4話:吸血鬼の王
瞬間――周囲に散った血液が、全て俺の体に集結する。
「お、おい、なんだこれは――うん!?」
「ぞの手を゛……放せっ」
俺は一歩で男に肉薄し、少女の髪を掴むその手を、肩口から強引に引きちぎった。
「ぐっ……ぎゃぁぁぁぁあああああああっ!?」
男の悲痛な声が工場内に木霊する。
俺はその隙に吸血姫の体を抱え、大きく後ずさる。
「お前……っ!?」
吸血姫は俺の姿を見るなり、大きく息をのむ。
しかし今の俺には、彼女に意識を割く余裕などどこにもない。
血走り、憎悪に満ちた目をした男が、俺を睨み付けているのだ。
「はぁ……はぁ……。ぶち殺す……うんっ!」
混じり気のない、純度100%本気の殺意。
男は自分の体に刺さった杭を引き抜き、巨大化させる。それはもはや杭というよりも大木と呼ぶにふさわしいほどの大きさだった。
「楽に死ねると思うなよ……うん!」
男が杭を持つ手を振りかぶったそのとき、背後から静止の声がかかった。
「やめろ。推定、吸血鬼の王。――必然。今の装備では勝ちの目はない」
いつの間にそこにいたのか、さきほどの仮面をかぶった大男が、巨大な杭をがっしりと掴んでいた。
「いやいや、旦那ぁ! こっちは片腕、取られてんだよ? そうやすやすと引き下がれないでしょ……うんっ!」
続いて、崩落した天井から女の声が響く。
「おいおィ、吸血姫と吸血鬼の王を一手に引き受けるってのかィ? ちょっと見ない間に、ずいぶんと男を上げたじゃなィか」
「ぐっ……。そう嫌味な言い方せんでくれよ、姉さん……うん」
仲間の説得に応じたのか、銀の杭はみるみる内に小さくなり、男はそれを再び自分の体へと刺した。
「てめぇの顔……しっかりと覚えたぞ。せいぜい夜道には気を付けな……うん」
そういうと男は、破壊された門から去っていった。気付けば、残りの二人の気配も消えている。
「助かった……のか?」
緊張の糸が切れた俺は、その場で尻もちをついてしまう。
「どうやらそのようだな。よし、今の内、に……」
すると吸血姫は突然吸こちらへ、しな垂れかかってきた。
「お、おい、どうしたんだ急に!?」
「少し……血を流し過ぎたようだ。案ずるな、この程度……少し寝れば治る」
「そ、そうか、よかった」
今ここで彼女に死なれては困る。
吸血鬼のこと、俺の体に起きた異変のこと、あの謎の三人組のこと――聞きたいことは山ほどある。
「私の体を、頼む……ぞ」
吸血姫はその言葉を最後に意識を手放してしまった。
「お、おい、本当に大丈夫なのか、おい!?」
ゆさゆさと彼女の肩を揺らすと――『すぅーっ、すぅーっ』という小さな寝息が返ってきた。どうやらただ眠っているようだ。
「『体を頼む』って言われてもなぁ……」
……俺にいったいどうしろと? たいして回転のよくない頭を回し、妙案を模索する。当然ながら、ここに置いておくという選択肢はない。確かに彼女は吸血姫――異種族だが、まさに目を疑うほどの絶世の美女。夜、こんなところに放置していては、何というかその……よろしくないことが起きることは想像に難くない。
「でも魔法警察……は駄目だよな」
彼女は人間族ではなく、正真正銘の鬼族。間違いなく処分されてしまうだろう。それに、今は俺だってどうなるかわからない。
「病院……も無理か」
吸血鬼などの妖魔は、人間と血中成分が大きく異なる……と授業で聞いた覚えがある。血液検査なんかされた日には、大騒ぎとなるだろう。となれば残るは――。
「後はもう……俺の家しかないか……」
しかし、その案にはとてつもなく大きな問題がある。
(はたして血だらけのうえ、服がボロボロとなった美女を連れた俺を見た妹――シロはいったい何を思うのだろうか?)
下手をすれば兄と言う輝かしい地位を追放され、性犯罪者の烙印を押されることになるだろう。
「はぁ、全く……何でこんなことに……」