雷光はしる
一日空いて投稿です。
「はっ!?」
「消えた!?」
男たちは突然の出来事に驚愕する。
油断はなかった。視線は六人分もあった。
だがそれでもエリゼの姿を捉えきれた者は男たちの中にはいなかったのだ。
「――まずは一人」
「なっ!? 後ろ――ぐわっ!」
始めに声が上がったのは後方。
丁度魔銃を持っていた男がいる位置だ。
それに反応して他の男たちが振り返ると、既に魔銃の男はエリゼによって頭を蹴り抜かれ白目を剥いて倒れている。
「遠距離攻撃手段を持つ者を最初に叩く。近接格闘家なら当たり前の戦法ですね」
「このアマっ!」
すかさず近くにいた槍使いの男が、エリゼに目掛けて突きを放つ。
だが胴を狙って放たれた槍の穂先は、エリゼに届く前に彼女の足によって地面に蹴り落とされ、そのまま抑えつけられた。
「ぐっ! 離せ!」
「離せと言われて離す馬鹿はいません」
エリゼよりも遥かに体格に恵まれた大の大人の男が、力を振り絞り必死に引き抜こうとするが、その槍はピクリとも動かない。
更にエリゼが自身に施した魔術の効果はまだ切れていない。
「っ!?!?」
突如、槍使いの男の腕に痺れと共に強烈な痛みがはしる。
それは正に腕に電気が走ったような感覚。事実、男が槍を握っていた自身の腕を見ると指先から前腕にかけて電紋が浮き上がっていた。
その痺れと痛みから男の槍の柄を握る力も弱くなる。
「槍の柄が電気を通す物質で良かった」
「テメェ、何を――」
「それに答える義理はありません」
そう言うと槍の穂先を再度強めに踏みつけた。その衝撃で、既に握る力を失っていた彼の手から槍が手放される。
この隙に瞬時に男に肉薄するエリゼ。
男は反射で痺れた腕で防御しようと腕を上げたがもう遅い。その防御は間に合う筈もなく、無様にも晒された顎をエリゼの高速の蹴りが襲った。
男の足が僅かに地面から離れる。次に触れる時には、男の体は力なく膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏していた。
「これで二人目ですね」
エリゼはこともなさげに倒れた男を見下ろす。
その動きを見ていた男の一人が口を開いた。
「なるほど。雷属性付与付きの身体強化か」
「……流石に分かる人もいますか」
「まあな。こちとら元二級開拓士なもんで」
スキンヘッドの男の後にエリゼと会話した落ち着いた印象を持つ男。それがエリゼの魔術について理解したのか、言葉は得意げに、しかし厳しい表情で苦笑する。
彼に対するエリゼの警戒が強まる。
「セドさん、あれは……」
「ああ。あれは自身に対して雷系の属性付与を施すことで身体能力の強化する魔術だ。驚異的な移動速度と反応速度はもとい、どうやら付与した属性自体での攻撃も可能らしい」
セドと呼ばれた男は、未だに理解しきれていない他の者たちに説明する。最初のスキンヘッドの男の時点で薄々感づいていたのか、彼のその言葉には確信めいたものがあった。たった二度見せただけで見破るその知識と目は、彼が元とはいえ二級開拓士であったことを証明する。
当初、リーダー格はスキンヘッドの男だとエリゼは思っていたが、どうやらこの集団の本命はこのセドという男らしい。二級ということはエリゼ以上の実力を持っている可能性がある。
「正解です。……で、分かったところで勝てる算段は建ちましたか?」
「さてな。まあ、なかったらとっくにこの場所からは退散してるだろうとは言っておくよ」
「……そうですか」
それは実質勝てる見込みがあるということ。
しかし先の二回の攻撃(スキンヘッドの男を含めれば三回)の間に彼は何かしらのアクションをとらなかった。
エリゼは何も馬鹿正直に敵を蹴り倒していた訳ではない。彼らの実力を測る為にも軽めの身体強化で動き、その間に彼らの動きを見ていたのだ。
(見破ったのは確かに素晴らしいですが、初動の時点であのセドという人も私を見失っていたはず……)
他の者たちのようなあからさまな動揺は見せなかったが、その動きが僅かに硬直したのをエリゼは見逃さなかった。これは少なくとも速度だけで見れば、セドという男を圧倒しているということ。
これで油断しなければ問題ない、とエリゼが思った矢先。セドという男が徐ろに自身の背後に視線を向けた。
そこにいたのはベンチで萎縮しながら心配そうにエリゼを見つめる先程の少女。
(し、しまったぁぁぁぁっ!)
そこで初めて自身の失策に気付く。
彼らを倒す上で後方の魔銃使いと槍使いを倒したのは合理的判断故だ。彼らを放置したままだと、少女を守る上で大きな障害となると判断して先に倒したのだ。
本来ならば瞬時に少女のもとに戻っておくべきだったが、セドという新たな脅威の出現に意識を割きすぎてそれどころではなかった。だがそのため、守ろうとする少女の近くから離れるとは本末転倒。エリゼは我ながら自分の浅慮な部分に嘆く。
(それは勝算もありますよ! 人質とれば一発じゃないですか!)
だが、そこでセドは視線をエリゼに戻した。
それだけではない。他の男たちに関しては少女に目も向けていないのだ。
誰もがエリゼに対してのみ注意を向けている。
(……あれ?)
少女を人質に取らなかったのは助かったが、正直に疑問に思った。いや、エリゼ自身が彼らに会った時からあった違和感が大きくなっていた。
それは彼らが初めに絡んできた来た時にスキンヘッドの男が言った言葉。
『こんな時間に可愛らしい女の子が一人でどうしたのかなぁ〜?』
(女の子が……一人?)
その時は少女を守ろうとして夢中になっていたし、『可愛らしい女の子』と言っていたため、エリゼは当初、彼らの目的は少女のみであると考えていた。
(別に私は自分を可愛らしいとか思ってませんし)
この時エリゼが人知れず心の中で小さく拗ねたことは誰も知らない。
だが、この時エリゼが抱いた疑念が解消されるよりも前に、男たちが行動を起こす。
「ハリー、ダッド。行け」
「おう!」
「あいよ!」
セドの命令に応え、男の内の二人がエリゼに迫る。
ハリー呼ばれた大柄な男は、突進するようにその体格をフルに活かした大剣の横薙ぎをエリゼに放つ。単調だが純粋に力のこもった振り。それを避けるのは容易いが、その回避先を予測して回り込むように短剣使いのダッドが駆ける。
いくら身体強化を施したと言えど、その大剣をまともに食らえばエリゼもただでは済まない。だが、避けてもその先では攻撃の隙が小さい短剣使いのダッドが待ち構えている。まさに息の合った連携攻撃。
しかしそれよりもエリゼが注意したのは、セドに命令されなかったもう一人の男。
(派手な動きと声で最初は二人に目が行ったけど、もう一人の男の人は既に動いている)
ハリーの大柄な体と、横を素早く動くダッドに視線を向けさせ、その男は静かに且つダッドより速く、ダッドとは反対方向からエリゼの背後へと回り込もうとしていた。
(上手い視線誘導に気配遮断のスキル持ちですかね? 彼を含めての連携か……)
それはとても淀みなく手慣れている。相手が犯罪者の集まりでなければ、エリゼも素直に感心するものである。だが――
「私の速度を忘れましたか?」
エリゼの身体強化によって加速した速度はそれすらも上回った。
ハリーの大剣がエリゼを捉える寸前、再びエリゼの姿が雷光と共に消える。
直後に三人の体を襲う衝撃。
男たちの表情は驚愕と苦痛に歪む。
「がっ!」
「ぐっ」
「かはっ!?」
それとほぼ同時に男たちの体が本来作用してたベクトルとは異なる方向に吹き飛ばされる。
遅れて聞こえる雷の落ちたような衝撃音。
セドがエリゼの姿を再認識した時には、彼女を囲うように男たちが地面に倒れ伏していた。起き上がる様子もないことから完全に気絶させたらしい。
三人の男たちの練度の高い連携を持ってしても、誰も彼女に触れることすらもできずに昏倒してしまった事実に、流石のセドも驚きを隠せない。
「おいおい、マジかよ。あの連携攻撃を物ともしないとは、嬢ちゃん何者だよ?」
「……人攫いに名乗る名は持ち合わせていません」
「俺が訊いたのは『あんたバケモンかよ』って意味でだぜ?」
「尚更言う必要はないですね。人間ですので」
冷たく言い放つエリゼに、努めて明るく返すセド。
ここで数的有利は既になくなり、残るはセド一人のみ。
セドの頬を嫌な汗が伝う。
「この状況でもあなたは逃げないのですね?」
「ああ、上からのお達しなんでね」
セドは自身の持つ片手剣を構え直し、その剣先をエリゼを向ける。
だが結末は変わらなかった。
唯一男たちの中で対抗できると思われていたセドも、奮闘を見せるも最後にはエリゼの蹴りに沈んだ。
その戦闘をベンチから呆然と見ていた少女が、目を輝かせながらエリゼに駆け寄る。
「す、凄いよ、お姉さんっ! 悪者全部やっつけちゃった!」
「ありがとう。でも……」
少女の称賛の声に、しかしエリゼは素直に喜べずにいた。
(……あの人、ずっと笑ってた)
彼が意識を失う瞬間まで顔に浮かべられていた不敵な笑みが、エリゼの心に得も言えぬ不安を残していた。
気付いている方もいらっしゃると思いますが、この場面は前話の前編後編を含めて一つです。
それを踏まえて前編後編部分も多少修正していますので、「あれ?」と思った方は前編後編と今話を続けて読んでみて下さい。
それでも「は?」ってなったら文句つけて下さい。
なるべく早く綺麗に修正します。