51話 目にしたもの
ナギトの特訓を本格的に開始すべくヒロムは屋敷に戻るなり早速取り掛かろうとしていたのだが、同じタイミングで偶然エレナたちを連れてきたノアルと真助にそれを阻まれてしまう。
「《世界王府》が現れただと?」
ノアルと真助はペインと名乗った《世界王府》の能力者について報告し、その話を受けたヒロムたちは特訓を後回しにするように話を詳しく聞こうとする。
「ケガはなかったのか?」
「何も問題はない。強いて言うなら……敵はおかしなヤツだったって事だ」
「おかしなヤツ?」
「……手を出してこなかったんだよ。
オレが斬りかかっても反撃してこねぇしノアルが動こうとしたらお嬢様方が危険に晒されるとかでお嬢様方の前から動くな的なこと言いやがるし」
「《世界王府》の能力者が?
んなわけ……」
「信じられないかもしれませんが本当なんです。ノアルさんは真助さんを助けようとされたのですが敵の方が何かをしてノアルさんの動きを止められた時に女を守ってろという言い方をされてましたので……」
「《世界王府》の能力者がノアルに民間人を守らせたってのか……?」
ノアルとエレナの話を聞いて戸惑いを隠せないヒロム。《世界王府》の能力者、その能力者は国を滅ぼすだけの力とそれを実行した常軌を逸した者たちだ。ノアルの兄であるビーストこと東雲アザナも力のために弟すら利用しようとし、人類を滅ぼそうとするような思想を持っている。
ノーザン・ジャックや《世界王府》のリーダーであるヴィランも恐ろしい思想を持っているのは間違いない。そんな危険な能力者の中に非戦闘員たるエレナたちを守れと言うような輩がいるのだから戸惑うのも無理もない。
ヒロムが戸惑いを隠せないでいる中、アキナは何かあるかのような顔でヒロムを見ており、その視線に気づいたヒロムがアキナの方を見ると彼女は突然奇妙な質問をした。
「ねぇ、アンタって双子の弟か兄貴っている?」
「あ?今更何聞いてんだよ。
そんなのこの場にいる誰もが知って……」
「そうじゃなくて。私たちもガイたちも知らない……昨日のあのサクラって子も知らないような血縁関係にある人がいないかって話なのよ」
「いるわけねぇだろ。
オレと血の繋がりがあるのは母さんとアイツ、《姫神》の家を含めたとしても母さんの兄と姉、その姉の息子くらいだ」
「そう、よね……」
「つうかどうしたんだよ急に。んな歯切れの悪い質問するとかなんか気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いとは思うけど……気になって仕方ないの」
急に奇妙な質問をしたかと思えば何かが気になるというアキナ。そのアキナの様子が明らかにおかしいと感じたヒロムはユキナの方を見て何があったのかを尋ねた。
「ユキナ、オマエらは何を見たんだ?」
「……ペインってヤツは最初はフードを深く被って現れたの。最初は《世界王府》なんて言わなかったけど途中でそれを口にして……そこまではまだよかったの。真助とノアルを倒そうとせずに自分はペインだって名乗った時にたまたま風が吹いたの」
「風?」
「普通の風よ。本当にたまたま偶然風が吹いたのだけどその時ペインが被ってたフードが外れたのよ」
「つまりペインの素顔を見たんだな」
「そのペインの素顔を見たせいで……私たちは頭が混乱してるのよ」
《世界王府》の能力者・ペインの顔を見たことでユキナたちは混乱していると言う。何故なのか、それが気になったヒロムがさらに尋ねようとするとそれよりも先に真助がペインの素顔について話していく。
「……見間違いかもしれねぇから何とも言えねぇが、ペインってヤツはヒロムにそっくりだった」
「……は?」
「フードが外れて素顔が出てからヤツが消えるまでの時間は短かったから角度的な問題なのか急なことでそう見えたかは分からねぇがとにかくペインってヤツがヒロムにそっくりだったってのが今言えることだ」
「そんな不確定要素で混乱してるのか……」
「そんな事じゃないわよ!!アンタと同じ顔だったとしたら顔を利用して悪いことされたらアンタを追い詰められるってことなのよ!?」
「……発想が幼稚だアキナ。
大体、オレそっくりっていうのもユキナがたまたまって言ってる風も全てペインの狙いだとしたらどうする?」
「え?」
「どういうことなのヒロム?」
「真助とノアルに話からしてペインは空間を歪ませて移動する何らかの力と2人が抵抗できないような拘束する力を持ってるってことはハッキリしてる。触れることなく動きを封じれるほどの力なら風を生み出した上でフードをわざと外れたように仕立てたりオマエらとヤツの間の空間を素人目で分からないレベルで空間を歪ませてオレとそっくりに見せかけるなんてことも可能なはずだ」
「それはありそうだね。人間の視覚情報そのものを誤魔化すために空間を操ってレンズのようにしたとすれば大将そっくりに見えるのも分かるね」
「だが何のためにそんなことを?
真助とノアルに深手を負わすでもない、エレナたちを傷つけるでもない特に何も仕掛けてこなかったペインってヤツが何のためにヒロムにそっくりだと認識させるような真似をするんだ?」
「ガイの言う通りだな。《世界王府》の能力者が回りくどいことをする理由もないだろうしそんなことをしてもメリットなんてねぇだろうしな」
真助たちが見たであろうペインの素顔について仮説を立てるヒロム、その仮説にイクトも賛同するがガイとソラは敵にそこまでする理由があるかどうかを疑問視する。
ペインの素顔がヒロムそっくりに見えた謎についてヒロムが仮説を立てたことで謎が深まってしまい沈黙が広がろうとするが、ヒロムの仮説を聞いたアキナはどこか安心した様子でヒロムに言った。
「ヒロムそっくりに見えたのは敵の作戦だとしたら悩んでたら思うつぼよね。ヒロム、私はヒロムの言葉を信じるわ」
「んだよ急に……」
「気持ちを切り替えてるのよ。悩んでても解決しないならヒロムの言葉を信じて忘れることにしたのよ」
「そうね、アキナの言う通りね。あれはきっと敵の作戦、私たちを混乱させるためなら目の前のヒロムを信じるしかないわね」
「そうですね。あのペインって人を倒してくれればいいんですもんね」
それもそうだな、とエレナの言葉に乗るように真助が言うとヒロムに向けて言った。
「ヤツの素顔とか正体はこの際忘れよう。オレたちの誰がヤツと遭遇しても倒すことに変わりないならオレがヤツを殺す。今回は確実にナメられてたからな……その借りは返させてもらう」
「……殺すことに変わりはないが気を抜くなよ。
相手は《世界王府》、他の能力者がいることも忘れるなよな」
「分かってるさ」
「ならいいけどな。
とりあえず気持ちの整理がついたならそれでいい」
ならやろうよ、と一通り話の区切りがつくとナギトはヒロムに告げる。
「オレの特訓、始めようよ」
「……そうだな。
ペインってのについてはガイたちに任せて始めるか。ちょうどオマエの動きもしっかり見れたから必要なことも把握出来てるからよさそうだ」
「任せてって……相変わらずオマエは無茶を言う」
「気にすんなよガイ。話は今ので落ち着いたんだし放置して見物させてもらえばよ」
「ソラ、オマエもだな……」
さて、とヒロムは面倒を押しつけられて呆れるガイなど無視してナギトに伝えた。
「レッスン2だ、ナギト。
今からオマエの弱さを教えてやるよ」




