1022話 字名は次への糧に
太刀の呪具の力を発動したであろう朧波。太刀を振るおうと届くはずのない射程距離から放たれたとされる斬撃に襲われ負傷したガイに対して朧波は太刀を握り直す中で拍子抜けしたような反応を見せ始める。
「おいおい……こんなもんかクソガキ?少し加減するのをやめた程度でこのザマか?」
「……オマエ……何をした……?」
「無様な上に起きた事を認識すら出来ていないとは間抜け過ぎるな。ふん、業物持ちとして期待してはみたが肝心の業物は贋作同然の中身無しな上、使い手のガキも勢いだけで適応力が低過ぎる。まったく……あの方はオレに業物使いに対応出来るようにとこの『臥鳴裂』を与えてくださったが、これじゃあ宝の持ち腐れでしかない」
「……その言い方、オレじゃ相手にならないって言いたいのか?」
「ならねぇよ、結果を受け入れろクソガキ。オレの『臥鳴裂』の力に対応出来ず痛手負ってる現実が全てを物語ってんだからよ」
「その太刀……いや、妖刀に近い呪具に対応出来なかったら負けって解釈か。なるほど、な」
『呪具解放』、その言葉を皮切りに朧波の力が高まり、直後にガイが斬撃を受け負傷した。
『臥鳴裂』と呼ぶ太刀を手に持つ朧波は手負いとなったガイを見限るような言葉を口にし、斬撃に対応出来なかった1つの事実で全てを判断する朧波の考え方に納得がいくはずのないガイは《折神》を強く握ると敵と戦うべく構えた。
やる気を見せるガイ。だが、手負いとなった段階で相手にならないと判断を下している朧波は彼のやる気を無駄なあがきと感じる他なかった。
「やめとけクソガキ。これ以上は無駄、次はその程度の負傷で済まなくなる」
「はいそうですかって聞き入れるとでも?」
「聞き入れろ、そして利口になれ。無駄に大人の時間を奪う真似をしてもオマエのためにならない」
「大人、ね……外道に落ちた分際で偉そうに講釈並べるってか?」
「何?」
「聞いてて吐き気がする……だから、黙れ」
「これだからクソガキは……言うに事欠いて『黙れ』か。オマエらガキは都合が悪くなるとすぐに相手を黙らせようとする。だから成長しない、停滞するだけだ」
「停滞……そうだな。オマエみたいな大人にそんな風に手痛い言葉で言われるのは効くな。ただ……停滞してんのはオマエもだよ、ろくでなし」
「あぁん?何だって?」
「経緯はさておき盲目になって見るべきものが見えなくなった代償なら残念としか言えねぇ。いや、……停滞してると気づけてないから目の前で起きている事象を感知出来ずに言葉を並べてられるんだろうな」
「何言って……
「大人なんだろ?見えねぇなら見えねぇで感じ取れや」
朧波の言葉、『停滞』と告げてきた敵の言葉に自らを情けなく感じるガイはそれと同時に敵も停滞していると指摘。ガイの指摘の言葉の意図が分からない朧波が聞き返すもガイは教える気がないらしく知覚しろと冷たく告げる。
ガイの言葉の意味が分からぬ敵が理解出来ぬままでいると彼の全身が光を纏い、彼がその身に光を纏うと敵の放ったとされる無数の斬撃が彼に負わせた傷の全てが静かに綺麗に消されていく。
まるで子どもの落書きを大人が後始末して綺麗に仕上げるかのように、負った傷の全てを綺麗に消してみせたガイは《折神》に蒼炎を纏わせながら構え直し、何が起きたのかを理解が完全に遅れる形で認識した朧波は自らが『クソガキ』と見下していた彼に対して初めて動揺を見せた。
「クソガキィ……ッ!!オマエ、何をした!?どうしてオレの『臥鳴裂』の斬撃で負わせた傷を回復出来た!?」
「利口になれ、受け入れろ。オマエの言葉を返してやるよ」
「何……!?」
「親切に解説するならこれはオレの能力ではなくある物がオレに与えてくれた恩恵によるものだ。オレ自身に治癒術の才能は無いし《折神》にもそんな力は備わっていないんだからな」
「オマエ、その業物以外にも何か隠してるのか……!?」
「隠してるつもりは無い。けど、ここまでの会話からオレはオマエに対してガッカリした事を明かしておく」
「何?」
「オマエが《世界王府》の傘下の人間……いや、そもそもヒロムやオレたちがいるこの場に堂々と現れた時点でオレたちの手の内はともかく素性くらいは把握しとくべきだった、てな」
「ふん、素性なら把握してる。クソガキ、オマエの名は雨月ガイ、そうだろ?」
「オレを知ってたんなら理解し備えられたはずだ。そんな呪具に頼るようなやり方ではなく、剣士としての力で倒すための術をな」
「たかが一度の攻撃を凌いだ程度で偉そうに……
「盲目のオマエがオレの動きを知覚・認識出来てるのは殺気を肌で感じることにより生じる危機感知と本能的な反射を併用した認識能力の拡張……だろ?」
「このクソガキ……既に見抜いてたのか!?」
「こっちには情報屋顔負けの博識と再現性が僅かにでも存在してりゃ実現してしまえる最強がいるんでな。オマエみたいな方法で索敵する感覚派が居るってことを聞かされた事あんだよ。たまたまオマエがそれに該当してた……そんだけの事だ。まぁ、話に聞いていた感じの性能より数段高度なものに昇華させてるみたいだから認識するのに時間かかったんだけどな」
「なるほど……元賞金稼ぎのガキと灰斗が相手にしてる覇王か。アイツらが知ってんなら天才剣士のオマエが知っててもおかしかねぇな」
「天才剣士……ね」
「そう、オマエはクソガキであり憎たらしい天才剣士だ。そんな風に呼ばれるのは気恥しいって言いたいのか?」
「いいや……逆だ。鬱陶しいんだよ……吐き気がする」
ここまでの流れを覆すように饒舌に語るガイの事を『天才剣士』と呼称する朧波。敵に『天才剣士』と呼ばれたガイは何やら不満がある反応を見せ、ガイの反応が気に食わないのか朧波は嫌味に聞こえる言葉で彼を煽ろうとした。
が、敵のこの煽りが逆効果だったらしく、ガイは『天才剣士』と呼ばれる事に強い嫌悪感を向けるかの如く殺気を強く放出して朧波へぶつけようとした。
ガイが強く放出させた殺気をぶつけられる朧波。彼の殺気を肌で感じ取らされた敵は……
無意識なのか半歩下がってしまう。
「この、クソガキ……!!」
「天才、天才……ナギトがヒロムに向けて言ってるそれはアイツなりの尊敬の意を含めた煽り、そしてそれはアイツが天才を越える挑戦者である事を言い聞かせるためのものだ。けど……オマエらがオレに向けてる『天才』のニュアンスは違うだろ?毎度毎度聞かされる度に思ってたんだよ……オマエらはオレを1人の能力者として見ていない。視界に入れてんのは天才と最強を両立させるあの覇王の近くにいる人間ってだけの事だろ?」
「あ?何言っ……
「天才剣士の名前なんざこの先の戦いに不要。オレが欲しいのは純粋な強さとそれを実現し全てを覆す実力だ」
自分の事を『天才剣士』と呼ぶ人間は総じて自分ではなく肩書きとそれがそこに居るという認識の表しだと語るガイ。彼は蒼炎を纏う《折神》で自らの周りに円を描くよう素早く振るうと自身の周囲に自らの内包する霊刀の《飛天》、《希天》、《鬼丸》、《天翔》、《斬閃》を天を舞うがの如く出現させると先程《折神》で描いた円を囲むように滞空させた。
「業物が……6本だと!?」
「天才剣士ってのはあくまで剣術の才覚を認めてるってだけの事だ。でもそんなんじゃ足りない、だからオレはその呼び方を嫌悪する。オレが求めてるのはそれじゃない……!!」
自らが求めるのは『天才剣士』の名では無い、彼が言葉を発すると蒼炎と蒼い光が嵐の如く現れガイと《折神》、そして彼の周囲を舞う5本の霊刀を飲み込んでみせた。
何か起こる、明らかな異変に朧波はそれを如何にしてでも止めようと太刀の呪具に闇を纏わせ斬撃を放とうとした。
が、時既に遅し。
朧波が斬撃を放とうとしたその瞬間、ガイと6本の霊刀を飲み込み嵐の如く荒ぶる蒼炎と蒼い光が鳳凰のような形となりながら飛翔し……
「はぁっ!!」
飛翔した鳳凰を弾けさせるようにガイは蒼炎と蒼い光の中よりその姿を現す。そして、彼と周囲を……




