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5:神夜シロ


 俺は少女を背負い、明かりのない裏道を走る。足音を立てないように、注意を払いながら。

 今は陽も地平線に沈み切った夜。おそらく、それほど人目にはついていないだろう。


(それにしても……この身体能力)


 俺は現在、身長160cmほどの少女を背負いながら、自動車と肩を並べるような速度で走っている。


(鬼族に――吸血鬼になってしまったのだろうか……)


 この少女は俺の中には、王の血が流れていると言っていた。

 王の血とは何なのか、俺の体はいったいどうなってしまったのか。そんなことを考えながら走っていると――。


「っと、もうついたのか」


 気付けばもう自宅の前だった。


「ふぅーっ……。さて、こっからが正念場だ」


 家には愛すべき妹、神夜シロがいる。シロは俺と違って人当(ひとあた)りがよく、肩口ほどの長さの綺麗な黒髪が本当によく似合っていて、なんというかもう最高に可愛(かわい)らしい俺の自慢の妹だ。


(さて、この吸血姫のことをなんて説明しようか……)


 現状まったりと理由を考えている時間はない。

 玄関の前で、血まみれの少女を背負ったまま棒立ちしていれば、いやでも通行人の目についてしまう。


(いや、待てよ……。場合によっては、必ずしもシロに説明が必要なわけではないな……)


 幸いなことに明日は平日――つまり学校がある。もしかするとシロは、明日に備えてもう寝ているかもしれない。そうでなくても、ちょうどお風呂に入っていて、この吸血姫(ヴァンパイア・プリンセス)を俺の部屋に隠す時間があるかもしれない。


「ええい、なるようになれ!」


 ほんのわずかな希望を胸に、自宅の扉を開けた。――しかし、世の中そう都合よくは回っていない。

 玄関の扉を開けた直後。台所の方から、可愛いピンク色のエプロンを着て、右手に包丁を持ったシロが俺を出迎えた。


「もうお兄ちゃん、おっそー……い?」


 シロは俺を見て、否――俺の背でぐったりとしている血まみれの少女を見て、絶句した。


「ち、違うんだ、シロ聞いてくれ。これはだな――」

「……お兄ちゃん。自首、しよ?」


 事情聴取もなく、弁明の機会すら与えられずに、俺は犯人だと断定されてしまった。


「ご、ごめんね、気付いてあげられなくて……。モテないことが、そんなにつらかったんだね。でも、駄目だよ……。知らない女の人に手を出すなんて……最低だよぉ」


 ついに妹はボロボロと泣き始めてしまった。しかし、これは紛れもない濡れ衣――冤罪だ。しっかりと話し合えば、俺の無罪は明らかなものとなる。とにかく一つ一つ誤解を解いていかなくてはならない。


「ま、待て待て妹よ! お兄ちゃんは決してモテないわけじゃない! 少し女子から人気が無いだけだ!」

「それをモテないって、言うんだよぉ……」

「くっ……」


 俺としたことが反撃の切り口を間違えてしまった。ここで勝負をしても勝ちの目はない。


「ま、まぁそれはひとまず置いておくとして……。そもそもこいつは――」

「その人は?」

「こいつは……何というかその……」


 言葉に詰まってしまった。この血まみれの少女のことを、いったいなんと説明すればいいのだろうか? 『吸血鬼だから、大丈夫』――いや違うな。何が大丈夫なのか全くわからない。『車に引かれただけだから、大丈夫』――駄目だ、大丈夫な要素が1ミリも存在しない。

 俺は弁論を用いてシロを説得することを早々に諦め、俺の地位――兄として今まで築き上げてきた信用を武器にシロへと立ち向かう。


「とにかく、信じてくれ。俺はこの子に全く危害を加えていないし、加えるつもりもない。――なぁ考えてもみてくれよ、俺がシロに嘘をついたことがあったか?」

「あったよ、いっぱい」

「……あぁ、そうだったな」


 返す言葉もない。惨敗だ。俺は一歳年下の妹に、成す術もなく切り伏せられてしまった。肩を落とし、意気消沈していると、シロは大きなため息をついた。


「はぁ……、もういいよ。どうせお兄ちゃんのことだし、また何か変な事件に巻き込まれたんでしょ?」

「あ……あぁ! そうなんだ! 俺のことを信じてくれるのか!?」

「そりゃたった一人のお兄ちゃんだもん。信じるよ」

「ありがとう、シロ……ありがとうっ!」


 感極まった俺は背中に吸血姫を背負っていることも忘れ、シロを強く抱きしめた。


「痛い痛い痛いって、お兄ちゃん!? ほら、もうちょっと離れてよ」

「あぁ、すまない」

「全くもう、仕方ないお兄ちゃんだなぁ……」


 なんて兄想いの出来た妹なんだ……。俺なんかにはもったいない。


「――でも、絶対にシロを裏切るようなことはしないでね? そのときは、お兄ちゃんを殺して、シロも死ぬから」


 シロは右手に包丁を持ったまま、ハイライトの消えた目でそういった。そこにはいつもの天真爛漫な妹の姿はない。


「あ、あぁ……も、もちろんだ!」


 俺は背中に冷たいものを感じながら、高速で首を縦に振る。


「――うん、それならいいよ」


 そういうとシロはいつものように、天使のように笑った。普段の姿とのギャップの大きさに、俺は思わず息をのむ。


(さっきのは、冗談……だよな?)

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