128話 1戦終えて
ガイたちとの対戦を終えたヒロムは1度控え室に戻り、控え室に用意されている冷蔵庫を開けて水の入ったペットボトルを取り出すとキャップを開けて水を飲む。
疲れて喉が渇いたのか、単に水を飲みたくなったのかは分からないがヒロムは水を飲み干すとペットボトルを握り潰してゴミ箱へと投げ入れる。
「とりあえず……だな」
「ご苦労だったな」
ヒロムが一息ついていると双座アリスが控え室に入ってきてヒロムに話しかける。
「葉王からの伝言だ。精神的な成長については求めていたライン以上の成果が出ていてひとまずは課題の半分はクリアだそうだ。あとは精神的な成長に繋げる形でハートの指輪の霊装に秘められた何なのかを紐解けば葉王の課題は完全クリアらしいぞ」
「そうか。一条カズキは何て?」
「……あえて言うなら加減しすぎだってよ。カズキとしてはオマエが本気でアイツらを倒してくれなきゃアイツらが飛躍的な成長をしようとするきっかけにならないってすこし不満があったみたいだ」
「不満ね。オレから言わせればあの3人の成長があのレベルってのが不満だったよ。ナギトの特訓に関してはオレにも責任があるとして、真助も序盤に関しては気の緩みが感じ取れた。もともと戦闘狂のアイツに気の緩みが見られるなんておかしな話だ。ガイに関してもそうだが……あの2人はその気になればあの場でオレに致命傷を与えることは可能なはずだった」
「葉王の能力による治癒があるとはいえそれを躊躇ったと?」
「いや、考え方が温いってことだ。
途中で真助は戦いに対しての姿勢と考え方が変化したからオレに妖刀が届いたわけだが、ガイに関しては全ての攻撃が中途半端な気持ちで放たれたようなものばかりでオレを仕留めるようなものじゃなかった。気の迷い、おそらくかつての知り合いである同じ剣士の《始末屋》に属する太刀神剣一の存在が頭にあるせいで殺しの道を選んだそいつとは異なる道を行こうと無意識に考えて力が抜けてしまっている」
「それでもオマエに食らいつくだけの動きはしてただろ」
「動きはしてたじゃダメだ。やるならオレが思考を止められるようなアイデアによる動き、それを常に発揮出来るかどうかってところだ」
「ずいぶんと辛口評価だな。精神的に成長して言葉選びが下手になったか?」
違うな、とアリスの言葉を一言で否定するとどこか虚しさを感じているような表情を見せながらガイについて話していく。
「オレの知る雨月ガイならあんな無様な戦いはしない。それこそ1人の男との再会が心を揺らがしてるのならその影響で太刀筋は乱れる。今のガイにこそオレのような精神的な成長が必要だと思う。仲間としてというよりは1人の友として迷いを断ち切ってほしいんだ」
「ならオレが雨月ガイの面倒を見てやるが……どうする?」
「……頼めるなら頼む。アイツも自分の未熟さを分かってるはずだから、アンタの手を貸してやってくれ」
「分かった。雨月ガイについてはオレに任せてオマエは次の対戦に備えとけ」
(精神的な成長、ね。簡単に頼んでくれるがオマエの望み通りに雨月ガイが変わろうとしなければ終わる博打だってのに……。それを超えて欲しいと思うのは友人としての強い思いがあるが故なら応えるしかないな)
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メディカルルーム
葉王の能力によってヒロムとの戦闘によるダメージを消してもらったガイたちは休息を取っていた。が、ガイには元気と呼べるようなものはなく、ナギトはどこか気まずそうに椅子に座っていた。そんな中で真助は何故か大量の白米を食べていた。
「……真助、この状況で飯食う?」
「あん?腹が減ったら肝心な時動けねぇだろ。
オマエも腹減ってんなら何か食っとけよ」
「いや、そうじゃなくて。負けた後に呑気に飯食えるなって思ってさ。悔しくないの?」
「バカ言うなよ。悔しくないわけ無いだろ。あと少しで深く斬れたのに届かなかったんだ。こんな負け方で悔しくないって思うのは阿呆だけだ」
「なら何で……」
「負けて後悔するのは簡単だがそこから大きな一歩を踏み出すのは簡単じゃない。さらに言うなら立ち止まる方が余程簡単だ。でも……勝ったヤツは負けたヤツの悔しさを知ることなく進んでるんだ。そいつに追いつくなり追い抜くなりするなら迷う暇ねぇ。進むだけだ」
「次は勝つつもりなの?」
「次なんてねぇよ。今のがヒロムじゃなくて《世界王府》のペインなら殺されていたんだ。やるからには今に全てを出し切る、今回のオレたちは決闘チームってところに気を取られすぎてそれを忘れてたから負けたんだ」
「全てを出し切る……」
「あれ?真助普通に元気そうじゃん」
真助の話にナギトが真剣に考えさせられているとメディカルルームへとイクトが入ってきて白米を食べている真助の元気そうな姿に驚いた様子を見せる。何をしに来たんだろうとナギトが不思議に思っているとイクトは真助たちに栄養ドリンクを渡し、ガイにも手渡すと彼の隣に座った。
「いや〜、惜しかったねガイ。
変則三刀流のあの攻撃はカッコよかったのにね」
「……届かなかった。
オレには何かが足りなかった」
「何かっていうかそもそもガイたちがこの大将との戦いの意味を間違えてるよね?」
「オレたちが?」
「まぁ、真助はもう理解してるみたいだしナギトも真助の話で学んだようだからよしとして……ガイに関しては大きな間違いをしてるよ」
「オレが?何を間違って……」
「ガイ、さっきの対戦で大将を殺すつもりでやってた?」
「なっ……!?
なんでそこまでしなきゃ……」
「そこまでしなきゃ勝てない相手が大将なんだって忘れてるよね?葉王との特訓やらを経て強くなってる気でいて先読みで挑んで負けてどうにかしようとしてるのはよく分かったけど、どれを見てもガイには大将に対して真剣に挑もうとする姿勢が見られなかったんだ。対戦だから、何かあっても葉王が何とかするとか変なこと考えて戦ってたように見えたからね。そういう気の緩みが敗因に繋がったんだよ。大将は本気でガイたちと戦う姿勢を見せたのにガイはそれに応えようとする姿勢が見受けられなかった」
「……」
「……それを差し引いても今の大将は別次元の強さに達してんだから加減するなんてありえない話だよ。それをするってことは今のガイには迷いがある。たとえば……人殺しの剣術とは異なる剣術使いってことを言い聞かせようとしてるとか」
「……っ!!」
「図星、だね。太刀神剣一のことを知ってから迷いが出てるみたいだからもしかしてと思ったら大正解みたいだね」
太刀神剣一の名が出るとガイの表情が険しくなり、イクトは彼が太刀神剣一のことで何か思うところがあると感じていたことを伝え、イクトはため息をつくとガイに優しく伝えた。
「ガイにとって決闘チームとして戦うのは太刀神剣一との決着をつけること?それとも大将のために自分たちの力を示すため?そこをハッキリさせて覚悟を決めないとガイは負けると思うよ」
「……オレにどうしろと?」
「さぁね。それは知らないよ。
でも1つ言えるのは太刀神剣一のことを忘れられないならそれを上書きするだけの何かを見つけるしかないってことかな」
「上書き……」
「……オレからは以上だよ。とりあえずも少し休んだら一条カズキのとこに行きなよ。大将がアリスちゃんにガイたちの評価を伝えてるだろうから決闘の日までの特訓とかの流れを話すだろうからさ」
じゃあね、とイクトは立ち上がるとメディカルルームを出ていき、イクトが出ていくとガイは真助に相談した。
「真助、オマエの手を借りたいんだが頼めるか?」
「頼まれてやるよリーダー。決闘の日に《フラグメントスクール》のヤツらにナギトの強さを見せつけてほかのヤツらにオレとオマエの力を示すためなら手を貸してやるよ」
「助かる」
イクトの言葉で何かを気づいたガイの瞳にはやる気が満ちており。そんなガイに真助は手を貸そうとする。果たしてガイは心の中の迷いを払拭できるのか……?




