昔を思い出した後外出しました。
親友である三上晴と出会ったのは俺が小学校三年生になった時の事だった。
転校生として来た、当時のアイツは非常に暗い奴だったことを覚えている。
今でこそカッコイイ、綺麗だともてはやされる金髪も碧眼も小学生達にとっては只の異端で、排斥の対象だった。
暗い性格も相まってアイツはイジメの対象になり、無視や暴力を受けていた。
俺はそんなアイツを見て特に手を出すことも無かったが、助ける事もしなかった。
と言うよりも俺に、そんな余裕は無かった。
当時の俺は成長が周りよりも早かったのか頭一つ二つ分でかくて周囲に怖がられていたからだ。
クラス替え直後と言う事もあってクラス内ではどことなく浮いた存在だった。
更に言えばコミュ力自体高い方では無かった俺は新しいクラスで友人を作ることも出来なかった。
とは言え、ガタイの良い俺に喧嘩を売るような奴はいなかったようで、ハルの様にイジメに遭うようなことは無かった。
周囲の認識としては、俺はガキ大将と言うよりも物静かな不良のような感じとして一目置かれていたらしい。
実際の所、喧嘩をしたことが有ったわけでは無いので別段強くも無かったと思うのだが。
だが、事実はどうであれ、俺に意見を言えるような奴はいなかった。
そんな俺であれば割かし簡単にイジメを止める事もできただろう。
しかし、何もしなかった。
別段、当時のアイツを嫌っていた訳でも無ければ好いていたわけでもない、端的に言って当時の俺にとってアイツはどうでも良い奴だった。
だから、何故かと聞かれると『やりたくないからやらない』程度の理由しか出てこない。
と言うよりもコミュ障にそこまでの行動を求められても困る。
よく言われる台詞で、『加害者だけで無く、イジメを放置しているのも同罪』と言われているが、当時の俺としてはアイツを助けたら他の連中を敵に回すことになると分っていたので、正直割に合わないと放置していた。
別段親しくも無い相手のために周りを敵に回して、ましてこれからいじめられないように自立するまで守るなどしたくはなかったからだ。
助けようと思えば出来るがリスクが有り、リターンが無い。
まして助ける理由が存在しない。
当時の俺は困っている人を無償で助けようという精神を持ち合わせていなかった。
むしろ俺が困っていたぐらいだったのだからさもありなんと言ったところだ。
俺は1度たりともアイツを助けなかった。
そもそもイジメから助けたなどという明確な貸しがアイツとの関係に最初にあったのならば決して親友などにはならなかっただろう。
そしてアイツは実際に誰にも頼らなかった、クラスメイトにも、親にも、教師にも。
「水城ぃ! 死ねぇ!」
突然の襲撃だった。
何時も通りに登校してクラスに入った俺を迎えたのは大して会話したことの無いクラスメイトだった。
逝った目をしているソイツはゲタゲタ笑いながら飛びかかってきた。
野球のバットを持って襲い掛かってきたそいつのカウンターを取って殴り付けてよろめいたところで武器を奪っい殴り付ける。
幸い木製のバットだから当たり所がよほど悪くない限り大丈夫だろう。
既に結構痛めつけられていたのだろう、酔っ払いの千鳥足と見間違う程だったので簡単に迎撃出来たが訳が分らない。
とうとう俺もイジメの対象になったのか?
そんな事を考えながら、倒れ伏すクラスメイトを尻目に教室を見てみるとそこにあったのは修羅場だった。
それも三角関係とかの恋愛関係の甘酸っぱい修羅場では無く、血で血を洗う修羅場がそこに有った。
胸ぐらを掴み押し倒そうとする生徒、カッターや鋏を向け合い対峙する生徒、殴り合いながら罵倒しあう生徒、恐怖に震え背中を丸めてやり過ごそうとする教師。
そんな教師を掃除道具を持ってタコ殴りにする生徒達。
男子どころか女子ですらも殴り合い、罵り合っている。
そこには昨日までの和気藹々とした普通の小学生達の姿は無かった。一人残らずこの修羅場を形成する修羅になっていた。
幾人かの襲撃者を奪ったバットで叩きのめした俺はクラスをから逃げ出した。
廊下に出ると隣のクラスからも怒声と悲鳴が聞こえてきた、どうやらこの騒ぎは学年単位で起っているらしい。
さっさとこの学校から逃げるしかない。
明らかに自分の手に負える状況ではない、そう思った俺は学校から逃げようと階段に向かった。
階段に着いた俺は下の階に降りる前に上がっていく金髪を見た。
一瞬呆けたが、気を取り直して階段に向かった。
※
「水城くん、逃げないの?」
「逃げようと思ったんだけどな、一寸お前と話したくなってな」
屋上にいたのは予想通りいじめられっ子の三上晴だった。
アイツは何時もの陰気な雰囲気を消して嗤っていた。
「あの惨状、お前がやったのか?」
「僕は何もしてないよ、皆が勝手に暴れているだけだよ」
「暴れさせたのがお前なんだろう」
「酷い誤解だよ、僕がした事なんてそれこそイジメを止めて貰おうと話しかけた位だよ」
もはや隠す気も無いのか半笑いで此方を見ている三上晴。
「成る程ね、実際半信半疑だったけど。やっぱりお前な訳だ」
「うん、いい加減イライラしていたからね」
良い感じに吹っ切れたのか上機嫌な様でなによりだ。
少なくとも今までのように陰気を振りまくより、だいぶ好感を持てる。
だが、人に迷惑をかけるなと言いたい。
「どうやったのかは聞かないのかい?」
「知らんし、興味無い」
予想は付く、流言や脅しを使ってクラスメイト同士を潰し合わせたんだろう。
俺を襲って来た奴らも明確に俺を狙って攻撃してきたしな。
だがそんな事はどうでも良いことだった。
こんな面白そうな事をやる、この男と話をしたかった。
いじめられっ子では無い三上晴ときちんと目を合わせたかった。
コミュ障を自覚していた俺としては信じられないほどに積極的に関わりたかった。
踊らされているクラスメイトから逃げるよりもよほど重要に思えた。
「お前は俺を巻き込んだ。俺に喧嘩を売ったんだ。それが俺がここに来た理由だ」
奪ったバットをハルに向ける。
常の平和主義な俺としてはあり得ないほどに好戦的な気分になっているのが分る。
コイツも何処からか出した鉄パイプを向けて笑いかけてきた。
俺の力任せの喧嘩とは違うとその構えだけで分った。
恐らく何かしら武術の覚えがあるのだろうと分る。
いくら体格の差があるとは言え負けるかも知れない。
だというのに、何処か面白がっている俺がいる。
何故か知らないが、コイツととても仲良くなりたいと思っている俺がいる。
俺はその感情のままに飛びかかった。
「その喧嘩買ってやる!」
「ああ、やっぱり楽しいなぁ」
その後はメチャクチャ喧嘩した。
喧嘩の経験があまりないというのに良くもまぁ、一日中喧嘩出来た物だと我ながら思う。
別に憎いわけでも無く、恨みがあるわけでも無く、ただ只管に遊ぶように喧嘩したのはアレが最初で最後だった。
下から警察やら救急車のサイレンの音が聞こえたが無視して喧嘩した。
アイツの自慢の顔を殴り抜く、俺は的確に人体の急所を攻められ悶絶する。
歯を折られ、血を流す、それが楽しくて、楽しくて両者ノックダウンするまで只管に喧嘩した。
本来ならワイドショーを賑わせるだろう今回の事件は、何故か大々的に報道されることも無く教師の首が飛ぶだけで終わることになった。
もしかしたらハルの実家あたりが手を回したのかも知れない。
その後ハルは吹っ切れたのか今の明るい性格になりイジメもアッサリと消えた。
そこからアイツのモテ期が始まるのだが、そんな事よりも俺との喧嘩がよほど楽しかったのかちょくちょく喧嘩をしかけてくるようになった。
俺としてはその場限りのテンションだったので基本断っていた。
と言うか、あの時以外喧嘩も禄にしたことが無いのでそもそも強くないし。
その頃には俺もハルとよく人前でじゃれ合っていたお陰か、性格が丸くなったと認識され、厄介なハルへの告白代理が始まったわけだが。
中学に上がる頃にはハルも、まともになって、喧嘩もしなくなったし当時を振り返って黒歴史だとお互い赤面する。
喧嘩で友情が生まれるというと安っぽそうだが、俺がハルと親友になれたのは間違いなくあの経験のお陰だろう。
※
今日を含めて残り四日になったこのデスマーチ、恐らく今日が最初で最後の休暇だと予想出来る。
なぜなら、相手は1週間という期限の中でハルを殺さなくてはならないのだ。
最初の三日間は確かに殺意もあったが、恐らく様子見という意味が強かったはずだ。
殺すだけであれば、それこそ狙撃なり毒殺などの暗殺の方が楽なのだから。
しかし、それらの直接的で無い方法は三上月によって防衛網がしかれており万全の対処が成されている。
その三上月曰く、相手は一度もそのような手に出ていないらしい。
相手が武士の様に卑怯なことをしない、とか言うポリシーを持っているならいざ知らず。
恨みで動くような輩がそんな殊勝な心がけをしているとも思えない。
「となれば、そもそも護衛自体は折り込み済みという事だろうな」
ならば最初の方に様子見で戦力を突っ込むのも理解できる。
相手は最初っから此方の存在を知っていたのだ。
同じ未来から来る存在、その戦力を測るために同じような戦力を只管に送り続けたのだろう。
であれば、あの人形だけで終わると言うこともないだろう。
「月は楽観していたが隠し球の一つも有るんだろうな」
とは言え自分に何を出来るわけでも無い。
黙って身体を休めるべきだろう。
……魔法少女の姿で。
「ファック!!」
確かに家で休んでいる以上誰に見られるわけではないが。
確かに魔法少女に変身しているから回復力も高い、高いが……。
「なんだかとっても畜生!!」
ああ、むしゃくしゃする。
こうなったら暴飲暴食でストレスを発散するしかねぇ。
確か、冷凍物の揚げ物が結構有ったはずだ。
牡蠣フライ、鱈フライ、エビフライ、唐揚げ。
今日はもう只管に不健康な食事で心を癒やすのだ。
女子がカロリーで悲鳴を上げるほどに揚げ物地獄を形成するのだ。
油に塗れてやる。油に溺れるのだ。
油だ、水城よお前は油になるのだ。
※
油濡れになると言う野望を抱いていた俺はそれを取りやめた。
大事な用事が出来てしまったからだ。
ストレス発散の油祭りを取りやめてまで成さなければならないことのために俺は外を出歩いていた。
いや、走っていた。
一分一秒を惜しんで全力で走っていた。
そんな俺は、多くの人の目を引いているがそんなのは分かっていた事だ。
今の俺は魔法少女カグヤの姿で外にいるのだから。
一応コートを羽織っているのでふりふりのドレスを見せているわけではないがやはりこの姿は人目を引いてしまう。
魔法が使えればと思わなくもないが、人が多くいる昼時である以上は異常な身体能力など使うわけにはいかない。
むろん羞恥心はある。
しかし、それが何だというのか。
例え少女の姿を多くの人に見られても為さなければならないことはある。
多くの人に好奇の目線を向けられても俺は足を止めることはない。
目的の為ならば泥をかぶるのも厭わない。
だから自分は目的の物に向かって歩みを止めない。
それが本当の男だと思うから。
そう、俺は求めている、俺に本当に必要な物を。
「タルタルソースの材料が切れてしまっていたとは」
揚げ物にはタルタルソースが必須だ。
もはや真理と言っても良い。
真理と言うことはこれを守るためならばある程度の犠牲も許容せねばならないと言うことだ。
疲れた身体に鞭を打ち外出をする事も、わざわざ材料から厳選してタルタルソースを作ることも。
少女の姿のまま外に出る事も。
全て真理の前では些事でしかない。
行かねばならぬ、近所のスーパーマーケットまで。
そんな思いで全力疾走を続ける俺を誰が否定できようか。
例え神様、未来人、命の掛かっている親友ですら否定できまい。
とは言え恥ずかしいのは確かなので全力疾走だ。
「いらっしゃいませー」
店員の声を無視しながら必要な物をカゴに入れながら店内を早歩きで回る。
(タマネギ、マヨネーズ、卵は家にあったが、ピクルスが無かった。母よたくあんは代わりにはならんのだ)
さっさと買って家で揚げ物を揚げなければならないのだ。
油プレイの為にも。
その時の俺はタルタルソースに心を捕らわれすぎていて、多くの視線に紛れた一つの視線を見分けることが出来なかった。
或いは、ここでその視線に気づいていればこの後の出来事は何かが変わったのかも知れない。
「テル? ……いや、女の子? 誰だ彼女は」