お仕事日報 ―量産される黒歴史―
『貴方が最初に確認するのは、何が出来るか把握することです。
紙屑職人の段階で、下地に種を仕込んでいますから、其を発現させる手順を理解するのが基本でしょうか』
文書投稿に没頭しているうちに、何かを仕込まれていたらしい。
貴方は、受付嬢の物言いが不穏過ぎて反応したくはなかった。
『貴方にある知識では、魔法のような技能ですよ。
魔法という都合のよいものは存在していませんけど』
魔法が無いのか……。
貴方は、異世界転移を否定する材料が増えていくなと感じた。
『魔法そのものは存在しませんが、思い込めば発現自体は可能ですよ?
制御が出来ればのお話になるので。
現時点での発現はお薦めいたしません』
安易な発想で行動するのは自重しないといけないらしい。
魔法を否定しているのに、魔法のようなものは使えるというのは謎かけなのだろうか。
『とりあえず、何かしら行動してくださいね。
動作反応を体感するのが目的ですよ?』
貴方は暫し思い悩む。
自らの痴態を想像しては震え、心の葛藤を逡巡させている。
程なくして、潔く数々のポージングを体現することにした……。
青銅の白鳥の如く、両腕を前方に突き出し両手を結びて、気合いを込めて叫んだり。
修羅の王の如く、天を衝くかのように腕を振り絞り、高らかに頂点を指差したり。
太陽の三戦士の如く、シャウトな奇声を挙げて、鷹や鮫や豹が威嚇する擬態をしたり。
宇宙の戦士の如く、片手で掲げるかのように叫び、正義の鉄槌をくだす真似事をしたり。
貴方は、思い描き心の赴くままに変態行動に勤しんでいた。
厨二病を彷彿させるかのような、恥ずかしくも憧れる姿勢を決めていく。
果てしなく緊張感がない姿勢を続けて行くと、熱くなっている身体とは裏腹に、心は冷静になってきた。
有り体に言えば、黒歴史を量産していく現状に自尊心はズタズタである。
受付嬢は、貴方を見て何かしらの兆候を観察しているようである。
奇怪な声と狂気が芽生えつつある舞踊をしている貴方に、何を見通しているのだろうか。
『下地に仕込んでいる種が発芽していないようですね?
10年の苗床期間があったのに……』
苗床期間?
貴方に植え付けられてる何かは侵食系かーー。
不穏要素が増える物言いは止められないのか、このポンコツ受付嬢め、と貴方は訝しげに見た。
発芽していないと何も起こらないらしい。
『とても珍しい事例なので、私も初めてですよ。
種が発芽出来ないのは、貴方に問題があったからと推察しますが。
後で、上司に報告しておきますね』
この状況で講習は続投できるのだろうか。
『初心者対応では無くなりますが、問題ありません。
一連の流れを体感することに努めてくださいね。
私が付き添いしていますから、問題なく進行出来ますよ』
急遽、初心者対応無しに昇格という突発イベントに確変した。。
格段に難易度上がるのは詐欺だろう。
貴方は、自分に問題があると言われても全く納得出来てはいなかった。
珍獣扱いされてることに対しても……。
『技能が無いなりに対応は出来ます。
これは本来なら、次の段階での実地研修に該当しますが、スキップ出来たと考えればラッキーでしたね?』
こういうのは「アンラッキー」なのではないだろうか。
ポンコツ受付嬢は、ニッコリ微笑んでいる。
貴方からすれば、必要なことを肩透かしされて甚だしく遺憾でしか無いのだが。
『貴方が文書を精査するには、文書に触れて異質な淀みを浄化することで清書します。
元の文体に戻す手直し作業ですね。
強い力で浄化することが出来れば、模倣した文体そのものを改編前に戻して訂正することが可能になります』
『この浄化を実行するには、精査することに並行して模倣された原文の見識が必要になります。
類似文書の発掘が不可欠なので、とても地道な業務になりますが』
原文を知らないと、類似文書や模倣文書が解らないのは理解できる。
疑惑が一致した文書なら、実行できるのだろうか。
『貴方の実績次第になりますね。
疑惑対象が戦犯確定していても、フォロワーという補正で強化されてる場合は校正出来ません。
其を押さえ込む物証の発掘と、精査する精密さを鍛えれば淀みを削ぎ落とせます。
黒くても白になるのが、フォロワーの補正力なのですよ』
そのしくみは、現実的過ぎではないのだろうか。
元居た世界の常識が通用するのは心強いのだが。
『此は現実なのですが、貴方の認識が足りないだけです。
この世界の有り様を認識出来れば、貴方が居た座標空間との差違が浮き彫りになると想いますよ』
フォロワーの補正力ときたか……。
貴方にしてみれば、触れたくない案件の一つである。
ファンとは、純粋であればこそ、然したるは問題ないのだが。
蒙昧に盲目で、狂信的な側面があり、始末に終えない手癖の悪い群衆になることもある。
事実を歪曲し、歴史を淘汰改変する。
フォロワーとは、波の性質を有する擁護的な感染力の指標数値だろうか。
周囲が賛同すれば追従するだけで、内容とか気にしてはいない。
ファン=フォロワー
…………ではないのが、救いとも取れる。
粗を突きつければ、フォロワーは反転する。
貴方の考察は、元居た座標空間での常識に過ぎないので過信してはならない。
貴方は、元居た座標空間軸中心の視点が枷になっている。
常識的な思考は程々に、非常識を考察しないと危険過ぎるやも知れない。
『文書を読み込み、淀みを探す検閲作業が、第一段階。
淀みを見つけて浄化を試みるのが、第二段階。
文書の浄化を施して清書出来れば、第三段階。
強固な淀みを浄化して清書するのが、第四段階。
悪質な淀みを浄化して清書するのが、第五段階。
感染源を感知して淀みの元凶を駆除するのが、第六段階。
段階を踏まえる度に、脅威ランクが高くなりますね』
『難易度は脅威ランクとは別枠ですので、混同しないようにお願いします』
第一段階から第三段階までは、ワンセットで初級指定と見る。
第四段階は、中級指定。
第五段階は、上級指定。
第六段階は、特級指定。
此に並行して、文書自体の脅威ランクが設定されている構図だろうか。
実績や研鑽を積まないと、理解が及ばないのは解る。
足りないのは、この世界自体の認識情報だろう。
これが自覚できないままに進むのは自殺行為に等しいと悟る。
文書はここにだけ保管されているのだろうか。
『此処にというよりも、世界全体に保管されています。
現在居る座標空間は、圧縮領域と呼ばれている場所になります。
不要なもの、重要視されていない文書を保管する領域の一つです』
不要なら廃棄すればいいのではないだろうか。
『それが可能なら、どれだけ楽になるのでしょうか。
無価値だとしても、絶対に文書廃棄出来ないのが、此の世界の不文律です』
一度作られた文書は完全な削除は出来ないのか。
何かしらの痕跡が残るから、削ぎ落とせても残滓になるくらいが限界なのだろうか。
貴方が元居た座標空間では、文書の完全削除があるので、こちらの世界でも可能なはずだと確信している。
なのに、それを禁じているのは秘匿にするほどの何かがあるのだろう。
現時点で考察しても無意味なのであろうが、片隅に記憶しておくとする。
『此の領域に漂う文書を抽出するにはコツが要ります。
適当に空間をコツコツと叩けば、綻び落ちてきますよ』
受付嬢は、何も無いような空間をコツコツと叩いて、珠のようなモノを拾い上げる。
それを貴方に差し出してきた。
これが文書なのだろうか。
『文書が込められた記憶結晶ですね。
手をかざしてください。
意識を集中して読取りするかのような想いを込めます』
珠に意識を込める。
すると、もやっとしたモノが脳裏に流れ込んできた。
次々に物語が投影されていく。
文体であるのにイメージ補正されるのはどういうことだろうか。
文書を読み込んでるのは解るが、映像が見えるのは何故なのだろう?
『その文書に挿絵が付いてるなら、映像が投影されているのでしょう。
もしくは、アカシックレコードからの補正ですね』
アカシックレコード?
『概念実証の記憶媒体であり、世界の管理者です』
世界の管理者?
アカシックレコードというのは、貴方が知っているモノと一致するのならば。
世界の記憶を内包する神性遺物を意味する。
遺物なのか、システムなのかは解らないが、得体の知れない「全能の書」とも呼ばれてる何かである。
こちらでは「世界の管理者」と呼ぶからに、相当に上の存在だと推察できうる。
ここでは、会話が出来る存在なのだろうかーー。
貴方は、ふと思い付いた。
アカシックレコードとの対話は、可能なのだろうか。
気軽に逢えるのかどうかを尋ねてみた。
『逢えるならば、可能だとは想いますよ。
私達の上司であると伝えられてはいますが、私もお逢いしたことはありませんね。
至高の存在、悠久の幻想とも呼ばれているので』
実在不確定か……。
居るらしいというのは、そこはかとなく理解はした。
貴方が元居た座標空間軸に存在するらしい「神様」のようなものだろう。
貴方は、偉大な存在が補正してくれていると、ありがたく認識しておくことにした。