20話:学校一の不良
「ほほぅ、やはりシキはモテないのか……?」
それを聞いたシャルは、なぜか嬉しそうに嗜虐的な笑みを浮かべた。
(『やはり』とは何だ『やはり』とは! 失礼にもほどがあるだろう!)
俺が心の内で怒り狂っていると――。
「シャルさんっ!」
シロがキリッとした顔でシャルの目を真っすぐに見据える。
親愛なる兄への、この許し難い暴言を見過ごすことが出来なかったのだろう、無理もない。
「そりゃっっっもうっ、全然モテないんですよ! お兄ちゃん、顔はそんなに悪くないんですけど……。デリカシーないし、シスコンだし、素直じゃないし、あとシスコンだし」
期待していた援護射撃はなく、ただ追い打ちをかけられただけであった。
「今、シスコンって二回言った! それに、お前だってブラコンだろうがっ!」
「えへへ……、もうやだなぁお兄ちゃんは……シャルさんの前だよ?」
「何を褒めてないからな!?」
どうして照れているんだ、俺の妹は……。
シロは一つ咳払いをすると、まじめな顔をしてシャルに向き直った。
「ちょっと駄目なところもありますけど……。実はとっても優しくて、困っている人がいたらすぐに助けに行っちゃう――私の自慢のお兄ちゃんなので、どうかよろしくお願いしますね、シャルさん」
そういって、ペコリと頭を下げた。
「ぐすっ……。シロっ……お前ぇ……」
涙が止まらない……。やっぱり俺の妹は最高だ。
「それじゃシロは、晩御飯の支度をしてくるね」
そう言い残して、シロは台所へと歩いて行った。
「ふむ、お前なんかよりも、よっぽどできた妹ではないか」
「……だろ?」
妹が褒められたために、無条件で同意してしまった。暗に俺自身は『できてない兄』と揶揄されているのに。
俺は涙と鼻水をティッシュで拭い、頭を切り替えて、シャルを問い正す。
「というか、さっきの話――あれはいったいどういうことなんだよっ!? 結婚するなんて話、俺は聞いてねぇぞ!?」
「お前は三歩歩けば物を忘れるのか? 言っただろう。私は姫で、お前は王。二人が結ばれるのは、当然の帰結だ」
そして「それ以上話すことはない」と言わんばかりに、シャルは回れ右して、俺の自室へと戻っていった。
「そんな勝手な……」
確かにシャルは綺麗だ。町中を歩けば、100人が100人とも振り返るような――まさしく絶世の美女と言っていいだろう。しかし、あの歯に衣着せぬものいいに、横柄な態度。
(……憂鬱だ)
俺はシャルと今後、この家にいる間――少なくともシロの前では、恋人として振る舞わなければならない。そのことを考えると、胃がキリキリとしてきた。
「シキ、何をしている? さっさとこっちへ来い。先の続きを始めるぞ」
「はぁ……やれやれ」
お姫様はずいぶんとゲームを気に入ってくれたようだ。
■
「ふわぁ……」
昨晩深夜遅くまでシャルとの対戦に付き合わされたその翌日。
猛烈な睡魔に襲われながらも、俺はなんとか四時間目までの授業を消化した。
「あー、やっと昼休みか……」
一時間目、歴史。二時間目、魔法学。三時間目、数学。そしてつい先ほど四時間目の基礎魔法理論が終了した。
「つうか、座学が固まり過ぎだろ……」
この時間割表を組んだ奴は、学生の集中力事情を全く考慮していない。座学と座学の間には、運動実技や魔法実技の授業を入れるのが定石というものだ。
「ふわぁ……」
俺が今日何度目になるかわからない欠伸をすると、隣の席の緑里が机をくっつけてきた。昼休みのときは、だいたいいつも緑里と今はまだ学校に来ていない赤威の三人で飯を食べることが多い。
「シキやん、今日はえらい眠そうやなー。昨日寝るの遅かったん?」
「まぁな……」
昨晩最後に時計を確認したときは、確か深夜の四時を回っていたはずだ。今朝は七時に起きたから、睡眠時間は約三時間。これでは眠たいのも当然だ。
「もうすぐ対校戦なんやから、体調には気を付けんと、貴凛ちゃんにどやされるでー」
「あはは……。それは遠慮したいな」
東条貴凛――ここ一年C組で委員長を務める彼女には、なぜか入学前から目を付けられており、時折視線を感じるときがある。
その後、他の友人たちも交えて、どのアイドルが可愛いか、最近はまっているゲームは何か、と言った学生にありがちな話に花を咲かせた。
そして昼休みも後半戦に差し掛かったころ、一人の男子生徒がビニール袋を片手に教室へ入ってきた。
「おはよう、みんな」
遠くからでもよく目立つ特徴的な赤髪。黒い髪留めで留められた前髪。着崩した制服。
先日の実技テストを全てサボり、毎日昼から登校してくる彼こそが、この学校一の不良――赤威帝。




