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神世界のパイオニア  作者: 松梨隆也
開拓の星と呼ばれる男
4/10

衝突

前回遅くなると言ったが、あれは嘘だ。

(少し長めです。ご了承下さい。)

 謎の人物は、軽く謝りながらエリゼに本を差し出す。

 ボサボサに伸びた蒼い髪にみすぼらしい衣服。

 背丈と声音から少年ぐらいだろうとエリゼは思ったが、見た目と醸し出す雰囲気はどこか胡散臭い。

 だが、彼が向ける無邪気な笑みから害意がないことは何となく察することができ、エリゼは警戒しながらも本を受け取る。


「あの、一体?」

「いや、ごめんね。懐かしいものを見たものだから、つい手に取ってしまって……ああ、俺はアルフレッド・ウォーカー。開拓士だよ、よろしくね」

「は、はあ……?」


 頭を掻きながら、全く悪びれずに明るく清々しく笑うアルフレッド。だが、エリゼはそんなことよりも彼の言葉に少し引っかかりを覚えた。


(ん、懐かしい?)


 エリゼの持つ本――題名を『サリゼン・ウィリアムズの開拓録』と書かれたそれは、現在の開拓士の礎を築いた人物の手記として、開拓士に憧れる子供たちは皆が読むものとして親しまれている本だ。

 しかし、それは現代に合わせて再編集や改訂されたものであって、エリゼの持っていた本は、百年以上も前の時代に出版されるも、それが引き起こす様々な問題から初版本しか出回らなかったものである。

 字体も現代のものとは異なるため、読むためにはそれ相応の専門的な知識や当時の時代背景に詳しくなければいけないし、何よりもこのサリゼンという男の手記は、記した言葉の表現の仕方も字も汚い。

 凡そ一般的な少年が読むものではないし、そもそも数量が圧倒的に少なく、現存しているものの殆どは博物館か、開拓士協会の図書館の奥で厳重に保管されている。

 だが、疑問に思った一番の理由はそこではない。


(この本の存在は開拓士協会すらも知らないはずなのに……)


 エリゼの持つ本は、かつて自身の祖父の遺品を整理していた時に偶然発見したもの。その当時から開拓士に憧れを抱いていたエリゼは、その価値をすぐに理解し、今のいままでこの本を()()()()()()()()()()()のだ。


(何か別のものと勘違いしてる? いや、でもさっき普通に冒頭部分を読み上げていたし……。一体どういうこと?)


 エリゼの中の疑問が膨らみ、それが興味に変わる。

 気付けば、出会って数秒しか経っていないその謎の人物のことで頭が一杯になっていた。


「あのっ、君は一体――」

「おう。誰かと思ったらアルじゃないか。帰ってたのか」

「やっほー、ミリー。久しぶりー」


 エリゼが質問しようとしたタイミングで、片付けを終えたミリーがカウンターへと戻ってくる。そしてアルフレッドの小汚い格好を見て眉を顰めた。


「てか、またそんな汚い格好で来たのかい? 店に来る時は裏口で待機しとけって言ってるだろ」

「いやー、何度呼んでも来る気配ないし、何やら面白そうなイベントが起きてるっぽかったからさぁ。ついね!」

「ついね、じゃないよ。アンタはただでさえ変な所ほっつき歩いてんだから、余計な菌とか持ち込まれたら、飲食業を営む者としては迷惑なんだよ!」

「酷いなぁ。人をまるでネズミみたいに」

「……あんた、前科あんの忘れてないかい?」


 一方は楽しそうに、もう一方は迷惑そうに話し始める彼らに完全に蚊帳の外にされるエリゼ。またしても無視される状況に軽く哀しみを覚える。


「分かってるって。今回はある程度清潔にしてきたさ! なぁ、ルシェ?」

「……そうね」

「ヒャッ!?」


 エリゼの背後。予想外の所から声が発せられ驚く。

 振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 白銀の髪を左右にまとめ、白い肌と大きく綺麗な赤い瞳は、まさしく人形のような美しさがある。齢は十二ほどに見えたが、どことなく大人びた雰囲気をエリゼが感じたのはそれ故かもしれない。

 ルシェは驚くエリゼを見ると、柔和な微笑みを向けた。

 それは「驚かせてごめんなさい」という意を込めたものであったが、エリゼはその笑顔の美しさに思わず釘付けになる。


(可愛い……ううん。綺麗な子だなぁ)


 幼い見た目とは不相応に落ち着きのあるルシェを見て、エリゼは先程癇癪起こして男共も蹴り倒した自分自身を今更ながら恥ずかしく思う。

 幼そうに見える少女に大人な自分が色々と負けた気がして一人で勝手に落ち込むエリゼを他所に、ルシェはアルフレッドの隣の席に静かに腰掛けた。


「一応ここに来る前に立ち寄った町の宿でお風呂には入れたわ」

「だったらもうちょっと身綺麗に出来なかったのかい?」

「それは私からも言ったんだけど……」


 チラッとルシェは視線を向ける。

 それを察してアルフレッドはにこやかに笑って答えた。


「面倒臭いし、時間の無駄」


 呆れるほど素直に答えたアルフレッドを、困った子供を慈しむように眺める母親のような表情で見つめるルシェ。その後、ふぅ、と溜息をついて肩を竦めた。


「……とか言ってね。結局その町以外、立ち止まらずノンストップでここまで来たわ」

「ルシェ。こいつ一回ボコった方が良いよ?」

「私は別に構わないの。アルと一緒に居られるならね」

「はっはっはっ」

「アル、アンタは笑ってる場合じゃないよ。ルシェもアルに甘過ぎだ」

「そうかしら?」


 全く反省の色のないアルフレッドに注意する気すら失せるミリー。

 迷惑を被っているはずのルシェ自身が、割と満更でもなさそうなのが輪をかけてミリーの頭を悩ませた。


「……んで、今回はどこまで行ってきたんだい?」


 この話題を続けるといずれアルフレッドを殴ると察したミリーは、話題を変えることにした。


「南の未開拓領域にあるエグスミリヌス山脈」

「え、エグスミリヌス山脈? エグスミリヌス山脈と言いましたか、今!」


 アルフレッドの放った言葉に食いついたのは、先程まで一人で萎れていたエリゼだ。


「何だいそこは? そんな凄い所なのかい?」


 エリゼの予想外のテンションに若干引きつつ開拓士ではないミリーがエリゼに訊ねる。


「凄い所も何も、そこは私たち開拓士の間では“神々の試練”とまで言われるほど登頂困難の山です。険しい山肌に断崖絶壁。付近に生息する新生物の危険度の高さ。気候が変わりやすく読めない天気に純粋な標高の高さ。それら全てが最悪最凶過ぎて“人類には決して乗り越えられない壁”とも呼ばれてるんですよ!」

「へぇ〜。そうなのかい?」

「らしいね」


 興奮するエリゼとは対照的にどこか他人事のようなアルフレッド。

 まるで自分にとっては試練でも壁でもなかったかのようだ。

 その反応に妙な苛立ちを覚えるエリゼ。


「山脈の手前まで行ったということですか?」

「いや登ったよ」

「登った!? 君が!?」

「うん、頂上まで」

「頂上まで!?」


 余りの事に理解が及ばず、エリゼは口をパクパクさせ困惑している。そして、足元をふらつかせながらカウンターに突っ伏すように身体を預けた。


(こんな少年が、あの一級開拓士でも滅多に足を踏み入れない山脈を登頂したなんて……)


 エグスミリヌス山脈は“人類には決して乗り越えられない壁”と呼ばれるように、今のいままで登頂できた()()は一人もいない。

 故に登頂出来れば、無条件で開拓士階級の最上級である特級に昇進できるとまで噂され、昇級目的の多くの一級以下の開拓士たちがその山で消えていった。

 そもそも二級にも満たない開拓士には、その山に辿り着くまでの道のりすらも過酷で、未だに未開拓領域とされるその付近は地図すらも満足に完成してはいない。因みに二級であるエリゼすら、その山脈の序盤で心が折れた程なのだ。

 故に人外と噂される特級開拓士であるならばともかく、自分よりも年下の少年にしか見えないアルフレッドが、その山脈を登れるような人物とは思えなかった。ルシェに限っては、そもそもが開拓士になれるとされる十四歳にも満たないように見える。


「有り得ません……」


 なぜか肩を震わせるエリゼ。

 突然元気になったと思ったら、急に大人しくなるエリゼのその挙動不審な行動に、アルフレッドは驚きつつも楽しそうに笑う。


「面白いね、この子」

「言ってやるな、アル。てかアンタが一番言っちゃいけない」

「有り得ません!!」


 ばっ、と突如顔を上げるエリゼの表情は真剣なものへと変わっている。


「貴方は嘘をついています! 君のような少年が登れるほど、あの山は甘くありません!」


 ビシッ、とアルフレッドを正眼に構えて指差し、まるで罪を告発するように強く言い放つ。

 それを見て面白い玩具を見つけたように、アルフレッドは意地の悪い笑みを浮かべた。


「へぇ、その証拠は?」

「しょ、証拠ですか? それはありませんが……って、この場合は君が証拠を見せる側では!?」

「えぇ? 嘘付いた証拠もないのに人のことを嘘つき呼ばわりした人がそんなこと言うの。それこそ逆じゃないかな?」

「ぬぬぬっ……」


 アルフレッドの意見は正論である。

 それはエリゼも理解していたため、ぐうの音も出ない。


「で、でも君のような少年に登れるとはとても思えません!」

「それさっきも言ってたけど、それは君が俺の見た目から勝手に判断しただけじゃない」

「そ、それは……そうですが……」

「君はただ認めたくないだけでしょ? 俺が登った事実をね」


 アルフレッドの言葉は確かだ。

 エリゼはただ単に認めたくはなかったのだ。

 二級から昇級できない焦り。かつての後輩たちや有望な新人に追いつき、追い抜かされる悔しさ。自分の憧れた人物の背中との距離の遠さ。

 それらのプレッシャーのせいで小さくなった自尊心の唯一の抵抗であったのはエリゼ自身でも感じている。


「でもま、散々文句つけたけど証拠もない訳じゃない。はい、これ」

「?」


 そう言ってエリゼに手渡したのは大きな本のようなもの。

 表紙に『アルフレッド・ウォーカー開拓録』と書かれたそれを開くと、そこには様々な動植物やスケッチや丁寧に描かれた地図に大凡の植生などがまとめられていた。

 同じ開拓士であるエリゼは、それをひと目見ただけでエグスミリヌス山脈付近の未開拓領域のものであると理解した。

 ページの後半にはエリゼも踏み入れたことのあるエグスミリヌス山脈の下層付近の環境も丁寧にまとめられており、そこから先は見たこともないものが多く書かれていたが、それがエグスミリヌス山脈のその先のものであると――自分が見れなかった景色であると素直に納得できてしまった。


「所詮自分で書いたものだから、捏造もできるだろって言われたらそこまでだけど、君はそこまで愚かな人じゃないだろう?」

「っ……!」


 もはや反論の声は出ない。

 なぜなら、それを読んで理解してしまったからだ。

 この少年はエグスミリヌス山脈を登った。自分は目の前の少年に負けたのだ。


『先輩って、意外にしょぼいですね』


 エリゼは過去に可愛がっていた後輩に言われた言葉を思い出す。

 思えばその頃から、何かに急かされる感覚が常にあった。

 残されていた僅かな自信が音をたてて砕けていくのが分かった。


「何をそんなに張り合ってるのかは分からないけど、もしそれが自分の力不足に対する八つ当たりなら、向ける矛先を間違えてるよ」

「八つ当たり……ですか」


 二級開拓士も別に凄くないわけではない。多くの一般的な開拓士は二級で生涯を終えるものが殆どであるのも確かだ。だがそれは所詮、一般的な域を出なかった証明でもある。

 エリゼの憧れた開拓士はそんなものではない。開拓士の祖であるサリゼン・ウィリアムズしかり、開拓の星と呼ばれる伝説の開拓士も今尚現役で活躍している。

 彼らに追いつきたいと願っても、その一歩をどう踏み出して良いか分からなくなっていた不満や不安が溜まっていたのはエリゼも理解していた。それをどうにかして発散したいと思っていたことも……。


(私、馬鹿だな……)


 ただの憂さ晴らしの為に初対面の少年に突っかかるなど、エリゼ自身が掲げる理想の開拓士像には有るまじき行為である。

 気が付けば、エリゼの視界はぼやけ立ち位置すら分からなくなっていた。

 それは目元に浮かんだ涙によるものか、または自身の心境を差しているのか。

 余りにも情けなくて、やがてその場に居辛くなったエリゼはトボトボと肩を落としながら店の出口に向かった。


「エリゼ、どこ行くんだい?」

「……ミリーさん。私、少し頭を冷やしてきます」

「ああ、ちょっと待って。最後に一つ良いかな?」

「な、何でしょう?」


 自分の心をズタズタにした少年が呼び止める。

 恐る恐る振り返ると、彼は先程から口元に浮かべていた意地の悪い笑みを消し、真剣な声音で尋ねた。


「君は何の為に開拓士になったの?」

「……」


 その質問にエリゼは答えず、そのまま静かにその場を去った。

勢いのまま書いたので、少し文面汚いかもです。

後でもう少し読みやすくする予定です。

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