127話 必要なもの
ヒロムとガイたちの戦いが終わった。その様子をモニター越しに見ていたユリナたちは唖然としていた。
「ヒロムくん……加減してないよね?」
「間違いなくヒロムさんは本気でしたよね……」
ユリナとエレナはヒロムが容赦しなかったことによりあることを気にしていた。そしてそれを確かめるようにゆっくりとある方向に視線をむける。その視線の先にはガイの精霊である幼子の飛天と希天、子犬の鬼丸がいる。
そう、ユリナたちが気にしていたのは飛天たちがモニター越しにガイがヒロムに倒されるのを見てしまいショックを受けていないかということだ。まだ幼子の2人、ヒロムに懐きガイのことを『ご主人』と呼びながら大好きで仕方ない2人。そのガイがヒロムに倒されるのを見てしまえばショックを受けてもおかしくないと考えていた。
恐る恐る飛天と希天の様子を確かめようとするユリナとエレナ。しかし……
「ご主人負けちゃったねお姉さん」
「タイショーさん、強いね」
サクラに抱かれる飛天、ユキナに抱かれる希天はユリナとエレナの心配していたのとは裏腹に何故か笑顔でガイが負けたことを受けいれ、さらに希天に関してはガイを倒したヒロムの話をしている。
予想外の2人の反応に驚きを隠せないユリナとエレナ。するとヒカリがユリナたちにある話をした。
「実はあの子たち、この対戦の前にヒロムに謝られてたのよ。『これからガイをケガさせるけど許してほしい』って。でも飛天くんも希天ちゃんもヒロムはガイのために戦ってくれるからって許してくれてたのよ」
「そ、そうなの……?」
「ええ。ヒロムも少し想定してなかったのか驚いていたわ。
それにしてもガイの精霊なだけあってしっかりしてる子たちね」
「そ、そうだね」
飛天と希天について話すヒカリの話にユリナとエレナは驚きを隠せぬ様子で苦笑いしてしまう。そんな中、アキナは一緒にモニターを見ていたイクトに質問をした。
「ちょっとイクト。アンタがさっき言ってた柔軟性って何なのよ?ユリナとジャンケンだけして話そうとしないし……アンタ、もしかして今がチャンスと思ってユリナとイチャつこうとしたの?」
「そんなわけないって。姫さんは大将の女なんだからね」
「イクト!?」
「ちょっと!!ヒロムは私が寝取るんだから変なこと言わないで!!」
「1番変なこと言ってるのはアキナよ!!」
アキナのせいで話が多少脱線していく中でユリナがツッコミを入れ、脱線したまま話が盛り上がってしまう中イクトは咳払いをすると先程言っていた話について詳しく話していく。
イクトが話すと分かるとユリナたちは脱線した話のことなど忘れたかのように真剣な顔で聞こうとする。
「柔軟性ってのは思考的な意味だよ。たとえばさっきのジャンケンだとオレはグー出すからって姫さんに伝えたのにパーを出した。姫さんはオレがグーを出すって言ったからそれを信じて勝とうとしてパーを出したけど、オレがパーを出したのを見て何が起きてるか理解してなかった」
「う、うん。というか何でパーを出したの?」
「それが柔軟性だよ。なら逆に聞くけど何で姫さんはオレが絶対グー出すと思ったの?」
「それはえっと……」
「そう、姫さんは純粋にオレがグーしか出さないと信じた。でも考えてみなよ、オレがグー出すからって姫さんにパーを出させて自分がチョキで勝とうとしてると考えたら……それを信じる姫さんもどうかって話になるんだよ」
「なるほど……イクト、アナタはヒロムたちの戦いについて簡単に説明する材料としてジャンケンを選んだのね?」
「そういう事だよユキナ。思考の柔軟性、それはつまりあの戦いに当てはめるなら……ガイたちのあの動きは大将が《流動術》や擬似的未来視で先読みをすると考えてそれを上回る先読みをして大将の上手を行こうとした。けど大将はそれを理解して精霊との連携でガイたちの陣形を崩し、ナギトを倒した。続く真助とガイに関しては大将に勝とうとして冷静な判断と効果的な手法を導くだけの柔軟な発想が出来なかった」
「それで負けたの?」
「まぁ、単純な実力の差もあるけど大将の素の身体スペックを上回るってことに関してはガイたちに余裕があれば案外可能な事だし、大将の得意手を知ってるガイなら単純な実力と精霊の力の借り受けに警戒してあんな単調な攻撃はしなかったはずだよ」
「えっと……つまり?」
要するに、と未だに理解が追いついていないユリナのためにイクトは簡潔に離そうとする。
「この対戦の課題はガイたちが目の前のことに捕われ過ぎずに柔軟な思考であらゆる可能性・あらゆる戦術を考えるだけの判断力が今あるのかどうかを確かめるのが第1の目的だったのさ。ガイたちが最初に先読みを警戒したのはおそらく正解だけど、そこからつぎに繋がる発想が続かなくなったのが問題なのさ」
「じゃあガイたちが負けたのって……」
「まぁ、それだけじゃないけどね」
(単純な話が葉王の設けたこの対戦の本当の目的はガイたちが葉王の指導を軽く受けて特訓したことで強くなったと自惚れてるかどうかの確認と今の大将との力の差を思い知らせることだからね。姫さんたちが知れば怒るかもだから黙ってるけど……向こうのチームは今ので気づいてるだろうね)
さて、とイクトは立ち上がるとどこかに向かおうとする。どこに行くのか気になったユリナは彼に声をかけるとどこに行くのかを尋ねた。
「どこに行くの?」
「ちょっと……野暮用にね」
******
別のモニタールーム。そこには次にヒロムと戦うソラたちがいた。ガイたちがヒロムに敗北する様子を目を逸らすことなくしっかり見ており、それを見たソラはある事に気づき2人に話していく。
「この対戦の目的はここまでの特訓の成果の発揮とヒロムとの実力差の自覚だな。ガイたちが《流動術》を会得してるのを理解した上でヒロムとどう戦うのかを見定めるとともにガイたちが先読みで太刀打ち出来なかった場合にどうするかの判断力も査定してるかもな」
「つまり?オレたちにも連携しろと?
後方支援も出来る火力のオマエ、近接特化の機動力の高いオレ、そして攻防自在に変化できる万能性を持つノアルでどう連携する?」
「オレが《魔人》の力で硬化しながらヒロムを引き付けて2人が攻撃する時間を稼ぐのか?」
「オレがアイツの速さに合わせて動いて動きそのものを封じて2人が攻撃、仕留めきれなかったらオレがトドメをさしてやるよ」
「……いや、どっちもヒロムには届かない。ノアルのやり方はまずアイツもすぐに思いつくような作戦だし、シオンのやり方も瞬間的な加速ではなく継続した加速で上回り続けなければならないのなら素のスペックに分があるヒロム相手では後手に回される危険性がある」
「ならどうするんだよ?オマエが何か考えてるなら意見を聞かせてもらうが……」
「ある。ただし、これを聞くからには覚悟しとけよ。
今のヒロムはオレの見立てならペインとタイマン張れるレベルだ。精神的な成長、それを甘く見てたとかじゃないが今のヒロムはペインがユリナを守れなかった別世界の自分と知って精神的に不安定になった時とは違う。あの落ち着き方は葉王や一条カズキと同じ域に達した人間のものだ。それと渡り合うためには……相応の覚悟で挑む必要がある」
「真助のあの一撃が当たったのは奇跡ってことなのか?」
「ああ、それで済ませられるレベルだ。今までの戦いで追い詰められる度に誰にでも見られる迷いや揺らぎはない。そんなヒロムの思考を一瞬でも止められるレベルでなければ一撃を食らわせたとは言えない」
ならどうする、とシオンは今のヒロムは容易には倒せないと言うソラに何かいい案があるのか尋ね、尋ねられたソラは真剣な顔でシオンとノアルに衝撃の内容を話す。
話を聞いた2人はその内容に驚きを隠せずに動揺してしまい、2人が動揺する中でソラは話し終えると2人に告げた。
「オレたちは十神アルトの移送を狙うかもしれない《世界王府》のヤツらを迎え撃つチーム、そのチームが求められるのはテロリストを殲滅することが可能な戦闘力と行動力であることは間違いない。葉王の指導やこれまでの経験から学んだことを糧にして成長したオレたちの強さをヒロムに示すなら……方法はそれ一択でしかない」




