1話 その名は覇王
《能力者》、この言葉を聞いて何を思い浮かべる?
おそらく多くの人は普通に考えれば何らかの能力を持った人間をイメージするだろう。炎を操る、雷を操る、風を操るて具体的に挙げ始めればキリがないから活愛するが、そのイメージは正しい。
常人、つまりはごく普通の人間には本来備わっていないはずの異端な力を持つ者を指して呼ぶのがこの《能力者》だ。どんな形であれ普通の人間には無いような力を持っていればそれは《能力者》と呼称される。
そして、そんな《能力者》が当たり前のように存在する世界で、その力を悪用する者は当然のように中には存在している。それと相反する者……つまりは正義と呼ぶことの出来る行いのために力を扱う者も存在する。
ここまでは所謂前置きというもの、長くなったが物語に入ってもらおう。この物語……1人の《能力者》の少年とその少年の仲間が描く物語だ……!!
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3月もあと数時間で終わりを迎えて4月になろうとする日の夜の街。街から遠く離れた港に隣接する形で設けられている資材コンテナの置き場。その置き場には倉庫があるのだが、その倉庫の中は何やら奇妙な灯りがついていた。
時間的に人がいるはずもないのだが、その倉庫の中には今人がいる。人がいるのは確かだが、さらに詳しく言うならば今倉庫にいるのはそこの関係者ではない。
「オマエらぁ!!
狩りの用意を急げ!!」
倉庫内にいる人間は複数人いるらしく、その中の1人が大きな声で指示を出していた。
大柄の男、身長はおおよそ2mといったところだろう。オールバックにした黒髪に顔の半分に龍のタトゥーを彫り込んでいるその男が指示を出すとその場にいる他の人間はマシンガンや刀など手元にある武器をいつでも使えるように用意していく。
全員の用意が確認されると男は首を鳴らして彼らに向けて言った。
「オマエら、今日がどういう日か分かってるな?
オレたちはついにあの《世界王府》から支援を受けることが許された。そして今日は……その力を借りて憎き日本政府を狩り潰す時だ!!」
男が力強く言うと他の者たちは興奮を抑えられぬ様子で雄叫びのような叫び声をあげ、それを聞く男はどこか満足気な顔をしていた。
《世界王府》、世界の名が示す通り全世界から危険視されている極悪非道のテロリスト集団。全世界がその存在が危険だと認識されている厄介者たちが揃うその組織は世界各国の犯罪組織やテロリストを束ね支援するほどの力を持っており、男の話から察するにどうやらその《世界王府》からの支援を受けることが出来たようだ。
その事を報告された他の者たちは《世界王府》の存在を知っているからか大きく喜んでおり、喜ぶ彼らに男は大切なことを伝えた。
「肝心なことを忘れるなよ!!
オレたちは支援を受けることが許されただけだ!!今日ここで実績をあげなければその支援も無駄になる!!
だが、日本政府のお偉いさんの首を献上すればオレたちは晴れて《世界王府》の仲間入りってわけだ!!」
成功すれば《世界王府》の仲間入り、男がそれを口にすると他の者たちはさらに興奮する。その勢いはおそらく簡単な言葉での制止では止められぬほどのものであり、彼らを止めるとすれば実力行使を取る他ないだろう。
そんな彼らの興奮を冷まさぬよう、彼らのやる気を高めたまま事を始めたい男は彼らに最初の指示を出す。
「まずは手始めに日本の警察の機能を停止させる!!
何をしてもいい、警察どもを根絶やしにして警視総監の首を胴体から落として全てを終わらせる!!日本政府を終わらせるためのセレモニー代わりに全国民にオレたちの存在を知らせるんだ!!」
最初の狙いを伝えた男が高らかに笑い、他の者たちもそれにつられるように笑い出した。
あまりにも滑稽な光景、男たちが笑う中……倉庫の外で何やら大きな音が響く。
「……何だ?」
音がしたことを早く気づいた男、その音を他の者たちも聞いていたらしく笑うのをやめて武器を構え、男は無線機を取り出すと誰かに連絡をする。
「オレだ。今の音は何だ?」
『……』
無線機越しに本来なら聞こえてくるはずの返事が返ってこない。沈黙、何の音も返ってこないことに男は外で何かあったと察して他の者たちに指示を出そうとする。
「外で何かが起きたらしい。
誰か外を……」
『……来るだけ無駄だと思うけどな』
男が指示を出そうとすると無線機から声が発せられ、その声を聞いた男は警戒心を強めながら無線機の向こうにいる相手に問う。
「誰だオマエは?見張り番のヤツじゃないな。
オマエは一体……」
『オレが何者とか知ってどうするつもりだ?
今言える確かなことはこの無線機を使った時点でオマエらは終わりだってことだ、指名手配犯のゾノ』
「テメェ……何でオレのことを!?」
男……ゾノと呼ばれた男は無線機の向こうにいる相手に名前を当てられたことに驚き、男が驚いていると無線機から何かが潰れるような音がすると共に通信が途絶える。
ゾノは無線機を使って話をしていた相手に警戒心をさらに高めると他の者たち……手下の者に指示を出す。
「オマエら!!
外にオレたちを知るバカが来たぞ!!オレが誰か知ってここに来るってことがどれだけ愚かなことか、オマエらの手でじっくり教えて……」
無線機で話をしてきた相手を倒すべくゾノは手下の者に指示を出していくが、その言葉の途中で倉庫の壁が勢いよく破壊される。
轟音を響かせるかのように破壊された壁の破片が周囲に飛び散り、壁が破壊されてゾノたちが身構える中、破壊されて壁に出来た大きな穴の向こうから誰かが足音を立てながら歩いてくる。
足音を立てながら歩いてくるその何者かの正体が分からぬ今、ゾノとその手下は武器を構えるしかなく、そんな彼らの前に現れた足音を立てる人物がゾノたちがハッキリと目で確認できる位置まで来ると足を止める。
「1、2、3、4……ちまちま数えんの面倒だから大体2、30ってとこか。
数だけは揃えてるって感じか」
壁が壊れたことにより出来た穴の向こうから歩いてきた人物……赤い髪にピンク色の瞳を持った少年で、その少年はジャージのような黒い衣装を着ていた。そして彼の両手首には白銀に輝くブレスレットが付けられていた。
一見するとこの場にいるのは場違いでしかない少年だが、この少年を見たゾノの顔色は明らかに悪くなっており、気づけば彼は数歩後退りしていた。
「お、オマエは……!?」
「初めまして……だけどオレはオマエを知ってるし、オマエもオレのことを噂で耳にしてるからそんな感じはねぇな」
「なんでオマエがここにいる!!」
「そりゃオマエが悪事を働く段取りしてるって情報を与えられて対処するよう頼まれたからだよ。こちとら便利屋でも何でも屋でもねぇのにこの程度のことで駆り出されんだから勘弁して欲しいのによ」
「野郎……嫌なら断りゃそれで済む話だろ?
どうせ名声欲しさに引き受けたくせによ!!」
少年の言葉に対して不満があるらしいゾノはショットガンを構えるなり少年を殺そうと構えて引き金を引き、ゾノが勢いよく引き金を引いたことで弾丸が放たれ……ようとしたその時、少年は弾丸が放たれるよりも速くゾノの隣へ移動し、少年がゾノの隣へと移動するとショットガンの銃身が何かによって砕かれて破壊されてしまう。
「!?」
「遅い。その程度でオレを殺せると思うな」
「親分!!」
「テメェ!!親分から離れやがれ!!」
ゾノのショットガンが破壊され、ゾノのことを少年が冷たい眼差しで睨んでいると彼の手下の2人が刀とナイフをそれぞれ持って少年に迫ろうと走り出し、走り出した2人は少年に近づいていく中で武器を持つ手に力を入れて少年を刺そうとした。
しかし……少年は首を鳴らすと音も立てずに走り出した2人の手下の背後へと一瞬で移動し、少年が移動したことを2人が気づくとその2人の体に強い衝撃が走って吹き飛ばされ、吹き飛ばされた2人は勢いよく倉庫内に立つ支柱に叩きつけられて意識を失ってしまう。
「う、うわぁぁぁあ!!」
「こ、コイツぅ!!」
ゾノの手下が2人倒されると他の手下は手に持つマシンガンなどの銃器を構えて少年を殺そうと一斉に乱射していく。
乱射されて次から次に放たれる弾丸。その弾丸を前にしても少年は焦る様子もない。それどころか恐ろしいほどに落ち着いた様子で地面を強く蹴ると走り出して放たれる弾丸へと突っ込んでいく。
自殺行為、少年が今取っている行動は自ら弾丸を受けて死ぬような真似をしているのと同じだ。それを何の躊躇いもなく行い弾丸へと自分から迫っていく少年。だが少年は銃口より放たれた弾丸が目に見えているのか一切の無駄のない華麗な体捌きで弾丸を次から次に避けていき、弾丸を避けて手下に接近した少年は手刀で手下が持つ銃器を破壊しながら次から次に手下を殴り倒していく。
銃声が鳴り響く中で少年はそれが当たり前のように簡単に実行し、銃声が鳴り止んだ時には同時に手下のほとんどが武器を破壊された状態で殴り倒されていた。
少年に倒されていない刀などの近接武器を構えた手下は大量の銃器からなる攻撃を物ともせずに全て避けた上で仲間を倒したその手腕に気圧されたのか後退りし、ゾノも体を震わせて数歩下がってしまう。
「あ?オマエ風邪か?
体震えてるけど……まさか《世界王府》の仲間になろうとか企んでたであろう悪党がまだ高校に通ってるガキにビビってんのか?」
「ば、化け物が……!!」
「化け物?違ぇよ。
オレが何て呼ばれてるか知ってんならちゃんと呼べよ。こっちはちゃんとオマエのこと名前で呼んでるのによ」
「お、オマエみたいなガキがいなければオレたちは……」
「まぁ、オマエらは終わってるんだけどな」
少年が指を鳴らすとそれを合図にするように彼の開けた壁の穴の向こうから紫色の稲妻が蛇の形をして飛んできてゾノの手下に食らいつくように倒していき、稲妻の蛇から逃れた手下を確実に仕留めるように壁の穴の向こうから巨大な斬撃が飛んできて残りの手下を薙ぎ払って倒してしまう。
「「ぎゃぁぁあ!!」」
悲鳴をあげて倒れていく手下。稲妻の蛇と斬撃が全ての手下を倒すと壁の穴の向こうから2人の人物が歩いてこちらにやってくる。
2人とも女。1人は腰まである長い金髪に青い瞳の少女で金色の装飾が施された青い装束を着ており、右手には金色の装飾が施された彼女の身の丈はある大剣が握られている。もう1人も同じくらいの長さの紫色の髪と紫色の瞳の少女で髑髏の装飾が施されているチャイナドレスにも見えるスリットの入った黒のドレス衣装を着て紫色の刀を手に持っていた。
「ご苦労さんだフレイ、ラミア」
「いえ、マスター。
マスターがほとんどを倒されていましたし、ラミアの攻撃でも多く仕留められたので私は大した事していませんよ」
「よく言うわねフレイ。
これでもかってくらいに大剣に力溜めて斬撃飛ばしといて大した事していませんって」
「事実ですよ。今回のゾノ率いる《狩殺組》を壊滅に追い詰めてるのはマスターなのですから」
現れたと思えば戦闘中とは思えぬほどに呑気に話す金髪の少女・フレイと紫髪の少女・ラミア。2人の会話を聞かされるゾノはその見た目と彼女たちが放ったとされる攻撃が残した惨劇を前にして顔色が完全に悪くなり、戦意が徐々に削がれる中でゾノは足掻きを見せるように短剣を構えて少年を睨む。
「く、クソ……!!
せ、せめて……せめてオマエに一撃を食らわせて……!!」
「……やめとけ。
どうせオマエじゃ何も出来ねぇよ」
「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!」
もはや冷静な判断が出来ぬ状態で動くしか無くなったゾノは少年の忠告を無視して走り出すと少年を短剣で刺そうと迫っていく。忠告を無視して向かってくるゾノに少年は呆れてため息をつくと右手を横に広げてフレイに告げた。
「フレイ、悪いが少し借りるぞ」
「ええ、構いませんよ。
マスターが望むなら好きにお使いください」
「……《セレクトライズ》」
少年が《セレクトライズ》と呟くと彼の右手にフレイが手に持つものと全く同じ大剣が現れ、現れた大剣を握ると少年は音も立てずにゾノの背後へ移動して大剣を振り上げ、少年が目の前から消えて背後に現れたことに気づいてゾノが振り向いた瞬間に少年が持つ大剣が勢いよく振り下ろされる。
「この……覇王がぁぁぁあ!!」
「あばよ、悪党」
振り下ろされた大剣はゾノの持つ短剣を破壊した上で敵の肉を抉り、肉を抉るほどの一撃を受けたゾノは血を流しながら背中から倒れてしまう。
ゾノが倒れると少年は一息ついてから手に持つ大剣を光に変えて消し、《覇王》と呼ばれた少年のもとへとフレイとラミアは駆け寄る。
「お疲れ様ですマスター」
「相変わらずの情けの無さ、さすがは《覇王》の異名を与えられてるだけのことはありますね」
「別にそんなんじゃねぇよ。
コイツは悪党だったから加減しなかっただけだ。それよりフレイ、ラミア。周辺の状況は?」
「マスターの指示通り私とラミアで周囲に潜伏していた敵は倒しました」
「増援の有無はいつも通り手分けして調べさせてるわ」
少年に報告を求められたフレイは大剣を消して報告をし、フレイに続くようにラミアも刀を鞘に収めて報告をする。2人の報告を受けると少年は首を鳴らすなり歩き出す。
「ならここでの仕事は終わりだ。アイツらと連絡を取って合流点する」
「「了解です」」
少年が……姫神ヒロムが歩き出すとそれに続くようにフレイとラミアは後に続くように歩き出し、3人はヒロムが最初に開けた壁の穴から外へと出ていく。
姫神ヒロム。彼は能力者だ。そしてフレイとラミアは彼に宿る《精霊》と呼ばれる特殊な存在。姫神ヒロムは《精霊》を身に宿して戦う能力者。
これは……そんな彼と彼が宿す精霊、そして彼の仲間が織り成す能力者の物語だ。