1051話 切り札はここに居る
夢を見た、それはユリナたち。見た夢とは異なる夢だ。
夢を見たという事実は伝えようとした。でも……
『人間なんだから夢くらい見るだろ?オレだって昨日くだらなき夢を……
『サクラ!!ヒロムくん真面目に聞いてくれないから代わりに話して!!』
今朝の話の流れでオレも話そうとしたけどユリナに遮られ、挙句気づかれる事無くサクラが話を進め始めたから話す機会を失ってしまっただけだ。
ユリナたち全員が一緒に見た奇妙な夢とは異なる不可解で奇妙な夢、どこか未来予知にも捉える事が可能な夢……
オレの精神世界によく似た白銀と黒が交わる世界の中心にオレは立っていた。
そして、オレの前には漆黒に包まれた何かが立っていた。
「オマエは誰だ?」
『……もしこの先、いや近いうちにオマエが悪意に抗えず失意に落ちたら心に従え。オマエが何をしたいのか、何をすべきと思ったのか……その全てに賭けた瞬間に未来は切り開かれるかもな』
「未来?どういう……」
『いずれ分かる。いや……既に理解してるはずだ、オマエは。転生体などと都合のいい事を告げられたあの時、先刻漆黒を纏ったあの時……オマエの中で兆しは生まれていたはずだ。それをどう捉えるのか、オマエの判断に全て委ねてやるよ』
「ま、待て!!オマエは……」
『時期が来れば思い知らされる……いや、分かり合える時が来ればその時に名乗ってやるよ』
じゃあな、と漆黒のそれは消えた。
不可解な夢でしか無かった。気に止める必要も無いのかもしれない夢、そう思いたかった。
けど、オレの中であの漆黒の言葉を信じてみたいと思ったのも確かだった。
単なる杞憂ならそれでいい。でももし、これご予知的なもので漆黒がメッセンジャーだったなら、その時オレは選択を迫られるんだろう……
そう思うことにした。
そして、その選択が今なんだと……
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アウロラの悪意ある計画と彼女の思惑により悪意と失意、絶望に落とされていくヒロムとフレイたち精霊、そしてユリナたち。アウロラの企みに彼や彼女たちが陥る中、ガイとノアル、タクトは呪具使いを早々に倒してヒロムを助けに向かおうと考えるが、呪具使いは時間経過と共に何故か力を増しており、力を増す呪具使いに対してガイたちは苦戦を強いられていた。
そんな彼らとは異なり今敵の足止めも何も引き受けていない、アウロラを相手にするヒロムに加勢していたはずのナギトは助けに入ったはずが彼を追い詰めた責任を感じているからか何も出来ず、何をするべきなのか躊躇いの中に囚われていた。
「ナギト、ヒロムを……!!」
「分かってる、だけど……!!」
(ダメだ、オレの考えが軽率だった!!天才を助けるために……天才の役に立って強くなろうと欲張ったりしなかったら!!オレが……)
「オレが天才の何手先も進んだ道筋を走ろうと思わなければ……
「後悔なら、後回しにしとけ……バカ弟子クソナギト……!!」
ゼロに共犯となるアイデアを出してまでヒロムのもとへ駆けつけピンチをチャンスに変えて見せようとしたナギトは後悔の念に押し潰されそうになっていた。だが、そんな事は関係ない。
そういう事は後回しだと指摘したヒロムは漆黒の力に抗う中で後悔の念に潰されかけている彼へ向けて言葉を伝えた。
「オマエが選択した行動なら……オマエの選択を信じろ。こんなもん、オマエが後悔する事じゃ、ない……!!だから、前見て走るなら走れ……!!」
「オレはアンタを……」
「こんなもん、オレにとって乗り越えられない困難じゃねぇ……すぐ、越えてやる、だから……オレが越え終わるまで、ユリナたちを頼む」
「天才!!」
「弟子への遺言は済んだかしら?そろそろ終わらせましょう……偽りの魂。アナタはここで……
「聞こえてるなら応えろ漆黒……!!これがオマエの怒りと憎しみってんならいくらでも、ぶつけろ!!その代わり、この体をオマエが奪った後……ユリナたちを守る役目、託すぞ……!!」
「ヒロムくん!!」
抗う事を諦めている……ように聞こえて何かを試そうとしているようにも聞こえるヒロムの言葉。彼の言葉に不安を隠せぬユリナが『ヒロム』の名を叫んだその時、荒ぶる嵐の如く広がる漆黒の力の内側に囚われるヒロムの前に陽炎のように揺れ動く影が現れる。
そして……
『……それがオマエの心が示した選択か?』
「はっ……やっぱ、いやがったか……」
『答えろ、これはオマエの心がそうさせたのか?』
影が何かを問う、そしてヒロムはそれに答えるよう迫られる。答えの提示を迫られるヒロム提示した答えは……
「……心なんて生易しいもんじゃねぇよ。これはオレの魂……姫神ヒロムとして生きてきたオレ自身の意思そのものだ!!」
『魂……?』
「オマエが本当に本来の意味での『姫神ヒロム』ってんならハッキリ言ってやる!!謝る気はオレには無い!!謝った所でオマエを苦しめた責任も事実も消えずに残り続けるだけ、ならオレがやるべき事はオマエと向き合う事……そして、オマエの苦しみと怒り、憎しみを受け止め償い続ける事だけだ!!」
『償い……それがオマエの答えの担うものか?』
「笑いたいなら笑え……不満があるなら殺すなり何なり勝手にしろ!!けど、これだけは委ねたい……ユリナたちの心を潰そうとする悪意をぶっ潰して欲しい!!アイツらはオレに……始まりの存在の転生の輪廻とその運命に巻き込まれた被害者だ!!そんなアイツらの抱いたものを……アイツらがこれまで紡いできた想いだけでも守って欲しい!!」
『想い……守る、か』
「身勝手と思うなら切り捨てろ……だけど、オレの魂が在る限りオレはアイツらのために悪意に抗う!!」
影に向けて己の覚悟と決断を伝えるヒロム。彼の強い覚悟と意思から成る言葉を聞かされる影は何かを感じ何やら思う事があるのかヒロムを見つめるように向かい合ったまま動きを見せず、影に自らの抱く意思を覚悟と共に伝えたヒロムは漆黒に力に抗う力が弱まってきたのか今にも倒れそうになっていた。
それでも何とか耐えようと藻掻くヒロム。そんな彼の姿を見せられる影は……
『だっる……見てらんねぇな』
藻掻くヒロムが倒れそうになる中、彼のその姿に感化された影は嵐のように広がる漆黒の力の全てを自らの中へ取り込ませる形で消し、漆黒の力の全てを取り込んだ影は実体を得ながらヒロムに歩み寄ると倒れそうになっている彼を支える気なのかヒロムの服を掴んでみせた。
「……!?」
「まだ倒れるな、そうなるとオレが後々だるいだけだ」
実体を得た影……袖を削いだようなデザインの漆黒のロングコートを血のような紅いノースリーブシャツの上から纏い、ダメージジーンズが如く傷や穴がいくつか施された黒のボトムス、金属装飾の施された重厚感ある黒のロングブーツを履いた紅と白のメッシュを入れた黒髪の少年となり、そして……
「まだ折れるな、オマエの切り札は……ここにいるんだからな」
漆黒と影から実体を得た少年……ヒロムと完全一致する顔立ちと髪型の少年は彼を立ち上がらせようと言葉を口にする。黒い瞳でヒロムを見つめるヒロムに酷似した少年の言葉、この言葉は信用に値するのかどうか……




