7:吸血姫の力
「ふむ……どうやらそうみたいだな。まぁ、お前にそんな度胸はあるまい。精々、少し触るぐらいが限界だろう。……いや、それすらも無理そうだな」
「ぐっ……!」
こいつ、なんて洞察力をしていやがるんだ。
「図星か? ふふっ、まぁいい。そんなことよりもお前、名前は?」
「俺?」
「お前以外に誰がいるんだ?」
つくづく一言多い少女だ。
「神夜式久だ」
「式久か……長いな。シキと呼ぶことにしよう」
まぁ、その辺りは好きに呼んでくれて構わない。クラスの友人たちも『シキ』や『シッキー』、
『シキやん』などと、好き勝手に呼んでいる。
「お前は?」
「私はドラキュール=ルべリオン=シャルロット」
「ど、ドラキュ……?」
予想より遥かに長い名前だった。
「ん? あぁ……、長くて覚えられないのか。そうだな、私のことはシャルと呼ぶがいい」
哀れみの視線を向けながら、吸血姫――シャルはそういった。この終始一貫した高圧的な態度、もはや天晴と言うほかない。
「さて、早速だがシキ。お前にはこれから、我が一族復興のために、馬車車のように働いてもらわなくてはならない。手始めに、私たちの村に来てもら――」
「――断る」
シャルが全てを言い切る前に、明確な拒絶を告げる。
吸血鬼は『鬼族』――今もなお続く千年戦争を仕掛けた悪の一族だ。そんな悪い奴らに手を貸すことは、正義にもとる行為だ。
すると、シャルは呆れたように肩を竦めた。
「はぁ……。お前は私たちの王――吸血鬼の王になったのだ。もはやその身は、お前の一人のものではない。わがままを言うな」
「わがままを言っているのは、そっちだろう。俺には俺の生活があるし、悪いが吸血鬼の事情なんて――俺は知らない」
俺には愛すべき妹、緑里をはじめとした親しい友人たち。それに、やらなければならないこともある。吸血鬼のために大切な自分の人生を使い潰すつもりは、これっぽっちもない。
「そうか、そうか。それなら仕方がないな」
「わかってくれたか?」
「ならば――力づくで、連れて行くだけだ」
鋭い眼光が俺を射抜く。その迫力に、少し気圧されてしまう。
「……俺には、吸血鬼の王の力があるんだろ? シャルに俺が倒せんのか?」
「はっ。思い上がるなよ、青二才が。吸血鬼の力は研鑽に研鑽を重ね、ようやく扱えるようになるもの。貴様のようなヒヨッコが私に勝つなど、笑い話にもならんぞ」
シャルは自信満々に、まるで子どもに諭すようにそう言った。
俺の背に一筋の汗が流れる。それがやけに冷たく感じた。
「安心しろ、殺しはせん。お前は長年探し求めた王の器だからな。――少し眠ってもらうだけだっ!」
そういうとシャルは、力強く地を蹴り、こちらへ肉薄する。
「はっ!」
繰り出されたのは手刀――俺の首筋を目掛けて、振り下ろされる。
しかし――その速度はあまりにも遅かった。
(これは……フェイントか? いや、それとも接触時に発動する魔法?)
俺はいくつもの可能性を考慮し、シャルの手刀を回避する。
「……ほぅ。私の一撃を避けるとは、全くの素人というわけではなさそうだな」
「ん? あ、あぁ。運動実技は、得意な方だからな」
『魔法』については雑学、実技共にてんでからっきしだが、運動実技の成績だけは悪くなかった。
いや、そんなことよりも今のは……避けようとした『判断』を褒めている……のか?
「しかし、付け焼刃の技術など、私の前では通用せん」
言うが早いか、シャルは手刀に蹴りなど、様々な攻撃を仕掛けてきた。
「ふんっ! はっ! このっ! ……くっ、なぜ当たらん!?」
しかし、そのどれもが遅く、まるで小さな子どもがじゃれてついているようだった。
「――こんのっ!」
シャルが放った渾身の手刀を、俺は難なく掴み取る。
「なっ!? は、離せ! この下種めがっ!」
するとシャルは罵詈雑言と共に俺の足を蹴り始めた。しかし、痛みは全くと言っていいほどない。まるで小さな子供が戯れてきているような感じだ。
だが、こんな深夜遅くにドタバタと暴れられるのは困る。隣の部屋で寝ているシロを起こしてしまう。
「わかったから、そう暴れないでくれ」
「なっ!?」
俺が突然手を離したからか、シャルはバランスを崩し、尻もちをついてしまった。
「あっ、悪い」
「痛つつ……。急に離すな! 馬鹿者が!」
「俺にどうしろと……」
あまりにもあんまりな罵倒だ。
「そんなことよりもシャル……お前、さっきから何やってんだ?」
彼女の手刀や蹴りには、全くと言っていいほどに重みがない。まるで見た目相応の――少女のような力だった。