47話 動く痛み
夕刻……
陽が暮れ始める頃、ヒロムの屋敷から次から次に人が帰っていく。ソラとイクト、シオンが帰り、ガイとナギトはユリナたちを家に送り届けようとしていた。
しかしユリナはなかなか帰ろうとしない。エレナたちが帰り支度が出来ている中でユリナは帰り支度を済ませながらもヒロムに何かを言っていて帰ろうとしない。
「やっぱり話した方がいいよヒロムくん。
咲姫さんを思ってるなら言葉で伝えないとダメだよ」
「今更言っても何にもならないって。
今はまだ話せないからそこは許してくれ」
「私が許すとかじゃないでしょ?
だってヒロムくんは……」
「けど今更忘れたフリして嘘ついてましたって言われてアイツが納得するか?考えてみろよ、ユリナだったら嫌だろ?」
「それはそうだけど……」
「姫野さん、日が暮れる前に行こう」
ヒロムの言いたいことを理解しながらもユリナはどうしてもサクラに本当のことを伝えさせたい気持ちがあった。その気持ちをヒロムに伝えようとするユリナだが、日が暮れて何があるか分からないことを危惧するナギトはユリナに早く帰るように言う。
どうしてもヒロムに本当の理由をサクラに話させたいユリナ。そんなユリナがもどかしい思いをしているとサクラが歩いてくる。
「咲姫さん……」
「あら、姫野さん。まだ帰らないの?」
「その、実は……ヒロムくんのことで」
「おい、ユリナ」
「ヒロムに何かされた?」
「違うんです。その……ヒロムくんが咲姫さんとの約束を守らなかったことで……」
「もしかしてヒロムが私に危険が及ばないように嘘をついて誤魔化したこと?」
「そうなんで……え?」
「……オマエ、何で知ってんだよ?」
忘れていたのではなく危険から避けるためにあえて遠ざけるために約束を守らなかったことをヒロムが隠していた、そのことをサクラが知っていると分かるとユリナは虚をつかれたような顔をし、ヒロムも驚いた顔を見せる。
2人の反応を見たサクラは微笑むとヒロムに向けて言った。
「アナタの考えなんてお見通しよ。私の知ってるアナタなら昔の約束なんて今更すぎるとかあんなのは子どもの遊びだとかで謝ることすらしないだろうけど、アナタは私に謝った。素直に非を認めるってことは何かしらの思いがあったということ、そう考えるとアナタはあえて私が危険に晒されないように遠ざけようとしていたと思うしかないのよ」
「……そこまで見抜いてたのか?」
「当然よ。そもそも私はあの頃のアナタが孤立してほしくないからあんな約束をしただけ。それを大事に考えてくれてると知れて嬉しいわ」
「……オレは複雑な気持ちだけどな」
「だから気にしなくていいわよ、姫野さん。
アナタの気持ちは嬉しいけど、私のことよりも自分のことを大事にしてちょうだい」
「は、はい!!」
「では帰り道は気をつけてね」
ユリナを見送るようにサクラは手を振り、手を振るサクラにユリナは一礼するとナギトたちと共に帰っていく。ユリナたちが帰っていくとサクラはため息をつくとヒロムに伝えた。
「あんなので私を欺こうなんて甘く見られたものね。私はこれでもアナタのことを誰よりも理解してたつもりなんだけど……その辺も甘く見てたのかしら?」
「……素直に言ったところで言い訳にしかならないだろ」
「そうかもね。でも、少し安心したわ」
「何がだ?」
「アナタの仲間の人たちはともかく、姫野さんって優しい人がアナタのことを支えてくれていたって知れて安心したのよ。彼女がいたから今のヒロムがいるんでしょ?」
「さぁな」
「素直じゃないわね」
うるせぇ、とヒロムはどこか恥ずかしそうに言うと屋敷に戻ろうとし、屋敷に戻ろうとする彼の後をサクラはついて歩いていく。
「今日の夕飯は私が作るわ。何が食べたい?」
「オマエの得意料理でいい」
「そう。それならがんばって作るわ」
ヒロムとサクラ、2人が仲良さそうに話しながら歩く姿を屋敷の屋根の上からフレイは見守っており、彼女が抱いていた不安が無くなったのかフレイはどこか嬉しそうに微笑みながら2人を見ていた。
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常闇が世を統べ日が変わりし刻。
どこかにある廃墟に《世界王府》のリーダーであるヴィランとノーザン・ジャック、そして先日ヒロムやノアルと激闘を繰り広げたビーストこと東雲アザナがいた。
「ビースト、体はどうだ?」
「……問題ないさ、ヴィラン。
あの愚か者から奪ったチカラが完全に同化してオレに同調したことで再生力が高くなった。おかげで全快、オレの力も増して以前より強くなっている」
「それはよかった。オマエのその力は今後の我々の計画に不可欠。その力を今以上のものへと昇華させてくれなければオマエがここにいる理由はないからな」
「ご忠告どうも。だが……気に食わないのはあの愚か者のあの力だ。オレに力を奪われて虫の息でしか無かったあの愚か者が何故あんな力を得たのか、それだけが謎だ」
「ビースト、あの力は未知だ。オマエの力で奪えないのか?」
「奪えないことはない。ただし、今のままやったら返り討ちにあうだけだから少し策を練る」
「了解だ」
「……ヴィラン、ビーストの力を高めるのはいいが例のあの男の力はどうするつもりだ」
アザナが現状及び自身が愚か者と呼称するノアルの新たな力を奪うには段取りが必要であることをヴィランに伝えるとノーザン・ジャックはヴィランに不満があるような言い方をする。あの男、それが示す人物は……
「姫神ヒロム、ヤツは侮れないぞ。精霊の力を借り受けるだけの人間でありながらビーストを追いつめ、ましてオマエやオレを前にして圧されるどころか抵抗する力を見せた。鬼桜葉王や一条カズキはともかく、オマエやオレに対抗できるだけの精神力を持った人間をこのままにしておいていいのか?」
「その話なら問題ない。姫神ヒロムは野放しにしておいても問題はない。むしろ日本国民は今姫神ヒロムという人間が国を守っていると思ってしまうほどに彼を過信しているといっても過言ではない。彼を始末するのは日本国民全員が彼に絶対的な信頼を寄せて彼を英雄として神格化した瞬間だ。その瞬間に潰すことで日本という国は希望を失い絶望に染められる」
「この国の希望を絶望で潰すということか」
「ぬるいな」
ヴィランの意見を受けてノーザン・ジャックは彼なりの意図があると汲み取ると理解を示すがどこからかヴィランの意見に賛同しない考えを持つものが意見する。
声のした方にノーザン・ジャックが視線を向けると闇夜の中から黒いフードを深く被った男が歩いてくる。
「ペイン……オマエか」
「任務を終えたぞヴィラン。次の指示を聞きに来たが……面白い話をしているな」
「ご苦労だペイン。ところで、ぬるいというからには何か策があるのかな?」
「そんなものは必要ない。敢えて言うなら希望の象徴となりつつあるヤツらを後に回すくらいなら今潰すべきだな。挫折させてどれほど無力かを全国民に見せつける。ただの非力に縋っているだけのガキであることを教えてやればこの国は痛みに苦しむ」
「……なるほど、面白い発想だ。だがペインよ、それを実現するためにオマエはどうしたい?」
「現実を解らせてやるんだよ。絶望による痛みを知らない愚か者に」
「フフフフ……そうか。革命に痛みは不可欠だ。ならば1度オマエに任せよう。ペイン、オマエのその力で姫神ヒロムを追い詰めてみろ」
「言われるまでもない。絶望の先にある痛みを……圧倒的な苦痛を思い知らせてやるよ」




