137話 方針確定
夜
夜も遅く、ヒロムたちの疲労も気にかけた一条カズキの計らいにより一泊することとなった一行。そこで昼間の対戦から気分を転換させようとユリナたちは《一条》の屋敷のキッチンを借りて腕を奮って豪華な料理を用意してヒロムやガイたちを元気づけようとしたが……
「えっと……」
客間にユリナたちの手料理が並ぶ中、集まっているのはヒロム、イクト、真助、ノアル、ナギトだけだった。その場にガイとソラ、シオンの姿はなく3人がいないことにユリナたちは心配そうに顔を見合せる中ヒロムたちは何食わぬ顔で食事を口にしていた。
そんな彼らの様子が気になるのかユリナはヒロムにガイたちが心配じゃないのかを質問した。
「ねぇヒロムくん、気にならないの?」
「ん?何が?」
「ガイたちがいないけど……」
「ソラとシオンなら傷の治癒受けてからずっと特訓してるから大丈夫だろ。ガイはアリスちゃんが外に連れて行ってるから知らんけど」
「気にならないの?」
「……むしろ、気にする理由ある?」
「え?」
予想していなかったヒロムの言葉に驚きを隠せないユリナ。そこユリナの反応を受けたヒロムは水を飲むと彼女に話していく。
「多分オレが心配しても余計なお世話で終わる。ここにいる真助たちもだけど……オレの一言はコイツらを傷つけるだけだ」
「そんなこと……」
「そんなことあるんだよ。……真剣に挑んで負けたのに自分を負かしたヤツに情けをかけられる、能力者として戦士として覚悟を決めたヤツにとっては辛いことなんだよ」
「そうなの……?」
ヒロムの言葉の真意を確かめようとユリナは真助たちの方を見るが、ユリナの視線を受けた真助たちはどこか気まずそうに目を逸らすと黙って食事を続ける。その反応からヒロムの言葉は正しいと感じ取ったユリナはそれ以上何も言えなくなったのか黙ってしまう。
気まずい空気になりつつある、そんな中で客間に誰かがやってくる。
「随分と豪勢な食事会が始まってるな」
やってきたのは先日の生徒からナギトを助けた氷堂シンクだった。彼は入ってくるなりヒロムの隣に座って食事に入ろうとするが、何故ここにいるのか気になったヒロムは彼に尋ねてしまう。
「オマエ、何でここにいんの?」
「いちゃ悪いか?」
「いや、別に悪かねぇけど……」
「オレは葉王の呼び出しを受けてここに来ただけだ。食事はそのついでだ」
「葉王に?何の用で?」
「なんでも未熟な新入りが対戦の結果不足だらけだと判明したから指導者が欲しいらしくてな。そこでオマエと同じ《センチネル・ガーディアン》のオレに白羽の矢が向けられた」
「新入り……ってまさかナギトか?」
その通り、とヒロムの言葉にシンクは返事をすると食事を口に運ぶ。思いもしなかったことにナギトが驚く中、シンクが選ばれたことが気になるらしく真助は彼に質問した。
「何でオマエがナギトの指導を?能力的にも戦闘方法的にも傾向が違うだろ」
「オレも最初はそう思った。だが、葉王から渡された決闘チームの対戦の記録映像を見た時に葉王の狙いが理解出来た。その上で言うなら……風乃ナギトの指導担当はオレが適任かもってな」
「まぁ、葉王の判断なら信じるしかないな。
具体的な内容とか指示はあるのか?」
「葉王からはヒロムが基礎をしっかり叩き込んでるからオレがやるのは風乃ナギトが1人の能力者として戦力としてカウント出来るところまで仕上げつつ今の《天獄》で風乃ナギトにしかない唯一の武器を持たせることが選ばれたことを視野に入れてくれとは言われてる」
「唯一の武器、か。
難易度高い課題だな」
でもいいじゃん、とヒロムの心配をよそにナギトはシンクの指導を受けられると聞いたからか何故かワクワクしたような顔をしていた。そのワクワクの理由が気になるヒロムはナギトに尋ねた。
「オマエ、何で喜んでんの?」
「だって嬉しいじゃん。《センチネル・ガーディアン》2人の指導を受けるなんて滅多にないことだろ?オレはそれを実現出来る貴重な体験をするんだ……ワクワクしない方がおかしいよ」
「……オマエ、特訓のし過ぎで頭おかしくなってるな」
「なんかいい感じにナギトも気持ち切り替えれてるみたいでよかったじゃん大将。んで真助とノアルはどうすんの?」
「オレか?オレは葉王に頼んで当日まで別で特訓するために遠出だ。多分当日までは帰らねぇからそのつもりでたのむ」
「真助さん、学校はどうするんですか?」
「いや……学校はまた今度だ」
学校に行く気がない真助の態度が許せないのかエレナはムッとしたような顔で彼を見つめ、見つめられる真助は申し訳無さそうに目を逸らしてしまう。真助が目を逸らす中ユキナがエレナを宥め、ヒロムは少し呆れながらノアルにも尋ねた。
「ノアルは?」
「オレは屋敷に戻る。屋敷でやれる事をやって葉王の指導を受ける感じだ」
「そうか」
「そういうヒロムはどうなんだ?
まさか葉王や一条カズキに指導されんのか?」
「予定通り決闘の3日前から一条カズキから本格的な実戦の指導を受けることになってる。それまではこの間渡されたハートの遺品の霊装と睨めっこだ」
「おいおい、1人だけ遊びか?」
「んなわけあるか。葉王曰く指輪の霊装である《ファースト》には何か意味があるらしい。それが何かを紐解かないと……この先オレは成長出来ないんだとさ」
「……なんかオマエが1番面倒だな」
「そうでも無いさ。意外と簡単に終わるかもってところまでは来てるからな」
「んだよ、やっぱ1人余裕かよ」
「真助、オレに恨みでもあるのか?」
「負けた恨みならあるな」
そうだったな、とヒロムはため息をつき、そんなヒロムの反応にイクトたちはわらう。その後しばらく話が続き、そして食事を皆で楽しんでいた。
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2時間後
ヒロムは葉王を呼び出し、彼に広い空間を案内するよう頼んだ。依頼された葉王は渋々対戦で使用したのとは別の訓練用施設を使用するとしてそこへ案内して彼に何を企んでいるのか尋ねた。
「姫神ヒロムゥ、何を企んでいるゥ?
まさかオレと戦いたいのかァ?」
「んなわけねぇよ。オレはアンタにしか頼めないと思ったから頼んだんだ。あとその口調はやめてくれていい」
「あァん?何言いやがるゥ?」
「これの中にあるものを知りたいのなら普通にしてくれ」
ヒロムはジャージのポケットから先日カズキから渡された葉王が託されたヒロムの先祖たるハートの遺した指輪の霊装を取り出し、ヒロムの思惑を理解した葉王は咳払いをすると彼に従う。
「……まさかだがそれについて何か判明したのか?」
「まぁ、偶然見つけたって感じだな。
葉王、多分アンタの血が少しいるから分けてくれ」
「あ?何気持ちの悪いことを……」
いいから、とヒロムは白銀の稲妻を小さな針のようにして出現させると葉王の手に軽く刺し、刺したところから流れ出た血を指輪の霊装に付着させた。
すると……
葉王の血が付着した指輪の霊装は光を放ち始め、光を放つ指輪の霊装は意思を持つように浮遊していく。
「これは……」
「葉王、その目でよく見とけ。今から目にするのは《奇跡》では済ませられない驚きだからな」




