほど……それを聞きに来たか」
「その言い方、まるで聞くと分かってたような物言いだな」
「それは我らが当主も気にしていた事だからだ」
カズキの言葉にゼロが不思議そうな顔をしていると2人の後ろから1人の青年が入ってくる。紫がかった白髪に色白の肌、白衣を着た科学者のようなその青年は毒物などないはずなのにガスマスクをしていた。
その青年が入ってくるとゼロは顔見知りのような反応をすると青年に話しかける。
「ファウスト。そのガスマスク、相変わらず取らねぇんだな」
「オレがガスマスクをする理由は話したはずだがな。それより、知りたくないのか?」
ガスマスクをした白衣の青年・ファウストはゼロの言葉を簡単にあしらうとカズキの方へと歩いていき、カズキの隣へと歩み寄るとファウストはゼロと真助にペインについて話していく。
「我らが当主には先程話したが、本来同一個体となる同じ人間は1つの世界には存在することは不可能だ」
「ドッペルゲンガーとやらか?」
「そんな霊的現象で話を済ませるな。ことはもっと厄介なんだからな。精神的不安定から来るであろう自分そっくりな人間を目撃するのと今回のペインの件は異なる。今言ったように本来同一個体となる同じ人間は1つの世界には存在することは出来ない、その理由を簡単に言うならば可能性がぶつかり合うからだ」
「可能性がぶつかり合う?」
「姫神ヒロムという人間はこの世界で多くの未来の分岐を経て進行していく。それは姫神ヒロムがこの世界に1人しかおらずどれか1つの道しか進まないからだ。だが姫神ヒロムという人間が2人いたとして仮に同じ道を辿るとすれば姫神ヒロムという人間2人がその道でぶつかり合ってしまう。そこで互いが互いの存在を主張しようとして計り知れぬエネルギーを生み出して世界を崩壊させるからだ。ゼロの言うドッペルゲンガーで言うなら互いに共存できないが故に片方が生き残ろうとしてぶつかり合うことによって世界を崩壊させるエネルギーが生じるという話だな」
「確かなのか?」
「いや、これは仮説でしかない。何せ世界が壊れるかもしれないほどのエネルギーなんて立証すらできない未知の領域の話だからな」
「だとしたら何故ヒロムとペインは生きている?いや、そもそも今の話通りなら世界は……」
「ゼロ、ペインはこの世界以外にも多くの世界を行き来していたんじゃないのか?」
ファウストの質問、その言葉を受けたゼロは思い返してしまう。ペインの言動、ペインのヒロムへの憎悪に近い感情、それが単にヒロムという人間だったという点を除けばこの世界に来るまでに他の世界でヒロムを殺してきたことを連想させられると。
「……多分だがその可能性はある。それが関係あるのか?」
「姫神ヒロムという人間だったペインは己の世界を壊した後、多くの別世界の自分を殺してその世界を滅ぼした……とすれば立証できる。姫神ヒロムがペインに負ける、それはつまりこの世界を崩壊させるエネルギーがイコールペインという存在だという証明だ」
「ヤツが……ヤツそのものが世界を崩壊させるエネルギー源ってか」
「ゼロ、さっきから話が複雑すぎて理解が追いつかねぇんだが……」
ファウストの話を聞いてゼロがその内容を理解する一方で真助は話の内容が理解出来ずにいた。そんな真助にカズキは彼なりの分かりやすい説明で言い直した。
「要するに姫神ヒロムが負ければ無条件で世界の崩壊が確定するということだ。オマエは己の力を出し惜しみせず戦えばいい」
「おっ、そういうことなら分かりやすくていいな」
「……真助、バカにされてるぞそれ」
「それと姫神ヒロムとペインが同一世界にいながら互いに存在できているかについてだが……ゼロ、ペインは精霊を連れていたか?」
「いや、それはないと思う。オレや真助が見たかぎりでは精霊の使役はしていなったし、オレが存在することがイレギュラーのような言い方をしていた」
「なるほど……ならば我らが当主の仮説通りだな」
「?」
「……姫神ヒロムは精霊使いだ。同時に姫神ヒロムは魂そのものが人と精霊が交わった状態に近い存在だ。姫神ヒロムという人間だったペインがどういう経緯かは分からないがその精霊との関係性が無くなったとしたら姫神ヒロムとしての人間の本質は失われて別の個体として世界は認識出来るようになるはずだ。そしてゼロ、オマエは姫神ヒロムの心の闇に宿りし存在。そのオマエが存在していることで姫神ヒロムという人間そのものを他の世界の同一個体とは画するものへと変革させているのかもしれない」
「つまり……」
「ペインという人間がこれまで他の世界で世界そのものを破壊してきた中でこの世界にいる姫神ヒロムという人間は他と異なる故に阻止できる可能性があるという話だ」
「……やべぇ、頭が追いつかねぇ」
ファウストの説明、それを受けて真助は余計に頭が混乱してしまう。いや、実際のところゼロも全てを把握出来てはいない。あまりにも難しい内容にゼロも何となくで理解するしか無かった。これ以上聞いても2人とも混乱する、そう思ったゼロは話を変えようとした。
「ファウスト、質問を変える。何故ヒロムとペインの精神が繋がりヒロムはペインの記憶を見たのか……それについては分かるか?」
「精神が繋がり記憶を見ただと?」
「ゼロ、それは本当か?」
ゼロの問いにファウストは想定しなかったような反応を見せ、カズキも思わずゼロに確認してしまう。2人が揃いも揃って確認してくることに何かしらおかしな点を感じたゼロは何かあるとして改めて言い直した。
「ヒロムがそう話したからオレは詳しく知らないが、傍から見ればヒロムとペインはほぼ同じタイミングで苦しんで頭を押え、その際にヒロムはペインが見たとされるユリナが死ぬ瞬間とペインという人間が生まれる瞬間をヴィジョンとして垣間見たらしい」
「……カズキ、まさかだよな?」
「まさかなどでないぞファウスト。これはサインだ」
「サインだと?」
「よく聞けゼロ。オマエは姫神ヒロムの心の闇に宿り存在を確立させている。それゆえにオマエは姫神ヒロムの感覚や記憶などを間接的に感知出来るようになっている。そのオマエが感知出来ずに姫神ヒロムがペインの記憶を見たというのなら……ペインにとって姫神ヒロムを利用出来るということだ」
「利用だと?」
「記憶を共有するということはペインが姫神ヒロムを同じ道に導きやすくなる、ということだ。つまり、次にペインに会う時のヤツの動き次第では姫神ヒロムが悪に染まる危険があるということだ」
「ヒロムが……《世界王府》の手に堕ちると言うのか?」
「そうだ。これは……想定していない最悪のパターンだ。姫神ヒロムが敵の手に渡ればこの国に及ぶダメージは大きい。ましてアイツのあの強さがある以上、敵対した場合に止められる能力者は限られている」
「なら……どうすればいい?」
「姫神ヒロムを強くさせるのは確定事項だが同じように必要なことがある。ゼロ……オマエ自身も強くなる必要がある」
「どうやってだ?」
「今から2つの道を用意する。オマエがどの道を行くかで変わるが……やるか?」




