49話 風の成長
ナギトと戦野賢一、《天獄》に必要とされる覚悟を示すため一戦交える空気になっていく。挑発するナギト、挑発される賢一が1歩も引こうとせぬ中、見かねたヒロムは2人に提案する。
「覚悟云々を事細かく確かめるのは面倒だからシンプルに実力勝負で決めろ。武器も能力も何でもありの相手を戦闘不能にした方が勝ちの勝負だ」
「いいね、天才。
シンプルでオレは好きだよ」
「いいじゃねぇか。何でもありならルールも気にせずやれて助かる」
「フィールドはこの校庭かつオレたちの視界の範囲内だ。異論は?」
ない、とナギトと賢一はヒロムに一言言うと構え、2人が構えるとヒロムはユリナやガイたちを少し下がらせて2人に告げた。
「スタートはオマエらに任せる。始めるならさっさとしろ」
「なら、開始の合図をたの……」
始めるなら始めろと言うヒロムに賢一はスタートの合図を出すよう頼もうとしたが、賢一がヒロムに頼もうとするとナギトは躊躇うことなく走り出す。
ナギトが走り出したのを感じ取ると賢一はボクシング部部長らしく拳を構えて迎え撃とうとし、賢一が拳を構えるとナギトはさらに加速する。
「オマエ……!!スタートすら言ってねぇのに勝手に始めんな!!」
「何言ってんの?テロリスト相手にヨーイドンで戦ってもらえると思ってんの?」
「何言ってやがる!!今オレとオマエは……」
「覚悟を見せてほしいんだろ?なら覚悟決めろよ。
《天獄》が相手にする敵はアンフェアなんだからさ」
卑怯だと言いたげな賢一を相手にナギトは戦いの現実を告げるように言うと地を強く蹴り、そして一気に加速すると賢一が捉えられぬほどの速度で縦横無尽に駆け始める。
素早い動きのナギトの姿を捉えられない賢一はどこから来るか分からない攻撃を警戒して拳を構えたまま何時でも攻撃を返せるように神経を尖らせていた。
賢一が神経を尖らせる中で息を吐くとタイミングよくナギトが背後に現れ、ナギトが現れるのを感じ取った賢一は素早く振り向くなりナギトより先に拳撃を放つ。
「そこだ!!」
「よっ……と」
タイミングは問題ない、そう確信して拳撃を放つ賢一だがナギトは賢一が攻撃を放つ直前に右へのサイドステップを織り込むように跳びながら賢一の拳撃の軌道から逸れ、さらにそこからナギトは賢一の背後に移るとそのまま体を回転させて蹴りを放つ。
放たれたナギトの蹴りは賢一を襲い、賢一は蹴りのダメージで仰け反りながらも倒れまいと耐えるとカウンターの一撃を放とうとする……が、賢一が動こうとするとナギトはバックステップを混じえた後ろへの動きを取ると賢一の拳が届かぬ位置に移動してしまう。
「なっ……」
カウンターの一撃を放とうと決断したのは蹴りを受けてからのわずか数秒にも満たない時間だ。その刹那にも等しい時間で出した一手を見抜いていたかのようにナギトは拳のリーチ外へと身体を動かしたのだ。
思考する暇など与えていないつもりだった。なのに……
「何で……」
「バレバレだよ」
賢一が放とうとしていた一撃を止めながらナギトの動きに動揺しているとナギトは魔力を右足に纏わせるともう一度距離を詰めた上で魔力で威力を底上げした蹴りを食らわせる。
ナギトの蹴りを受けた賢一は蹴り飛ばされると地面を数度転がってしまい、何とかして立て直すとナギトに負けじと賢一は立ち上がる。
立ち上がった賢一を前にしてナギトは右足に纏わせた魔力をけすと足を止め、ナギトの動きを前にしたイクトは驚きを隠せぬ顔でヒロムに尋ねた。
「た、大将……アイツ、あんなに動けたの?」
「あ?」
「ナギトだよ。事前にトリッキーで素早いとは聞いてたけど、あんなのとは聞いてねぇよ?」
「別に驚くことじゃねぇよ。ただアイツが特訓の成果を発揮してるだけだ」
「特訓?ただ漫画読んでただけじゃ……」
見てればわかる、とヒロムがイクトに冷たく言うと同時に賢一が走り出し、距離を詰めると賢一はナギトを殴ろうとする。
「先手必勝!!」
先に仕掛けると言わんばかりに賢一は拳撃を放つが、ナギトはそれを容易に回避して次の動作に移ろうとする。だが賢一はそれを許さぬように拳撃のラッシュを放ってナギトの動きを封じようとする。
連続で放たれる拳撃を前にしてナギトは次の動作に移ることをやめると迫り来る連続攻撃を淡々と避けていく。
「重そうだし痛そうだね」
「この……ちょこまかと!!」
「でも、それだと意味ないよね」
賢一が放つ連続攻撃を前にしてナギトは体を前に倒すようにして拳を華麗に避けると顔が地面に当たるくらいまで傾けさせながら体を回転させて右足で賢一の顔を蹴り、蹴りを顔に受けた賢一が怯んでいると体を起き上がらせるかのようにさらに回転しながら上体を起こすと今度は左足で賢一を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた賢一は受け身も取れず倒されてしまい、倒れる賢一を見ながらナギトは言った。
「ここってリングの上じゃないんだからわざわざ馬鹿正直に正面から攻める理由ある?まして機動力はこっちに分があるのに単調な攻撃ばかり……やる気あんの?」
「んだと……!!」
「……ごめんだけどアンタ、戦いに向いてないよ。
そんな程度ならスクールのアイツらの方が《天獄》に参加する資格がある。もっとも……アイツらがアンタと同じ周り見てないタイプなら向いてないんだけどね」
「ふざけたことを!!」
ナギトの言葉を受けた賢一は彼の言葉に怒りを感じているのか立ち上がると全身に魔力を纏って走り出し、右の拳に力を溜めると渾身のストレートを放つ。が……ナギトは両足に魔力を纏わせて地を強く蹴って後ろに跳ぶと賢一の一撃を回避し、さらにナギトは着地するその瞬間に左足で地を強く蹴って高く跳び上がると身体を回転させる。
「……ふざけてないよ。
アンタのその程度の覚悟じゃオレは止められない」
2回ほど回転したナギトの右足に纏われる魔力は力を増しながら風を纏い、賢一の方へと身体が向くと同時にナギトは狙いを定めて右足で蹴りを放つと彼の右足が纏う魔力と風が球体状となって撃ち放たれる。
放たれた魔力と風の球体は加速しながら賢一に迫っていき、賢一が避けようと動き出そうとするもそれが間に合わぬほどの速度で直撃して彼を勢いよく吹き飛ばす。
吹き飛ばされた賢一は魔力と風の球体の力により校庭内にある木に体を打ちつけ、その衝撃を全身に受けると気を失ってしまい纏う魔力が消滅する。
もう立てない、それを確信したナギトは着地するなり一息つくとヒロムに目を向ける。
「ねぇ、こんなんでいい?」
「……上出来だな。
とりあえずはそいつにオマエの実力は示せただろうし、不満言ってたバカたちも納得するはずだ」
ナギトの戦いにそれなりに満足しているヒロムは先程不満を口にしていた数人の生徒に視線を向ける。ナギトの戦いを前にして言葉を失っている彼らは何も言えぬのか黙っており、そんな彼らにヒロムは冷たく告げた。
「文句があるならかかってこい。オマエらがそこで失せてる逸材とやらに優る実力があるならの話だがな」
文句があるならかかってこい、ヒロムが冷たく告げたその言葉に誰も名乗り出ない。拍子抜けと言わんばかりにヒロムはもちろんソラはため息をつくと歩き出し、ガイやユリナたち、そしてナギトはヒロムについていくように歩いていく。
何故ナギトが《天獄》に加入出来たのか、それを不満に抱いていた生徒たちはヒロムたちが去っていく中で思い知らされるとともに自分たちの無力さを痛感しながら立つしかなかった……




