18話 少年の視線の先
「オマエの話を聞かせてくれ」
《フラグメントスクール》の生徒を倒したヒロムは満身創痍のナギトから彼自身の話を聞こうとし、ヒロムに問われたナギトは少し言葉を詰まらせてしまう。語りたくないのか語れるようなことでは無いのかはナギト当人しか分からないことだ。だがヒロムはそんな彼の心中など気にすることも無く彼に尋ねる。
「何で《フラグメントスクール》をやめた?」
「え?」
「《フラグメントスクール》の能力者のヤツらがどんな状態か、育成機関としての実態についてはついさっきウチの情報収集担当から聞いた。ランキング制で常に強さが求められる状況の中で常に殺気立って競ってる一方で傲慢さや自惚れが過ぎる態度が見受けられたりランキングが上に行けば下のものを見下すようになるとまで聞いた。それがどこまで事実かは知らないがさっきの雑魚を見たかぎりじゃその辺は事実みたいだが……何でやめた?オマエの実力はオレの見立て通りならあんな雑魚に負けない確かな強さがあるはずだ。なのに何でやめたんだ?」
ナギトは倒れている御剣たちより強い、何を持ってそう判断してるのかは分からないがヒロムはナギトの実力に関してはしっかりと評価している。だからこそ問うのだろう。確かな強さがありながら、ランキング制の育成機関で高みを目指せたはずの風乃ナギトは何故自ら去ったのか。そこに何か秘密があるとヒロムは感じていた。
見抜かれている、そんな風に思ったのかナギトはため息をつくと彼の質問に答えるように話していく。
「強さが何なのか分からなくなったんだよ。スクールの中での訓練を受け続けてる中でランキングを着実に上げて評価される流れはあそこにいればごく自然なことになってた。けど、強さが人を変えるあの感じを前にしたら自分が何のために強くなろうとしてたのか分からなくなったんだ。《フラグメントスクール》で優秀な成績を残せば待遇のいい職を進路の選択肢として視野に入れられる。だけどランキングの数字の変動の中にある空気にはそれはなかった。結局皆自分の強さを証明して周りを圧倒したいだけ、そんなのが当たり前なあの場所にいるのが息苦しくなった」
「それでやめた、てわけか。そうか。
なら話を変えるが……オマエは他のヤツらと違ってオレの《センチネル・ガーディアン》の座を欲しがらないのは何でだ?この間も強さの秘密だの何だのって言ってたから気になったんだが……オマエは他のヤツらみたいに立場が欲しいわけじゃないのか?」
「オレは面倒な事は嫌いだから。《センチネル・ガーディアン》なんてなっても責任とかそんなの面倒なだけだから嫌なんだよね」
「……まぁ、そこは否定出来ねぇな。
オレたちの行動1つで街の人は安心したり不安になるわけだし、世間的に注目されてるわけだから妙なことも出来ないし」
「だから最初は《センチネル・ガーディアン》の制度が出来てアンタが任命されたと聞いても興味も関心もなかった。けど……」
けど、ナギトはこの言葉を口にすると何故か続きを話そうとしない。彼の中で何か気まずい理由でもあるのだろうか?その辺を察することが出来ないのかヒロムはため息をつくなり彼に冷たく言った。
「オマエにどんな理由があるかは知らねぇがハッキリ言っといてやる。オレの強さを知ってもオマエが強くなれるわけじゃない、知識としてオレのことを知るだけでそれ以上の何かを得ることは無いと思っとけ」
「……そうだね。
教えを乞うわけでもなく強さを知るだけならそこで終わるね。でも……それが知れたらオレは十分なのかもしれない」
「どういう意味だ?」
ヒロムの強さを知れたらそれで十分なのかもしれないと語るナギトの言葉が気になるヒロムが彼に問い返すとナギトはボロボロな体を立ち上がらせるとどこかに向かおうと歩き出してしまう。
「風乃くん!?どこにいくの?」
「……これ以上ここにいるのは迷惑なだけだろうから今日はもう帰る。しつこくして天才に嫌われるのは面倒だからね」
「……」
「じゃあね、天才。
難しい話だけど気が変わったら教えてね」
ヒロムに別れを告げるとナギトはフラつきながら歩いていき、彼の態度と言葉に気掛かりな点があると感じているヒロムは去り行く彼の背中を見ていた……が、そんなヒロムの左の頬をユリナは強く引っ張るとヒロムに尋ねた。
「何で風乃くんを止めなかったの?」
「……離せ」
「答えてくれる?」
「……答えるから離せ」
頬を引っ張られたところで動じる様子もないヒロムは話す代わりに手を話せとユリナに伝え、ユリナはそれに従うように手を離す。ユリナが手を離すとヒロムは後ろ頭を掻きながらユリナにナギトを止めなかった理由を話した。
「アイツをここで止めても意味が無かったから止めなかったんだよ。止めたところでアイツはオレの強さを知りたいとかの理由について話すだけでそれを聞かされるだけ、オレは自分が何で強いかを話さなきゃならないだけ。ある意味面倒だからだけだから去ってくれて有難いくらいだ」
「ヒロムくん、風乃くんは怪我をしてたんだよ?
私が足でまといになったせいであんな風になったのはわかってるけど、せめて風乃くんの怪我を治してからでも……」
「それもあるから止めなかったんだけどな」
「え?」
何か意味深な発言をしたヒロムはナギトが歩いて行った方とは逆の方へ歩いて行き、ヒロムが歩き始めるとユリナはそれについて行くように歩きながら詳しく聞こうとした。
「どういう事なの?風乃くんの怪我を治さなかったのにはちゃんとした理由があるの?」
「……ユリナはオレやガイたちが戦ったり負傷したりするのに慣れてるしオレたちも別にユリナに怪我したのを見られるのに抵抗はない」
「え?そこは抵抗してほしいよ。
それに私、ヒロムくんが怪我するのだけはすごく嫌なんだよ?すごく心配になるし、その……」
「はいはい。まぁオレたち云々は差し置いて……アイツは今まで勝つことが評価に繋がるような世界の育成機関の中にいた。負ければ汚名を、勝てば名誉を手に出来るような中にいたアイツにとっては手も足も出ないってのは辛いことなはずだ。ましてどんな理由があったとしても相手に主導権を握られたまま痛めつけられ、自分を痛めつけたヤツらを完膚なきまでに目の前であっさり倒されたらな」
「それって……私を守ろうとしたせいで怪我したのとヒロムくんが好き放題暴れてあの人たちを倒したからってこと?」
「好き放題って……。オレとしてはユリナを心配してやったんだけど。欲を言うならユリナが学校にいてくれればオレもここに来ること無かったし」
「でも……それって私がいなかったら風乃くんは今頃どうなってたか分からないってことだよね?」
ナギトはユリナを守ろうとして負傷してしまい、ヒロムは学校にユリナが不在だと知って駆けつけた。だがその全てが……きっかけとも言えるユリナがナギトと行動していなかったらどうなっていたのか、ユリナはふとそれを気にしてしまう。
結果論で言うならナギトは負傷してヒロムが解決した。だがもし、ユリナがいないことによりナギトが抵抗できる状態だったら……
ユリナの何気ない疑問に対してヒロムは歩く足を止めることなく彼女に話していく。
「たらればとかだったらの話はあんま好かねぇけど……結果だけを見るならアイツは怪我しなかったかもな。ただ、覚悟があるかどうかの話だけどな」
「覚悟?」
「少なくともオレの倒したこの雑魚共はアイツを殺す覚悟があった。でもアイツはそれを押し退けるほどの戦意と倒す覚悟があったかどうかってことになる。覚悟がなければアイツは加減して終わらせる、そうなれば次々にお仲間を呼ぶことになってアイツは終わる。その辺の考えが結果を変えるかもな」
「……なんかむずかしいね」
「能力者のことを難しく考えられるほどユリナに知識はないだろ?ユリナはそんなこと考えずにいつも通りにしてればいいよ」
「そ、そう?」
「あぁ、姫さんは姫さんらしく可愛らしく大人しくな」
「……イクトみたいな呼び方しながらからかわないでよ」
先程までの空気感がウソのようにヒロムとユリナは仲が良さそうに話をし、話をしながら歩き進んでいく。
だが、この時ヒロムの頭の中には別のことが浮かんでいた。《フラグメントスクール》、風乃ナギトを狙って現れた能力者たち。その能力者たちを倒したヒロムのことを果たして他の能力者はだまって見過ごすのかを。仮に黙っていなかったとしたら……




