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神世界のパイオニア  作者: 松梨隆也
開拓の星と呼ばれる男
3/10

少女の悩み

 ラーシェル共和国、第三都市サルバルシ。

 名前にある通り、都市中央にあるサルバルシという遺跡から出る資源を元手として発展した貿易都市であるこの土地は、様々な人種や物品、情報が行き交う。それ故に活気に満ち溢れ、連日お祭りのような賑わい見せていた。

 そしてサルバルシの辺境にある食堂兼民宿の〈烏の羽休め〉でも、それは例外ではない。

 職業の偏りからか、筋骨隆々、ガラの悪そうな男が集まるこの場所で、凡そ不釣り合いな少女の客が一人訪れていた。

 少女はカウンターに座り、半泣きになりながら項垂れている。


「……ミリーさん。何でなんでしょう?」

「何がだ? エリゼ」


 この民宿の店主であるミリーは、エリゼの意図の分からない質問に律儀に返す。勿論、その間にもミリーの手が休まることはなく、次々に入る注文を作ってはウエイトレスに渡していく。


「私って、二級開拓士じゃないですか……」

「そうだな。……はい、これ5番テーブルな」

「はーい」


 ウエイトレスはあからさまに落ち込んでいるエリゼに心配する眼差しを向けるが、客に呼ばれて足早に去っていく。

 エリゼの手には古ぼけた本があった。それは読み込まれボロボロになり、頁も手垢や日にやけて茶色く変色している。

 それを大事そうに胸に抱えるエリゼの肩は僅かに震えていた。


「14歳で開拓士になって2年で最下級からニ段階上がりました。二級なることは簡単なことではなかったですけど、世間的には異例の速さなんて言われて、当時は舞い上がってました……」

「あー、凄いな……っておい、そこ! 喧嘩するなら外行け、外!」

「……きっと、自惚れていたんです」


 エリゼの声は徐々に小さくなってゆき、店内で起こった喧騒に消えていく。

 先程のウエイトレスに色目を使った使ってないの言い争いが二人の男の間に起こり、それが殴り合いまで発展していた。悪ノリした他の客が賭け事まで始める始末。

 渦中のウエイトレスも必死で止めようとしているが、そのオロオロとした態度を誰かが「カワイイ」とか言ったもので、その喧嘩にもう一人が追加。最早収集のつかない状況になりつつあった。


(あれから4年経って、今なお二級のまま。後輩には追いつかれてしまうし……。私って実は開拓士に向いてないのかな?)


 深刻そうな顔をするエリゼ。

 しかしミリーはそんなことに見向きもしない。というか、最初からエリゼの話を殆ど聞いてない。

 店内はエリゼのことなど気にも止めずどんどん盛り上がっていく。


「だから喧嘩は外でやれって言ってんだろ! ユネもいつまでもオロオロしてんじゃないよ!」

「すみませんお母さん!」

「ミラーの姐さん! ユネちゃんは悪くねぇっすよ!」

「「「そうだ、そうだ!」」」

「アンタら悪い自覚あんならアホな事やってないで、奴らを止めろ!」

「「「それとこれとは別」」」

「全く、馬鹿かお前ら――」


 そうミラーが見かねて喧嘩の仲裁(一方的な制裁)に向かおうとした時――


「うるさいバカァァァァァッ!!!」

「グボアッ」


 大きな怒声と共に先程までカウンターで項垂れていたはずのエリゼの渾身と蹴りが喧嘩していた男の一人の顔面に直撃する。

 食らった男は三人の中でも一際大柄な体格をしていたが、そんなことは物ともせずに、エリゼの蹴りは彼を錐揉み回転させながら店の入り口から外に飛ばしていった。


「「「………………」」」


 途端に店内を静寂が包む。

 先程まで喧嘩をしていた残りの二人も、目の前に仁王立ちするエリゼの凄みに当てられ動きを止めている。


「人が真剣に悩んでいる時に、君たちは何をやっているの?」

「え、あ、エリゼちゃんじゃあないか。い、()()()?」

(((あ、終わった)))

「はっ!? いや、別に気付いてなかった訳ではゴフッ」


 蹴り、再び。

 残った二人の内の一人。少し軽薄そうな印象を抱かせる男の失言を皆が察した瞬間には、彼もまた消えていた。

 店の入り口の扉が開閉する音が静かに響く。

 最後に残された男性も顔を青くしていた。次は自分の番だと。


「で、何をやっているの?」

「ひっ!?」


 エリゼの視線が残された一人へと向けられた。

 彼女の表情は至って笑顔だ。こめかみがヒクついていることに目を瞑れば、であるが。

 自然と男性の頬に冷や汗が流れる。ここからは一つのミスが命とりになる。


「せ、説明するから蹴らないでな? エリゼのお嬢」

「分かったから早く説明して、ね?」


 無駄に優しい言葉に男性はホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、傍から眺める他の客の表情は真顔だった。

 動揺している男性が、その意図に気付くのはもう少し後になるだろう。


「最初にグロッグが料理を持ってきてくれたユネちゃんに『ありがとう』とか言ってさり気なく手を握ってな」

「グロッグ?」

「2回目にお嬢が蹴ったチャラめの男な」

「ふーん。それで?」


 口元の笑みは崩さず淡々と質問するエリゼ。

 その落ち着いた様子に男性も徐々に周りが見えるようになっていき、そして皆の表情に気付いて、何かを察した。

 男性の顔に諦めの涙が出てくる。


「そ、それで少し困っていたユネちゃんを庇おうとダリク……こいつがお嬢が蹴った最初の男なんだけど、そいつがグロッグに喧嘩をふっかけてよ。それが発端な訳よ」

「へー。それで貴方は?」

「その喧嘩を止めようとオロオロしてるユネちゃんを『カワイイ。小動物みたい』って言ったらダリクに『テメェもか!』って。そ、それで殴り合いに参加したってわけ、なん、だ……」

「……へぇー」

「いや、お嬢が悩んでいるのは察してたよ?でもいつもの発作のようなものというか、毎度毎度悩んでは暫くしたら収まってたし今更聞いても解決するようなものでもないというか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」


 口早に意味のなさない弁明をし始める男性。

 追い詰められた人間は本当の姿を晒す。

 この男性の場合は皆が一応心に抱いていながら言わなかった本音を代弁したものであったが、それで全てが終わった。


「……言いたいことは、」

「へ?」

「言いたいことはそれだけ?」


 無駄に爽やかな笑顔。

 元が整った顔立ちであるエリゼの笑顔はどこか華やかで気品のある美しさがあったが、男性にとっては死神の顔に見えた。


「はい。それだけです。一思いにやってぐだばっ!」

「言われなくてもやってやるわぁぁぁっ!」


 そしてまた一人の男が店内から消えていった。

 最後の蹴りはエリゼ自身にとっても稀に見るほど清々しいキレだった。

 事の顛末を終始無言で眺めていた他の客は自然と拍手していた。

 エリゼの蹴りに対してではなく、蹴られていった友人たちの健闘(一方的な暴力に逃げなかったこと)に対してである。

 特に最後の男性に対しては、よく言ったと涙ぐむ者までいた。


(((後でアイツらに何か奢ってあげよう)))


 そうこの場のエリゼとミリー、ユネ以外の男性客の全ての心が一致した瞬間だった。

 パンパン、とミリーの手を叩く音がこの騒ぎの終わりを告げる。


「はいはい。取り敢えずアンタたちは片付け手伝いな」

「「「はーい」」」

「ユネは散らかった食器を洗っといてくれ」

「はい!」

「エリゼ。一応喧嘩を止めてくれたのは感謝するけど、すっきりしたならカウンターに座って大人しくしてな」

「……はい」


 とぼとぼと肩を落としてカウンターへと戻るエリゼ。

 まだどこか浮かない表情をする彼女にミリーも溜息をついた。


(一体何を急いでいるのやらね、あの子……)


 ミリーに促され、大人しくカウンターに戻るエリゼ。

 しかし自分の座っていた位置のテーブルに置いておいた本がなくなっていることに気付く。

 ボロボロになるまで読み込んだ古い本。自身にこの世界に歩むきっかけと憧れを抱かせるてくれた大切なもの。

 それがなくなったとあればいよいよ自分の支える物すらもなくなってしまうと、一瞬絶望すら覚えたがどうやら違うらしい。

 エリゼが、よくよくその周囲を見ると、その本は失くしたわけではなく、自身の座っていた席の隣に腰掛ける人物の手の中にあった。

 その人物は本の冒頭部分を開くと、小さく、どこか懐かしそうに読み上げた。


「“人はその溢れる輝きから、その世界を【神世界】と呼んだ。そして、その世界に己の好奇心のみを胸に抱き、危険を省みず足を踏み出した者たちこそが、我々開拓士だ”……か」

「……あ、あの? えっと?」


 エリゼは恐る恐る警戒しながら近づく。

 その人物はエリゼの気配に気が付くと、振り向いて彼女に清々しいほどの明るい笑みを浮かべた。


「やあ、こんちには」

この後から投稿が遅れてきます。

書いてて楽しいので続きますが、投稿遅延はすみません。

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