13話:魔法実技
常識的に考えて、先生が緑里を甘やかすことなんて、ましてやこの変態の頭を撫でたり、抱き締めるなんてことはあり得ない。
しかし、起こり得ないこととは言え、確率がゼロなことが確定的に明らかな事象とは言え――俺が緑里の泡沫よりもはかない希望を打ち砕いたことには変わりない。ここは素直に謝罪するのが筋だろう。
「悪い悪い、今度ジュースでも奢るから、許してくれよ」
「えっ、ええのん? ほんならぼく、新発売の炭酸牛乳がええわ」
とんでもなく、安上がりな友人だった。
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「それでは本日最後のテスト――魔法実技を行う。各自、最も自信のある属性の魔法、かつ最も威力の高い魔法を選択するように。当然、スキルによる威力の上乗せも認められる。また、スキルに自信のある者は、スキル単独の使用も可能だ。準備が出来たものから、始めるように」
人間は一人に一つ固有の『スキル』と呼ばれる特殊能力を持つ。どのようなスキルが発現するかは、環境や個人の資質に左右される。スキルにはF~Sランクがあり、殺傷能力が高いスキルほど高ランクとなる。特にAランク・Sランクのスキル持ちは、それぞれ『Aランカー』『Sランカー』と呼ばれ、国家戦力として重宝されている。
「よっしゃ――<火属性強化>っ!」
「ふぅーっ――<風の加護>っ!」
「はぁぁあああっ――<魔力上昇>っ!」
クラスメイトたちは、それぞれ自身のスキルを発動し、準備を進める。
(スキルによる強化……か。俺には縁のない話だ)
俺のスキルは<超回復>。その効果は、自身の肉体の即時回復だ。ただし、鑑定士によれば、即死の場合は回復されないという話。一見して有用に思えるこのスキルだが、評価はぶっちぎりの最低ランク――F。
なぜなら<回復/ヒール>系統の魔法は習得が容易であり、小魔法学校で一番初めに習う魔法――つまりは誰でも使える。そして千年戦争がいまだ続く現状、求められるのは破壊力のあるスキルや魔法・肉体強化系のスキルだ。回復系統の――それも対象が自分自身に限定される俺の<超回復>は、全く評価されない。
(個人的には、けっこう便利だから気に入っているんだけどな……。っと、今はそんなことよりも、目の前のテストに集中……だな)
俺は頭を二、三度振り、思考を切り替える。
(魔法実技……まぁ、さっきの運動実技よりは、気楽にできるか……)
魔法実技は運動実技と違い、可視化された記録やポイントというものが存在しない。各学校のレベルにあった測定器具が用いられ、その破壊具合によって評価される。例えば帝辺高校のような弱小校では、鉄製のかかしに向けて魔法を放つ。
(噂によれば、名門である桜華第三高校なんかは、巨大なダムに向けて撃つとか何とか……)
いったいどれほど強力な魔法なのだろうか、一度生で見てみたい気もする。
(さて、行くか)
特に準備する必要のない俺は、先陣を切ってテストを受ける。
「おっ、やる気十分だな神夜。先生は嬉しいぞ」
「対校戦も近いですからね」
……とは言っておきながら、きちんと威力は抑えるつもりだ。いくら鉄製のかかしに向け放つとはいえ、あまりにも派手に破壊しては悪目立ちしてしまう。
(いつもよりも魔力は控え目で……っと)
俺の得意な魔法は光属性の魔法。そして俺が扱える中で最も威力の魔法といえば――。
「――<光の矢/ライト・アロー>っ!」
俺の掌からまばゆい光を放つ矢が――出ない。
「……あれ?」
「どうした神夜、失敗か?」
「そう、みたい……ですね」
魔法の才能がない俺は、いままで数多くの失敗をしてきた。例えば、魔法理論の不勉強による根本的なミスから、詠唱が必要な魔法の呪文の覚え間違いと言った初歩的なミスまで――挙げればキリがない。しかし、今の失敗はそのどれとも違う。そもそも魔法が魔法として成立していないような、そんな奇妙な感覚だった。
(少し魔力を抑えすぎたか……?)
今度は、いつもより気持ち多めに魔力を込めて、再び魔法を唱える。
「――<光の矢/ライト・アロー>っ!」
しかし、結果は同じ。光の矢は発生しないどころか、魔法の兆候すらない。
(あ、あれーっ……!?)
俺が困惑して掌を見つめていると、何か得心がいったように先生は手を打った。
「……ふっ、なるほど。対校戦までは、手の内を明かすつもりはないというわけか……。――いいだろう、そういう理由ならば致し方ない。今回の魔法実技は特別に免除とする」
運動実技で顕著な成績を取って見せたおかげか、飛鳥先生の俺に対する評価がうなぎ登りだ。そのおかげで、先ほどから妙な勘違いをしてくれている。
「ど、どうも……」
その後、実技テストを終え、特にやることのない俺は、皆が発動する魔法をぼーっと観戦していた。
そして最後の一人のテストが終わり、生徒はみんな飛鳥先生の前に集合する。
「――皆よく頑張ったな。これで本日の実技テストは全て終了だ。最後にホームルームを行って、今日は解散とする。それでは着替えが終わった生徒から、教室に集まるように。以上」
そういうと先生は、再び携帯灰皿を持って校門の方へと歩いて行った。




