105話 目標となる道
7時間後……
地下のトレーニングルームで葉王の指導を受けていたガイ、ソラ、イクト、シオン、ノアル、真助は全身汗だくでボロボロになって倒れていた。
6人の倒れる前には服装も何も乱すことなく立つ葉王の姿があり、別で特訓をしていたナギトはタオルで汗を拭いながら歩み寄ると葉王に何があったのか尋ねる。
「大丈夫なの?」
「あァ、問題ねェよォ。少しオレの力でコイツらの全感覚を一時的に低下させながらいつもの10倍の速さで体力と魔力を消耗するように細工した状態でオレと長時間実戦形式の特訓をしただけだァ」
「結構過酷じゃないの?」
「場数が違うコイツらを叩き直すにはこれくらいがちょうどいいんだよォ。つうか初心に帰らせるためにはこのくらいして叩き直さねェと意味ねェんだよォ」
「初心に?強くならなきゃならないのならなんで……」
「たしかに決闘当日に姫神ヒロムをアシストし実力を主張できるだけの存在になる必要があるゥ。だがよォ、あのままじャ強くはなれねェんだよォ」
「どうして?」
「……今のコイツらは仲間が隣で走りィ、目指す高みには《世界王府》という敵がいるゥ。それが当たり前のコイツらにはもう1回苦労と挫折を経験させて這い上がることを思い出す必要があるゥ。人は追い詰められた時強くなれるがァ、ただ追い詰めるだけでは効果がないこともあるゥ。だからオレはコイツらに1度初心に帰るように仕向けたァ」
「今のガイたちはそこまでしないと強くなれないんだね?」
「強くなるだけならいくらでもなれるゥ。ただしィ、《世界王府》を倒すための強さにはそれでは届かないィ。強さとは何なのかァ、何故強くなるのかを再認識することが答えに繋がるゥ」
葉王の話を真剣に聞くナギト。するとナギトはその特訓について葉王に相談した。
「ねぇ、それオレも受けれない?オレもそれを受けられるなら受けたいんだけど……」
「ダメだなァ。オマエはシンギュラリティに達してないィ。
そんな能力者がこの方法の特訓を受けても体を壊すだけだァ」
「シンギュラリティ……?何それ?」
シンギュラリティ、それについて聞いたことがないらしくナギトは不思議そうな反応を見せる。ナギトの反応を見た葉王は疲れ果てるガイたちの心配をする様子もなく彼が知らないことを教えるように話していく。
「シンギュラリティの能力者、ッてのは《フラグメントスクール》で教えてねェから知らなくて当然だァ。シンギュラリティの能力者ッてのを簡単に話すのならァ……能力者が内に秘めた潜在能力とその中に眠る可能性が覚醒し能力者としての真価を発揮する特異点に達したものを指す言葉だァ。今倒れてるこの6人はもちろんのことォ、姫神ヒロムは精霊を宿す身でそれに達して《レディアント》を手に入れたんだァ」
「それって普通の能力者とは違うの?」
「力の本質が大きく変化するからなァ。例えばオマエの《風》で言うならァ、今はまだ風を操るで留まってるオマエに対してシンギュラリティの能力者が同じ力を使えば風を操る行為にプラス要素が加わるゥ。切り裂くゥ、貫くゥ、押し潰すゥ……これらの技として与えていた形を能力の1つとして常時機能させて使えるようになると思えェ」
「……誰にでもなれるものなの?」
「無理だなァ。多くの能力者の成長をこの目で見てきたがァ、シンギュラリティの能力者に達するには一種の才能が必要な事が分かりィ、精神的な成長や能力者としての素質の開花など明確でない条件が必要な事が分かってなァ。さらに歳を重ねるとシンギュラリティに達するのは難しくなりィ、大人になッて達したと思えばァただ能力者として普通に強くなるだけッてので終わるんだァ」
「《フラグメントスクール》の中にも……」
「それは無いィ。《フラグメントスクール》の中のヤツらは精神的に未熟すぎるゥ。《フラグメントスクール》で育てば強くなれるだの強くなれば将来は安泰だの強さを得れば周りが認められるだの……クソみたいな戯言並べるようなヤツばかりでそれに達するような人材は1人も居ねェよォ」
「そっか……ならあそこにいたオレも無理なのかもね」
違うなァ、とナギトの言葉を葉王は間違いだと指摘すると彼に対してシンギュラリティの能力者について話していく。
「オマエはあそこにいても意味が無いことと強くなることの意味を理解しようとしたァ。つまりオマエは精神的な成長という1つの課題をクリアしているゥ。だからこそオマエはまだシンギュラリティに達する可能性を秘めているゥ」
「可能性がある……んなら頑張らないとね」
「そうだなァ。そのために今は姫神ヒロムの精霊とひたすら戦えェ。シンギュラリティに達した姫神ヒロムの精霊はその恩恵を受けて霊装を得た真の力を持つ真理の精霊となッている」
「真理の精霊?」
「シンギュラリティに達して秘めた力と宿す魔力が精霊を超えた精霊のことだァ。その域に達した精霊は並の能力者に負けない強さを持つゥ。そして……ここからが重要になるがァ、シンギュラリティの能力者になる素質がある能力者はシンギュラリティの能力者や真理の精霊に呼応してその素質を加速させる形で開花させる性質があるゥ。オマエにこれまでと同じ特訓をさせているのはオレがオマエにシンギュラリティに達する素質があると見込んだ上でその域に導きたいからだァ」
「……そっか。
じゃあ当日までにそのシンギュラリティの能力者になればアンタの期待に応えられるってことだね」
その通りだァ、とナギトの確認するような言葉に葉王は頷くと彼に決闘の日までのこととそれまでにやるべき事を再確認するように彼に話していく。
「今言ったようにオマエはシンギュラリティの能力者の域に達することが課題であると同時にィ、オマエはコイツらに遅れを取らないレベルにまで上り詰めて欲しいィ。何せ今の《天獄》のメンバーでシンギュラリティに達していないのはオマエ1人ィ、さらに言うなら今回の決闘のメンバーは今のところオマエ以外は全員シンギュラリティに達しているシンギュラリティの能力者だからなァ」
「まだスタートラインにも立ててないって感じなんだ。
オッケー、先生。ならオレはガイたちに負けないように頑張るよ」
葉王の話を受けたナギトはやる気になったらしく彼に一礼すると特訓していた場に戻ろうとする。やる気になるナギトの背中を見届ける葉王、すると葉王がナギトを見る中でガイが起き上がり立ち上がって構える。
想定していなかったのか葉王は驚いた顔を見せ、驚いた顔を見せた葉王はガイに告げる。
「おいおいィ、もう限界のはずだぞォ。
これ以上はやッても疲労が蓄積するだけェ、無駄な疲労の蓄積は体を壊す原因になるんだからやめて……」
「ヒロムなら……続ける」
「アイツは体の作りが基本から逸脱しているゥ。オマエがアイツと比べるのは……」
「アイツのアシストを求められる立場でありながらアイツの背中だけを見てるのはゴメンだ……!!
目指すなら、やるならアイツの後ろじゃなくて肩を並べて一緒に戦うくらいに強くならなきゃ意味がねぇ……!!」
「オマエ……」
続けてくれ、とガイは息を切らしながら蒼い炎を纏うと霊刀《折神》を右手に持って構え、切っ先を葉王に向けると覚悟を示そうとする。
「やるからには全力で……本気でアイツの隣を目指す!!
他の誰にも……ヒロムの隣は譲らねぇ!!」
「……そうかァ、その覚悟は本物だなァ。
ならァ、オマエの体を壊さないレベルでボコボコにしてやるよォ!!」
ガイの覚悟を受け止めた葉王は魔力を強く纏うと走り出し、ガイも刀を強く握ると葉王に挑もうとする。
己が目的、そこに到るための道を進むべくガイは止まることを脳裏から消し去りひたすらに進むことだけを頭に焼きつけていた。




