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智枝理子の資料集  作者: 智枝 理子
Sep2エル編バッドエンド「孤高の王者」
7/56

1.勝者の願い

 Septarche2エル編、Ⅲ.剣術大会編ラストまで未読の方は、ネタバレありです。

 エル編バッドエンド「孤高の王者」

 Ⅲ.剣術大会編の終盤。「85 勝者の願い」を差し替えた状態からスタートです。

 ところどころ真ルートと違います。

 また、全体の話の流れと若干違う部分もあります。


目次

 1.勝者の願い

 2.孤高の王者

 3.終章



「眩しい…」

 闘技場に夕陽が差し込む。

 ドラゴン騒ぎで優勝者のパレードは中止。優勝者のリリーが外に出れば目立つから闘技場で待機するように言われ、一休みして会場に戻ってみたら。もう日暮れだ。

「キャラメル食べる?」

「もらう」

 リリーがキャラメルの包みを一つ解いて、俺の口に入れる。

「当たりだ」

 リリーが微笑む。

「うん」

 また作ってくれたのか。美味しい。

「あれ、何やってるのかな」

「さぁ?」

 フォルテの胴体を何重にも縛り上げたロープを、十数人の兵士が引いているのが見える。それを魔法部隊が風の魔法で援護してるみたいだ。

 どこかに運ぶつもりみたいだけど、フォルテの巨体は闘技場の入口を通れる大きさじゃないし。何をやってるのかわからない。

『アレクだ』

「アレク?」

『あれがロザリーねぇ』

 リリーと一緒に振り返ると、アレクと近衛騎士が並んでる。

 アレクの隣に居るのは、黒髪ブラッドアイの女性。

 ようやく、ちゃんと顔を見られたな。

「はじめまして。エル」

「はじめまして?違うだろ」

 俺は大会二日目に皇太子席に居た。リリーがバーレイグとして試合に参加していた以上、俺と一緒に皇太子席に居たのはロザリーに違いない。

「大会二日目に、顔を合わせてるはずだ」

「まぁ。エルは、あれが私だったと思っているんですか?」

「え?違うのか?」

「え?違うの?」

 リリーと顔を見合わせると、皆が笑う。

「ふふふ。冗談です」

 こいつは…。

「ロザリー。これ以上、からかうものじゃないよ」

「エルは本当に素直な人ですね。…大会一日目の午後からずっと、リリーシアの代わりにアレクの隣に居たのは私です」

「一日目の午後から?」

「あの、それは…」

「レクスの正体がエルだと気づいたリリーシアが、稽古をしたいと言うので。私が代わりを務めることになったんです」

 俺の正体がリリーにばれたのは、大会一日目?

「なんで俺だってわかったんだよ」

 精霊の光は隠してたのに。

「だって、あんな動きするのエルだけだから」

『似た者同士ね』

 どこが?

 俺はリリーの構えを見るまで気づかなかったんだ。

 一日目の試合なんて一瞬で終わる試合ばかり。どうやって俺だって見抜いたんだよ。

「エル。自己紹介を続けて良いですか?」

「自己紹介?」

「はじめまして、エル」

 これ、やらなきゃ気が済まないのか。

「ずっと会いたかった」

「俺もだよ」

「ロザリーと申します。よろしくお願いしますね」

「エルロックだ。よろしく」

「本当に金髪にブラッドアイなんですね。びっくりしました」

 びっくりしてるように見えないけど。

「真空の精霊を連れてるんだって?」

「はい」

『ふふふ。久しぶりねぇ、ルキア。…当然よぉ。ルキアも元気そうで良かったわぁ』

 ようやくユールもルキアに会えたみたいだな。

「で?こんなところで何してるんだ?」

「閉会式の準備を視察、かな」

「閉会式の準備?あれが?」

 フォルテの移動作業はまだ続いてる。

「閉会式のイベントを行うのに、フォルテが闘技場の中央に居ては邪魔だからね。下手に解体も出来ないから、邪魔にならないよう、端に移動させてるんだよ」

 フォルテの腹の中には、封印されていない状態の封印の棺が入ったままのはずだからな。

「アレクさん、今度は何をやるんですか?」

「閉会式は市民が持ち込むイベントが中心だよ。キャロルの合唱団も歌うんじゃないのかい」

「そういえば、毎年歌ってるって言ってたな」

 結局、キャロルの歌を聞いたことは全然ない。

「二人とも、フォルテを討伐してくれてありがとう。ラングリオンの皇太子として礼を言うよ。陛下からも感謝の言葉を頂けるだろう」

「お礼なんて…。私…」

 リリーが俯く。

 まだ、整理しきれてないんだろう。

「リリーシア。願いは決めたのかい」

「え?願い?」

「優勝者は陛下に願いを叶えてもらえるんだよ」

『まだ決めてないの?』

「だって、優勝するなんて思ってなかったから…」

 考えてなかったのか。

 俺に剣術大会に出場したいって言った時も、出場自体が目的で、願いを叶えてもらうことなんて頭になさそうだったよな。

「閉会式までには決めておくようにね」

「…はい」

 本来なら、優勝決定戦の直後に陛下の御前に進み出て、願いを申し出るんだけど。フォルテが来たせいで、そんな暇はなかったからな。

 願いを考えてなかったのなら、丁度良いだろう。

 リリーの願いか…。

 なんだか、嫌な予感しかしない。

「あの、アレクさん」

「何かな」

「私と戦ってください」

「は?何言ってるんだよ」

「それが剣術大会優勝者としての願いかい」

「はい」

「ちょっと待て。そんなの俺が許さないぞ」

「大会優勝者の願いは絶対だよ」

「冗談じゃない。その願いはアレクが拒否すれば成立しないぞ」

「私が拒否する理由はないかな」

「なんでだよ」

「私の名代は全く剣術大会を盛り上げてくれなかった上に、優勝者を決める最後の戦いを放棄。これでは大会を楽しみにしていた市民に申し訳ないからね」

 あの結果は、酷い肩すかしだったとは思うけど。

「そんなの、俺を名代に選んだ時点でわかってたことだろ。だいたい、リリーとは戦わないって言ってあったはずだ」

「だからこそ、不甲斐ない名代を選んでしまった責任を取り、リリーシアと共に剣術大会の最後を盛り上げるというのは良い案じゃないか」

「だめだって言ってるだろ」

 リリーとアレクが戦うぐらいなら。

「アレク、俺と勝負しろ。俺が勝ったらリリーと戦うなんてやめること」

「えっ?」

「面白いね。良いよ」

「えっ?」

「試合会場も綺麗になったことだし、ここでやろうか。ルールは剣術大会に準ずるけれど、魔法の使用は解禁しよう。魔力は回復しているのかい」

「充分だ。後悔するなよ」

「それぐらいのハンデがなくちゃつまらないからね。皆は周囲に被害が出ないように注意してくれるかい」

 アレクが言うと、近衛騎士が一斉に返事をする。

「御意」

「私はサンゲタルを使うよ。エルは?」

 そうだ。イリデッセンス。

 フォルテを見ると、その背に剣が刺さったままなのが見える。

「イリデッセンスを取って来る」

 フォルテの方に飛ぼうとする俺の腕を、リリーが掴む。

「だめだよ、エル。アレクさんと戦うなんて」

「これは決闘だ」

「じゃあ、私が勝ったら何を貰おうかな」

「俺が負けたら、何でも一つ言うこと聞くよ」

「えっ?」

「そんな約束して良いのかい」

「決闘に賭けるものは等価なものだろ」

「だめー!」

 リリーの腕を解いて、フォルテの背に向かって飛ぶ。


「エルロック。何をしに来た」

「レティシア?」

 着地したフォルテの背から見下ろした先に、レティシアとガラハドが並んで立っている。

「よぉ。ドラゴンとやりあった割りに元気そうじゃないか」

「当たり前だろ。今まで休んでたんだから。…っていうか、なんでガラハドがここに居るんだよ」

 闘技場はセントラル。一番隊の管轄だ。

「ドラゴンの巨体を運ぶには俺の力が必要だろ?イーストは大した被害もないから、一番隊を手伝ってるんだよ」

 一番隊は魔法部隊を毛嫌いしてるからな。魔法部隊との共同作業をガラハドに押し付けたってとこか。

「作業の邪魔をするな。ドラゴンから降りろ」

「なぁに。エルがドラゴンに乗ったところで、大した差はないだろ」

 ガラハドが笑う。

「うるさいな。こいつに俺のレイピアが刺さったままだから、回収しに来たんだよ」

「それはお前のものか。ガラハドでも抜けなかったぞ」

「え?ガラハドでも?」

 そういえば、フォルテから振り落とされそうになった時に掴んでも全然抜けなかったよな。

「こっちは抜けたんだけどな」

 ガラハドがバーレイグを持ってる。なんでそっちが抜けて、イリデッセンスが抜けないんだよ。

「バーレイグはリリーのだぞ。ちゃんと返しておけよ」

「おいおい。これは殿下がリリーシアの為に借りてるものだぜ。大会が終われば持ち主に返す予定だ」

「アレクが用意したのか」

 そうだよな。

 あの店主が、他人にバーレイグを預けるとは考えられない。アレクに頼まれたから、しぶしぶ貸すことにしたんだろう。

「今から殿下と何かするのか?」

 ガラハドが闘技場の中央に移動したアレクたちを見て言う。

「決闘するんだよ」

「決闘?」

「まさか、アレクシス様とお前が?」

「そうだよ。近衛騎士が周囲に被害が出ないようにするらしいけど、魔法も使う予定だし、避難した方が良いかもな」

 レティシアが頭を抱えて溜息を吐き、ガラハドが肩をすくめる。

「こりゃあ、全員退避だな」

「仕方あるまい」

「ドラゴンだって、ここまで運んでおけば閉会式の邪魔にならないだろ。お前ら、撤収だ!」

 作業をしていた兵士が返事をして、闘技場の出口へ向かって走る。

「ガラハド。外野はどうする?」

 そういえば、観客席にも何人か人が居るな。

 あれって一般人か?

 服装は兵士に見えないけど、私服で巡回してる衛兵も居るはずだから、どっちかわからない。

「ほっといて良いぜ。あそこまで被害は出ないだろ」

「了解。では、我々も次の任務に移る」

 魔法部隊が整列して闘技場を出る。

「次の任務って?」

「あいつらも忙しんだよ。魔法部隊も王都で需要があるってことだ」

「…そうか」

 良かった。少しずつでも馴染んでるってことなんだろう。

「さて。俺は審判でもやってやるかな」

「三番隊に戻らなくて良いのかよ」

「せっかく殿下が戦うところを見られるんだぜ。逃す手はないだろ」

 ガラハドがアレクたちの居る試合場に向かう。

『エル、アレクと戦うなんて、大丈夫なのぉ?』

『怪我しないでね』

「なんでお前たちは、いつも俺が負ける前提で話をするんだよ」

『心配だから…』

『無謀だからだ』

『アレクに勝ったことなんて一度もないよねー?』

「うるさいな」

『どうせ止めても行くんだろう』

「当然だ」

『そぉねぇ。一個だけ忠告しておいてあげるわぁ』

「忠告?」

『アレクは、真空と風で編んだ魔法のロープを持ってるみたいよぉ』

「え?あれは真空の精霊と風の精霊が居ないと…」

『ルキアが変なもの作らされたって言ってたのよぉ』

 既に作ってあるってことは…。

「魔法の玉に封じ込めて持ってるってことか」

『そういうことぉ。だからぁ、気をつけてねぇ?』

 あれを使われたら一瞬でけりがつきかねない。

 魔法で焼き切るにも時間がかかるし、アレクの前で無防備になってしまうのは確実だ。

「気をつけるよ」

 アレクが魔法の玉を持っているのが見えたら、遠くに逃げないと。

 それとも、やり返すか?

 …難しいか。

 あのロープは無属性で、相手の力が強ければ風のロープよりも脆い可能性がある。それは、上手く作れなかった時に、リリーが軽くもがいただけですぐに消失したことからも実証済み。

 今は前よりも頑丈に作れると思うけど。

 魔法の玉に込められているのは、充分な時間をかけて丁寧に編んだ魔法のロープに違いない。俺が普段、即席で作ってるものよりも、強度があるもののはずだ。それに対抗できるぐらいのものを作れる余裕があるとも思えない。

 やっぱり、捕まる前に逃げた方が良さそうだな。

 足元にあるイリデッセンスの柄を掴む。

 あれ?

「抜けない…?」

『抜けないの?』

『エルは非力だなー』

 嘘だろ?

「なんで刺突武器のレイピアが抜けないんだよ」

 レイピアの形状からして、抜けないなんて考えられない。

 少し抉るように力を込めて、レイピアを回転させる。

「……?」

『どうした?』

『何か手伝う?』

「いや…」

 なんだ、この変な感じ。

 すごく嫌な…。

 今度はほとんど力を入れなくてもイリデッセンスが抜ける。

 そして、イリデッセンスが抜けた瞬間。

「!」


 フォルテの体から飛び出した斑の光が、真っ直ぐ、宵の空に向かって伸びる。

 その光を中心として、天空で黒い雲が渦巻くように広がる。


「これは…」

 まさか。

 天に向かって伸びる光の柱に触れようと、手を伸ばした瞬間。

「触れてはいけないよ」

「アレク…」

 アレクの左手が俺の腕を掴んで制止する。

 アレクが右手に持っているのは、エイルリオンだ。

「これって、神の力なのか」

「そうだよ」

 この斑の光の正体は、封印の棺に眠っていた神の力。

 イリデッセンスは、フォルテと最初に戦った時に封印の棺まで貫いていたんだ。

 そして、俺がイリデッセンスを抜いたから…。

『来た』

 イリデッセンスが抜けた場所から出ていた光が止んだかと思うと、今度は上空の雲から雷のような光が目の前に落ちて。

 俺とアレクの目の前に、人間が現れる。

 …すごく嫌な感じ。

 全身に纏わりつくような、恐怖に近い感覚。

「思ったよりも力が戻ってこなかったな」

 男声特有の低い声。

 色素の抜けた短い白髪。

 紅色の右眼だけが開いていて、左目は閉じている。

 黒い衣装は左胸だけが赤く染まっていて、不自然なくぼみを描く。

 右手に紅の剣を持っている人間。

 それが、浮遊している。

「お前は…」

 相手が俺を見て、微笑む。

「そういえば、今の人間は私のことを知らないんだったな」

 相手が空高く飛ぶ。


「さぁ、歓迎するが良い。お前たちの神の復活を」


 脳に直接響くかのような高らかな声。


「私こそが、この地上を支配する神。お前たち人間を祝福する人間の神だ」


 人間の神…?

「そんなの、聞いたことがない。お前はただの人間だろ」

 相手が俺に向かって飛んでくる。

「それもまた、正解としておこう」

「!」

 近い。

 触れられる程近くに来た相手に向かってイリデッセンスを振り上げると、相手が笑いながら攻撃を避ける。

「封印の棺を貫ける剣が存在したとはな。私が力を取り戻す手伝いをしてくれたこと、感謝するぞ」

 …俺のせいだ。

「俺が、引き抜いたから…」

「エル。これで良いんだよ」

「アレク…?」

 アレクが浮遊する人間を見る。

「私たちは貴方を何と呼べば良いのかな。神?人間?…それとも、ベネトナアシュ?」

「ベネトナアシュ?…あぁ、あれか。お前の前に現れたのはただの御使いだ」

 それって、前にアレクとリリーを襲った奴?

「御使いって神の意思を伝える者のことだろ。なんでアレクを襲うんだ」

「今はそう解釈されているのか。…御使いとは、神が死に瀕した人間の願いを叶える代わりに、その体を神の憑代とするよう約束を交わしたもの。つまり、神に捧げられた死体だ」

 死体?

「御使いって、元は人間だったのか?」

「その通り」

「エイルリオンでしか斬れないなんて、とても人間であったとは思えないけれど」

「数百年の時を経た器だ。意思も持たず、神の力で満たされたあれは、もはや人の形をしていたとしても人の機能を備えていない。神の力を失えば崩れるだけの存在だ」

「亜精霊のような変化を遂げ、貴方に近いものになったということかな」

 精霊の強い力を浴びて生き物が亜精霊に変化するように、神の強い力を浴びて変化したってとこか。

「生き物は簡単に他の力の影響を受けるからな。言葉一つ発せられないのでは不便だが、私の手足となって動ける分、まだ使い道があると言うわけだ」

「人間をそんな風に扱うなんて」

「それが願いの代償。あれをどう使おうと私の勝手だろう」

「つまり、自由に言葉を発し、意思を持つ貴方は、本体で間違いないのかな」

「その通り。これこそが私の本当の体。神の力のすべてを宿すことのできる本体だ」

 これが、体をばらされて封印されていた人間の本体。

 フォルテの持つ封印の棺の力を取り戻したってことは、こいつは自分の歯と神の力を取り戻したってこと。

 今は髪、爪、心臓、瞳のない人間。…だから、片目なのか。

「私のことはヴェラチュールと呼んでもらおう。これより先、再び人間を導く神として崇めるが良い」

「冗談じゃない。なんで人間が人間を崇めなきゃいけないんだよ」

「エル。彼は私たちの神。これ以上、彼を否定してはいけないよ」

「だって、あいつは王家の敵だろ?」

「クレアの特徴を思い出して御覧」

「クレアの特徴?」

 クレアとは、血の色が透明か乳白色で。

 菜食で、血肉を口にすることとブラッドに変化する種族。

 ブラッドよりもはるかに長命で、五感が優れていて、そして…。

「クレアはすべて女性だ。彼女たちは卵を産み、それを精霊が孵化することで命を繋ぐ存在。つまり、精霊と、自然と共に生きる種族だ。彼女たちは原初の神々が創った種族に違いないんだよ。…では、私たちは?クレアとは見た目も体の構成もほとんど変わらないというのに、中身だけがここまで違うのは何故か。その答えが、おそらく彼だ」

 ヴェラチュールが笑う。

「素晴らしいぞ。その知識欲。探究心。真実をおしはかるその姿勢。当に私の眷属に相応しい」

 眷属…?

「ブラッドが精霊の力を必要とせずに、新しい命を誕生させることが出来るのは何故か」

 え?

「その血肉を与えることでクレアをブラッドに変化させることが出来るのは何故か」

 待ってくれ。

「愛しい子供たちよ」

 聞きたくない。

「私こそが、ブラッドの祖。クレアを孕ませ、最初のブラッドを生ませたブラッドの父。まぎれもない人間の神だ」

 そんなの…。


――神と敵対し、精霊と敵対し、あらゆる生き物を作り変えたのがお前たちだからだ。


 フォルテがあそこまで人間を嫌っていた理由。

 精霊がブラッドと敵対していた過去。

 ブラッドがクレアにとって脅威な存在であること。

 これで、すべてが繋がってしまう。


 ブラッドは最初から、自然に逆らった存在なんだ。


「エル。精霊はいずれ消えゆく存在だ。古い種族はすべて、私たちと敵対する存在。私たちは私たちの神と手を取り合い、新しい世界を創るべきだ」

「アレク…」

 アレクがフォルテから飛び降りて、地上に立つ。

 そして、エイルリオンを剣先を地上に向けたまま手放すと、エイルリオンがその場に浮かぶ。

「聖母ヴィエルジュよ。アークトゥルスの契約代行者、アレクシス・サダルスウドの名の元に、契約の終了を宣言する。エイルリオンをその御手に返還し、エイルリオンと共に在った、すべての精霊の解放を願う」

 アレクがそう言うと、大地が揺れ、地面からエイルリオンに向かって光る蔓が伸び、花が開く。

 あの姿は、剣花の紋章。

 エイルリオンに絡みついた蔓がエイルリオンの全身を覆い、光を放ったかと思うと、蔓ごとエイルリオンが消える。

「さぁ、これで因縁も消えた。ヴェラチュール。私は完全に人間が支配する、人間の為の世界を創ることを約束しよう」

 人間の為の世界?

 アレクがヴェラチュールに向かって手を伸ばす。

「さぁ、その手を…」

 違う。

「アレク!だめだ」

 フォルテから飛び降りてアレクの傍に行く。

「エル。まだわからないのかい」

「人間以外の存在を否定するなんて間違ってる。今だって人間と精霊は上手くやって来たじゃないか。この世界は人間の為だけにあるんじゃない」

「滅びゆく種族と共に歩んでも仕方がないだろう」

「ヴェラチュールと共に歩む未来こそ、終わりしかないだろ。アルファド帝国の末路は明らかだ。アレクの目指すものはそんなものじゃないだろ。あんな奴と手を組むなん…、て…」

『エル!』

「エルっ!」

『え…?』

 心臓が、大きく波打つ感覚。

『アレク!なんてことを!』

 激痛が体中に走って。

『いやあぁっ!』

 これは自分の体だってわかっているのに。

『うそ…』

 自分のものじゃないみたいに、動かせない。

『エル!』

 力の抜けた俺の体をアレクが抱き留める。

 その右眼が、砂のように崩れ落ちた。

「あ…」

 声すら、出せない。

『エル!』

『返事をして!』

『こんなのって…』

 アレク…。



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