65話 憧れへの1歩
ナギトの言葉、それは自身がヒロムに憧れを抱いたというものだった。想定もしていなかったナギトの言葉にヒロムは驚きを隠せぬ中で何とか立とうとし、ヒロムが立とうとするとナギトは彼に己の思いを伝えた。
「オレはアンタの戦う姿に憧れた。何かに囚われることなく己の心に従って戦うその姿を目にしたからオレはスクールを抜けてここに来る決意が出来たんだ」
「……それが……強さを知りたかった理由、なのか……?」
「そうだよ。上を目指すだけの退屈しかないスクールの日常に飽き飽きしていたオレに変わる意味とチャンスをくれたのは他でもないアンタだ。だからオレは少しでも憧れたアンタのようになって自分を変えようと思ったんだ」
「その憧れを抱いた男の哀れな姿を前にしてもまだその気持ちは変わらないか?」
ヒロムへの思いを、憧れを語ったナギトに対してソラは彼が憧れたヒロムの今の姿を目にしてもその気持ちが変わらないかを問い、ソラに問われたナギトは考えることも迷うこともなくすぐに答えた。
「変わるわけないじゃん。オレにきっかけを与えてくれた人だ。その人への憧れが簡単に消えるわけないだろ」
「少しも変わらないと?」
「変わらないよ。変わるとしてもこの先でその思いが強くなるくらいだよ」
「……この先……?」
立てよ、とソラの問いに答えたナギトは未だに倒れているヒロムを鼓舞するかのように彼に言った。
「アンタがペインってのに見せられたのが現実か幻かなんて関係ないだろ。過去の話なら姫野さんが生きてる今を全力で守ればいいんだ。未来の話だって言うなら……アンタがその手で未来を掴み取って姫野さんを守れ!!」
「未来を……掴み取る……」
「アンタならできるだろ。やってみせろよ……姫神ヒロム!!」
「……いちいち偉そうなことを……」
ナギトの言葉を受けたヒロムはゆっくりと体を起こし、そして負傷している体を立ち上がらせると深呼吸して拳を強く握る。
「……けど、オマエの言う通りだなナギト。まだ何も起きてないなら起きる前にオレがどうにかするしかない。確定していない未来を掴み取ってオレが思い描く未来を完成させる……それが最速で最善の道かもしれないからな」
「うん、それでいいよ。それこそ姫神ヒロムだ」
ナギトの言葉により再起したヒロム、そのヒロムの姿にナギトはどこか嬉しそうな反応を見せる。同時にソラは待ちくたびれたような顔でため息をつくと首を鳴らしてヒロムに言った。
「……ようやく元に戻りやがったかノロマが。
あと少し戻るのが遅かったら焼き殺してたぞ」
「わざわざヒール役を買って出てくれるとはな。
おかげで目が覚めたが……ちょっと調子乗りすぎだろ?」
「女1人の運命に精神が乱れたヤツがよく言う。痛めつけられるのが嫌なら最初からそうしてろって話なんだよ」
「そうかよ。なら……仕返しさせてもらうぞ!!」
ヒロムは白銀の稲妻を全身に強く纏うと走り出し、ヒロムが走り出すとソラはヒロムに接近して拳撃を放とうとする……が、ソラの放った拳撃をヒロムは白銀の稲妻を1点に集めることで防ぎ止めてしまう。
ソラの拳撃を止めたヒロムは拳に稲妻を纏わせてソラを殴ろうとするが、ソラはヒロムの拳撃を食らわぬように両腕を交差させる形で防御して止めた。
「この野郎……いきなり全快かよ!!」
「それが望みなんだろ?なら喜べよ!!」
ヒロムは拳に力を込めて拳撃を止めるソラの両腕の防御を押し返し、ソラの体勢が崩れると猛攻を叩き込んでいく。先程まで余裕を見せてあっさりと避けていたソラだったが、今のヒロムの動きが先程とは異なるからか躱すことは出来ずにただ防ぐことしか出来ずにいた。
が、そこで諦めるソラではない。ヒロムの猛攻を防ぎながらソラは両腕の《炎魔劫拳》に徐々に力を蓄積させていき、絶好の機会を伺っていた。だがそれをヒロムは見抜いていた。
「スキあらば叩き込もうってか?悪いがその前に終わらせてやるよ!!」
「気づくのが早いな……だが、決めさせてもらうぞ!!」
ヒロムが見抜いていたとしてもソラは怯まない。ヒロムの猛攻の一瞬に生まれるスキをつくように後ろへとステップを決めると両腕に蓄積させた力を紅い炎へと変換して燃焼させて燃え上がらせ、燃え上がる紅い炎を龍の頭のような形に変えながら拳を構えて一撃を放とうとする。
「バハムート・ファング……!!」
おそらくは近接戦闘による決め技、ソラのその技を前にしてヒロムは深呼吸をすると白銀の稲妻を何故か消してしまう。白銀の稲妻が消えようとお構い無しに接近するソラ。そのソラが迫る中、ヒロムは拳を構えると脚に力を入れる。
「僅かな希望でも……可能性が残っているのなら諦めなければいい。その簡単なことをオレは忘れていた。だけど、もう忘れない……必ず掴むんだ、この手で。不確定な未来を……オレだけの未来をこの手で!!」
「はぁぁぁあ!!」
「……一瞬に全てをかける!!」
ソラの一撃が迫る中ヒロムは右の拳に白銀の稲妻を強く纏わせるとソラを迎え撃つべく拳撃を放とうとする。
だが、明らかに遅かった。速度的な話ではない、タイミングという意味でだ。ソラの接近とソラの龍の頭の形となった紅い炎を纏う拳撃が放たれてからヒロムが放とうとした一撃、明らかにソラの攻撃より先に命中させるのは不可能と思えるほど遅かった。
それでも一撃を食らわせようとするヒロム。しかし……
「オラァ!!」
ヒロムの一撃よりも先にソラの一撃が命中する。命中したソラの一撃は炸裂して龍の頭の形となった紅い炎がヒロムに食らいつく。
「ヒロムくん!!」
「ヒロム!!」
「大将!!」
ヒロムが紅い炎に襲われると彼の身を心配してユリナ、ガイ、イクトが叫ぶ。が、その中でシオンは何故か落ち着き、そしてガイたちに向けて告げる。
「……未来が変わったぞ」
シオンがガイたちに一言告げたその時、紅い炎に襲われていたはずのヒロムはまるで何事も無かったかのようにソラの前で拳を構えて立っており、紅い炎もどこかへと消えていた。
「何……ッ!?」
(手応えはあった、そして炎がヒロムを襲うのも目にした。なのになんで……)
「うぉぉぉ!!」
何が起きたか分からないソラのことなど構うことなくヒロムは拳撃を放ち、ヒロムの放った稲妻を纏った一撃はソラに命中して彼を殴り飛ばす。殴り飛ばされたソラは飛ばされる中で受け身を取るよりもヒロムの身に起きたことについて考えていた。
「まさか……」
(思い出した……!!
この感じ……攻撃が命中したはずなのにそれを『無かったかのように』やり直しが起きる現象、あの時に見たのと同じ……)
ヒロムの身に起きたことについて何か心当たりがあるソラは倒れ、ソラが倒れるとヒロムは膝から崩れるように座り込む。2人が倒れるとイクトは指を鳴らして元の屋上の景色へと戻し、鋼鉄の檻に閉じ込められたユリナを解放するとヒロムのそばにゆっくりと着地させる。
そして、イクトはガイに何が起きたのかを尋ねた。
「……ガイ、今のって」
「あぁ、間違いない。あれは……あの時と同じだ」
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その頃……
ゼロは真助とともにある場所へ向かっていた。
その中でゼロは一瞬足を止めると嬉しそうに笑う。
「ゼロ、どうした?」
「いや……感じたんだよ。ヒロムが精神的に進化した。これで大丈夫だなと安心してしまったんだ。心の闇でしかないオレが安心するなど笑えないか?」
「どうかな。人間らしいといえば人間らしくて面白いけどな」
「ふっ、戯言を。
それよりもだ……オレとオマエが抱いた疑問について解決するのが先だ」
「まぁ、そのためにここに来たんだしな」
ゼロと真助は足を止めると視線の先にある建物を見た。
大きな屋敷、さぞ立派な金持ちが住んでいるであろうその屋敷を前にしてゼロは真助に改めてここに来た目的を話す。
「何故別世界のヒロムがペインとしてこの世界に現れたのか。何故ヒロムとペインの精神が一瞬とはいえ繋がったのか……その理由を知る必要がある」
「そしてそれを知るであろう人間がここにいる」
「ああ、ここに……《一条》の当主がいるここなら間違いなく答えがある」




