2話 銃撃、影に鳴く
姫神ヒロムが戦闘を終えて移動を開始したその頃……
彼のいる地点から10kmほど離れたところにある廃工場。長年使われていないであろうその廃工場からおおよそ10m離れた場所に2人の少年がいた。
「ニャー」
「ミャー」
廃工場が見える位置で座るオレンジ色の髪の少年の膝の上で2匹の子猫が可愛らしい声で鳴き、子猫が鳴くとオレンジ色の髪の少年は2匹を優しく撫でる。
「落ち着けキャロ、シャロ。
これが終わったら帰るからそれまでは大人しくしててくれ」
「ニャー」
「分かってるから鳴くなキャロ。
早く帰って寝たいのはよく分かったから」
「ミャー」
「……シャロ、オレは元々オマエらを連れてくるつもりはなかったんだからな。それなのに勝手に人の服のポケットの中に忍び込んできたオマエらが悪いんだぞ」
オレンジ色の髪の少年は「ニャー」と鳴くキャロと「ミャー」と鳴くシャロに少し厳しく注意をし、少年に注意された2匹の可愛らしい子猫はどこか申し訳なさそうに小さな声で鳴く。オレンジ色の髪の少年と子猫のやり取り、どこか微笑ましいその光景をもう1人の人物……前髪で右目が隠れている黒髪の少年が面白そうに見ていた。
「相変わらず我が子にはお優しいことだな、ソラ」
「あ?テメェ、イクト。ふざけたこと言ってたらその前髪パッツンにすんぞ?」
「いやいや、事実事実。
精霊とはいえ2匹の保護者としてしっかり育ててるのはいいことだよ」
「……とか言いながらオレが苦労してるの見て楽しんでるだけだろ」
まぁね、と黒髪の少年・黒川イクトは笑いながら答え、イクトが笑いながら答えるとオレンジ色の髪の少年・相馬ソラは若干イライラした様子でイクトを睨む。ソラに睨まれたイクトは目を合わさぬように顔を逸らし、顔を逸らしたついでに廃工場の方を見て話題を変える。
「さて、今頃大将がゾノを倒したって知ってあの中にいる連中は慌ててる頃だ」
「おい、こっち向けやコラ」
「オレの情報が正しければあそこに潜伏してるのはゾノの《狩殺》って異名と同じくらいの悪名で知られてる《腕斬》のガビだ。自分の殺した死体はその証拠として両腕を切り落とし、切り落とした腕を集める死体の腕マニアだ」
「サイコ野郎かよ」
「まぁ、子猫を愛でながら暴言吐くツンデレも負けてないよ」
うるせぇ、とソラは近くに転がる石を拾うとイクトの後頭部にぶつけ、イクトは後ろ頭を押さえながらソラに話した。
「……ガビの恐ろしさは死体の腕回収って点だけだから戦闘力はオレらより低い。ここはオレが引き受けるからソラはキャロとシャロを見てなよ」
「はっ、オレより弱いオマエに心配性されるとは心外だな。
キャロとシャロを抱えながら戦っても釣りが出るって話だろ。んなもん余裕だ」
「うん、後半部分についてはオレ一言も言ってない」
妙にやる気を見せるソラの言葉に落ち着いた様子でツッコミを入れるイクト。2人が話していると廃工場の方で動きが見られた。
突然灯りがつき、そして廃工場の入口が開くと中から軍御用達の装甲車が数台出てきたのだ。
「……奴さん、どうやらゾノがやられたのを知って焦ってるみたいだね。どうする、ソ……」
どうする、とイクトがソラに尋ねようとするとソラは立ち上がるなり2匹子猫のキャロとシャロを上着の左右のポケットにそれぞれ忍び込ませ、右手の上で炎を発火させるとその炎に形を与えていく。形を与えられた炎は紅い拳銃に変化し、炎が変化したその拳銃をソラは手に掴むとイクトに告げた。
「奇襲一択。ここからオレがあの装甲車を炎上させて敵全員をその気にさせてここで仕留める。サイコ野郎のガビも自分がいるから攻撃されてると勘違いして逃げる真似はしないだろうしな」
「……え、もしかしてそれ作戦?
作戦ってのはもっと緻密に……」
「作戦を立てたところで大体オマエが原因で失敗してんだから意味ねぇよ」
作戦を立てることを伝えようとするイクトが原因で失敗するとして作戦はいらないと言うソラは右手で紅い拳銃を構えると装甲車に狙いを定めて引き金を引く。
ソラが引き金を引くと紅い拳銃から炎がビームのようにして撃ち放たれ、放たれた炎は10m先の廃工場から出てくる軍用の装甲車を貫き爆破していく。
続けて炎をビームのようにして放つソラ、ソラの放つ炎が的を外すことなく次から次に軍用の装甲車を貫いては爆破していき、軍用の装甲車が全て爆破されて炎上すると廃工場内から顔を隠すように覆面をした男たちが次から次に外に出てきてソラとイクトのいる方へと向かって走ってくる。
2人の位置がまるで分かってるかのように……いや、そもそもソラがあれだけ派手な攻撃をすれば敵に居場所を特定されてもおかしくは無い。
「さて、敵がわんさか出てきたぞ」
「出てきたぞ、じゃない!!
あんだけ分かりやすい攻撃してたらそりゃ場所バレるよ!!
何のために隠れて相手の動き見てたと思ってんのさ!?」
「うるせぇ、過ぎたこと気にしてても始まらねぇ。
とりあえず向かってくる敵を倒してガビ始末するぞ」
「あぁ、もう!!わかった!!
とりあえずオレたちは段取りなんて用意しても意味ないってのはよくわかった!!」
ソラの言葉にツッコミを入れるのが面倒になったのかイクトは開き直ると立ち上がって右手を前に出し、イクトが右手を前に出すと彼の影が大きくなるとともに影の中から大鎌が出現する。
刃が2段構造となっている大鎌、刃と柄を繋ぎ合わせている部分は悪魔を思わせるような造形のオブジェがほどこされている。
「さぁ、ショータイムの時間だぜ《ヘルゲイナー》!!」
「……やるぞ《ヒート・マグナム》。
敵を焼き殺せ」
ソラとイクトは勢いよく前へと出ると走り出し、走り出すと同時にソラは紅い拳銃・《ヒート・マグナム》を構えて炎をビームのようにして放ちながら敵を焼き倒していく。
走りながら撃ってるからなのか装甲車を貫いた時に比べて炎が弱く思え、そのせいなのか敵の何人かは炎を避けて向かってくる。
が、敵が迫り来る中でソラは《ヒート・マグナム》を右手から左手に持ち直して構えると引き金を引いて銃声を1度響かせ、銃声が1度響くと敵のもとへといつの間にか12発の炎の弾丸が飛ばされ、炎の弾丸は次々に敵に命中して倒していく。
「さすが《ヒート・マグナム》。持ち手によって火力と速射を切り替えるなんて羨ましいね。けど……《ヘルゲイナー》も負けてねぇよ!!」
ソラの《ヒート・マグナム》の性能とその活躍を感心するイクトが大鎌を強く握ると大鎌・《ヘルゲイナー》は炎のようなエネルギーを纏い、炎のようなエネルギーを纏った《ヘルゲイナー》を勢いよく振ってイクトは迫り来る敵を一瞬で薙ぎ払い倒してみせる。
薙ぎ払って倒した敵の数をイクトは呑気に数えようとし、そんなイクトの背後に現れた敵は気づかれる前に彼を殺そうと迫……ろうとしたが、突然イクトの影が膨れ上がるとその一部が隆起して拳の形を得るとイクトの背後から迫る敵を殴り飛ばしてしまう。
「あっ、ごめん。
オレの《影》の能力は自分の影に形を与えて操ったり、特殊な空間を作って物隠したり出来るんだよ。だから後ろから来てもオレに死角は……」
誰に対して解説してるか分からないイクトの話を遮るようにソラは左手に持った《ヒート・マグナム》で銃声を響かせながら炎の弾丸を速射して敵を倒していき、放った数発の炎の弾丸をイクトの近くの地面へ着弾させる。
「何故に!?」
「あ?独り言が目障りだったからな」
「はぁ!?それひどくない!?
オレは少しでも場を盛り上げようと第四の壁を用いたような話し方で……」
イクトが話している最中、それを邪魔するように廃工場の方から数台のバイクが爆音を轟かせながら現れ、その爆音に話を邪魔されたイクトは少し苛立ちながら《ヘルゲイナー》に黒い炎を纏わせると黒い炎を纏った斬撃を飛ばしてバイクを破壊した上で操縦者を倒してみせる。
「うるせぇぞバーカ!!
今オレが渾身のネタの第四の壁について語ろうとしてたのにこの野郎!!」
「情緒不安定かよ」
感情の浮き沈みが激しいイクトに若干引き気味のソラのポケットから子猫のキャロとシャロも顔を出してイクトを心配するような目で見つめるが、イクトは話を邪魔されたのが相当嫌だったらしく1人で次々に愚痴を零していた。
イクトが愚痴を零しているとソラとイクトを囲もうと敵が動き始め、それを察知したソラは何を思ったのか指笛を鳴らす。
ソラが何故指笛を鳴らしたのか分からない敵は一瞬足を止め、足を止めた敵陣の中をどこからともなく現れた拳サイズほどの小さな炎が縦横無尽に駆けながら敵を倒していく。敵を倒した小さな炎はソラのもとへ向かっていき、そして炎の中から1匹のリスが現れる。現れたリスは素早く大地を駆けるとソラの体を駆け上り、彼の肩の上に乗るとどこか誇らしげに鳴く。
「キュッ!!」
「よくやった、ナッツ。
さすがはオレの精霊だ」
「……って、ソラ!!オレに黙って勝手に敵倒してる!?」
「テメェがくだらないネタに拘ってるのに付き合う筋合いはねぇよ」
「くだらない!?」
「まったく……くだらないでは済まされないぞ」
ソラの冷たい態度にイクトが大袈裟な反応を見せていると廃工場の方から男がフラフラと歩いてくる。返り血により汚れたと思われる白衣を着た鋸を持った男。明らかに風貌が先程までの敵と違う。どうやらこの男が《腕斬》のガビらしい。
「あ?」
「あっ、ガビだ」
「……最近のガキは礼儀がなってないな。
やっぱ死んで腕明け渡すくらいの価値しかねぇのか?」
「……発想おかしくないか?」
「というか犯罪者の心理に普通なんて求めたらダメだよ」
「さて、どっちから殺されて腕を斬られたい?」
鋸を持ってソラとイクトに問うガビ。ガビに問われたソラとイクトは互いに顔を見合わせると頷き、頷くなりイクトが指を鳴らすとイクトの影が周囲へ大きく広がっていき、広がったイクトの影がガビの影に重なるとガビの体が一切動かなくなる。
「なっ……!?」
「影庭。オレの影を広範囲に広げた上でその影に重なった影の持ち主の動きの自由をオレが支配する技だ。それと……」
「焼け、《ヒート・マグナム》!!」
動けなくなったガビに親切丁寧にイクトが解説しているとソラは右手に持ち直した《ヒート・マグナム》に炎を収束し、収束した炎を解き放って巨大な炎の玉をガビの方へと飛ばす。飛んでくる炎の玉を前にしてガビは何とかして逃げようと考えるも身体は動くことがなく、動けぬ状態のまま炎の玉の直撃を受けると一瞬で全身を焼かれて全身に火傷を負って倒れてしまう。
「……手遅れだったね。
ソラの《炎魔》の炎はあらゆるものを焼き消すって教えようとしたけど」
「んなもん教えなくていいんだよ」
倒れるガビに向けて話すイクトの尻をソラは後ろから強く蹴り、蹴られたイクトは蹴られた場所を押さえながらソラに反論する。
「ひどくないかな!?
オレへの態度改めてくれない!?」
「うるせぇ。
オマエよりオレが多く倒したんだから当然だ」
「いいや!!ガビを拘束した分の功績を考えればイーブンだ。
そんな偉そうに言われる筋合いは……」
「何か言ったか?」
イクトの言葉を聞こうとしないソラは《ヒート・マグナム》をイクトに向け、《ヒート・マグナム》を向けられたイクトは《ヘルゲイナー》を自分の影の中へと沈めるように消すと申し訳なさそうにする。
「……分かったからその銃下ろして」
「冗談だよバカイクト。
オマエの不意打ちがあったから手早く終わらせられたんだからな」
「キュッ!!」
「ナッツも礼を言ってる。
さすがは天才ってな」
「……なんかバカにされてる気しかしないな。
しかも同じ精霊でも大将の精霊と違って言葉を話さないナッツの鳴き声をソラが都合よく訳してると思うと尚更そう思える」
「うるせぇぞイクト。
アイツの精霊はああいうもんで、ナッツとキャロとシャロはこういう精霊なんだよ。分かったらさっさと帰るぞ」
「……へいへい。さぁせんした。
とりあえず大将に連絡して合流しようか」
だな、とソラはイクトの提案に賛同すると歩き始め、イクトも歩き始めると彼と同じ方向に向けて進んでいく……