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ルシオ三級審問官、最後の事件(4/4)

■■ 4月13日23時15分(15分後)・帝都某所の水道橋 ■■


 闇の中から足音とともに響いてきた声は、俺をここまで追い詰めた潜入審問官、フェーニャ・シャレットだった。ミルカ審問官との対決に必死で、彼女のことはすっかり忘れていた――というか……姉? まさかコイツは、ミルカ審問官の妹なのか?


「あのさあ、ミルーシュカ姉さんが、完璧な証拠を固めずに勝負に出るわけないじゃん。あんたはもう100%、混じりっけなしに詰んでるんだって。

 だからさ、ここは『ごめんなさい』って謝って、前言撤回するタイミングだよ。

 ね? ほら、あたしも一緒に謝ってあげるから」


 俺はミルカ審問官の妹を名乗った潜入審問官の言葉に戸惑いながらも、内心で焦り始めていた。確かに、当代きっての才女・ミルカ審問官が、俺ごときに論破され得る状態で対決に望むとは思えない。だが、俺はこのクソ才女(アマ)の本性を見きった。こいつはとんでもない大嘘つきであって、「才女」という名声もまた、嘘に嘘を塗り重ねた成果である可能性のほうが高い。


「……あっれ。謝らないの? マジ? マジで?

 どうしよ、これ。ミルーシュカ姉さん、あたしが説得しちゃってもいい?」


 ――こいつは何を言っているんだ。奇妙な非現実感を覚えながらも、俺の本能はこの道化じみた自称・妹に恐怖を感じ始めていた。

 そしてまたしても、俺の本能は裏切らなかった。突然、俺の目の前にクラウディオ審問官(クソジジイ)が姿を見せたのだ。


「ルシオ審問官。そういえば先月の喜捨がまだ届いておらんようだぞ」


 あり得ない。こんなことは、あり得ない。絶対に。絶対に、絶対に、あり得ない。

 だが俺の目の前にいるのは、間違いなくクソジジイだ。ということはつまり、クソジジイはこいつらとグルだった……の、か?


「――っていうセリフをあんたの耳元で今日の昼頃に囁いたの、あたしだったんだ。

 あたしが、クラウディオ審問官に、化けてたってわけ」


 その言葉にあわせて、俺の目の前にいたクラウディオ審問官は、再び謎の潜入審問官へと姿を変えた。なんだこれは。魔術……いや、神の奇跡、なのか?


「どっちもハズレ。ただの演技(・・)だよ。

 ほら、いまからまた〈クラウディオ審問官〉になるから、よく見て? さすがに衣装も化粧もなしだと、1分ほどで何か変だって思うはずだよ?」


 そう言った彼女は、あっという間に右膝に古傷を抱え、やや背中も曲がってきた老人へと変貌した。だが落ち着いて見ると、確かにこれはクラウディオ審問官ではない。細部に至るまで完璧に特徴を捉えているけれども、違う。

 俺はかすれた声で、なんとか皮肉を言い返す。


「なるほど、な。そのまな板みたいな胸なら、男に化けるのも簡単ってことか」


 俺の安い挑発に対する答えは、彼女のすべてを表す一言だった。


「ああ。あたし、自分の胸、切除してもらったんだ。

 もともとめっちゃ小さかったけど、それでも『ある』といろいろ面倒でさ」


 間違いない。こいつは純度100%の、狂人だ。異端教団のど真ん中に潜入してなお、サイコな異端者のほうがドン引きするくらいの、純粋培養された狂人。


「あんたさっき、『動かぬ証拠を、ここに持ってこいよ』って見栄を切ったよね? あたしがその、動かぬ証拠。

 クラウディオ審問官は、実は1ヶ月ほど前に死んでてさ。だからこのひと月、あんたの相談相手(アドバイザー)として一緒に仲良く飲んだ〈クラウディオ審問官〉は、あたしってわけ。

 んで、あんたと一緒に盛り上がった『酒の席での思い出話』、あったじゃん? あれってあんたがやらかした裏切りの全部を証明はできないけど、1つや2つなら十分に自白(・・)として通用するってさ。

 いやー、あんたの昔話、聞いててめっちゃ気分悪くなったよ。あんた間違いなく地獄に落ちると思うから、先に行ったクラウディオ審問官と仲良くしてね」


 後ろを振り返る。ミルカ審問官は「あなたには完全に失望した」と言わんばかりの顔で、俺を見た。

 また振り返る。フェーニャ潜入審問官は「だから言ったのに」と具体的に口にする。


 俺は覚悟を決めようと思い――


 それでも、俺の中の何かが、俺を突き動かした。


 たぶんそれは、怒りだった。

 俺の能力を認めない、審問会派への怒り。

 俺の顔を指さして眉をひそめる、貴族どもへの怒り。

 もっとこうするべきだと分かっているのに、なぜかそっち側の努力には身が入らない、俺自身への怒り。


 そんなみっともない怒りに流されて、死ぬ。

 それも、俺らしいと思った。



 さんざん神を裏切ってきた俺だ。

 今更、神に祈ろうとは思わない。



 だがもし、許されるなら。



 もし、認めてもらえるなら。



 それは神にではなく、彼女らに――



 だから俺は、袖口に隠したナイフを抜くと、一挙動でフェーニャ審問官に襲いかかる。彼女とミルカ審問官なら、明らかにフェーニャ審問官のほうが弱い。彼女を人質にとれば、ワンチャンある。


 それに、彼女に危害を加えようとすれば――そしてついでに、こう叫んでおけば……


「俺は許さねえぞ、ミルーシュカ! この大嘘つきの、クソアマ(Bitch)が!」



 次の瞬間、轟音とともに俺の意識は途切れた。




■■ 4月14日0時(1時間後)・帝都某所の水道橋 ■■


 ルシオ審問官がフェーニャ審問官に飛びかかったその瞬間、2つのことが同時に起こった。


 ミルカ審問官は腰に吊るしたメイスを右手に持つと、大きく一歩を踏み出し、ルシオ審問官の頭部を強打した。彼女が振るった金属の棍棒はルシオ審問官の頚椎を粉砕し、頭蓋骨を叩き割って、彼をほぼ即死させた。

 フェーニャ審問官は懐から筒状のものを抜いて構えると、すばやく狙いを定め、引き金を引いた。轟然とした爆音が鳴り響き、亜音速で銃口から飛び出した直径約20mmの柔らかな鉛玉は、ルシオ審問官の胸部を直撃すると同時に細かな破片となって心臓を始めとする彼の内臓を引き裂き、彼をほぼ即死させた。


 二人の攻撃のうちどちらが死因かを特定するのは困難だが、片方だけでもルシオ審問官が一瞬で死んだのは間違いない。

 もはや「物体」としか表現できなくなったルシオ審問官の遺体を前に、二人は黙って顔を見合わせた。

 最初に口を開いたのは、ミルカ審問官だった。


「……封印兵器を使うほどのことはなかったでしょ?」


 封印兵器。神代における戦いで用いられた、破壊的な威力を秘めた超兵器であり、文字通り普段は封印されている。だが教皇の認可をもって、ごく一部の聖職者がその所持と行使を(極めて緊急度が高い状況においてのみ)認められることがある。


 姉に封印兵器の使用を咎められたフェーニャ審問官は、口をとがらせて反論した。


「おねえちゃんだって、ここまでスプラッタなことしなくてもいいじゃん?」


 ミルカ審問官が振るった一撃も、明らかなオーバーキルではあった。月明かりの下、ルシオ審問官の脳漿が水道橋の上に散乱している。

 周囲の惨状を見渡したミルカ審問官は、口をとがらせたままの妹を説得しようとした。


「だってこのクソ野郎、あなた(フェーネチカ)を傷つけようとした」


 妹は、説得に応じなかった。


「だってこのインポ野郎、おねえちゃんをビッチって言った」


 そうして二人は再び顔を見合わせると、クスクスと笑った。

 それから、姉はルシオ審問官の死体を蹴飛ばし、谷底へと落とす。彼の遺体が発見されるのは、随分と未来のことになるだろう――あるいは時の果てまで、彼は「任務中行方不明(MIA)」であり続けるだろう。


「それで、ここの異端教団、どうだった?」


 簡潔な隠蔽工作を終えた姉は、ルシオ審問官が強請っていた「異端教団」について、ふと口にした。

 妹の答えは、いたってシンプルだった。


「そんな大げさなものじゃあなかったよ。みんな普通のオジサンにオバサンたち。

 近所で一人暮らししてるお婆さんが重たい病気を患って、もう助からないけど、それでも痛みを少しでも和らげてあげたいからって。ご禁制の痛み止めをなんとか手に入れられないか、いろいろ相談して、頑張ってただけ」


「それだったら地域の司祭に頼めば、公式に認可されたものを――ああ、さてはそのクソ司祭が、法外な代金(カネ)を要求したのね?」


「そういうこと。そっちはおねえちゃんがシメといて。

 ともあれ、どっちにしてもここの『異端教団』は、今夜で解散だよ」

 

「……あなたが?」


「うん。あたしの手持ちを、お婆さんにあげた。

 亡くなったときには、穏やかな顔してた」


 妹が何気なく口にした「あたしの手持ち」という言葉に姉は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに小さく笑うと、愛する妹に抱きついた。


「じゃ、せっかく私たちは『ここにはいない』ことになってるわけだし――とっとフケて、どこかで着替えてから、飲みに行こっか?」


「オッケー! 新しい店、開拓しといたから。超クールなとこ!」





【ep1. 動かぬ証拠と努力の天才・了】

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