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8:休息


「ふむ……」


 シャルは何かを思案するように、顎に手を添えた。そして、おもむろに机の上に置いてあったボールペンを手に取る。


「おい、何をするつもりだ?」


 すると彼女はその両端を持ち、半分に折るべく力を込め始めた。


「ちょっ、もったいないことす……あれ?」


 しかして、ボールペンは折れることはなかった。


「やはり……どうやら私の吸血姫の力は、ほとんど失われて……いや、お前に奪われてしまったようだな」

「それは……なんつーか、悪い」


 しかし、シャルは大した気にした素振りを見せずに、ぶつぶつと今後の計画をつぶやく。


「力づくが無理となると後は……説得か。まぁ、気長にやっていくとしよう」


 彼女はそう言って大きく伸びをすると、ベッドへ潜り込んでいった。

 いくら説得されようが、吸血鬼の村に行く気はない。そんなことよりも――。


「なぁ、それ……俺のベッドなんだけど」

「男は床で寝ろ。部屋から放り出されんだけ、マシだと思え」

「お前何を勝手なこと言って――」


 俺が文句を言い切る前にシャルは、枕を抱きしめ、すやすやと寝息を立て始めた。


「寝るの早過ぎだろ……。ったく、しょうがないな。今日のところは、見逃してやるか……」

 シャルの口振りから察するにあいつは長い間、ずっとあの鬼狩りの三人組から逃げ回っていたのだろう。気丈に振る舞ってはいるが、精神的にはかなり疲労が溜まっているはずだ。

 俺は仕方なく掛け布団にバスタオルを、枕にティッシュの箱を採用し、ひんやりと冷たく固い床の上で眠りについた。



「――ちゃん。お兄……ん。……お兄ちゃんっ!」


 目を覚ますと、目の前に制服姿のシロがいた。シロは現在中学三年生。既に見慣れたものとなったその制服姿だが、いまだに瑞々(みずみず)しさを感じるのは、兄としての贔屓目が入っているからだろうか?


「ふふっ……。おはよう、シロ」

「何笑ってるの!? というか『おはよう』、じゃないよ! 今、何時だと思ってるの!?」

「何時って……、げっ!?」


 目をこすりながら掛け時計を見ると、驚くべきことに時刻は既に八時を回ろうとしていた。一時間目の開始は八時三十分。朝支度の時間を考えれば、間に合うかどうかの瀬戸際――いや、ほぼ望みはないと言っていいだろう。


「嘘だろ!?」


 俺は毎日六時に起きるよう、しっかりと置時計にアラームを設定している。しかし、どういうわけか、いつもの位置に置時計はなかった。


「全くもう……早く支度しなよー。それじゃ、シロは先に行くね」

「あぁ、気をつけてな。いってらっしゃい」

「はいはーい、いってきまーす!」


 妹を見送った俺は、素早く朝支度を済ませ、制服に着替える。俺の通う帝辺(ていへん)魔法高校の制服は、上が白のワイシャツ。下は黒の学生ズボンという非常にオーソックスなものだ。

 教科書等必要なものを鞄に詰め込み、全ての準備が整った。今すぐにでも家を出たいところではあるが、一言シャルには『家を荒らさないように』と言いつけておかなければならない。


「シャル! おい、シャル! 起きろ!」


 よほど深い眠りについているのか、何度も呼ぶが全く起きる気配がない。


「この――さっさと、起きろ!」


 仕方なく、強引にシャルにかけられているタオルケットを剥ぎ取ってやった。


「……ちっ。……なんだ、朝から騒々しい」


 すると彼女は、それはそれは大きな舌打ちと共に、わずかに目を開けた。


「俺は今から、学校に行って――って、お前の仕業か!」


 見れば、シャルの胸元には、俺の置時計が抱き締められていた。おそらく、鳴り響くアラームをうるさく思った故の行動だろう。

 しかし、今そこを指摘している時間の余裕はない。


「あー、もういい。とにかく、俺は今から学校に行ってくる。夕方までには帰ってくるから、それまでおとなしくしておくんだぞ?」

「ふわぁ……わかった、わかった。ほら、もうさっさと行け」


 シャルは大きなあくびと共に、まるで煩いハエを追い払うかのように手を振った。


「それじゃ、行ってくるから。絶対に外に出たりせず、家でおとなしくしておくんだぞ!」


 彼女を家で一人にするのは内心とてつもなく不安だが、学校をサボるわけにはいかない。俺は後ろ髪を引かれる思いを振り切って、自宅の扉を開け、学校へと向かった。


「……全く、騒々しい奴だ。ふわぁ……ん……、どれもうひと眠りするか」


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