14話 触れざる災い
ビーストが姿を消し、クリーチャーと呼ばれる化け物が消えたことで戦いは一旦沈静化した。だが、途中に起きた《世界王府》のリーダーであるヴィランによる全世界の人類への宣戦布告の言葉による人々の不安は消えていない。それどころか彼ら彼女らの抱く不安は計り知れないほどに大きくなっているのだろう。
街の被害状況を確認するために駆けつけた警察官たちの多くがそんな街の人たちに手を止められるようにヴィランの言葉についての抗議が押し寄せており、ヒロムとノアルは離れたところにある階段のところに隠れるようにして座っていた。
「ヒロム、これから街は……日本はどうなる?」
「さぁな。とりあえずはヴィランのあの宣戦布告でほとんどの人間は不安を隠せなくなってる。ヴィラン言い方からしてアイツが救いの手を差し伸べる対象にしたのはあくまで犯罪に手を染めた者だけ。そのヴィランの言葉を真に受けるようなバカはいないと思うが、代わりに他力本願になって政府や警察に助けを求める者や自分の身の安全のために無茶苦茶な事を叫ぶヤツが増えるだけだ」
「人はそんなに愚かな者では……」
「ノアル、オマエは外の世界を多く知らないからそうして人を信じるばかりだから仕方ないが現実はオマエが思い描くような人間だけでは成り立っていない。ノアルが思うごく少数のそのタイプの人間の周りでほとんどが己の欲のために生きている。ヴィランの演説を受け、クリーチャーが暴れたことで状況を確認に来た警察官の邪魔をするように押し寄せてるあの人たちは結局自分を守るために必死になってるんだ」
「ならどうすれば……」
「深く考えすぎだなァ、東雲ノアルゥ」
ヒロムの話を聞いたノアルがどうすればいいのかを問おうとした時、彼らの前に音も立てずに青年が現れる。どここ陰陽師を思わせるような装束を着用し、口元を隠すように紫色のマスクをした毛先だけが紫色に変色した茶髪の赤目の青年は2人の前に現れると気だるげに挨拶をした。
「よォ、久しぶりだなァ。
いつ以来だァ?」
「……2週間ぶりだ葉王。
相変わらずの気の抜けた話し方、どうにかならないのか?」
「冷たい覇王様だねェ。そんなんじャ女に嫌われるぞォ」
うるせぇ、とヒロムが冷たく返すと青年は……鬼桜葉王は楽しむような顔でヒロムをからかうが、すぐにそれをやめるとヒロムに尋ねた。
「……とまァ、お遊びの会話はここまでにしてよォ。
オマエらァ、《世界王府》のビーストと戦ッたらしいなァ?」
「……知ってるなら質問するな」
「重要な事だから聞いたんだよォ。
オマエら《センチネル・ガーディアン》に属してる人間が《世界王府》の魔の手から一時でも人々を守ッたァ。それは《センチネル・ガーディアン》の意義を示した事と同じだからなァ」
「……そのせいで《世界王府》は日本政府に呆れてるんだろ。
つうか、用件はなんだ?オマエがここに来るくらいだから重要なことを話に来たんだろ?」
察しがいいなァ、とヒロムの鋭い指摘に葉王は感心した様子で拍手をし、拍手をすると葉王はヒロムにここに来た理由と用件を明かしていく。
「ここに来たのはオレとアイツが把握してる《世界王府》のメンツの情報を渡しに来たァ。雨月ガイや相馬ソラのところにも他の使いが向かッて話してるだろうからオマエらにはオレから話すゥ」
「ビーストがNo.4、十神アルトはNo.10とはビースト本人から聞かされた。どうせリーダーのヴィランがNo.1のトップなんだろ?」
「その通りだがァ、その数字が指し示す意味は知ってるのかァ?」
「数字が?」
「何かあるというのか?」
「当然だなァ。例えば《センチネル・ガーディアン》の中や《天獄》の中で強さの序列があるようにヤツらにも序列が存在するゥ。その基準が異常なんだがなァ」
「何だよ。普通なら強さで裁定するんだろ?
ヤツらは違うってのか?」
「世界的な犯罪能力者の集まりだぞォ。オマエらみたいな善人や世界各国の能力者や戦士とは本質が違うゥ。ヤツら《世界王府》は世界を破滅させるべく集まっている。そしてヤツらが序列を立てる上で当てている数字ィ、アレは単体で国を滅ぼせるだけの力をどれだけ持ッているかというのを表してんだよォ」
「「!?」」
「ざッくり言うなら姫神ヒロムが倒した十神アルトなら国の有する軍隊を滅ぼせるかもしれないッてレベルだがァ、それより上に行くと個人で一国を震撼させるだけの力を有していることの証とされているゥ。それも1つ数字が増えるだけで国の軍隊を幾つも制圧できる実力者とされるッて話だァ」
「単独で国を1つ滅ぼせるかもしれないって言うのか……!?」
「バカな……!?
ビーストと戦ったがヤツからそんな強さは感じられなか……」
「そりャよォ、姫神ヒロム。ビーストが加減してたッて話だなァ。この場での戦いはよォ言うならヴィランの世界への宣戦布告が偽りでないことを示すためだッたんだろうからなァ。別に本気を出してオマエらを倒さなくてもいいッてことだろうなァ」
「つまり、ナメられてたってか?」
そうなるァ、と葉王はヒロムの言葉に対して気の抜けたような言葉を返し、その上で葉王は《世界王府》のリーダーであるヴィランについてヒロムとノアルに教えると共に忠告した。
「《世界王府》のリーダーであるヴィランの実力は言わなくても理解出来るはずだがァ、ヤツの力を現状で打破できるほどの強者は少ないしヤツを倒せる能力者がいないと考えておけェ。オマエらは……ヴィランが目の前に現れたらとにかく撤退しろォ」
「それはオレらじゃ勝てないからか?それとも戦うだけ無駄だからか?」
「両方……だがァ、オレとしては必要ないなら戦わせたくないだけだァ。ヴィラン、あの男はおそらくオマエらが一度も遭遇したことの無いタイプの人間だァ。権力に溺れる悪党でもなければ己の活力として何かを潰すでもねェ、まして破壊や殺戮の衝動を抱いてるでもねェ。ヴィランという男は呼吸するように悪意を振り撒きィ、その悪意で人を闇に染めるのが当たり前になッているような男だァ。そんな人間を前にして今のオマエらが無事で済む保証は無いから事前に忠告してるだけだァ」
ヴィランという男は得体が知れない敵、それを伝えようとする葉王の言葉を聞くヒロムはまるで彼がヴィランと対峙したことがあるかのような言葉が気になりつつも彼に確かめるように言った。
「仮にヴィランを倒して《世界王府》を潰せるとしてもオレたちにはヤツと戦うなって言いたいんだよな?」
「くどいようだがそういう事だァ。オマエらの帰りを待つ大切な人を悲しませたくなければァ嫌だろうけどオレの言う通りにしろォ」
「……分かった」
「じャあそういう事だァ。《センチネル・ガーディアン》の権限で休むなんなりして体休めとけよォ。それと政府の管轄にある他の《センチネル・ガーディアン》の動きについては後日連絡するからそれについては少し待ッとけェ」
じャあなァ、と葉王はヒロムとノアルの前から去ろうと手を振って消えようとした……のだが、ヒロムは消えようとする葉王にヴィランとは別の件で彼に質問をした。
「風乃ナギト、この名前の能力者をオマエは知ってるか?」
「風乃ナギトォ?さァなァ、そんな名前を聞いた気がしなくもねェが《世界王府》と関係してるのかァ?」
「いや、個人的な興味であって《世界王府》とは無関係な話だ。その能力者はガイと互角にやり合うだけのスピードの反応、そして身のこなしを有していた。個人的な特訓などであのレベルは無理なんじゃないかとオレは思ってな」
「よくわからねェガァ、個人的な特訓で強くなッた例といえばオマエクくらいだからなァ。それは気になる話だァ」
「知らないならいい。止めて悪かったな」
「気にするなァ。けどォ……そいつのことを調べるならいいことを教えてやるゥ」
「いいこと?」
「……《フラグメントスクール》、調べるまでもなく黒川イクトなら少しは知ってるかもしれねェがなァ」
「オマエ、まさか……」
「気になるなら好きに調べろォ。
じャあなァ」
謎の言葉を残して今度こそ姿を消す葉王。葉王の残した《フラグメントスクール》という言葉とまるで知ってるかのような口振りにヒロムは疑念が残る中ため息をつくと立ち上がる。
「……仕方ねぇ。アイツの言う通りにしてやるか」




