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神世界のパイオニア  作者: 松梨隆也
開拓の星と呼ばれる男
10/10

シカクは身近に

投稿のペースが決まってきました。

 セドたちとの戦闘の後。

 そのまま彼らを放置する訳にもいかず、エリゼは近場の開拓士組合に連絡し、彼らの身柄の確保と事後処理を依頼したが、事態はその後予想以上に大きくなる。

 何でも、彼らは近頃この都市で騒がれている人攫い集団の一味である可能性があるということで、その危険性と重要な情報源としてサルバルシ政府の役人が直々に身柄を受け取りに来ることになったのだ。

 その大袈裟な対応の仕方に些か驚いたエリゼであったが、少女を一刻も早く家族の元へ帰さねばという意識から手続きを簡潔に済まし、その公園を後にした。


 少女の家はサルバルシの外れの貧困街にあったため、辿り着く頃には日も落ち、辺りはすっかり暗くなっている。現在エリゼと少女の二人はその街の路地のように狭い道を手を繋ぎながら歩いていた。

 同じサルバルシ内にあっても踏み入れたことのないその場所は、当初エリゼが想像していた雰囲気とは大きく異なっていた。メインストリートとなる道は綺麗に整理されており、街灯はなくとも列車のように連なる長屋から漏れる小さな明かりと、それと共に聞こえる団欒の声が温かく響いている。

 エリゼはその光景をやや意外そうに眺めていた。

 その様子に気付いたのか、少女は少し意地の悪い笑みを浮かべる。


「思ってたのと違った?」

「えっ? あ、いやそうじゃなくて、何というか……――はい。もっと酷いものを想像していました……」


 少女の質問に慌てて否定しようとするが、その笑みを見てエリゼは内心を見透かされているように感じて素直に白状してしまう。

 だが少女の方は特に気にした素振りも見せず、エリゼのバツの悪そうな表情を見て、悪戯の成功した子供ように心底楽しそうに笑った。


「別に良いの、そう思われてるのは知ってたから。ちょっとお姉さんがマジメそうだから、いじめてみたくなっただけ」

「もうっ、からかうのはやめてください」

「ふふっ。お姉さんカワイイ」


 少女に良いように転がされたのが不服だったのか、頬を膨らませそっぽを向くエリゼ。その反応を眺めていた少女の表情は、どこか愛おしいものを見るかのようだった。


「ホント、カワイイ……」


 小さく蠱惑的に呟かれたその声は、エリゼに届くことはなかった。

 暫く二人で歩いていていると少女は、はっ、と何かに気付いたようにエリゼの方を見上げた。


「そういえばお姉さんの名前訊いてなかった」

「え? ああ、そういえばそうですね」


 少女の言葉にエリゼは頷く。

 思えばエリゼ自身も少女の名前を知らなかった。

 我ながら見切り発車のように助けてしまったとはいえ、ここまで関われば最早他人行儀という訳にもいかない。同じサルバルシに住む者同士でこれからも顔を合わせる機会もあるだろう。

 エリゼは軽く咳払いすると、先程から誂われているのが癪だったのか、余裕のある大人な女性に見せようと少し畏まった雰囲気を自ら作り出してから名乗り出た。


「では改めて。私はエリゼ、エリゼ・ヴァルヘルクといいまひゅっ」


 そして盛大に噛んだ。

 みるみる顔を赤くしていくエリゼ。

 それには流石に少女を暫し沈黙する。

 たっぷりと気不味い空気が流れたところで、少女は満面の笑みをエリゼに向けた。


「……私はケイ。今日は助けてくれてありがとう、お姉さん」


 ケイの口元は僅かに震えている。


「ごめんなさい、聞き流そうとしなくて良いです分かってますから笑いを堪えるようなその表情を止めて下さいっ」


 今日は余りにも格好がつかない。そのことに軽く落ち込み、その恥ずかしさから発した頬の火照りを抑えようと顔を空いた手で隠す。


「お姉さん……」

「今は顔を見ないで下さい。恥ずかしいので……」

「そうじゃなくて。手汗が……」

「ごごごごめんなさいっ!」

「あっ」


 握っていた手を慌てて放すと自身の服の裾で擦って拭おうとする。一方唐突に手を放されたケイは、名残惜しそうにエリゼと握っていた手を見つめながら開いたり閉じたりしていた。

 このままではいけないと思ったエリゼは話題を移すことにした。


「そ、それにしても本当に意外でした。私は貧困街に入るのは初めてですが、とても温かいところなのですね」

「温かい?」

「ええ。皆さんとても幸せそうです」


 各家々から聞こえるのはどこも笑い声だ。

 幾度かすれ違ったここの住人らしき人々も、格好こそ多少みすぼらしいがその表情は明るく、エリゼに対しても遠慮なく挨拶してくる。

 だがそれを嫌味か皮肉と思ったのか、ケイは分かりやすく眉を顰めるとジト目をエリゼに向ける。


「それはどういうこと?」

「いえっ! 別に馬鹿にしている訳ではなくて……」


 失言したと思い慌てて否定すると、エリゼは徐ろにどこか遠くの空を見つめる。それは過去を懐かしむようでいて、どこか辛そうにも見える表情であった。


「この雰囲気が、正直に羨ましいのです」


 そして何かを諦めたかのように弱々しく笑った。

 その表情を見たケイが突如として歩みを止める。

 それに合わさせて、エリゼも立ち止まった。


「? どうしました? もしや体の具合でも悪いのですか?」


 その行動を少し不思議に思ったが、それが先程の出来事のストレスからの体調不良だと思ったエリゼは心配になり、俯くケイに視線を合わせるように屈む。

 たが当のケイはそんなエリゼを他所に、何か小さな声で呟いていた。


「何よ今の表情。反則じゃない……」

「何か言いましたか?」


 それを聞き取ろうとして顔を寄せるエリゼ。

 それにいよいよ体を震わせ始めたケイに、尋常ならざるものを感じたエリゼは、突然のことにどうしていいか分からずオロオロと慌て始める。


「どうしました? やはり体の具合が?」

「お姉さんのせいですよ……」

「私のせいですか!? ……いえ、私のせいですね。いくら落ち着いているとはいえケイさんはまだ子供。怖いことのあった後なのに配慮が足りてなかったです……」


 ケイの言葉を勝手に解釈し、勝手に落ち込むエリゼ。

 そのどこか見当違いな反応に、ついにケイは耐えられなくなり――


「申し訳ありません。早く帰りましょ……う?」


 屈んでいたためにケイの正面にあったエリゼの顔。その頬にケイが優しく手を添えた。それはまるでエリゼの顔を固定するかのようで。

 その行動を理解できずに不思議そうにしているエリゼ。

 ケイは俯いていた顔を上げて、僅かに上気した頬と熱っぽく潤んだ瞳をエリゼに見せる。そして未だに理解しきれていないエリゼに優しく微笑むのだった。


「お姉さんのこと、貰うね?」

「え?」


 そこでゆっくりとエリゼの意識が溶けていく。

 瞼は重く、心地の良い眠気がエリゼを襲い、海に沈むような感覚と共に全身の力が抜けていった。その微睡むような意識の中で、


(さっきのは一体?)


 ケイの瞳が瑠璃色に輝いたのを、エリゼは見ていた。

うちのメンタル弱々ヒロインのせいでプロット通りに話が進んでくれない。

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