お仕事日報 ―初めてのオーバーキル―
どうみてもモノリスだ。
不動ではなく、敵意をもった猪のような特性のモノリスではあるが。
黒光りしてるのは、素材が黒曜石のような材質なのだろうか。
分厚いコンクリートの壁は貫け無いので、貴方の中の脅威度はかなり下がっている。
とはいえ、対抗斜線軸に壁があっての話だ。
『私としては、薄いバリア的なモノを期待していたのですが。
二次活用出来ないモノをイメージしてくるとは予想外ですね』
貴方は、身の危険が差し迫る窮地で躊躇はしない。
相手側の攻撃力を見据えて、出し惜しみするなどという器用さに欠けていた。
貴方は、守りのイメージの強さが、盾よりも壁の方が有用であると感じていたことも一因であろうか。
『このように、強いイメージを込めれば何かしら出現します。
其を有効活用して戦います。
何も無いなりに、活動数値を浪費した身切りになるので、扱い方次第の危険行為になりますけども』
不穏のワルツが聴こえる。
最終手段を先に教えるのはどうなのかと思う。
知らないよりはいいのだろうが、手順が何かおかしい。
もっと大事なことを教えて欲しいものだと、貴方は切実に願っていた。
『そのまま倒してもらうのが最上ですが、無理が出ないように今回は瀕死にしておきます』
受付嬢は、モノリスに向けて手をかざして攻撃していた。
掌から、白い筋のような光がポフっと放たれる──。
モノリスが赤と黒にチカチカと点滅している。
これが瀕死状態になっているという証らしい。
モノリスを倒せば、チュートリアルが終わるのだろうか。
サクッと、終わらせて帰りたい。
『モノリスを貫くようなモノをイメージしてください。
それを当てれば倒せるかと想います』
イメージ───。
ハンマー投擲で叩き割る。
槍の投擲で穿つ。
砲丸のような硬い球を連撃するのも、ありだろうか。
いろいろと試したいが、どのくらい浪費するか解らないのでオーソドックスにしておこう。
貴方は、鋭く硬い槍をイメージして具現化し、気合いを込めて投げ放つ。
この状態は何処かで見覚えがあるので、それを連想してしまった。
ゲイなんたらの英雄か、ニーベルンな戦乙女を思い描いて──。
カードの耐久性は残り10になっていた。
思いがけなく気合いを入れすぎた。
入れすぎてしまった。
改心の一撃である。
イメージが強かったのだろうか。
英雄か、戦乙女のどちらかだけでよかったんだと思われる。
『瀕死にしておいたので、当てるだけでよかったのに。
出力のさじ加減を理解していないのですか?』
受付嬢は、驚愕の眼差しで見つめてきた。
非難している。
無理をさせないようにと配慮して、瀕死にしておいたのに。
どうして無理をしてのオーバーキルをしでかしたのかと。
平たく言えば、モノの弾みである。
調子こいたとも言える。
モノリスは粉微塵になっていた。
欠片もなく粉砕したのだ。
オーバーキルである。
自分にもオーバーキルしかけたのだが。
カードの耐久性が10しか残ってない。
首の皮一枚。
本当に危なかった。
初めての講習からペナルティ体験する珍事とか笑えないものである。
ちょっとだけの愉悦が、大失敗になっている。
やらかした感が酷い。
ゲームが如何に、リアルに不都合な要素を除外してるのが解る事例であった。
都合のよい最適解で、物事は一つも進まないことに驚いている貴方であった。
辛うじて無難にクリアしたからこそ言えるのではあるが。
余力がある時は控えめに。
余力が無い時も控えめに。
全力でしていいのは、実力が伴ってから。
貴方は、固く自分に言い聞かせていた───。
『何を一人で黄昏ているんですか?
講習はまだ終わってませんよ。
貴方が敵を粉微塵にしたので、この後の講習が無くなりましたよ?』
ボスを倒したら、講習は終わるのではないのか?
『一連の手順を踏まえないと、業務に片手落ちが出てきます。
駆除の後始末の講習が出来なくなりましたので、転がっている珠は私が浄化します。
貴方に余力があるなら、ボーナス扱いで処理させるつもりでしたが』
受付嬢は、手を払い除ける仕草で転がっている珠をバシュッ…と消し飛ばした。
あれは貴方の支度金になる予定であったらしい。
入るはずの臨時ボーナスが、受付嬢により露払されていた。
『貴方の余力が全く無いので、今回の講習は終了です。
お部屋に戻りますよ』
受付嬢が空間をココンっ…と叩くと、最初に出会ったロビーに画面が切り替わっていた。
アクシデント多数起きていたが、恙無く初めての講習は終えることが出来たと思われる。
安全第一は良いことだ。
それはそれとして、カードの耐久性は残り10のままなのだが。
何処かでチャージは出来るのであろうか?