1056話 予測不能で想定外の4人目
助けて、これまでのヒロムならこの言葉を口に出す事など無かった。
これまでは彼が助けを求められ駆けつける救う側にあった。だが今この時、黒い少年の言葉は彼の中の乱れている数多の感情や想いのしがらみを払い除けさせ、その上で彼の胸の内にある本音を引き出させた。
同時にその本音は彼の瞳から涙を流し落とさせ、涙がヒロムの頬を伝って落ちると彼の両手首の白銀のブレスレットの霊装の《レディアント》に連結するように装着されている2つのブレスレットが光と闇にそれぞれ変わりながら離れていく。
白神導一との戦いの中で先祖である姫神華乃と彼女が愛した男・ハートの想いが託された事で生まれた霊装たる2つのブレスレット、これまでヒロムの霊装として大きな変化を見せる事のなかった2つのブレスレットは光と闇になって彼のもとを離れると黒い少年のもとへ向かい、それを見たガイは彼の目的がヒロムの霊装だったのでは無いかと思い始めていた。
「オマエ、最初からヒロムの霊装を奪うつもりだったのか……!!」
「勘違いするな天才止まり。コイツには先祖が授けた勇気の中に秘められる力と可能性に秘められる力ってのを扱い切れず重荷になってるようだから取っ払ってやっただけだ。つうか、最初からコイツの霊装目当てならこんなだるくてまどろっこしい事せずに肉体ごと奪う方が手っ取り早い」
「ならそれは……」
「これは先祖である姫神華乃とハートとやらが遺した想いが形と成った霊装であると同時にコイツにとっては全てを阻害する不純物でもある。これを託した先祖の遺した『勇気』やら『可能性』やらの言葉をコイツは深く考え過ぎて自分が何とかしなければと思い込んでいる……そういう意味ではこれは不純物であり、コイツには不要な代物だ」
「それが不要な代物ってんなら姫神華乃やハートの意識がヒロムに授けたものは偽りだったって事になるのか?」
「いいや、先祖が託したものは『勇気』やら『可能性』やらの秘めたものを引き出すものだ。が、それはコイツを指していないだけだ」
「ヒロムを指していない……?」
「コイツが『勇気』やら『可能性』やらを引き出すために向き合わなければならなかったのはチビたち精霊の事だった。チビたちはコイツの精霊であり、コイツの力になりたいとその身に似合わぬ大きな心を宿しているんだからな」
「それはつまり……
「チビたちはただ守られるだけのか弱い精霊じゃない、悪意を壊す事すら実現出来る勇気ある精霊って事だ」
黒い少年の言葉からヒロムが先祖の2人に託されたものが彼を指すのではなく白丸たち幼い精霊を指す事が明かされ、黒い少年の目的を勘違いしていた事を気付かされたガイが彼の言葉に耳を傾ける中で黒い少年が白丸たちの事を『勇気ある精霊』と評価した。
彼のその言葉に呼応するように光と闇1つになると銀・紅・蒼・翠の小さな石に囲まれる形で施された白色の宝玉を持つ漆黒のブレスレットと成り、漆黒のブレスレットを前にした黒い少年はそれを左手で掴むと自らの右手首へと装着させた。
「……チビたちの勇気と可能性を未来のために活かす力、それが先祖が託したものだ。それを理解できずに世界だの何だのと大きく捉えて抱え込んでたのがコイツだって話だ。そんなバカにこれを持たせたままにするくらいなら……オレがチビたちのために使ってやるってだけの話だ」
「オマエ……最初からヒロムの負担を減らす気だったのか?」
「変な事言うな天才止まり。コイツが無様な姿晒すような真似をしてるのが気に食わなかったから出てきて使いこなせてないものを奪い取りに来ただけだ。コイツも体を奪われる事を覚悟決めてたし……それをこれ1つで済ませてやるんだからむしろ感謝されたいくらいだ」
さて、と黒い少年は右手首につけた漆黒のブレスレットを軽く見た後にヒロムの方へと視線を向け、そして彼に向けて改めて自らの意思を語り始めた。
「繰り返すようで悪いがオレはあくまでチビたち精霊のためにしか動く気は無いし、そこの人間共がどうなろうがオレにはどうでもいい事でしかない。が、あくまでこれは個人的な意見であり、オマエの意思次第では手を貸してやらんでもない」
「オレの意思?」
「オマエが今背負ってるものを捨てて向き合うものと向き合った上で尚そこの人間共の想いに応えたいと考えるのであれば……そうだな、オマエが抱く不安や苦悩をオレにも寄越せ。オレにとってそういうのは養分として喰えるからな」
「つまり……オマエは白丸たちのために戦う中で、オレがユリナたちの想いのために戦うなら手を貸してくれるって言うのか?」
「そうなるかどうかはオマエの意思次第だがな。流石のオレもオマエを導くために無駄な事をする気は無いし、そこの人間共を導く気にもならない」
「……導く……?オマエ、まさか……」
自分は白丸たちのために、対してヒロムがユリナたちの想いのために戦うというなら手を貸さなくも無いと語る黒い少年。その彼の言葉が次から次に語られ出る中で『導く』とおう言葉が出たその時、ヒロムは彼がアウロラの言う『本来の姫神ヒロムの魂』という認識を上書きするように新たな認識を形成させ、その認識が事実かどうかを確かめるべくヒロムは彼に問うしかなかった。
「オマエまさか、精霊の因子の……守護者なのか?」
「!?」
「コイツが……因子の守護者!?」
ヒロムの口から出た『精霊の因子の守護者』という単語にガイとノアルが驚きを見せ、因子の守護者についてその存在を認知しているユリナたちも予想外の事に驚きを見せ始める。
ヒロムの言葉、それを前にした黒い少年は否定する事もなく単にため息をつくと……
「……気づくのが遅せぇよクソ覇王が。遅過ぎてだるい事させられるこっちの身にもなれってんだよ、ったく」
「でも、どうして……」
「他の因子の守護者が存在してるなら精霊の王に成ったオマエに仕える因子の守護者が居てもおかしかねぇだろって話だ。都合よく精霊の因子に対する守護者の席が空いてそうだからオレがそこに座るってだけ……それを利用した方がチビたちと会う口実が増えると思ったから利用しただけの話だ」
「利用……か。オマエはそれで満足なのか?」
「オレが満足してるかどうか……いや、満足出来るかどうかはオマエのこの先の行動次第だ。それだけは理解しておけ」
黒い少年は自らがヒロムの言う『精霊の因子の守護者』が存在していないが故に利用するために成ったと明かした上で体を奪われる前提で漆黒の力に飲まれようとしたヒロムが問う『満足』とやらを実感してるか否かの判断はヒロムの今後の行動次第と伝えた上で彼に背を向け敵のいる方へ歩き始める。
「オマエから奪ったこのブレスレットの力の試運転に行く。その間に立ち直って戻って来い。オマエの中にある想いの力とやら……悪意を覆せるものだと証明する術をそこの人間共と導き出せ。精霊の王でも、覇王でもなく……姫神ヒロムとしての答えをな」
「姫神ヒロムとしてのオレの答え……」
「それをオレに提示出来たら、オレの知ってる事を教えてやる。今は自分が何を抱くべきか見直せ。その答えが出るまでは……オレがアイツらを潰しておいてやるよ」
ヒロムに『姫神ヒロム』として答えを出すよう告げる黒い少年は漆黒の力を纏いながら漆黒の力の鎖に拘束される呪具使い5人を倒すべく歩き向かう。そんな彼の言葉を受けたヒロムの瞳には失意により消えたと思われたものが再び灯ろうとしていた……




