3話:拒絶反応
「そうだ。この世界でたった一人、お前だけが吸血鬼の王になることができる唯一の存在だ」
吸血鬼? 王の血? 吸血鬼の王? さっきから、突拍子もないことばかりを言われて、全く話についていけない。
「い、いや、待て待て待て! 俺はどこにでもいる普通の――いや、少し落ちこぼれ気味の高校生だ。王の血とか、わけのわからないこと急に言われても……」
「安心しろ。私は普通の吸血鬼とは違う、吸血姫だ。私にはわかる、お前の内に眠る絶対的な王の力が」
駄目だ、こいつ……。さっきから全く俺の話を聞いていない。
「いや、そもそも俺は吸血鬼なんかにはならな――」
俺が吸血姫と言い争いをしていると――。
「そこか……うんっ!」
突如巨大な杭が工場の門を貫いた。
「ちっ、もう追ってきたのか……」
吸血姫は大きく舌打ちをすると、足早に俺の方へと詰め寄ってきた。背後は一面が壁。逃げ場はどこにもない。
「いいか、今からお前には私たちの王――吸血鬼の王になってもらう」
「だから、俺は吸血鬼になんか――」
「どのみちこのままでは、私もお前も殺されてしまう。それでいいのか? お前にも愛しい者の一人や二人いるだろう?」
俺の脳裏に最愛の妹の影がよぎる。
「うっ……。いや、でも……」
「ぐだぐだ言うな、男だろう!」
吸血姫は凄まじい剣幕で、さらに距離を詰めてきた。
「~~あぁもう、わかったわかった! わかりましたっ! さっさとやれよ、こんちくしょう!」
半ば自棄になりながら、首を縦に振る。
彼女の言う通り、どうせこのままでは二人とも殺されてしまう。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。世界でたった一人の愛すべき妹のため、そして小さいころから抱くとある夢のために。
「ふふっ、いい返事だ」
吸血姫は意地の悪い笑みを浮かべると、鋭く尖った歯を俺の首元に突き立てた。
不思議と痛みは無い。
そして彼女は、ゆっくりと俺の血を吸い始める。
すると、次の瞬間――。
「あっ、ぐ……がぁぁぁあああああああああああっ!?」
想像を絶する激痛が俺の全身を駆け巡った。
体が燃えるように熱い。まるで火に炙られているようだ。
「くぁっ……こっ……!?」
胸が苦しい。
息をしようと必死にもがく。しかし、口がパクパクと動くだけで全く空気が入ってこない。
(なんだよ……っ、これっ!?)
ふと下を見ると――腸が飛び出していた。辺りは俺の血で赤黒く染まっている。
「超……回、復……っ!」
ありったけの魔力を込めて、俺の唯一の取り柄であるスキル<超回復>を発動させる。
しかし、それでも体の崩壊は止まらない。
『超回復』の回復速度をもってしても間に合わない。まるでこの世界から存在を拒絶されているように、ボロボロと俺の体は朽ちていった。
(や、べぇ……)
血が止まらない。
それにも関わらず、体の痛みが和らいできた。
自分の体が自分のものじゃないような、不思議な浮遊感を覚える。
「拒絶……反、応……? そんな……どうして……?」
吸血姫は茫然として、ただただこちらを見ていた。
「ぷっ……ぎゃははははははっ! 馬鹿だなぁ、お前ら……うん! 吸血鬼の王なんて、おとぎ話、まぁだ信じてやがったのか?」
男が何かを笑っているが、俺の耳にはもう届かない。
そもそも耳がきちんとしたところに付いているかどうかさえも――わからない。
「あんなもんは、古い書物に書かれた嘘なんだよ……うん! それを信じちゃって、こりゃまぁおめでたいこって! ぎゃははははははっ!」
吸血姫が俺の顔を覗き込んでいる。
(あぁ、俺……倒れてんのか……)
平衡感覚なんてものは、とうの昔に無くなっている。
「すまない。……本当に、すまない」
冷たい何かが、俺の頬に落ちた。
「ほらほら、吸血姫様よ。こっちも次の仕事があるんで、さっさと捕まってくれよ――うん」
男は少女の綺麗な銀髪を乱雑に掴み、そのまま向こうへと連れ去っていく。
(……おい、待てよ)
喉もつぶれているのか、声が出ない。
(……駄目だ。もう……意識、が……)
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【なぁ親父、聞いてくれよ!】
【あ゛ぁ、どうした?】
――これは……昔の俺と、親父?
【俺、正義の味方になる! それで悪い奴らをやっつけて、みんなが幸せな世界を作るんだ!】
【どうした、急に? 変なものでも食ったのか?】
【母さんが言ってたんだ! 正義の味方がいれば、皆が幸せになれるって!】
【ったく、あいつは……。はぁ……正義の味方ねぇ……。おめぇみてぇな弱っちい泣き虫には、ちと荷が重ぇんじゃねぇか?】
【そんなことない! 俺はこれからもっともっと強くなって――皆を幸せにするんだ!】
――そうだ、俺は。
【あっそ。んで、その正義の味方とやらにはどうやって、なるつもりなんだ?】
【えっと……どうやってなるの?】
――俺は。
【はぁ、先が思いやられるな。……まぁ、いい。俺が知ってる正義の味方ってやつを一つ教えてやる】
【何々!?】
【正義の味方ってのはな。目の前で泣いている女を――何があっても守り抜く男のことだ】
――正義の味方になるんだ。
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――ドクン。
そのとき――体の奥のナニカが目覚めた。