163話 開幕寸前の触発
最終戦まで残り10分……
特別観覧席で決戦を観戦するユリナたちと彼女の護衛を担当するイクト、そして1戦目と2戦目を終えたガイたちは困惑を隠せなかった。
なぜなら……
「とりあえずここで観戦するらしいから頼むわ」
最終戦を控えたヒロムがどういうわけか1戦目で敵として戦った太刀神剣一と勇波タクトをここに連れてきたのだ。
「大将?これは……」
「つうわけでイクト、妙なことしたら消していいから頼む。
じゃあな」
行かせねぇよ、とイクトは全員が困惑する中で去ろうとするヒロムを慌てて止めると状況説明を求めた。
「説明プリーズだ大将!!
この人ら敵、何でここに連れてきた!?」
「仕方ねぇだろ。オレは最終戦控えてて忙しかったんだ。
断ろうにも適切な言い訳が見つからなかったし面倒だったからここに来たいってのを聞き受けた」
「今サラッと面倒だったからって言ったよね大将!!
バカなのか!?バカなのかな!?」
「オマエにバカバカ言われる筋合いねぇよイクト。
あっ、ユリナたちは退屈にしてねぇか?」
「話を逸らすのに姫さんたちを使うな!!
心配してんのか利用してんのか分かんねぇから!!」
「つうか一条カズキいねぇのか」
「さらに話を逸らそうとするな!!」
「オマエ……いつになく喋るな」
「アンタのせいだから!!」
ヒロムとイクトのどこかくだらないやり取りを傍から見るタクトは何を見せられてるんだと戸惑った様子を見せ、そんなタクトのもとへとナギトは歩み寄ると彼に尋ねた。
「ここに来た理由、あるんだよね?」
「……オレはオマエに負けた。
《フラグメントスクール》を抜けたオマエに勝って自分たちの力を証明したかったのに結果は惨敗だった。悔しかった。だからオレはオマエに負けない素質があるってことを証明したくて最終戦への参加を考えた」
「え?最終戦に出れるの?」
「ルール上は不可能だが、このボーイは姫神ヒロムにダイレクトに交渉を行うことでルールをチェンジさせて出ようとしてた。どうせ今バトルしてもルーズするのは確定してるとオレがジャッジしてここに来ることを提案したのさ」
タクトの言葉にナギトが驚く中で補足するように太刀神剣一が詳しく話していくとガイが彼の言葉に反応してその理由を説明するように求めた。
「何故そんな提案をした?
敵地に潜り込むために利用したのか?」
「残念だが今のオレはルーザー、《始末屋》としてのジョブは最終戦のエンドまでデリートされてる身だから余計なことは考えてないさ。ただ、同じ過ちをしたくないだけさ」
「同じ過ち?」
「……オレは強さを求めて自分につけられた天才剣士なんてネームをオマエに押しつけた。一時の判断でオレはルートを間違え、オレは格下と見下していたオマエにルーズした。あの時の選択でこの結果を迎えたのなら無謀なチャレンジを考えるボーイを正しく導くことがオレにできることだとシンキングしたんだ。ここにはオマエや風乃ナギトが純粋に強くなったシークレットがある、それが何かを理解して強さとは何かを考え直すためにな」
「アンタ個人には何の目的もないのか?」
「ここで観る最終戦も楽しそうと思ったからだ。悪いか?」
「いや……別に。
そういう理由があるなら何も言わないさ」
「ガイ!?
コイツらは……」
「どの道最終戦が終われば《始末屋》は完全に消える。その段階で手を出せばコイツは犯罪者として対処するだけだ。安心しろイクト、責任はオレが取る」
「いや、まぁ……ガイがそこまで言うなら何も言わないけど」
「ほら見ろイクト、オマエだけだぞ文句言ってんの」
「この状況つくった大将にだけは言われたくないんだけどね!!」
やれやれ、とイクトの態度にヒロムは呆れながらため息をつくと彼の相手をやめるようにユリナたちの方へと歩いていき、ヒロムが歩いてくるとユリナは席を立ち緊張しながら話しかけた。
「ひ、ヒロムくん……」
「ん?」
「いよいよ……だね。き、緊張したりしてない?」
「いや……緊張する理由ないし。というかユリナが何で緊張してんの?」
「だ、だって……もしヒロムくんに何かあったらと思うと……」
心配すんな、とヒロムはユリナの頭を優しく撫でると微笑みながら彼女に優しく伝えた。
「相手がどんな野郎だろうがオレは負けない。オレは《覇王》の名を持ち《センチネル・ガーディアン》の最強として迎え撃つ。ヤツらが何を企もうとオレには届かないさ」
「でも……」
「まぁ、強いて言えばあまりユリナたちには見ないでほしいとは思ってるかな。最悪、向こうのヤツらを完膚無きまでに潰すからユリナたちの中のオレのイメージ壊すかもしれないし」
「大丈夫だよ!!私たちは……」
「ありがとな。終わったら……皆でゆっくりしようぜ」
じゃあな、とヒロムはユリナたちに優しく言うと観覧席を出ていこうと入口の方へ向かうが、そんなヒロムに太刀神剣一はある情報を与える。
「姫神ヒロム、ここにナビゲートしてくれた謝礼代わりに教えておく。最終戦はオマエの提案通り《フラグメントスクール》チーム側は総力戦で来る。《フラグメントスクール》の生徒は12人の予定から場以上になる30人、さらにそんな彼らを指導していた腕利きの能力者は《始末屋》に属する残りのメンバーと北で猛威を振るう能力者の神門アイシャ含む強者、そして1戦目で雨月ガイたちを倒さず棄権してオマエを倒すことにターゲットをつけたアーサー・アストリアだ。数の力では圧倒的にオマエが不利だが……」
「1つ教えておいてやるよ太刀神剣一。
その程度で不利になるような戦いの道をオレは進んでいない。オレは常に未来を掴むために道を塞ぐ茨をかき分けながら進んできた。たかだか数揃えただけではオレは止まらないことをオマエの仲間共に教えてやるよ」
太刀神剣一の言葉に対して己の意志を伝えたヒロム。そのヒロムの瞳には太刀神剣一が一瞬でも恐れを抱くほどの強い何かを秘めていた。
そして……
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最終戦、スタート時刻となった。
3度目となる対戦を前にして観客席は大いに盛り上がっており、実況を行う三千花アナもそれに乗せられるように進行しようとするのだがその三千花アナは先にフィールドに入場した《フラグメントスクール》チーム側の出場者に困惑していた。
『最終戦の開始時刻となり、《フラグメントスクール》チームの出場者が入場しました!!ですが……これはどういうことでしょうか?私が事前に耳にしていた出場者よりもその人数は遥かに多く、《始末屋》と呼ばれる組織の方たちが多く見られますが……』
『姫神ヒロムが事前にルール変更を向こうに出したんだろうなァ。総力戦で挑めとでも言ッて相手側を挑発なり何なりしてその気にさせたんだろうなァ』
『ですがこれだと公平ではないと思われますが……?』
『これは決闘だがァ、実戦では公平も不公平もないィ。平等とか不平等とかそんなのは言い訳にしかならないィ。姫神ヒロムにとッてこの最終戦は勝てばいいだけのことだし勝つという絶対的自信があるから数の力を相手にしようとしているゥ』
『では姫神ヒロムさんは負けるつもりはないということですか?』
『当然だろうなァ。姫神ヒロムはァ……アイツはそういう男だからなァ』
『そ、そうですか。
では気を取り直して……《センチネル・ガーディアン》チーム側の出場者、姫神ヒロムさんの入場です』
数の力を前にしてもヒロムは勝つと葉王が語るもにわかに信じ難い三千花アナはひとまずヒロムを入場させようと進行し、三千花アナの進行のアナウンスが流れるとヒロムが堂々とした態度でフィールドに現れる。
現れたヒロムには先程までイクトやユリナたちと話していたような気の抜けた真面目さのない雰囲気は消えて完全にやる気になっており、そんなヒロムが現れると《フラグメントスクール》側の能力者たちは身構えてしまう。
「さて……祭りを始めようか」




