1話:運命の出会い
魔法学校での授業を終えた俺は、同じクラスの友人たちと来たる対校戦に向けて、魔法の鍛錬を積んでいた。
俺が得意な光属性の魔法の練習をしていると、緑がかった黒髪に細い糸目が特徴の友人――緑里宗次が話しかけてきた。
「――なぁなぁ、シキやん知ってる? 最近、この辺……出るんやって」
「出るって……何が?」
「それがやね――吸血鬼よ、吸血鬼っ!」
緑里は大袈裟な手振りでそう言った。
「『吸血鬼』って……鬼族か。そりゃ珍しいな」
鬼族――未だ終結の兆しを見せない千年戦争を起こした種族だ。その圧倒的な身体能力と魔法耐性により、最強の種族と言われている。しかし、数百年前から行われている『鬼狩り』によって、今や絶滅の危機に瀕しているとかいないとか……。
「そうなんよ! 噂によると、仲間を増やしに来たんやないかって。はぁ、大人の魔法師でも敵わん言うし……ほんま、おっかないわぁ」
「確かに、そいつはまた物騒な話だな」
吸血鬼は相手の血を吸うことにより、その相手を同じ仲間に――吸血鬼にすることができると言われている。
「でもね、これまた噂によるとやねんけど……その吸血鬼――すっっっごい美人さんらしいんよ! そんな子に血を吸われて、逝く人生ってのも……男として悪うないんやない?」
「そうか、お前はそういう奴だったな……」
まだ半年ほどの短い付き合いだが、こいつは『超』が付くほどの変態だということはよく知っている。まぁ、悪い奴ではない……多分。
俺がそんなことを考えていると、ズボンのポケットから『ピロリン』と軽快な音が鳴った。
(通知が一件……おっ、シロからか)
メッセージのアプリを立ち上げ、内容を確認する。
シロ:お兄ちゃん、もうご飯出来てるよ? 早く帰ってきなよー
携帯の時刻表示を見ると、既に二十一時を回ろうとしていた。
(やっべ……もうこんな時間か)
俺はすぐに家に帰る旨を返信し、緑里との会話を切り上げる。
「っと、悪ぃな。妹が待ってるし、今日はもう帰るわ」
「ん、そう? それじゃ、シロちゃんによろしゅう言うといてなー!」
「おう、またな」
ベンチから腰を上げ、他の友人たちにも帰ることを伝える。
「おーい。今日はそろそろ帰るわ。また明日、学校でなー」
「おう、そんじゃな、シキ!」
「明日は実技試験だから、寝坊すんじゃねーぞ!」
「シッキー、また明日ねー!」
俺は軽く手を振り、友人たちと別れを済ませる。そして愛する妹の待つ自宅へと向かう。
「……それにしても、ちょっと暑くなってきたな」
七月初旬。
長く続いた憂鬱な梅雨の季節もようやく明けたかと思うと、休む間もなく厳しい夏の暑さが押し寄せてきた。
「そういや、今年の夏は暑いんだっけか?」
今朝見たテレビで、お天気お姉さんがそんなことを言っていたような気がする。
実際今も二十一時頃だというのに、蒸し暑く感じた。
「そうだな、アイスでも買って帰ってやるか」
妹はその活発な性格に似合わず、インドア派で暑いのが大の苦手だ。今も自宅で、扇風機のボイスアクターを務め、「あ゛~~」と言っているころだろう。
朝昼は学校に通い、夜になれば友達と魔法の鍛錬を積み、家に帰ってからは家族の団欒を楽しむ。そんな変化のない、しかし、充実した俺の日常。
そんな日常が今日――終わりを告げる。
帰り道にあるコンビニで二人分のアイスを買い、自宅へ向かって真っすぐ歩いていると――『カッカッカッカッ』という、軽やかで規則的な音がずいぶん遠くの方から聞こえてきた。
「……なんの音だ?」
耳を澄ませると、音はどんどんこちらへと近づいてくる。
「誰かの足音……か?」
しかし、それにしてはやけに小気味よい音だ。
「……下駄か何か、履いてるのか?」
そのとき、先ほど緑里と交わしていた会話が俺の脳裏をよぎる。
【最近、この辺……出るんやって】
【出るって……何が?】
【それがなんと――吸血鬼よ、吸血鬼っ!】
「……いやいや、まさかなぁ」
ついさっき話していたことが、今の今になって起こるなんて……。そんなテレビや漫画の世界じゃあるまいし。そうやって誰にしているのかもわからない言い訳をしていると、何かがおかしいことに気が付いた。
――人が誰もいない。
この世界に自分一人しかいないような、異様な静けさだった。ただ一つ――目の前から迫ってくる奇妙な音を除けば。
今は二十一時。地方であれば、人通りがなくてもおかしくない時間帯だ。
しかし、ここは都会。それに今歩いている場所は大通り。少し先には、四車線の十字路もある。それにも関わらず、通行人はおろか車を運転する者さえ、いなかった。
「……冗談だろ?」
俺はすぐに近くの電柱に体を隠し、息を殺す。
吸血鬼の身体能力は人間を遥かに凌駕する。もし相手が本当に吸血鬼だったならば、走って逃げ切るなんて到底不可能だ。
自分が唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
音はどんどんこちらに近付き、そして――大きな十字路のあたりでピタリと止まった。
(止まっ……た……?)
音の主が発する息遣いが聞こえる。走っていたからなのか、ずいぶんと乱れていた。
(まだこっちには気付いていない……?)
俺はチラリと音の主を、電柱の影から覗き見る。
(……女の子?)
しかして、十字路に立っていたのは、一人の少女であった。
街灯の薄明かりに照らされたその横顔は――美しかった。古ぼけた浴衣のようなボロ衣を身に纏い、足には下駄を履いている。すらりとした体付き……身長は160cmほどであろうか。その長くて綺麗な銀髪が、浮世離れした雰囲気を演出している。
(吸血鬼……なのか?)
彼女の額には『角』がなかった。いや、そもそも吸血鬼に角が生えるものなのかどうかを、俺は知らない。つまり現状彼女の正体は、不明だ。
推定吸血鬼は、道に迷っているのか、何かを探しているのか、頻繁に周囲をキョロキョロと見回している。
(いや、そんなことよりも――)
彼女は息を切らしており、そしてその額からは一筋の鮮血が垂れていた。
「――おい、大丈夫か?」
俺は勇気を振り絞り、彼女に話しかけた。「怖くない」と言えば、嘘になる。そりゃ、もちろん怖い――それも震え上がるほどに。しかしそれは、目の前で苦しんでいる女の子を放っておく理由にはならない。
「っ!? 誰だっ!?」
俺に気付いた女の子は、鋭い剣幕でこちらを睨み付けた。しかし、その表情はみるみる内に警戒から驚愕へ、驚愕から安堵へと変化していった。そして――。
「――やっと、見つけた」
そう呟いた次の瞬間。
彼女の右腕が――突如、何かに刎ね飛ばされた。
2018年3月1日より連載開始!
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