Sep2エル編:旧序章
「最早、名物対決っすねぇ」
騎士の国、ラングリオン。
その王都守備隊三番隊副長の一人、パーシバルは、部隊の仲間と共に訓練場の中央部分に立つ二人を眺める。
「今度は何を賭けてるんだろうな」
「さぁ、真剣勝負なんて珍しいっすから」
「そういえば、今日は演習用の武器じゃないな」
長い黒髪を高い位置で二つに結んだ黒い瞳の少女、リリーシアが、大剣を構える。
「エル、負けないよ」
短い金髪に紅の瞳のエルロックが、右手に短剣、左手にレイピアをそれぞれ逆手に構える。
「あぁ。かかって来い」
リリーシアは眉をひそめる。
いつも通りの決闘ならば、エルロックは、右手にレイピアを持ち、それを相手に向かって伸ばすように構える。
そして、彼が武器を二つ持つ時は、必ず右手にレイピア、左手に短剣。
違うことだらけだ。
―気をつけろよ。
ここに立つ前の忠告を思い出し、リリーシアが、その意図について明確に答えを出すよりも先に、忠告を与えた相手の声が訓練場に響く。
「では、合図を」
王都守備隊三番隊の隊長、ガラハドが手を上げる。
そして。
「はじめっ!」
ガラハドが手を降ろすと同時に、双方が駆ける。
決着は、一瞬でついた。
リリーシアが振り降ろした初撃をレイピアで受けたエルロックは、そのままリリーシアの背後に回って、短剣をリリーシアの首に突き付ける。
「あ」
あまりにも一瞬のこと。
降参したリリーシアが、大剣を落とす。
けれど。
観客となっていたパーシバルからは、見えてしまった。
エルロックが何をしたのか。
「ごめん、リリー」
エルロックが、後ろからリリーシアを抱きしめる。
「えっ?」
混乱したように、リリーシアがエルロックの右手に触れる。
そこに、彼が持っていたはずの短剣はない。
そこでようやく、リリーシアは自分が勘違いによって敗北を宣言したのだと知る。
あの時。
ガラハドの合図で駆けた瞬間に、エルロックは右手の短剣を腰の鞘に戻していた。
右手をリリーシアの死角になる位置に置いたまま、彼は魔法で加速してリリーシアが大剣を振り切る前に近づくと、レイピアを大剣に当てた。
そして、大剣ごと彼女を引き、彼女のバランスを崩したのだ。
前にもパーシバルはその魔法を見たことがある。
相手の剣を自分の剣に引き寄せる魔法。いや。引き付ける魔法かもしれない。
それによってリリーシアの攻撃は無効化されたに違いなかった。
そして、そのままリリーシアの背後に回ったエルロックは、彼女の首に、短剣を持ったと思わせておいた右手を当てたのだ。
「相変わらず、甘い人っすねー」
短剣をしまう必要なんてなかったのに、とパーシバルは思う。
「甘い?」
「そうかぁ?」
隣に居る同僚たちにはわからないらしい。
短剣を持ったまま降参させた方が、遥かに自分にとっては安全策なのに。
間違っても、リリーシアを傷つけたくないのだろう。
「パーシバル。…お前ら、暇なのか」
決闘を終えたエルロックとリリーシアが、パーシバルたちの前に来る。
「今回は何を賭けてたんっすか?」
「これだよ」
エルロックが背中に背負っているのは、決闘でリリーシアが手にしていた大剣だ。
「良いなぁ。リリーシアさん、その剣、エルロックさんにあげちゃったんですか?」
「えっ。あげてないよ!…その、剣術大会まで、エルに預かってもらうことになったんだ」
剣術大会。
ラングリオンの王都で、二か月後のバロンスにある大会だ。
「また、変わった約束っすね。リリーシアさんが勝ったら何をもらう予定だったんっすか?」
エルロックが持っているレイピアがリリーシアの作品であることは、三番隊の隊員なら誰もが知っている事実だ。彼女がそれを欲しがるとは思えない。
まさか、短剣を戦利品にするわけもないだろう。
「えっと…」
「関係ないだろ。…邪魔したな」
リリーシアの言葉をさえぎって言うと、エルロックはリリーシアの手を引いて訓練場を出る。
「リリーシアさん。あの剣がないってことは、しばらく三番隊に来てくれないんすかねー」
「げ。そうかも。あ~あ。やる気なくすぜ…」
男ばかりの守備隊にとって、たまに守備隊の活動に参加してくれるリリーシアの存在は隊員の士気を挙げる貴重な存在だ。
そうじゃなくても彼女は強い剣士。その剣捌きからは学ぶことも多い。
普段はこんなにあっさり負けることもないのだが、リリーシアの思考や行動パターンを計算したエルロックの作戦勝ちだろう。
ただ、彼が決闘の直後に謝罪したように、これでは一方的にリリーシアを騙しただけだ。
そこまでして、エルロックはリリーシアに勝つ必要があったらしい。
「リリーシアさん、剣術大会に出場したかったんっすかね」
エルロックは参加に賛成しないだろう。それは、先程の戦い方を見ても明らかだ。エルロックはリリーシアが怪我をすることを嫌う。
「出場したら大会の優勝候補じゃないか」
「本気のリリーシアさん、見てみたかったなぁ」
「エルロックさんとの決闘では本気出さないんですか?」
「お前、リリーシアさんとガラハド隊長の稽古、見たことないのか?迫力が違うぜ」
「俺が入隊したのは最近ですよ。決闘を見たのだって初めてです」
守備隊は人の出入りが激しいのだ。パーシバルが十七という若さで副長をやっているのも、単に守備隊に長く居るのが理由だろう。
「リリーシアさんに憧れて入隊したのに、正規の隊員じゃなかったなんてショックです」
溜息を吐く新入隊員に、仲間たちが笑う。
「人妻に何言ってるんだよ」
「ウエディングドレス、素敵だったよなぁ」
「本当に綺麗な人だよな」
エルロックとリリーシア。
決闘をしていた二人が結婚式を挙げたのは、つい先日、リヨンの十六日のことだ。
「おーい!お前ら、何ぼさっとしてるんだ。アリス礼拝堂広場で喧嘩だ。行って来い!」
「了解っす!」
「はい!」
「行くぞ」
「了解」
「はいっ」
隊長、ガラハドの号令で、パーシバルは一緒に居たメンバーと駆けていく。
有翼の三番隊。
王都で最も事件の多いイーストを守る三番隊に、のんびりしている暇などないのだ。
というわけで、パーシバル視点でした。
訓練場。
Sep2では演習場って表記してるはずですが、たまに訓練場と書いていることもあったような。どちらも同じ場所です。
統一しなくちゃいけないと思いつつ、直してない部分です。すみません。