172話 バッドアクション
ヒロムを倒すべく青龍刀を構える牧瀬。だが牧瀬はヒロムを前にして彼へ先に仕掛けようとする動きを見せたくても見せられずにいた。
「……」
(皇子の作戦、機動丸の人形への適応、的確に刺激するレベルの挑発で本気にさせたジンのギアバーストが追いつけないほどの俊敏性を見せた上にこちらの予想の斜め上をいくような突拍子のない動き……どれを取っても面倒な相手だな。科宮のタブレットの演算装置が勝率100%を出さなかったことは今回に限ったことじゃないが、今回ばかりはどう演算しても私らがすんなり勝てる確率は無いに等しい。舞野がジンの治癒をそろそろ終わらせるはずだ。ジンが回復した後に舞野が波瀬を回復させて妖刀を回収させられれば辻岡と風宮、波瀬と私、そしてジンによる超攻撃型フォーメーションが組める。けど……)
「時間を稼ぐために待ってる暇もないし与えてもらえないだろうから……面倒な役を引き受けたもんだな私は」
「あん?」
「オマエには関係ねぇよ覇王。
つうか、そろそろオマエの独壇場を終いにしてやんよ!!」
ヒロムに向けて強気な発言をした牧瀬が青龍刀を振りながら魔力を強く纏うと炎のように燃え盛らせ、青龍刀を強く握りながら構えた牧瀬はヒロムを強く睨みながら切っ先をヒロムに向ける。
やる気十分の牧瀬、その牧瀬のやる気を前にしてヒロムは首を鳴らすとこれまでにはないどこか興味や関心があるような顔で牧瀬を見ると彼女に向けて話しかける。
「オマエ、暴月ジンより強いだろ?」
「なんでそう思う?」
「単純に構え方が暴月ジンに比べてスキがないしただの魔力が炎に似たオーラのように変化するってのは単純に能力者としての実力の高さを示すものだ。それにエセ王子はオマエに待機を命じ、四ノ宮ってのもオマエに対して積極的に前に出るような指示は出していなかった。つまり、オマエは実力はあるものの成長途中で暴走しがちな暴月ジンが先行して倒された後に生まれる穴を埋めるためにカバーに入れるだけの実力があるってことの証明にもなる」
「はっ、三森たちを酷評してたかと思えば私はべた褒めか?」
(何のつもりだ?コイツが私の実力を理解して認めてるのは聞いてて分かる。けど、何でそれをわざわざ私に話す?これまでの傾向からしたら敵に無駄に長話してやるような男じゃないのは分かってる。なのにコイツは何で……)
ヒロムが攻撃をしようとせずに話を続けることに異様な違和感を感じる牧瀬は彼には何かしらの企みがあるとして警戒心を高めていた。そんな彼女は警戒心を高めていたからこそ、話をするヒロムに起きた僅かな変化を目にすることが出来た。
些細なことだ。牧瀬の話をするヒロムの顔は牧瀬に向いたままだったのに視線だけが一瞬暴月ジンが舞野の治癒を受けている方へと向けられたのだ。
その一瞬の視線の動きを見つけた牧瀬は深く考えるまでもなく直感でヒロムの考えを理解してしまう。
「コイツ……!!」
(コイツはジンが治るのを待ってやがる!!理由は分からないが舞野の治癒を止められるだけの実力がありながらそれをあえてしないのはジンを復活させるような企みがあるからってことか!!まずいな……私の想定では舞野は指示を受けなくてもジンの次に戦力となる波瀬を助けると踏んでいるがそれをコイツも理解してたとしたら……)
「ジンの治癒が終わり次第動くぞ」
牧瀬がヒロムの視線の動きからヒロムが思考してる可能性があるあらゆる考えを頭の中で考えていると四ノ宮総悟が牧瀬の後ろから彼女に話しかけ、四ノ宮総悟に話しかけられた牧瀬の思考が止まると四ノ宮総悟はヒロムには聞こえぬように牧瀬に伝えていく。
「ヤツがジンに何かを期待して治癒が終わるのを待っているのなら好都合だ。舞野が狙われるにしてもこの距離なら復活早々ジンの加勢も可能、ジンが一瞬でもヤツの動きを止められればオマエや風宮たちが追いつくことも可能だろ」
「だが相手は……」
「神門アイシャが殿を務める。未だにヤツは《始末屋》に対しての動きしか見せていない。ならばまだ手の内を晒していない神門アイシャが加勢してしまえばヤツの想定するプランをいくつか壊せるはずだ」
「いくつか、か」
(ここまでの流れからしてそのいくつかを壊せても止まる見込みがないのがアイツなんだけどな。でも、神門アイシャの実力の底は私も知らない。つまり本気の彼女を知らない私たちの動きを予測して動くアイツが予測できない行動を神門アイシャが取れば……)
「……わるい、四ノ宮。
待たせたな」
ヒロムに勝つための僅かな可能性を牧瀬が見出すとタイミングよく暴月ジンの治癒が終わり、治癒が終わった暴月ジンは立ち上がると四ノ宮総悟に謝罪して拳を構える。
「詫びるのは後にしろ。ひとまずこの男を倒すことに集中しろ」
「分かってる。
オレと牧瀬で……仕留めてやる!!」
暴月ジンのやる気も十分。暴月ジンのやる気を受けて牧瀬はヒロムに対していつでも対応できるように構えて出方を見ようとした……が、暴月ジンの治癒を終えた舞野がヒロムに倒された波瀬の方へ向けて走り出そうとしたその時、ヒロムの視線が彼女の方へと再び向けられると共に体が舞野の方へ走り出そうと傾き、次第にヒロムの体は舞野の方へと進み始めようとしていた。
「やっぱりか!!」
狙いは舞野、そう読んでいた牧瀬はヒロムを止めようと走り出し、ヒロムが動こうとすると暴月ジンも舞野への攻撃を阻止すべく走り出そうとした。
暴月ジンと牧瀬が走り出すと四ノ宮総悟は2人を援護しようと魔力の弾丸をいくつも生成してヒロムに向けて放っていこうとする。
風宮と辻岡はこの流れを察したのか瑛二とともにヒロムを倒そうと別方向から向かっており、これにより再びヒロムを包囲した陣形で倒せる環境が生まれた。
「ここで決めるぞ!!」
(辻岡たちが四ノ宮の考えを理解して動いてくれたおかげでアイツを囲めた!!アイツは今舞野を狙うことしか考えていないはず、そのアイツが舞野に追いつく前に私たちが……)
ヒロムを包囲した状況、ヒロムを倒すために動き出した味方、そしてヒロムの思考と動きを読めていると頭で考える牧瀬がヒロムに迫ろうと走る足を加速させようとしたその時だった。
波瀬の方へと走り出した舞野を阻もうとするように動き出そうとしていたヒロムの動きが一瞬止まると傾けられた体勢が何故か低くされ、体勢が低くなったヒロムは地を強く蹴るとどういうわけか舞野のいる方とは別の方へと走り出した。
走り出した先には……四ノ宮総悟と宇治原がいる。
舞野を狙うと読んだ牧瀬が離れたことにより2人の守りは薄くなっている。そしてヒロムは舞野を狙うからそれを止めようとそこに全ての神経を集中させていた牧瀬はヒロムの予期せぬこの行動を前にして失速して戻るほどの余裕がなかった。余裕ではない、間に合うかどうかという問題だ。
それにより牧瀬の判断が遅くなり、牧瀬が結論を出す前にヒロムは暴月ジンや牧瀬、辻岡たちを寄せ付けぬ速さで四ノ宮総悟へと迫っていく。
「アイツ……!!」
四ノ宮総悟の方へと走り出したヒロムに対応しようと牧瀬、辻岡たちが建て直して動きを仕切り直そうとする中暴月ジンはヒロムの行動を不思議に感じて思考してしまう。
(今の流れ、四ノ宮と牧瀬が何を話してたかは知らないが2人は確実に姫神ヒロムが治癒術を使う舞野を狙うことを警戒していた。辻岡たちもそう思って動いたはずだし、オレ自身もアイツの動きから舞野が狙われると思ったから援護しようとした。それなのに何で……)
誰もがヒロムは舞野を狙うと読んで動いた。それなのにヒロムはその全員の予測を外れる動きをした。そのことが不思議でならない暴月ジンはふとこれまでのヒロムの動きを思考を巻き戻しながら思い返していく。
そして1つの答えが暴月ジンの中で出される。
「ダメだ……!!
四ノ宮、牧瀬!!これは罠だ!!」
正解、と四ノ宮総悟に向けて走っていたはずのヒロムはいつの間にか暴月ジンの後ろに立っており、それに気づいた暴月ジンが振り向こうとするとヒロムは彼を蹴り飛ばしてしまう。
「がっ!!」
「ジン!!」
「暴月ジン、やっぱ思った通りオマエは他と違うな。
思考のメカニズムが基本から外れる形で優れてる」
「オマエ……どうやって……!!」
「種明かしはしねぇぞ?
そんなことしたら……オマエに対してのオレの評価が無くなるからな」




