23話:威霧高校
私立威霧高魔法学校――次の対校戦の相手校だ。金に物を言わせ、有望な生徒を次々に入学させることにより、近年目覚ましい成長を遂げている新進気鋭の新設校である。
何でも今年はAランカーの大型新入生――鏡白夜の入学により、更なる躍進が期待されているとか。
「おやおや、これは『底辺』高校の皆さんじゃないか。奇遇だねぇこんなところで」
「毎日毎日、遅くまで必死に訓練を積んでいるようようだけど、今更足掻いたって時間と労力の無駄なんじゃなーい?」
「というかぁ……次の対校戦、棄権してくんなぁい? どうせあんたらに、勝ち目なんてないんだからさぁ……。こっちも暇じゃないんだよねぇ……」
「んだと、てめぇ、こらっ! もっぺん言ってみやがれっ!」
どうやら威霧高校の奴らが、挑発を仕掛けてきているようだった。今にも一触即発といった、張り詰
めた空気が漂っている。
「うわぁ、やらし……。ぼく、ああいう嫌らしいことすんの、ほんま嫌いやわぁ……。なぁシキや……って、帝くん?」
揉め事、厄介事が大好きな赤威は、底意地の悪い笑みを浮かべながら、騒ぎの渦中へと足を踏み入れた。
「ねーねー、何騒いでんの? 俺も入れてよ」
「何だ、おま……っ!? あ、赤威帝っ!?」
一方、基本平和主義者の俺は、後ろから見守っている。
「お、おい、後ろにはあの神夜式久もいるぞ!?」
「ちっ……。おい! お前らがでかい顔できるのも、次の対校戦までだからなっ! せいぜい、残り少ない学生生活を満喫するんだなっ!」
威霧高校の奴らは、そう捨て台詞を残すと、走り去っていった。
「さすがシキヒサ、みんな一瞬で逃げてったねー」
「ん? 今の奴等は赤威にビビッて、逃げてったんだろ」
俺はただ後ろでぼんやりと眺めていただけだ。
「いやぁ、確かに帝くんにもビビッてはったけど、多分一番はシキやんやで?」
「んなわけねぇだろ。どうしてあいつらが俺にビビるんだよ」
「そらなんと言ってもシキやんは、この辺りじゃかなり名の通った不良やからなぁ」
「……は?」
俺が不良扱いされている……だと? そんな話、初めて聞いたぞ。
「知らへんのん? 有名なんやと……ほら『Bランク半殺し事件』とか!」
(Bランク半殺し事件……? なんだその物騒な名前の事件は……全く聞き覚えがない)
しかし、どうやら他の奴らは知っているようで、「あー、あったあった!」と懐かしむような声が聞こえる。
「なんだよ、その物々しい名前の事件は?」
「いやいや、何言うてんのよ! この事件の犯人シキやんやん!」
「……はっ!?」
俺は自分の耳を疑った。聞きなれない事件の名前を聞かされたと思ったら、その犯人が自分だと告げられたのだから、それも無理のないことだ。
「い、いやいや、そんな事件俺は全く知らねぇぞ!?」
「こんな大事件をそないにすっかり忘れるなんて、ほんまシキやんは大物やなぁ……」
そう前置きをして、緑里はゆっくりと説明を始めた。
「ほら、中学生ぐらいのときに、Bランクスキル持ちの根暗伊佐治って、有名な生徒がおったやん?」
「あぁ……いたなそんなやつ」
根暗伊佐治――この世に存在する価値のない男の名だ。あれは確か俺が中学二年生だったころ。奴は最愛の妹シロに、俺の許可なく愛の告白をした。そこまではいい。――いや、実際問題全くよくないが、そこまでは百歩譲っていいとしよう。その後、当然シロは丁重にお断りをした。
しかし、それに逆上した奴は、あろうことかシロの愛らしい顔を殴りつけ、捨て台詞を吐いてどこかへ行ったという。
(あぁ、駄目だ……。思い出しただけで、胸糞悪くなってきた……)
この話をシロから聞いた俺は、翌日単身で奴の学校へ殴り込みを仕掛け、取り巻き七人を含めた全員を半殺しに、シロに詫びを入れさせた。
火事場の馬鹿力とでもいうのか――あのときは体の奥底から、無限に力が湧いてくるような不思議な感覚だった。
(……今思えば、あれは俺の中に眠る吸血鬼の力が漏れ出たのかもしれないな)
「思い出した。そんなこともあったっけかな……」
しかし、この話をあまり続けたくなかった俺は、少し強引に話題を転換させる。
「まぁ、そんな昔の話は置いといて、さっさと帰ろうぜ」
「あぁ、ちょっと待ってぇや」
■
自宅に帰り、晩御飯と風呂を済ませた俺は、シャルの格闘ゲームの相手をしてやっていた。
「くそっ、なぜ勝てん!」
シャルは苛立ちながら、手元のアーケードコントローラにこぶしを叩き付ける。
「こらこら、シャル。物に当たるな、物に」
「ぐっ……ん゛んんんんっ!」
その長くて綺麗な髪を、両手でぐしゃぐしゃに掻き乱す。
「せめて普通の言葉をしゃべってくれ……」
本日のシャルの戦績は、0勝12敗。いつものことながら常勝街道ならぬ、常敗街道を突き進んでいた。




