144話 ヴィーナスヴァルゴ
声を出そうとした怪しい人物の口を押さえて防いだヒロム。その手を退けることなくヒロムは相手の口を押さえたまま話していく。
「アンタの正体についてはいくつか手掛かりがあった。リナやマリナ、アスナが会員になってるファンクラブに投稿されてたユリナが休みの日の投稿、あの投稿でまず中高は同じだと的が絞れた。次に軽く記事を読んで共通してる点を見つけようとしたが、どの記事にも『同じ学校、同じクラスでないと隠し撮り不可で記事の中身も成り立たない』のがほとんどだった。一部オレの活躍やら昔の写真やら該当しないのもあるがその点を重視すると高校生活はクラスが同じなのは確定だと考えた。その上で……さらに的を絞る方法があったからそれを試した。《ヴィーナスヴァルゴ》、開設者のユーザーネームを女神と乙女座に分けて考えた。中学3年もクラスが同じならって話しで当時の担任が誕生日を必ず祝う性格だったことを思い出してな。その時、乙女座の生徒が3人くらいいたのはオレの記憶に一応残ってた。そして……最後の要素だ。女神、この要素は名前でもなければニックネームでもない。オマエが自らをそうやって扱うことでファンクラブの開設者であると同時にオレに近い存在だと他人だけでなく自分にも言い聞かせるためだ。学年成績が常に2位……1位のオレに次ぐ成績を残し続けてる自分こそ《覇王》の2つ名を持つオレのそばにいる最高位の存在だと知らせるためにな。そうだろ……美乙女レイカ」
ヒロムが口を押さえる怪しい人物……肩まである濃い緑の神の赤い瞳の少女の名をヒロムが口にすると彼女は身を震わせ、身を震わせる彼女を前にしてヒロムはため息をつくと彼女に注意した。
「つうか盗聴器もだが人のプライベートを無許可で利用するな。さすがのオレも悪口ないにしてもあそこまでプライベートがダダ漏れだと気持ちが悪い」
「……」
「……悪い、手をどける。
とりあえず言いたいことがあるなら言ってくれ」
言いたいことがあるなら発言してくれとヒロムは伝えた上で手をどけるが、ヒロムが手をどけると少女は突然座り込むと手で口を押さえる。
何か余計なことをしたのかとヒロムが気にしていると……
「どうしよ……姫神くんが私の顔を触ってくれた。しかも姫神くんの掌と私の唇急接近してた」
「……は?」
「ていうか無理。私の名前どころかクラス同じだったことも覚えられてるとかヤバすぎだし誕生日知っててもらえたとかマジ無理なんだけど」
「ストーカー行為やってたヤツに無理とか言われんのはおかしあだろ」
「ていうか私の言ってるのが嬉しすぎて無理って意味なのに誤解させてるのヤバい、どうしよ手遅れかな」
「手遅れだな、確実に。
つうか1人でブツブツ言ってないで立ってくんない?」
座り込む彼女・美乙女レイカに立ち上がるように言うとヒロムは手を差し伸べる……が、ヒロムに手を差し伸べられた彼女は顔を赤くすると何故か1人で立ち上がり慌てて深呼吸し始める。
「落ち着きなさいレイカ。これは夢よ 。あの姫神くんが私のことを認識していて手を差し伸べ触れさせてくれるなんて夢でしかないのよ」
「オレもアンタの今の行動が現実でないと願いたいよ……。
というかアンタ、オレの記憶が違わなければ学年2位の秀才でクールビューティーとか呼ばれてなかったか?」
「一応そう呼ばれてるわ」
「切り替えはえぇなアンタ」
「でも残念、本人にバレたらどうにも出来ないわ」
「……いくつか質問したいことはあるが、とりあえず1つ目だ。何でオレのファンクラブなんて作った?」
「あら、そこから聞くのかしら?
私としてはもっとアレやコレやと聞かれた後女として吟味されるのかと……」
「おい、確実に賭博のサイトの名前見て言ったよな?ファンクラブのサイト作ったヤツとは思えない言葉出てきたぞ?」
「冗談よ。……正直に言うと広めたかったのよ、アナタのことを。
半年前……《十家騒乱事件》の前に起きた事件でアナタは1度街をテロリストから守ったのに街の人はもちろんメディアから迫害されてたでしょ?皆アナタのことをよく知りもしないで非難してたのが気に食わなかったから知ってもらうために記事を発信して理解者を増やそうと思ったのよ」
「頼んでもいないことを……オレはべつに正義の味方じゃないからあんなことで絶望するほどヤワじゃない。それに1歩間違えればアンタは命を狙われてたかもしれないんだぞ」
「もしかして私のことを…… 」
「ポジティブ過ぎるなアンタ。オレはアンタのやってたことを許してねぇのに」
独特な空気感でかき乱すように話すレイカに翻弄されるヒロムはため息をつきそうになってしまうが、ヒロムが ため息をつこうとするとレイカはそれよりも先にヒロムに質問した。
「私のことは警察とかにストーカーで訴える?それとも口止め料で人気のない所で脱がす?」
「……アンタが頭良いって知ってるからそういうの聞くと頭痛くなるな。つうか、オレがどういう性格か分かってるならそんな事しないって分かるだろ?」
「そうね……面倒くさいとかで警察とかに通報もしなさそうだし、女の子を乱暴するなら姫野さんたちは奴隷みたいに扱ってそうだしどっちもなさそうね 」
「おい、後半の内容明らかに賭博のサイトの名前につられてるよな?」
それで、とレイカはヒロムの話を無視して言うと自分をどうするのか改めて問う。
「アナタは私をどうするのかしら?」
「……どうするのか、か。2つ目の質問になるがアンタはファンクラブの管理者ってことをバラされたくないかだ。それによって決める。オレとしてはユリナたち限られた人間に話すだけ話して冗談通のイクトに頼んでその正体を適当なユーザーに差し替えさせることも出来るからな」
「あら、そこまでしてもらえるの?」
「アンタの気持ち次第だ。どの道今のふざけた態度ならオレは晒してもいいと思ってる。けどアンタは《センチネル・ガーディアン》のオレと違って民間人だ。そこを守秘することも可能だ」
「なるほど……でも、ファンクラブがどうなるかの方が気になるわ」
「……アンタ、そこまでして何でファンクラブを守りたいんだ?」
「決まってるわ。アナタのことを愛してるからよ」
「……1ミリの照れもなく言うなよ」
「アナタと同じよ。アナタは姫野さんたちを守ろうとして強くなろうとしてるんでしょ?私からしたらアナタの戦う理由をまよわず口にする勇気も度胸もないから羨ましいと思うもの」
「どっちもどっちってか。まぁいいか。
……条件ありなら公認にしてやる」
「ホントに?奴隷にでも家畜にでもなるわ!!」
「頼むからやめてくれ。簡単な話だがユリナたちには正体を明かしてくれ。その上でユリナたちと健全で安心して見られるサイトにしてくれ。それさえ守れば他は何も言わない」
「あら、意外とシンプル」
「そのシンプルを守れないなら次は躊躇わずに通報 も暴露もしてやるからそのつもりでいてくれ。オレからは以上だ」
「そう、そんなことも守れないような女じゃないわ。必ず守るし必ずより良いファンクラブにすると誓うわ。アナタの女の1人として」
「そうか、ならよか……あ?待て。
最後なんて言った」
決まってるわ、とレイカはヒロムの手を取ると笑顔を向けながら彼に言った。
「姫野さんたちと仲良くってことはアナタの女の1人として扱ってくれるってことよね?」
「誰もそんなこと言ってないし人聞き悪いこと言うな。ユリナたちはただついてきてるだけであって……つうかさっきオレの手が顔に触れてたとかでブツブツ言ってたのにどうなってる?」
「細かいことは気にしないの。あっ、そうと決まったら姫野さんたち……ユリナたちに話さなきゃ!!」
何か変なスイッチが入ったらしく別人のように走っていくレイカ。彼女の予測不能な動きにヒロムはため息をつくと頭を抱えてしまう。
「……めんどくせぇ……」




