1055話 心の声を出せ
気怠げに振る舞い敵の接近に対しても呑気にゆっくりと歩き迫るだけで焦りを見せぬまま冷静に対処してみせた黒い少年。
強化の本質が異なるとはいえ《ソウルギア》の発動の域に達した実力者と言って差し違えない灰斗の高速機動を容易く対応し、彼の高速機動の動きを利用した雅蓮と雅麗の2度に渡る挟撃、そして絶対的窮地すらお構い無しに退けてみせた彼の実力は難を逃れた雅蓮に躊躇いを抱かせる。
「くっ……!!」
「どうした?攻めてこないのか?」
「ふん、ナメんじゃないよ。単なる偶然が重なって私たちを相手に優位に立てたからって……
「あー……だっるいなぁ、オマエ。理解力無いのか?」
「何?」
「オマエらご自慢の呪具の力を使ってもこの程度、オレはまだ準備運動の途中……で、この実力の差だ。必死になっても、数を揃えても追い詰める事すら出来ない。これが現実だろ?さっさと受け入れろよ、己の無力さを」
「くっ……!!」
躊躇いを抱きながらも未だ戦意は残る雅蓮を煽り現実を突きつけるように言葉を並べる黒い少年。
彼の言葉に反論したくても戦況踏まえた現状と置かれる状況が雅蓮の反論の言葉を潰してしまうのか彼女は言葉を詰まらせてしまう。
が、言葉は詰まれど彼女の内にあるものは止まらない。いや、止めようがない。
彼女の内側で止まらず動くそれは黒い少年が刺激すればするほど大きく膨れ上がる。
「……ぁぁぁぁぁあ!!」
黒い少年の言葉、正論で返されたが故に言葉を詰まらせた雅蓮の中で膨れ上がっていたもの……『怒り』と『憎しみ』は彼女の中で急激な増幅を引き起こし、とくに黒い少年に対しての『憎悪』が桁外れに強くなった雅蓮の全身に不気味な模様が浮かび上がって広がり始める。
同時に彼女の内側から溢れ出るように禍々しい闇が放出され、それを目にした黒い少年は強く舌打ちをした後に深いため息をついて面倒そうな顔を見せてしまう。
「……やっぱり、そうなるわな」
(あの魔女の持ち掛けてきた計画の通りならアイツらの与えられた呪具も話の通りなんだろうと思って追い詰めてみたが……なるほど、機能面は同じでもその効果・影響力は数倍って感じらしいな)
「あのクソ魔女、本気で災禍の王とやらの軍勢を構築させるつもりらしいな」
「あぁぁぁ……力が、力が漲ってくる……!!」
何かを察し何が起きているのか、そしてアウロラが何を企んでいるのかを黒い少年が自身の中で静かに思考している中で自らの力の高まりを感じ喜びを隠せない雅蓮。
雅蓮の力の高まり、それに似た反応は連鎖するのか吹き飛ばされ倒れるも立ち上がった灰斗と雅麗の身にも似たような現象が起き始めていた。
「ぁぁぁ……来たぁぁぁぁ!!」
「雅蓮姉……私も来たよ!!」
灰斗と雅麗の身体にも雅蓮同様の不気味な模様が浮かび上がっており、禍々しい闇を強く纏い始めていた。とくに灰斗は不気味な模様に《ソウルギア》の発動の証と扱われる紋様が合わさっている事で不気味な姿となっていた。
3人の力が異様な勢いで高まり続ける。これについては想定の範囲内なのか黒い少年はただため息をつくだけで終わるが、その直後彼は別の方向へと視線を向けるなり何度目かの舌打ちをしてしまう。
「……ボケが、後始末が増えるじゃねぇか」
「そんな風に言うなや黒いの」
「おうおう、イキってんなぁ、生まれたてが」
黒い少年が視線を向けたその先にはガイに倒されたはずの朧波とノアルに倒されたはずの打剛が同じように不気味な模様を肉体に浮かばせながら歩いてくる姿があった。
2人も同じく禍々しい闇を強く纏っており、呪具使いが5人黒い少年を潰すために集まって来る中で彼は面倒そうな顔をしながら頭を軽く掻く。
余裕があるのか、それとも何も考えは無い状態での苦し紛れの行動なのか……
そんな事は少年本人にしか分からない、そんな中で状況は悪化の糸を辿ってしまうと考えたガイとノアルは流石に傍観者に徹する事など出来なくなったらしく彼に加勢しようと前に出ようとした。
だが……ガイとノアルの我慢の限界が来たのを見抜いているらしい黒い少年が頭を搔く手の指を鳴らし、彼の指が鳴ると前に出ようとする2人の足下で漆黒の力が小さく現れ炸裂して2人の足を止めさせる。
「「!?」」
「……休んでろってんだよ、だるい。手ェ出すな」
「悪いがこれ以上は無理だ。この状況、アイツら呪具使いの力が高まってる中で敵か味方かまだハッキリしてない中で任せておくのは限界だ」
「この戦いを素早く終わらせる。それが……
「オマエらが手を出してアイツらを倒したとして、それで終わりなのか?」
「え?」
「オマエらは自分の強さと次に進むための覚悟を示した。強さに至るために誇りを捨て、新念の為に壊れる事を恐れない……オマエらは形は違えどそれぞれ示すべきものを示したはずだ。だが、守ると決めた人間共を守る事も出来ずに不安を与えた自らの不甲斐なさと心の弱さを突きつけられボロボロに成り下がってるそのバカはどうなる?」
「ヒロムの……事か?」
「そいつはここを凌いだところで立ち直れない。立ち直れても形だけで本質的なものではない。信頼してくれている者の想いに応えるという意志を果たせなかった事を隠れて引き摺るようになるだけ。それにそいつを信じて支えになろうとした結果授けられた指輪の消失に伴い不安を隠せなくなってる人間共の心はどうする気だ?」
「それは……」
「世界の闇の眷属となった悪意共の攻撃はこれで終わるわけじゃない。この先、オマエらがそれに抗い立ち向かう度に悪意共は襲いかかってくる。ただ今という1回を凌いでも先送りにした問題は深い傷になってそいつらを苦しめるだけだ」
「……っ、だったらどうしろって言うんだ?オマエだけ分かってる風に話されても困るんだよ……!!」
黒い少年の言葉、それを聞かされたガイは手出しさせてくれない中でもどかしさを強く感じるしかなく、そのもどかしさが募りに募って抑えられなくなったガイは彼に対する不満を見せるように言葉を吐露する。
そのガイの言葉を受けた黒い少年は力を高めながら自身を倒すために集まってくる呪具使い5人を後回しにするかのようにヒロムのもとへ一瞬で移動してみせる。
自分たちを前にして後退した、黒い少年の行動をそう捉えた灰斗たち呪具使いはヒロムたち諸共彼を潰そうと考え動き出そうとするが、それを予測していたであろう黒い少年が指を鳴らすと地を駆けながら現れた漆黒の力が鎖の形を形成しながら5人の呪具使いを拘束してみせる。
「「!?」」
「オマエらはそこで待ってろ……で、だ。まだそうしてるつもりか?」
力が高まり性能面もかなり強化されているはずの呪具使い5人を容易く拘束して動きを封じた黒い少年はヒロムに視線を向けると立ち上がろうとせずにいる彼に問い掛けるように話し始める。
「オマエはオレに賭けて自らを捨てようとしていたが、それで良かったのか?オマエはそうやって逃げる道を選ぼうとした事、その選択の果てでそこにいる人間共の信頼を裏切る事を後悔しないつもりだったのか?」
「……期待を裏切って、もう取り返しなんてつかないんだよ。《ユナイト》を通じて繋ぎ合わせていた想いはオレのせいで壊れてユリナたちが受け取ってくれたリングすら壊れて消えた……ここまで来たら、オレが頑張っても取り戻せない。だったらもう……
「勘弁しろよ、クソだっるいな。そうやって1人で背負うのが正しいとかまだ思ってんのか?」
「え……?」
「オマエがそうなった時にそれを止めてでも一緒に進もうとした存在がいて、そいつらに支えられながら一緒に進む事でここまで来たんだろ?不器用過ぎるクソ野郎のオマエを信じて見守るやつらはオマエの助けになりたくて想いを託してるのは分かってるが、その託された想いに1人で応える意味あんのか?」
「何を……」
「分かりやすく言ってやるよ。これまで姫神ヒロムとして生きてきた以上、この先もオマエが姫神ヒロムだし、そこの人間共にとっての姫神ヒロムもオマエの事だ。もし、オマエが姫神ヒロムとして生きるのが苦痛なら……不安も悩みも苦しみも背負わずオレに寄越せ。そんなもんオレが喰って助けてやる。オレがチビたち精霊のためにしか戦わないようにオマエはオマエとそいつらとの未来のために戦え」
「それだと、この世界は……
「バカか。んなもん二の次だ。テメェのそばにあるものすら守れない、救えないで悲しませるやつがそんな大それたもん救えるわけない。積み重ねろ……1の悪意を退けて100の希望を導く存在になれ」
「希望を……導く……」
「……だるくて仕方ねぇが、ここまで言ったんだ。今なら分かるだろ?今のオマエがオレに何を言うべきか。いや、オレだけでなくそこにいるやつらにも言うべき事を」
黒い少年の言葉、疑念と疑惑と自責で失意に落とされたヒロムの弱気な言葉の奥にある心に問い掛けるような言葉は先程までの気怠げな言動を取る彼の言葉とは思えぬ強いものを感じられ、その彼の言葉を受けたヒロムは自らの中で彼の言葉が何を伝えようとしているのか、そして自らが何を口にするべきかを色々な想いが心の中で乱れる中で理解させられる。
そして……
「……助けて、くれ……!!」
黒い少年の言葉を受けたヒロムが吐露した言葉。その一言が彼の口から出たその時、彼の瞳から1粒の涙が流れ落ち……




