52話 弱み
姫神ヒロムが所有する屋敷には地下がある。その地下階層はヒロムはもちろんガイたちが修練を行うための場所としてのトレーニングルームとなっており、修練を行うための万全な設備と環境が設けられている。
ペインというヒロムにそっくりだと思われる《世界王府》の能力者のことをガイたちに任せてヒロムはこのトレーニングルームにナギトを連れて来ており、面倒事から逃げるように来たと思われるソラがトレーニングルームの隅の方から様子を見ていた。
その中でヒロムはナギトの戦い方、現状の強さについて話していく。
「ナギト、オマエの実力についてはさっきのサンドバック野郎とこの前のビーストと発展型のクリーチャーとの戦闘、最初に会った日のガイとの戦いでそれなりにだが把握出来た。さっきのサンドバック野郎との戦いを見る限りだとオマエはイメージ力を高めるトレーニングの成果が出てるようだったからひとまずはクリアだ」
「サンドバック野郎って……せめてボクシング部部長とかにしてあげなよ」
「細かいことは気にするな。それよりもだ……オマエは高い俊敏性を活かした機動力、咄嗟のことに反応して即座に対応するだけの反応力があることはよく分かったがその中でオマエの弱点が浮き彫りになってるんだ」
「オレの弱点?」
「オマエも薄々気づいてるんだろ。ナギト……オマエは決め手に欠けてる。つまり、パワーという面においてオマエは不足しているせいで能力を最大限に引き出す術を失っているんだ」
「パワーか……」
ナギトの弱点、それはパワーだとヒロムは告げるが、告げられたナギトは驚く様子はなくどちらかと言えばそれを指摘されるのでは無いかと理解しているような反応を見せたのだ。
ナギトの反応を見たヒロムは多くを語らずともナギトは理解してると判断し、その上でナギトに伝えた。
「自覚があるなら必要以上に言うつもりは無いが《フラグメントスクール》で通用したものはその辺の雑魚には通用しても《天獄》の1人としてこれから戦う相手には通用しないのが現状のオマエの力だ。そして、サンドバッグ野郎に放ったあの一撃がオマエの今放てる大技だろ?」
「うん。オレなりに考えた技だよ。
敵をスピードで翻弄した後に中距離から命中させる技……もともとサッカーしてたからその時のキック力を活かす形で生みだしたんだ」
「サッカーね……まぁ、敵をスピードで翻弄した後に食らわせるってコンセプトは悪かねぇけどそこまで応え出しておいてスピードを殺すやり方になるってのが惜しいよな」
ナギトにはナギトなりの考えがある、それを理解しながらもヒロムは彼の技が惜しいと言うと指を鳴らし、ヒロムが指を鳴らすとヒロムとナギトから遠く離れた位置に人形のようなものが現れる。
人形のようなものが現れるとヒロムはそれに向けて1歩踏み出すと右足で空を蹴り、ヒロムが蹴りを放つと強い衝撃が放たれて人形のようなものが破壊される。
ほんの一瞬、瞬間の出来事にナギトは目を奪われるとヒロムの顔を見る。これくらいは余裕、そんな顔をしていた。
「……今のって本気?」
「あ?軽めに蹴っただけだ。
まぁ、オレとオマエとじゃ基本スペックが違うから仕方ねぇよ。とはいえやっぱオマエにはオマエの武器、スピードって特性があるならそれを活かさなきゃならない」
「その上でパワーのある攻撃を会得するってことだね?」
「ああ。だがスピードを活かしながらパワーを高めるとなるとやっぱり何個かプラスの要素がほしい。スピードを最大限に活かすためにも今のオマエがプラス要素となる技術を身につけて……」
「なら《流動術》教えてやれよ」
ナギトの今後の方針について悩むヒロム、そのヒロムに向けてソラはある提案をした。それはソラが知るヒロムが持っているある技術についてだ。
「どうせ新しく覚えさせるなら《流動術》なんてどうだ?
そいつの第1ステップの成果はオレも見たし、ガイの剣術を避けるだけの反応速度ならオマエのオリジナルとまで行かなくとも改良版くらいなら覚えられんじゃねぇの?」
「……改良版、ね。
そう簡単に覚えられても困るんだけどな」
「《流動術》って覚えられるの?」
「知ってるなら手っ取り早いじゃねぇか。ならヒロムに……」
「ガイから聞いただけだから細かいところは知らない。けど、ガイから聞いた話だと無意識下であらゆるものに反応できるだけの集中状態を確立させた上で避けるということを思考せずに感覚的に反射して体を動かすだけのセンスが必要だって技なんだろ?《流動術》の考案者は天才のヒロム、その《流動術》を8割レベルで会得してるのがガイと真助だけだって話も聞いたし考案者のヒロムが幼少期からの実績がないと会得は不可能って豪語してるってのも聞いたよ」
「……余計なことを」
「してやられたなヒロム。ペインってのを押しつけた罰が早い段階で来るように用意されてたってわけだ」
「笑えねぇよソラ。
……まぁ、半年前まではガイが言ってたように簡単には会得できない技術って話だったが改良版を教えるくらいはいいかもな」
その代わり、とヒロムはソラの提案を飲む上で彼に条件をつけた。
「オマエが教えろ。改良版の糸口を見つけたオマエがナギトにコツを教えるならオレは《流動術》会得は止めない」
「まぁ、別に構わねぇよ。オレとしてもコイツが強くなったらなったで今後の活躍に期待できると思ってるからそれくらいは手伝ってやる」
「ならいい。そういうわけだからナギト、レッスン2の特訓はオレとの特訓にプラスしてソラの技術指導も追加する」
「構わないよ。オレは早く天才たちと肩を並べたいからね」
なら始めようぜ、とソラは音も立てずにナギトのそばに移動するとヒロムを急かすように彼に特訓を始めるように伝える。
「コツを教えてやれって言われたからって時間かけて教えるつもりは無い。どうせやるならオマエの特訓の中で体で覚えさせる」
「方法なんて何でもいい。
なら……ナギト、レッスン2の特訓について説明する」
「うん、頼むよ」
「レッスン1でオマエにイメージ力を高めるように指示したのはオマエの行動としての選択肢の幅を増やすと同時にレッスン2以降でオマエがより成長出来るように可能性を高めさせるためだ。そしてレッスン2は……オマエ1人で複数を相手にしながら己の動きを見直してもらう」
「複数を相手に?ソラが《流動術》の骨について指導してくれるのならアンタ1人しかいなくない?」
「忘れたのかナギト、オレは精霊使いだ。
オマエにはまだ言ってなかったと思うがオレは14人の精霊を宿してる。つまり、オマエにはこれから14人の精霊の中からオレがランダムに選出した組み合わせの2人と異なる条件下で戦いながらオマエ自身の動きを見直してもらう」
「何それ……アンタってやっぱ天才だよ。
手っ取り早く14人の能力者と戦いながら強くなるって考えれば効率もいい、オレとしてはすげぇ嬉しいよ」
「嬉しいと喜んでるところ悪いがこの特訓は期限もなければ妥協で合格させるほどの甘さもない。オレが合格を出すまでひたすら精霊を相手に戦う、休む間は与えても終わりは簡単に与えない特訓だから覚悟しとけ」
「OK、天才。
俄然やる気になってきた」




