110話 恋情の糧
夜。
姫月ヒカリの歓迎会が始まり、食事を交えた歓迎会は盛り上がりを見せていた。別の場所で特訓をしていたガイたちもこのために屋敷に戻り、特訓の事など忘れてユリナたちの用意した食事を食べていた。
皆が楽しむ中、ヒロムは1人屋敷の外に出て庭に出て夜空を見ていた。
「……決闘まであと10日か」
(あと10日と言えば長いような気もするがもう10日しかないと言ってしまえば残り時間は僅かしかないようにも聞こえる。多分ガイたちは着実に特訓の成果を上げて強くなってるだろう。決闘当日に実際に戦いに参加できるのは2人、残りは万が一の補欠枠という扱いになるからアイツらは2人の枠を取り合うように競い合う形で強くなってる。なのに……決闘のきっかけになったオレは未だに何の成果もない)
ガイたちは着実に強くなっている、そう思う一方で自らは成長出来ていないと感じるヒロムはジャージのポケットから一条カズキに渡された指輪を取り出すとそれを見ながらため息をついてしまう。
「オレの先祖にあたるハートが葉王に託し、一条カズキがオレに渡した指輪に秘められたものすら見い出せていない。葉王や一条カズキがオレに渡すからには何か意味がある……なのにオレはまだ何も理解出来ていない。精神的な成長を課題にされてるのに……」
「こんな所にいたのね」
ハートの形見とも言える指輪を見つめるヒロムのもとへとヒカリがやってくる。やってきたヒカリはヒロムの肩にブランケットを掛けると彼に話しかける。
「もう5月ですが夜は冷えるからあまり薄着だと風邪を引くわよ?」
「……バカは風邪引かねぇんだよ」
「あら、アナタは利口だと思ってたのだけど違うの?」
「……大バカ野郎だよ、オレは。
ガキの時のこととは言え病床の上にいる女に希望を抱かせておきながら野郎の復讐心がそれを無に帰させた。そんな野郎がバカでない道理はない」
「気にしすぎよ。アナタは私を励ましてくれた、それに希望を抱いたのは私の身勝手なのよ?」
「そうだなって済ませていい話じゃない。そうやって相手に甘えて目を逸らしてきたのが今のオレだ。前を見て全てを受け止める、そうでもしなきゃオレは変われない」
「……そう。そこまで言うならこれ以上言うのはやめるわね」
でも、とヒカリはヒロムの前に立つと彼のことをじっと見つめる。急に見つめられたヒロムは何事かと不思議に思いながら目を逸らさずに彼女を見ているとヒカリはヒロムに向けて伝えた。
「そうやって何でも背負い込むのは変わるって言わないと思うわ。頼るべきところは頼る、助けがいるなら助けを求める、こういうことを素直に口にするのが変わるってことじゃない?」
「けど……」
「頼ることや助けてもらうことは弱いことじゃないでしょ?人間は1人じゃ挫けて立ち止まることもあるんだから」
「……ヒカリの言う通りかもしれない。
けど、アイツらが決闘の日に向けて強くなってる中でオレだけ何も変わってないなんて情けないだろ」
「もしかして……誤解してない?」
誤解、ヒカリが口にしたその言葉の意味がヒロムには分からなかった。何が誤解なのか、何故彼女はそんなことを言ったのか?ヒロムはそれが何を意味するのか分からなかった。そんなヒロムにヒカリはヒロムが何を誤解してるのかを話していく。
「多分だけど他の人たちは決闘のためだけに強くなっていないと思うわ。決闘を勝った先……未来を見据えて強くなろうとしてると思うの」
「未来を?」
「サクラからある程度の事情は聞いてたし、その上で食事をしながら男の人たちに少し聞いて回ったの。そしたら風乃ナギトくん以外は皆口を揃えて同じことを言ったわ。『ヒロムの前に立って《世界王府》を1人で潰せる強さに達するためには悩む暇はない』って」
「アイツらがそんなことを……」
「たしかに皆アナタの力になれるように頑張ろうとしてる。でも、それはあくまで通過点でしかないと思うの。戦う理由の中にアナタのためにっていうのがあるだけで皆それぞれの思いがあるわ。皆男だし、男の子って皆負けず嫌いで1番が好きなんでしょ?」
「かもな。……アイツららしい理由でもあるな」
「だからアナタも今よりも先にある未来を見据えて考えれば今抱えている悩みを解決出来るはずよ。サクラは言ってたもの、アナタは誰よりも努力することをやめない真の天才だって」
恥ずかしいな、とヒカリの言葉にどこか恥ずかしそうな反応を見せるヒロム。だがヒロムは彼女の言葉を受けて何かを見出したのか一呼吸入れるとヒカリに礼を言った。
「ありがとうな。わざわざオレのためにアドバイスしてくれるなんて」
「その言い方は少し違うわよ。
わざわざじゃなくて、私はアナタを支えるために私の意思でやってるのだから。そんな風に言われると少し傷つくわ」
「……次からは気をつけるよ」
「ふふっ、そこまでしなくてもいいのよ?
誰にでも間違いはあるもの」
「そうだよな……なら、オレからも1ついいか?」
「何かしら?」
「オレのことはヒロムって呼んでくれて構わない。
その……変に気を使わないでくれ。その方がオレも楽で助かる」
「あら、私が呼んでもいいの?」
「オレのためにって言ってくれてる人に『アナタ』って言われるのはなんか気まずくてな。オレとしてはヒカリとは対等な関係でありたいと思ってるし……」
「あら、じゃあ私のこともユリナやエレナのように女の子として接してくれるのかしら?」
「いや……そんな風に言われるとは思わなかったんだが……というかユリナたちとはもう仲良くなってるんだな」
「ええ、アナタのこと……ヒロムのことを知ってる彼女たちと仲良くなればアナタをよく知れるでしょ?」
「……オレのことを知るためとはいえ迷いがないんだな」
「ええ、迷いはないわよ。アナタのためなら私は何でもやるもの。それに……アナタを支えるためなら彼女たちのスキを見てアナタの心を射抜いて伴侶になるつもりもあるもの」
「伴侶って……おっかねぇ事言うんだな」
ヒカリの言葉に少しの怖さを感じるヒロム。ヒカリの言葉を聞いたヒロムはふとサクラから聞いた言葉を思い出していた。
「あぁ……なるほど……」
(サクラの言ってたアキナと同じタイプってのはそういう意味なんだな。アキナが四六時中オレのこと射止めるみたいなこと言うような野心剥き出しなのに対してヒカリは……コイツは全員の裏をかいた上でスキあらばオレの心を捉える野心を強く抱いたタイプ。サクラの言うオレを支えるためにって意味とヒカリの意味は表向きは同じだが……中身が違いすぎるな)
「……サクラの言いたいことが何となく分かったよ」
「サクラがどうしたの?」
「いや……こっちの話だ。
それより、明日からゴールデンウィークで明けに学校始まるなり数日後には決闘と騒がしくなっちまうけど大丈夫か?」
「話は聞いてるから問題ないわ。
それよりアナタは……」
問題ない、とヒロムは心配しようとするヒカリに言うとカズキに渡された指輪を強く握ると言った。
「ヒカリのおかげで何か掴めたよ。
今ならオレの中の悩みも成長も両方何とかなりそうだ」




