53話 動く思惑
どこかのビル
その屋上に黒いフードを深く被った謎の男・ペインはいた。
日が沈み暗がりが広がっていく中、ペインは街を見下ろすかのように屋上から下の景色を見ていた。ビルの屋上にいても聞こえてくる地上からの人々の声、車やバイクのエンジンの音、そしてそれらがあるが故に生まれる不快感のようなものを感じながら街を見下ろすかのように見ているペインのもとへビーストが現れる。
東雲アザナ、ノアルの兄としての名であり《世界王府》になるために捨てたであろう過去の名前を持ちし獣の名を持つ能力者。彼は現れるなりペインの隣に並び立って街を見下ろし、街を見ながら彼に言った。
「ペイン、オマエは人間は愚かだと思わないか?
文明の発展のために母なる大地を穢し、より先の高みを目指そうとして他者を苦しめ快楽を得てうえに達しようとする。あまりに愚かで浅はかだと思わないか?」
「……オマエも元は人だ。魔を宿せし人間として茨の道を進み始めただけであって本質は昔も今も変わらない。オマエも人の皮を被った愚かな獣になろうとする人でしかない」
「ふっ、言ってくれるな。《魔人》も人と変わらないと言うなら痛みを名に冠しているオマエは何だと言うんだ?」
「……絶望を知り絶望の中で苦痛を得たからこそ呪いのように生きている愚か者でしかない。人であろうとしてもオレは愚者でしかない」
「愚者か。面白いことを言うな。その愚者様は今見下ろしているこの世界を壊したいのか?」
「破壊には必ず再生と創造が付き物だ。その付き物があるかぎり我々《世界王府》の悲願は達成されない」
「ならどうする?」
《世界王府》の悲願を達成するために何をするのか、ペインの考えを聞き出そうとするビーストが彼に問うと問われたペインは迷うことなく答えた。
「まずは絶望させる。今この世界に必要なのは希望があるのが当たり前だという悪しき考えを持って持って生きている事だ。何科をするにしても何が起きたとしても愚かなヤツらは希望に縋り希望に全てを負担させようとする。その連鎖がこの世界の醜さとなり、我々《世界王府》に裁きを下させようとしている。ならばやることは1つだ。この世界の希望を根絶やしにする」
「希望を根絶やしにするとは面白い。さすがはあのヴィランが認めて連れてきたNo.3、発想が天才のそれだな」
「……オレはあくまで絶望の先にある痛みのために戦うだけだ」
「オマエの考えはよくわかった。オマエが毛嫌いする希望を根絶やしにするためにまず何をする?」
「まずは希望の大元を叩く。その上で理解させるんだ……希望というものが如何に脆く頼りないかをな……」
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屋敷・地下
トレーニングルーム
汗だくになったナギトが息を切らして倒れており、倒れるナギトの近くでヒロムは呑気に椅子に座って彼のことを見ていた。
「もう……動けない……」
「おいおい、まだ2戦目終わったところだぞ。
こんなんで弱音吐くなんて情けねぇな」
「情けねぇな……って言うけど、1戦目は格闘技使う精霊2人とノンストップで1時間戦闘、2戦目に関しては太刀と双剣使う2人の猛攻を1時間耐えながら反撃しなきゃならないってめちゃくちゃな内容だったのに……これで疲れないとか普通はおかしいって」
「オレは全戦ノンストップでやれるけどな」
「……ごめん、アンタが発案者だったね……」
「手っ取り早く3戦目行きたいけどそんな状態じゃ無理だな。15分休憩時間やるから休んどけ」
椅子に座っていたヒロムはナギトに休憩時間を与えると言うと立ち上がってどこかに向かっていくが、ヒロムがどこに行くかをナギトはあえて問わずに呼吸を整えようとする。
「……ハードすぎ。体がもたない……」
「さすがにバテるだろ」
課したヒロム本人が出来て当たり前のように言ってしまうレベルのトレーニングを受けて疲れ倒れるナギトが思わず弱音を吐露するとソラが歩み寄ってきて彼に水の入ったペットボトルを手渡す。ソラからペットボトルを受け取るとナギトは起き上がって座ると水を飲み、ナギトが勢いよく水を飲む中でソラは彼に励ましの言葉を送った。
「今のオマエの実力で2戦目まで挫けることなく乗り越えれただけですげぇよ。並大抵の能力者なら1戦目で音を上げるだろうからな」
「……ありがと。でも、アンタが同じように受けたら余裕なんだろ?」
「それを否定するつもりはないが、逆に肯定するつもりもない。何せヒロムのこの第2段階のトレーニングの組み合わせはランダム性が高いから相性の有無でオレがどうなるかは大きく変わる」
「相性?ランダムに選出してるのにそこって重要になるの?」
「あぁ、かなり重要だ。知ってると思うがヒロムの宿す精霊の数は14人、一見この数字だけを聞くとランダムに選ぶなら相性も何も無いと思うかもしれないがヒロムの精霊14人のそれぞれの強さは並大抵の能力者を凌ぐほど……下手をすればオレたちに匹敵しかねない強さを持っている」
「じゃあ、仮に相性の悪い2人で組まれたとしても……」
「そこだけを見るなら実力でカバーされて終わりだ。何より厄介なのは今回のヒロムの選出だ。あの野郎、ランダムにとか言いながら2戦連続でベストな組み合わせで精霊出しやがったからな」
「どういうこと……?」
2戦連続でベストな組み合わせ、ランダムに選出するとヒロムは言っていたのにソラはまるで仕組まれてるかのような言い方をする。何故なのか?ソラはヒロムがナギトのこの特訓に対して不正を働いているような言い方をする。にわかには信じられない、ナギトがそう思っているとソラは彼に分かりやすく話していく。
「1戦目の組み合わせは《天獣》マリアと《天爪》フラム。この2人は14人の中でも格闘術を得意とした精霊でありマリアは力を倍加させる能力、フラムは相手の力を弱体化させる能力を持つ」
「え……それって向こうに有利な組み合わせじゃ?」
「そうだ。しかもこの2人は誰と組もうが個人の能力だけで他者を活かすだけの素質があるから余計に厄介だ。それと2戦目、《天騎》ユリアと《天鬼》セツナだ。この2人は能力という点で相性がいいわけではないが、単体の戦闘力という面ではどちらもヒロムの精霊の中で上位に入るほどの力を持っている」
「脳筋コンビってこと?」
「端的に言えばな。テンキなんて同じ読みしておいてその実は王を守る光の矛と仇なすものを消す闇の太刀っていうとんでもないコンビだ。パワー、スピード、テクニック……どの要素を取ってもユリアとセツナという組み合わせは厄介さで群を抜いてる。その2人を相手に1時間の耐久をやり遂げたのは大きいことだ」
「さすがのソラも難しいの?」
「多分あのテンキコンビを相手に1時間耐えながら反撃出来るのはガイと真助、それとヒロムくらいだな。オレは多分ギリギリくらいだ」
そっか、とソラの話を聞いたナギトはトレーニングの過酷さを噛み締め、ナギトが何かを思っているとソラは彼に伝えた。
「自信を持てよナギト。オマエは強い。常人なら間違いなく1戦目でくたばってもおかしくないこの過酷なトレーニングを体力がギリギリになりながらも食らいついてクリアしてるんだ。その精神力と根性は賞賛すべきものだ」
「……でも強くなるためにはまだ足りない」
「そりゃな。今のオマエが《世界王府》のヤツらとまともに戦えるわけじゃねぇし、かといって簡単にそこまでの強さを得れるわけでもない。だからその辺は忘れてトレーニングに専念しろ」
「……だね」
ナギトの精神面を評価する一方でまだ強さにおいては足りないとソラが伝えるとナギトはやる気になったのか立ち上がると次に向けて準備運動を始め、そんなナギトを見ながらソラは考えに浸る。
「似てんだよな……」
(アイツの動き、ヒロムはあえて何も言おうとしないからオレもスルーしてるけど……アイツの動きはどことなく似てる。模倣してるとかいうのではなく独自のアレンジが加わえられた動き。昔からあの動きを見てるからこそアイツの動きがアレにアレンジを追加されたものと気づけた)
「……ナギト、オマエの動きは何故ヒロムの動きに似てる?
オマエはどうやってそれに行き着いた……?」




