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神世界のパイオニア  作者: 松梨隆也
開拓の星と呼ばれる男
7/10

伸びる魔の手 前編

エリゼのパートです。

 《烏の羽休め》を出てどれくらい経ったか。

 サルバルシ市内の外れにある小さな公園にエリゼはいた。

 少し建付けの悪くなったベンチに座り、脱力して背もたれ寄りかかりながら、夕暮れ時に橙色に染まった空を仰ぎ見て溜息をつく。


「はあ。私、何してんだろ……」


 空を眺めていると、店で出会った澄んだ青空のような髪の少年を思い出す。

 エリゼ自身、まさかあのような少年に言い負かされるとは思ってもみなかったし、彼のような有望な新人開拓士が、このサルバルシにいることも知らなかった。

 そして最後に彼がエリゼに向けて放った言葉。


『君は何の為に開拓士になったの?』


 それは悩んでいるエリゼの心に素直に刺さる質問だった。

 最近は昇級のために多少無茶な仕事を引き受けたり、少年との口論の原因となったエグスミリヌス山脈のような、自分の実力に見合わぬ場所に赴いたりと、我が身を顧みない行動が多かった。

 そのためユネや他の同業者の者たちにも心配して声をかけてくれたり、ミリーに関しては怪我をして帰ってくる度に何度も叱ってくれていた。

 だが、当のエリゼ本人はそれをどこか他人事のように考えてしまっていたのだ。皆に自分の気持ちなんて分からないと勝手に諦め、勝手に悩み、だからといって放っておいて欲しい訳ではなく、八つ当たりし、その後に勝手に後悔する。


(ハクに言われた通り、私って面倒臭いな……)


 今更ながらとても恥ずかしく思う。それでは思い通りにならなくて癇癪を起こす子供そのものではないか。

 ふと、エリゼが公園に視線を落とすと何人かと子供たちが仲良く遊んでいた。そこへその子たちの親が迎えに来て、各々が名残惜しそうにしながらも、また明日と言って笑って帰路につく。


(あの子供たちでさえ出来ることを私は出来てなかったんだ……)


 俯くと地面に水滴が落ちる。

 先程空を見上げた時には雨は降っていなかったのだから、これが何なのか当然エリゼも気付く。情けない、悔しいといった感情が、少年がつけた心の傷から涙と共に溢れ出てくるようだ。


「……お姉さん。どうしたの?」

「え?」


 突然声をかけられ、驚いたように顔を上げる。

 そこには先程まで遊んでいた子供の中にいた一人の少女が、心配そうな顔でエリゼの表情を覗き込んでいた。少女の胸に抱かれていた兎のぬいぐるみと目が合う。


「泣いてるの?」

「ううん。こ、これはちょっと目にゴミが入っただけ!」

「ふーん、そうなんだ」


 まさかこんな子供にまで心配されるとは思っておらず、慌てて誤魔化すように目元を擦りながら涙を拭う。

 しかし少女の方はそこまで関心がなかったのか、エリゼが恥ずかしさから赤面しているのにも気にも止めず、彼女の隣に徐ろに座った。

 物静かな印象のあるその少女は、ベンチに座るとぬいぐるみと戯れ始める。エリゼはそれを見て少し落ち着いたのか、少女に話しかけた。


「き、君はどうしたの? お母さんとかは?」

「ママは今日帰りが遅いって。今はお家には誰も居ないから……」

「そ、そっか……」


 少女は片親なのだろう。

 他の子供たちが親と共に帰っていく様を、この子はどのような心境で見送っていたのか。

 その境遇に同情してか、エリゼが黙るとその場に気まずい空気が流れた。


「別に気にしてないよ」

「……え?」

「私にパパがいないこと」


 少女はエリゼが思う以上に人の心の機微に敏感なようで、エリゼの同情を察してか、そんなことを言ってきた。または日頃からその手の同情をされるのに慣れていたのだろう。

 少女に対して失礼なことをしてしまったとエリゼは反省する。


「ご、ごめんね」

「だから気にしてないって言った。お姉さん、少しうじうじし過ぎじゃない?」

「うっ……」


 少女のまさかの指摘に呻く。

 ここ数時間で自分よりも年下の子に図星つかれ過ぎでは、とエリゼはまた情けなくなって落ち込みそうになったが、流石にこのままではいけないと思い、ギリギリのところで大人としての矜持がそれを踏みとどめる。

 そこでエリゼは少女の顔を覗ったが、少女の方は本当に気にしている様子はない。しかし、ぬいぐるみを戯れながらも少女のその表情はどこか浮かなかった。


「それにパパ、()()いないだけだし」

「今は?」

「そう。パパ、“かいたくし”なんだ」


 その時、初めて少女は表情に明るさを見せる。


「開拓士?」

「そうだよ。パパは凄いんだよ。いっつも帰ってくる度に、お仕事先で見つけた面白い物とか不思議な出来事とかの話を持ってきてくれるんだ!」

「へぇ、それは楽しみだね」


 どこか誇らしげに、年相応の可愛げのある笑顔を見せる少女。

 開拓士の父親について楽しそうに語る少女を見て、同業者であるエリゼも少しだけその自信を取り戻した。

 しかし、暫く眺めているとその表情はまた曇り始めた。


「でもパパ、もうずっと帰ってきてないの」

「それは……」

「偉い人からの依頼だって、パパが言ってた」


 開拓士はその仕事の性質上、危険な場所に行く機会は必然的に多い。個人で行く分にはある程度調整できるが、彼女の父のように上からの依頼で半ば強制的に未開拓領域に派遣される場合もある。その時は複数の組合の共同で、ある程度の人数と対策をたてて行くのがセオリーとなってはいるが、向かう先は未知の環境である場合が多いため、不測の事態が生じないとも限らない。

 実際、過去にはそのような依頼で向かった団体が丸ごと行方不明になったり、そもそも上からの依頼内容が無茶な条件な場合は、帰還すら許されずに調査先で一生を終えるケースもあるというのは、同業者であるエリゼも知るところであった。

 勿論その危険度の高さ故に成功すれば、協力した組合の地位向上や個人に対するかなりの報酬が期待できるのも確かである。しかし開拓士でもない政府の役人が未開拓領域の危険性を真の意味で理解しているはずもなく、その依頼内容のリスクが報酬に見合っているかは甚だ疑問であった。

 幸いエリゼはそのような依頼を受ける機会は今までなかったが、不幸にも彼女の父親の組合はそれを引き受けてしまい、そこに派遣されていったのだろう。

 少女の言い方からも、相当な期間帰ってきていないのは窺える。エリゼも彼女の父親の生存の可能性は否定したくはないが、同業者である立場から見ればそれが絶望的であるのは容易に想像できる。もしかしたら彼女の母親の方はそれを理解しているかもしれない。ましてや察しの良さそうなこの少女のことだ、そういったことも周りの大人から感じ取っているだろう。


「でも帰ってくるよ」

「……」

「パパは帰ってくる」


 その時、少女のぬいぐるみを握る手に震えがあったのをエリゼは見た。

 まだ幼い子供だ。不安がないわけではないのだろう。周りの同情がどういったものかも理解できている。

 たが、そんな周りの空気をものともしない父親に対する確固たる信頼が少女にはあった。


(何か、羨ましいな)


 そんな小さくも自分よりずっと強い少女にエリゼは自然に笑いかけていた。今日は本当に小さな子に教われっぱなしである。


「お父さんは好き?」

「うん! 楽しそうにお仕事に行くお父さんも、嬉しそうに帰ってくるお父さんも好き!」

「そっか」


 その言葉からも彼女の父親は開拓士という自身の仕事に誇りを持っていたことが理解できた。対して自分はどうなのだろうか。


(私は何の為に開拓士になった、か……)


 改めて自分へと問い質す。

 そしてそれを思い出すために、開拓士としての自分の原点となる本を取り出そうとして、初めてそこに()()の本がある事に気づいた。


(ん、二冊? あれ?)


 片方はエリゼ自身が元々持っていたサリゼンの手記。もう一方は……先程の少年から見せて貰った彼の手記であった。


(んんん!? まさか勝手に持ってきちゃった!?)


 自身の失態に気付き、頭を抱えるエリゼ。

 突如として狼狽え始めるエリゼに少女も困惑する。


「お姉さんどうしたの急に。大丈夫?」

「だ、大丈夫大丈夫!(いくら精神的に参っていたとしても、よりにもよってその原因である子の物を持ってきちゃうなんてっ! ああぁぁぁ何してんだ私はっ!!)」

「?」


 声なき叫びを上げながらいかにも大丈夫そうではないエリゼを、少女も心配して空間を詰めて側による。


「頭痛いの?」

「いやそういう訳じゃないんだけど、いやまあ頭を痛めているのは確かなんだけどね。でもそれは病気とかじゃなくて自分の行動の浅はかさというか、今ちょっとだけ取り戻しかけた何かを下手すれば一瞬で失いかけたというか何というか!」

「???」


 幼い少女にエリゼの言葉は理解できなかったようだ。

 逆に理解されたら理解されたで憐れみの目を向けられそうだったので、エリゼにしてみれば助かった(?)部分ではあったが、ここに来て新たに出現した問題に頭を悩ませる。


(これどうしよう。流石に返した方が良いよね。多分まだ店にいると思うし……。でもあんなにボロボロに言い負かされた手前、またあの子に会うのも何か抵抗があるし……)


 そうやってエリゼが一人で悩んでいると、自分たちの方向に何者かが近付く気配を感じた。

 当初は迎えに来た少女の母親かとエリゼは思ったが、顔を上げるとそれが誤りだったと理解する。そして警戒をするような眼差しをその人物()()に向けた。


「おやぁ? こんな時間に可愛らしい女の子が一人でどうしたのかなぁ〜?」


 そこにいたのはガラの悪そうな屈強な男性。それも一人ではなく、複数人の集団がベンチに座る二人を囲うように躙り寄ってきていた。

 咄嗟に立ち上がり、まるで少女の盾になるようにエリゼは男たちの前に立ちはだかる。


「何の用ですか?」


 その集団のリーダー格らしき初めに話しかけてきたスキンヘッドの男を睨みながらエリゼは尋ねる。今の彼女は先程までとは違い、少しの隙も見せずに凛とした態度で男たちと相対していた。


「おいおいぃ、俺たちは心配したから少し声をかけただけだよぅ?」

「……心配?」

「そうだぜぇ。最近ここいらは物騒だからなぁ。なぁお前ら?」


 スキンヘッドの男の問いに、辺りにいた男たちも下卑た笑いを浮かべながら同意する。その視線はどこかエリゼを値踏みするようであり、とても善意で話しかけてきた者とは思えなかった。

 その様子にさらに警戒を強めたエリゼは、威嚇の意味も込めてその口調を少し強気なものにする。


「なら心配要りません。自衛できるので」

「ふっ。そりゃあ頼もしいねぇ……」


 エリゼの言葉を虚勢と捉えたのか、スキンヘッドの男は鼻で笑った。つられて彼の取り巻きのような連中も笑い始める。

 彼らの表情からその余裕が消えることはなく、エリゼを侮っていることは明白であった。故に、この状況はエリゼにとっても非常に都合の良い。


「なら、おじさんたちにそれを証明してもらおうかなぁっ!!」


 やがて我慢ができなくなったのかスキンヘッドの男がエリゼに迫る。

 男性としての体格的な有利を活かし、何も考えずにエリゼに力任せに掴みかかろうと伸ばした腕は――しかし、彼女に届くことはなかった。


「《我が脚は雷鳴の如く》――」


 たった一蹴。

 音すらも置き去りにしたエリゼの回し蹴りが、その男の左側頭部の米噛を打ち抜く。


「かはっ!?」


 そしてスキンヘッドの男は何が起こったかも理解できず、錐揉み回転しながら公園の砂場へと飛んでいった。そのまま頭から砂場に突っ込んだ彼に起きる様子はなく、無言で砂場に首の付け根まで埋まっている。どうやら脳を揺らされたことで完全に気絶しまっているようだった。


「さて。これで証明できたと思うけど……」


 エリゼの実力を見誤っていた男たちの顔に動揺が広がる。

 対してエリゼの表情には少女を守る覚悟と男たちに勝てる自負が確かにあった。それを開拓士になってから鍛えてきて確立してきた自身の戦闘スタイルに対する絶対的な自信が後押している。

 それを呆然と眺めていた男たちは事態を理解するとその表情から余裕を消し、代わりに怯えにも似た感情をエリゼに向け始めていた。


「まだ続ける?」


 今日初めて自信を持って、エリゼは他人に対して不敵な笑みを浮かべた。

もうそろそろ見せ場を作ってあげないとね(誰とは言わない)。

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