22話:お願いカード
「何でって……。そりゃ運動実技であんな身体能力見せられたらな……」
「推さざるを得ないよなぁ……」
「それに神夜は……なぁ?」
「……よねぇ」
みんな何か含みを持たせた言い方で、俺の個人戦出場を支持した。
「……まじかよ」
はっきり言って、対校戦――特に個人戦には出たくない。この吸血鬼の力は……加減さえ覚えれば『強化魔法が得意』と言い張れば通るだろう。しかし、今はあまり大舞台に顔を晒したくない。変に目立っては、先日遭遇した『鬼狩り』の連中の目に付いてしまう。
(覆面でもかぶって出るか? あぁ、憂鬱だ……)
しかし、いくらここでC組の生徒が推そうとも、最終的な判断を下すのは職員会議。まだ俺の出場が確定したわけではない。そう――まだ慌てるような時間じゃないんだ。
そんなとき一人の生徒があることをつぶやいた。
「――と言っても赤威は……出てくれないよなぁ」
その瞬間、クラス全員の視線が赤威に注がれる。
(ま……赤威は出るわけないな)
まだ知り合って一か月足らずだが、赤威が筋金入りのめんどくさがりだということは、クラス共通の認識だ。午前の授業に出ないのは、めんどくさいから。テストに出ないのも、めんどくさいから。この帝辺高校を選んだ理由は、家から近いから。そんな彼が、わざわざ学校が休みの日曜日に開催される対校戦に出場するわけがない。
「ん、俺? あぁ、いいよ」
「ですよねぇ……って、ちょっ今、なんて!?」
クラス全員が自分の耳を疑った。
「個人戦でしょ? いいよ。ちょうどその日は空いているし、出るよ」
そのあまりに『らしくない』発言に、みんなが赤威の正気を疑う。
「ど、どうした赤威!? お前、何か変なもんでも食べたのか!?」
「帝くん、病院、行こ?」
「おい、救急車を呼べ、早くしろっ!」
そんな中、赤威は「みんな大袈裟だな」と笑っている。
「ま、俺もこの学校嫌いじゃないしね」
そして一人の女子生徒が、再度、赤威の意思確認を行う。
「……ということは、本当の本当に、出てくれるの?」
「うん」
瞬間、一年C組は、歓喜の渦に包まれた。
「――いぃぃよっっしゃぁぁあああっ! 一勝ゲットぉおおおおおっ!」
もはや戦いが始まる前から、誰も彼もが――先生でさえも勝利を確信していた。
かくいう俺も、赤威の勝利に疑いはない。それほどまでにこの赤威帝の能力はずば抜けている。
教室中が半狂乱となる中、飛鳥先生は教室の隅に行き、どこかへと電話をかけていた。
「もしもし教頭か? 喜べ、赤威帝の了承を取り付けたぞ! これで一勝先取だ! ……あぁ、あぁ。――いや、『お願いカード』は使っていない。完全にあいつのキマグレだ」
(……『お願いカード』、マジであったのかよ)
まことしやかにささやかれている噂――『お願いカード』。
『授業参加は昼から』『制服の着崩し』など、様々な校則違反を犯している赤威だが、学校側がそれを注意したことは、ただの一度もない。完全な黙認状態となっている。
(確か、帝辺高校も赤威の獲得に動いてたんだっけ……?)
赤威帝は、中学のときから有名だった。名門桜華第三高校を始めとした多くの超有名進学校がこぞって、獲得を申し出るほどに。そしてその結果、赤威の獲得に成功したのは、まさかまさかの帝辺高校。
風の噂によれば、学校側は赤威と交渉し、文字通り『自由』な学校生活を提供する見返りに、一年に一度『お願いを聞いてもらう権利』――『お願いカード』を獲得したとかなんとか。
(でもまさか、本当に存在していたとは……)
『火のない所に煙は立たない』というが、さすがに驚いた。
その後、生徒からの意見と赤威の個人戦出場の確約を獲得した飛鳥先生は、満足気に頷く。
「――君たちの協力感謝する。続いて、団体戦……と行きたいところなんだが、こちらは既に我々の側で大枠は決まっていてな。その代わり最後に一つ、簡単なアンケートに協力してもらいたいんだ」
そういうと先生は、一人に一枚、5㎝四方の白い紙を配った。
「実は団体戦のメンバー選考で、最後の一人を決めるのが中々に難しくてな……。君たちには、この紙に『一年生の中で、最も死にそうにない人物』の名前を書いてほしい」
「『最も死にそうにない人物』って……どういうことですか?」
クラスを代表して、緑里が疑問の声をあげた。
「まぁ、本当にそのままの意味だ。そう深く考えずに、書いてくれると助かる」
「さ、さいですか……」
その数分後、生徒それぞれが思い思いの答えを書いた紙が集められ、本日の授業日程の全てがようやく消化された。
「あー……、今日の授業は重かったー」
睡眠不足な上に、特に座学が不得手な俺にとっては、まさに地獄のような一日だった。
「シキやん、今日は放課後の訓練くるん? なんや、最近えらい偉い忙しそうにしてるけど」
ここ一週間は、対校戦に備えた『特別訓練期間』となっており、各教科の先生が放課後から夜遅くまで実技の指導をしてくれる。そしてその参加率は非常に高い。家の用事や体調不良など、特別な理由がない限り、参加しない生徒はいないほどだ。
その背景にはやはり、『帝辺高校が廃校になるかもしれない』という強い危機感があるのだろう。
(俺だって学校がなくなるのは嫌だしな……)
「あぁ、今日からまた行くよ」
「そうか、ほなら一緒に行こかー。帝くんも行くやろ?」
「特にすることもないしねー」
赤威はめんどくさがりだが、こういったイベントや行事ごとには積極的に参加する。本人曰く「授業みたいに強制されるのが嫌」とのことだ。
■
大きな問題もなく訓練も筒がなく終わった、俺は緑里や赤威たちと一緒に帰路につく。
すると――正門の辺りで、なにやら人だかりが出来ていた。
「A組の奴等と……ん? あれって、もしかして威霧高校のやつらか?」
「なんやろ、穏やかやない雰囲気やなぁ」




