113話 射すべき矢
ヒロムの屋敷
屋敷の敷地内の庭にヒロムはおり、ヒロムの前にはガイたち《天獄》の面々が揃っていた。そしてそこには大淵麿肥子率いる軍勢との決闘に参加するシンクの姿もあった。
ガイたちの前でヒロムは《フラグメントスクール》の生徒たちの前での出来事を語り、話を聞いたイクトは慌てた様子ででヒロムに意見した。
「大将!?何ケンカ売ってんのさ!?」
「あ?」
「あ?じゃなくて!!何で!?
決闘にそんなに乗り気じゃなかったんじゃないの!?」
「売られたケンカは買う、昔からそうだろ?」
「昔は昔、今は今!!
しかも《センチネル・ガーディアン》の立場で半殺しとか潰すとか宣言するなんて何を……」
「むしろぬるいな」
ヒロムに対してイクトは何か言いたいことがあるらしく彼に対して問い質すような言い方をするが、そのイクトの言葉を途中で遮るようにソラは呟くとイクトの言おうとしたことに対して反論した。
「オマエが言いたいことは何となく想像出来るが今回の件に関してはヒロムの判断は間違いじゃねぇ。先に宣戦布告してきたのは大淵麿肥子、その大淵麿肥子とそいつの駒になってるヤツらに現状を把握させるって意味では効果的だろ」
「そうじゃないだろソラ。大将は日本の防衛戦力の《センチネル・ガーディアン》、それに異論がある大淵麿肥子が大将にケンカ売ってるってのは理解できるけどそれに反応してやり返すなんておかしいだろってオレは言いたいんだよ」
「ならオマエは黙って決闘当日に正々堂々戦えと言いたいのか?仮にも昨日、《フラグメントスクール》のヤツらの一部はナギトを狙って現れたんだぞ?シンクの介入がなければナギトは間違いなく攻撃されて襲われてた。それを黙って受け入れろと?」
「そうじゃない。オレは……」
落ち着け、とヒロムは言い争いになりつつあるソラとイクトを宥めるように言うと《フラグメントスクール》に対しての行いについて理由を話していく。
「オレが《フラグメントスクール》に行ったのは3つの理由がある。その1つが今ソラが口にしたナギトの件だ。ナギトを《天獄》に加入させるからこれ以上手を出すなと忠告したにも関わらずヤツらは手を出してきた。だから確実にヤツらの仕掛ける手を止めさせるためにオレはヤツらに接触してその一部と戦うことで実力の差を理解させると同時に次に手を出すとどうなるかを理解させた」
「理解って……」
「運良くランキング2位と接触した。おかげで2位の能力者でも手が出せない男としてオレは認識されてるだろう」
「その2位って高宮純也?」
ヒロムの話の途中で何かが気になったのかナギトが質問し、彼の質問に対してヒロムはただ頷く。ヒロムの反応を見たナギトはヒロムやガイたちに《フラグメントスクール》のランキング2位の高宮純也について話していく。
「高宮純也は殴り合いに長けた能力者でこれまで自分より下の順位のヤツには負けたことの無い天才と呼ばれる男。ランキング1位の能力者には幾度となく挑んでは敗北しているけどそれ以外では負け知らず、他にも……」
「ナギト、それ以上は語るな」
ナギトの話をソラは聞く気がないのか途中で終わらせると彼に冷たく告げた。
「ヤツらのランキングの順位なんて聞くだけ無駄だ。今はまずヒロムの話を聞け」
「ごめん……」
「わかればいい。ヒロム、2つ目の理由は?」
「……2つ目の理由は大淵麿肥子への挑発だ。挑発と言ってもイクトが気にするようなものじゃない。単純にオレたちの実力を決闘当日に確実に証明するための土台作りとでも思ってくれればいい 」
「土台?」
「今のまま決闘当日にオレたちが勝っても大淵麿肥子が戯言を言ってオレたちがそれを覆したってことで終わる。でも、今後のことを考えるなら大淵麿肥子だけでなく今後同じようなことを言い出すバカを出さないようにするのが懸命だ」
「つまりヒロムは大淵麿肥子のような人間を出させないためにあの男を抑止力の材料に利用するって言いたいのか?」
「そういうことだガイ。《フラグメントスクール》の勝手な行動を抑制した上で大淵麿肥子の行いがどれだけ愚かなことかを世に理解させるためにはヤツが大きく後悔するほどの重荷を背負うように仕向ける必要がある。だからオレはヤツに人数を増やす提案をした。大淵麿肥子は勝つために手段を選ばなくなるもその全ては《センチネル・ガーディアン》の前には何の役にも立たずに終わり、大淵麿肥子は大臣として大きな恥をかいたと世に広める。オレたちの実力を示せば《センチネル・ガーディアン》の力を思い知りバカなことをするようなヤツは減るだろうからな」
「そのために大将は……」
「当たり前だろイクト。そのためだけにオレはヤツらにとってのヒール役を買ってでも手を打とうとしたんだ。これで大淵麿肥子が決闘に向けて手を打てばオレの思惑通り、あとやるべきは奴らを迎え撃つだけだ」
「……肝心の最後の理由は?」
2つ目の理由までヒロムが話すとイクトも納得したような反応を見せ、ヒロムの考えにガイたちも納得しているらしく話を聞こうとする。その中でシンクはヒロムのいう3つの理由の最後の理由を聞き出そうとした。
「1つ目の理由は《フラグメントスクール》の行動の制限、2つ目の理由は大淵麿肥子への牽制と今後同じことを繰り返させないための抑止力の駒としての利用、そこまでは分かった。だが3つ目の理由は何に関してだ?今の話を聞く限りでは3つ目の理由として何に目をつけてるのか気になって仕方ない」
「シンクの言う通りだな。ヒロムの読み通りに事が進めばオレたち《天獄》は世間から必要性があると理解された上でこれ以上の邪魔が出なくなる結果を得られる。それだけの状況にあるのにまだ何かを求めているとすれば……ヒロムは一体何を求めてるんだろうな」
簡単だろ、とシンクとソラが考える中でシオンは言うとヒロムの言う3つ目の理由を彼に確かめるように話していく。
「考えられるのは十神アルトに面会したその何とかって野郎が妙な信頼を置く専門家のヤツだ。専門家とはいえ一般人がわざわざ十神アルトに接触するような真似をすれば怪しさしかない。だからヒロムは《フラグメントスクール》や何とかって野郎を牽制するようなことをしてその奥にいる専門家の野郎を何とかしたいって魂胆だろ?」
「ああ、そうだ。オレの狙いは十神アルトに接触した謎の専門家だ。何故大罪人の十神アルトに接触したのか、何故大罪人の十神アルトとの面会を特別な権限も持たない一般人でしかない専門家に許可されたのか……多くの謎がそこで止まってるからこそそこを何とかしなくちゃならない。世間は今やオレたちと大淵麿肥子の選定した能力者による決闘に注目を集めているから極秘裏に進められる十神アルトの移送には目が行くことは無い。こんな何かあるようなタイミングで物事がいくつも重なるのには裏があると思うしかない」
「その専門家が《世界王府》の差し金かもしれないってことか?」
「1度は日本という国を支配下に置く手前まですべての機能を追い詰めていた極悪人だ。あれが野に放たれたとなればこの国はパニックを避けられない」
だからこそだな、とガイはヒロムの話を聞くと何かを感じ取ったのか真剣な顔でヒロムはもちろんソラたちに向けて話していく。
「オレたちは大淵麿肥子に勝たなきゃならない。勝って《世界王府》に対抗するための立場を死守して《世界王府》の万が一の動きに備えなきゃならない。そのためにも……自分たちで何とかしなきゃ意味が無い」
「他はあてにならないだろうから必然的にそうなるな」
「ガイやソラの言う通りだね。オレたちが何とかしなきゃダメだ」
「……理解が早くて助かる。だがこれだけは忘れないでくれ。
オレたちは決闘当日、望まなくても《センチネル・ガーディアン》という護る立場を死守するために《フラグメントスクール》という弱者を蹂躙する悪役になる必要がある。それが嫌なら下りてくれて構わないが……どうする?」
悪役として振る舞う必要がある、それが嫌なら決闘を見送れ。そう言いたげなヒロムの言葉を前にしてガイたちは皆頷くと真剣な表情で答えを出した。
「「やってやるよ」」
「……オッケーだ。
なら決闘当日までに葉王の出した課題をクリアすべくひたすらに特訓するぞ」




