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智枝理子の資料集  作者: 智枝 理子
Sep2リリー編ノーカット版より抜粋「Si vales, valeo」
53/56

160 迷わない

 静寂。

 目の前に広がっているのは晴れ渡った空。

 太陽と月が離れていく……。

 あの人は?

 イリデッセンスを持っていた腕を下ろして、周囲を見渡す。

 周りに居るのは、知っている精霊だけ。

 ずっと私に話しかけてくれていた人は見当たらない。

 遠くで、何かが落ちる音がした。

 音をした方を見ると、落ちたエイルリオンから飛び出すように人が出てくる。

 えっ?

 人間?

「アルテア!」

 今、剣から出て来たよね?

 どういうこと?

『何、呆けた顔してるのさ』

「イリス」

 イリスが飛んでくる。

『ほら、エルの所に行くよ』

「待って」

 リュヌリアンを背に戻し、イリデッセンスと彩雲を持ってからイリスを追いかける。

「あの人、剣から出てきたよね?」

『エイルリオンに入ってたみたいだよ』

 入ってた?

「じゃあ、エルは一人で戦ってたの?」

『ボクたちも手伝ってたよ』

 良かった。

 皆、エルと一緒に居たんだ。

『ね。本当に大丈夫なの?』

 知らない精霊の声が聞こえる。

 エルの方からじゃない。アルテアの方からだ。

「心配要らない」

『もう。そればっかり』

 アルテアの肩に精霊が居る。

 炎の精霊だ。

「あなたは?」

 炎の精霊が、こんな寒いところに居るなんて?

『見てわからない?あなたたちと同じだよ』

 そっか。

 私たちと同じ。

 大切な家族なんだ。

『ねぇ。僕たち、勝てたの?』

 ……アンジュ。

 エルと一緒に、空を見上げる。

 最後に聞いた声。

 あれが、アンシェラートと創世の神の声だったとすれば……。

『そうね。勝ったのよ』

「エイダ」

『そうだな。私たちは、追い返すことに成功した』

『空も晴れてるからね』

『太陽と月も役目を終えたようだ』

『創世の神がどこに行ったかはわからないけど』

『帰ったんだろ』

『ここが守られたのは事実だ』

『ありがとう。勇者たち』

 エルと顔を見合わせる。

「そんなことないよ。皆で協力したからだよ」

「あぁ。ここに居る俺たちだけの力じゃない。何か、もっと大勢の大きな力を感じたんだ」

 その感覚は、ちょっとわかるかも。

 ここで戦っていたのは、私たちだけじゃなかった。

「?」

 エルがしゃがんで、落ちていたエイルリオンを手に取る。

「え……?」

 エイルリオンの光が……。

 まるで存在を失うかのように、エイルリオンの姿が透けてる。

 砕ける直前のアルテアの紅の剣みたいに。

「なんで……」

「エイルリオンは、内に秘めるジュレイドを私に返し、その力のすべてを使い果たした。……このままでは、消えてしまうだろう」

「そんな……」

「どうにかできないのか?」

 アルテアが俯いて首を振る。

「ジュレイドの代わりとなる剣が必要だ。しかし、今の私では、代用となる剣を作り出すことは出来ない」

 代用となる剣があれば良いの?

 ジュレイドみたいな剣……。

 あ。

「リリー」

 頷いて、エルにイリデッセンスを渡す。

 エルも同じ答えだ。

「アルテア。これは使えるか?」

 アルテアがイリデッセンスを見る。

「この剣は……。リリーシアの持つ神の力まで取り込んだのか。確かに、ここまでリンの祝福を得た剣ならば代用となるかもしれない」

 イリデッセンスは、私が持っていた神の力も吸い取ってくれたんだ。

「後は、エイルリオンが受け入れるかどうかだ」

 エルが頷いて、エイルリオンとイリデッセンスを持つ。

 どうか、上手くいきますように。

「エイルリオン。……どうか、イリデッセンスを受け入れて」

 エルが、エイルリオンを鞘のように持って。

 ゆっくりと、二つの剣を合わせる。

 イリデッセンスがエイルリオンに触れると、眩しい光が溢れた。

 剣が、エイルリオンに吸い込まれていく。

 眩しい……。

 二つの剣を手にしていたエルの右手と左手が、くっ付いて。イリデッセンスのすべての刀身が、エイルリオンに納まった。

 眩しい光が消えて。

 エイルリオンが、前と同じ輝きに戻る。

 ……上手くいったんだ。

「ありがとう。エイルリオン」

 良かった。

 エルがエイルリオンをアルテアに渡そうとすると、アルテアが首を振る。

「自らが望む場所に置いてやると良い」

 望む場所?

 ……どこだろう。

「ヴィエルジュ」

 エイルリオンを渡そうとしたエルを見て、大樹の中に居たヴィエルジュも首を振る。

「その剣は、もう自由。……望む場所へ、連れて行って」

 目的を果たしたエイルリオンが、次に行きたい場所。

「わかった」

 エルが、背中にエイルリオンを戻す。

 ……まずは、ラングリオンかな。きっと、長く住んでいた場所には帰りたいはずだよね。

 私たちも帰らなくちゃ。

「!」

 うめき声が聞こえてアルテアの方を見ると、アルテアが苦しそうに胸を押さえてる。

「どうし……」

「あ、」

 続けて足元が揺れて、体がぐらつく。

「リリー」

 エルに掴まって、一緒に体勢を低くする。

 地震だ。

 大地が揺れてる。

 何が起こってるの?

「封印の棺が開かれた」

「え?」

「は?」

 アルテアの髪が、目の前でどんどん伸びていって、肩を越えたぐらいで止まった。

 人の髪がこんなに早く伸びるなんて?

 あれ?

 そういえば、エルが……。

―あいつに心臓はないぞ。

―転移の魔法陣の言葉は、あいつが奪われた体の部位を示してる。

 もしかして、棺に封印されていたものが戻って来た?

 転移の魔方陣の言葉は、前に聞かれたことがある。他には、瞳とか爪だったと思うけど……。

 奪われていたものって、棺を開くだけで本人の元に戻って来るんだ。

 ようやく揺れが止まった。

 アルテアが立ち上がる。

 ……さっきは片目しか開いてなかったのに。今は、両方の瞳が開いてる。

 瞳も戻ったんだ。

「レイリス。竜の山の状況を教えてくれ」

 竜の山?

 そういえば、レイリスはアンシェラートを抑え込んでたんだ。

「地下の神々は、アンシェラートに勝った」

『そうなの?』

「ヴィエルジュがアンシェラートの力をこっちに引き寄せたおかげで、地下に抑え込むことが出来たんだよ」

 ヴィエルジュは、外に出ようとしていたアンシェラートの力まで、こっちに引き寄せてたんだ。

 ……もしかして、アンシェラートが自分の意思で来たのかな。

 創世の神に会う為に。

「後は、地上に出ないよう封印を施すだけ。……って所でエルに呼ばれたから、こっちに来たんだよ。創世の神は来てるし、お前らは仲良くなってるし。もう少し、まともに俺に説明する奴は居ないのかよ」

 えっと……。

 レイリスは、どこまで知ってるんだっけ?

『なんだ。アンシェラートを無視して来たわけじゃなかったんだね』

『役目を放り出して子供の頼みを聞きに来たのかと思ってたぜ』

『ふふふ。本当のところはどうなの?』

『……うるさいな』

 きっと、エルが呼べば、どんな状況でも来てくれたよね。

「∀1∈」

 ヴィエルジュの名前だ。

 アルテアがヴィエルジュの方に行く。

「君に、これを」

「これは……。あなたのものだ」

「私はジュレイドを受け取っている。ずっと返したいと願っていた。どうか、受け取って欲しい」

「……わかった」

 アルテアが返したかったもの。

 大切なもの。

 ……ヴィエルジュの種。

 あれも、アルテアの元に戻って来たんだ。

「エル。彩雲も返しておくね」

「あぁ」

 エルに彩雲を返す。

 さっきのこと……。

 あの不思議な体験。

 私は、彩雲の太陽の力と、リュヌリアンの月の力を、太陽と月に届けて来たんだよね。もしかしたら、私とイリデッセンスが持っていた神の力も届けたのかもしれない。

 でも、あの人は……。

 私に助言を与えてくれた人。私たちを助けてくれたあの人は、今、どこに居るの?

 周りには居ない。

 見えない。

 それに、誰も私の傍に居たはずの人のことを話してない。

 イリスにも見えなかったみたいだし……。

 見上げた空には、オーロラと虹が架かってる。

 そういえば、エイダは私を虹の御使いって呼んでくれたことがあったっけ。

 ……虹?

「エル、虹が……」

「虹?」

 空に、たくさんの虹が架かってる。

 さっきまでは、なかったよね?

 全部で四本。

 こんなに大きな虹、初めて見た。

 しかも、虹の片方は、すべて同じ場所に伸びている。

 この光……。

 なんとなく、アルテアが持っていた斑の光に似てる気がする。

 確か、アルテアが持っていた力と封印の棺の中身は同じもの。じゃあ、あれは……。

「光が集まってるのは、竜の山だ」

 竜の山。

 あれ?

 良く見ると、片側が動いてる虹が一つある。

 虹が集まる方……、竜の山の方は動いてないから、虹のもう片方が竜の山を目指して動いてるみたいだけど……?

 虹が動くなんて、ある?

 だって、あれは……。

「あの虹って、神の力なんだよね?」

「あの虹は、封印の棺から出てるのか?」

 エルが私を見る。

「そう見えるのか?」

「うん。あの光って、あの人の斑の光に似てるから」

 同じもののはずだ。

「今、封印されていた神の力が、地下の神々へ還ってるのか」

 この虹が繋がる先に、地下の神々が……。

「動いてる虹は、ロマーノか?」

「だろうな。でも、ロマーノを動かせるのはルネだけだ」

 ルネは今、ロマーノに居るんだ。

 でも、どうして動かす必要があるの?

 ロマーノは、精霊や人、ドラゴンも住んでる場所だ。アンシェラートが出てくるかもしれない場所に行くのは、危ないよね?

 ……神の力を届ける為?

 でも、他の場所は動いてない。

 神の力は、虹の光になって届いてそうだけど……。

 虹。

 これも、太陽の大精霊が関係してるのかな。

 あらゆるものを繋げる力。

 今、神々に神の力を届けているのも、太陽の大精霊?

 だから、今、ここに居ないの?

 ……姿が見えないから、存在を確認する方法はない。

 でも今は、傍に居るって感じがしない。

「そういうことか」

 レイリスが、私たちの方を見る。

「エル、リリー。これで、アンシェラートを完全に封印できる」

「え?」

「どういうこと?」

「地下の神々は今、地下に押し戻したアンシェラートの完全な封印を目指している。けど、地上に繋がる道は残ったままだろ?ルネは、その道を塞ぎつつ、月の石を使って地上からも封印を施すつもりなんだ」

 えっと……。

「アンシェラートが竜の山に開けた穴に、ロマーノで蓋をするってこと?」

「正解」

 神々が封印をして、外からも封印すれば……。

「アンシェラートは完全に封印され、竜の山からは、もう出てこないって考えて良いのか」

「あぁ。そういうことだ」

 良かった。

 これで、レイリスとアレクさんも解放されるんだ。

 目的は達成できた。

 見上げた空には、七色の虹が架かっている。

 けど、虹は徐々に薄れていって。

 そして、消えた。

 ……何故か、胸騒ぎがする。

 すべて上手くいって、終わったはずなのに。

「∀0Λ0Ⅳ†∈!」

 ヴィエルジュの悲鳴が聞こえて、振り返る。

 大樹の根元で、倒れているアルテアをヴィエルジュが抱きしめている。

「あぁ……」

 ヴィエルジュが泣いてる。

 まさか……?

 二人の方に行くとすぐに、エルがアルテアの呼吸を確認した。

 けど、途中で手を止める。

 そんな……。

「なんで……」

「リンの力を使い果たしたの……?」

 エルが私を見上げる。

「どういうことだ?」

「巫女は……。神の力を得た巫女は、神の力をすべて使い果たせば、死んでしまうって……」

 ヴィエルジュの御使いとなった炎の巫女がそうだったように。

 アルテアは今の戦いで、リンの力をすべて使い尽くしたんだ。

 ……気づけなかった。

 止められなかった。

 せっかく、想いを伝えたのに。

 こんなことになるなんて……。

「来たか」

 レイリスが、遠くの方を見ている。

 そこに居るのは。

「アイリス」

 今は、はっきり見える。

「リリー、知ってるのか?」

 レイリスが私を見る。

「アイリスは……」

 私の……。

『アイリスは、リリーの育ての親だよ。女王の娘になるまで、ずっと一緒に暮らしてたんだ』

 私の、最初の家族。

 ずっと一緒に暮らしていた人。

 だから、絶対に間違えない。

 さっき、傍に居てくれたって。

「さっき、私たちを手伝ってくれたのは……。太陽と月に力を渡すよう、私に指示したのは、アイリスだよね?」

 ……何も答えてくれない。

 他人のような顔で、静かに佇んでいるだけ。

「メラニー、気づいてたか?」

『そう簡単に見ることの叶わない精霊だ。以前は、精霊に見える形でお前の前に現れていた』

 精霊でも見ることの出来ない精霊。

 以前って……。

 もしかして、太陽の魔方陣を知ってたのは、前にアイリスを呼んだことがあったから?

「姿を現せ」

 エルが言うと、人の姿をした精霊が顕現する。

 ツインテールにした金色の髪と、金色の瞳。

 でも、いつも通りの優しい顔じゃない。

 アイリスも、アイリスを見るレイリスの表情も硬い。

「太陽の大精霊」

 ……待って。

 太陽の大精霊とレイリスは、同じ場所に居てはいけないはずだ。

 だって、二人は。

「レイリス。地上にルネが降り立った今、あなたには消えてもらわなければならない」

「わかってるよ」

「だめ!」

「そんなことさせない」

 エルと一緒に、レイリスの前に立つ。

「エル、リリー。邪魔をするな」

「でも、」

「だって、」

「ルネは、ロマーノと共に地上に降りた。このまま月の力だけが増えれば、自然のバランスは崩壊し、地上は外部の力に侵食されて滅ぶ。せっかく守った世界が壊れるんだぞ」

「だからって……」

―肉体のない俺たちは、魂の片割れに触れるだけで消える。

―月の女神は、すでに来てる太陽の大精霊の完全な片割れを寄越したんだよ。

 そんなの……。

「神々の準備が出来た」

「準備?」

 アイリスが手を上げると、遠くの方から虹の光がこちらに向かって伸びてきた。

 

 光は真上で分岐すると、大精霊たちに降り注いだ。

 赤い光は、炎の大精霊へ。

 黄色の光は、光の大精霊へ。

 黄緑の光は、風の大精霊へ。

 緑の光は、大地の大精霊へ。

 水色の光は、氷の大精霊へ。

 青い光は、水の大精霊へ。

 黒い光は、闇の大精霊へ。

 銀色の光は、真空の大精霊へ。

 ……そして、光が消える。

 

「竜の山から神へと繋がる入口は、たった今、ルネが運ぶ月の石によって閉ざされた。これが地下の神々による最後の意思。……神から与えられた力をどう使うかは、あなたたちの意思に委ねられた」

 やっぱり、神の力を運んでたのはアイリスだったんだ。

「地上には最早、太陽の力も月の力も不要だ」

 不要……?

―地上で月の力の影響が拡大した場合、レイリスは太陽の大精霊が消滅させることになってる。

「お願い、アイリス。レイリスを消さないで。アイリスだって、消えて欲しくない……」

 消滅を目的とした関係なんて。

 嫌だ。

 どうすれば、二人が助かるの?

「あぁ、良かった。間に合ったね」

 声が聞こえて、顔を上げる。

 空に見えるのは赤い輝き。

「炎の大精霊……?」

『ルビーだ』

「ルビー?」

 地上に降りた炎の大精霊は、見覚えのあるローブ姿の人を背負ってる。

「ポラリス」

「ポラリス。何しに来たんだ」

「質問は後だ。さっき拾った魂を処理しなければいけないからね。アイリス、そこで待っているんだよ。レイリスもだ」

 ルビーの背から降りたポラリスが、ヴィエルジュの方へ行く。

「∀1∈」

 呼ばれたヴィエルジュが顔を上げる。

 ポラリスが、ヴィエルジュに何か見せている。

 小さな箱?

「ここに、かつてリンの巫女だったものの魂が入っている。これを、そこの死体と交換してくれないか」

「魂があったところで、肉体が無ければ復活させることは出来ない」

「妖精の女王とは思えない言い草だね。種を取り返したのだろう。お前は新しい命を作り出せるはずだ。さぁ、やってごらん」

 そんなことが出来るの?

 ポラリスが箱を開くと、中から光が出て来た。

 ヴィエルジュが、その光を優しく手で包んで。そして、祈りを込めて腕を広げる。

 すると、目の前に人の姿をした妖精が現れた。

「∀0Λ0Ⅳ†∈」

「……∀1∈?」

 アルテアと同じ声。

 羽が生えているけど、姿も同じだ。

「上手くいったようだね」

 この妖精は、アルテアなの……?

「ポラリス。何故、私を地上に残した」

「お前が世界に与えた影響は、良いものばかりとは限らない。滅びの時を自分で選べるとでも思っていたのか。そう簡単に眠らせやしないよ」

 生まれ変わったんだ。

 妖精になったアルテアが、ヴィエルジュを見る。

「∀1∈。君の目指す世界を手伝おう」

「……それは、あなたの意思?」

「もちろん。この生命は君と共にある」

「ありがとう。∀0Λ0Ⅳ†∈」

 そっか。

 これからは、二人で生きていけるんだ。

「エルロック、リリーシア」

 ヴィエルジュが、微笑む。

「ありがとう」

 笑顔なんて、初めて見た。

 良かった。幸せそうだ。

 アルテアがヴィエルジュを抱えて、ヴィエルジュを大樹の洞に運ぶ。

 その洞の中には、さっきの炎の精霊と、小さな妖精が仲良く並んでる。あの炎の精霊、妖精とも仲が良いんだ。

『久しぶりだね、エイダ。生きてたんだ』

 ルビー。

『どうかしら。生きてるって表現して良いのか難しい所ね』

『相変わらず難しい表現が好きだね』

 同じ神様から生まれてるはずだし、二人は家族みたいな感じなのかな。

『あなたこそ。エルとリリーを手伝ってくれると思っていたのに、今まで何をしていたの?』

『僕が居なくても、勇者には十分なバックアップがあったでしょ?』

 もしかして……。

「あなたは、セズディセット山に居た炎の大精霊なの?」

『ご名答。僕の名前はルビー。ポラリスから頼まれて、人間の相棒と一緒に棺探しをしてたんだ』

「じゃあ、セントオの棺を見つけたのは、」

『そう。僕と僕の契約者さ』

―デルフィが、人間と共に居たのを見かけたと話していたが。

 確か、パールが言ってたよね。デルフィが見たって。

 それで、ずっとセズディセット山に居なかったんだ。

「まさか、ここまで仕事が遅いとは思わなかったが。何とか間に合って良かったよ」

『失礼だな。褒められる覚えがあっても、愚痴られる覚えはないよ。だいたい、誰がここまで連れてきてあげたと思ってるのさ』

「さて。次は、こっちだね」

 私たちの方を見たポラリスが、今度はレイリスの方に行った。

「レイリス。私は、月の大精霊に選択を与えに来た」

「選択?」

「アイリスと共に消えるか。一人で消えるか。好きな方を選べ」

「は?」

「え……?」

 そんなの、選べるって言わない。

「一人で消える」

「レイリス!」

「だめだよ」

「地上にルネが居る以上、アイリスは残った方が良い。同時に消えれば月の力が強い状態は改善されないからな。新しい太陽の大精霊を呼んだところで、召還には時間がかかるし、降り立つ時の地上への負担も大きい」

 そんなの、誰かが消えて良い理由になんかならない。

「アイリス。提案を受け入れるか?」

「もちろん。断る理由はない」

「では……」

「だめ。消えないで」

 レイリスを捕まえる。

「元々、あそこでアンシェラートと心中するつもりだったんだ。最後に顔が見れて良かったよ」

 だめ……。

 そんなこと、言わないで。

「リリー。エルを頼む」

 どうして、そんなこと言うの?

「嫌だ……」

「エル。ちゃんとリリーを捕まえておけよ」

 急に、掴んでいたはずのレイリスが消えて。

 ふらついたところを押されて、後ろからエルに捕まった。

 ずるいよ。

 顕現を解かれたら、人間は精霊に触れることは出来ない。

「レイリス。私の前へ」

「だめ、行かないで」

「……」

 レイリスが、エルに向かって手を伸ばす。

「エル」

 レイリス……。

「俺の子供として生まれてきてくれてありがとう。エルロック。お前が生きてるだけで、存在してるだけで。俺は幸せだったんだ」

 レイリスが微笑む。

 それなら、どうして……。

「情けない顔するなよ」

 レイリスが、背を向けて。

 ポラリスの方へ向かう。

 ……行かないで。

「いやだ……。行かないで、レイリス。エルは良いの?せっかく会えたのに。ようやく、父親だってわかったのに」

「リリー」

「レイリスは、ずっと頑張ったのに。この世界を守ってくれたのに。その結果、どうして消えなくちゃいけないの?こんなのってないよ。ひどい……」

「リリー」

 エルが強引に私の腕を引いて。

 私の向きをエルの方に変えて、私を強く抱きしめる。

「これは、レイリスが決めたことだ」

「エルは、それで良いの?」

「……」

 ……なんで、こんなこと聞いてしまったんだろう。

 抱きしめられた腕から、震えが伝わってくる。

 刺さるような痛みと声にならない声。

 こんな、結果。

 望んでない。

 望んでるはずがない。

 ……行かないで。

「行かないで!レイリス」

 声を聞いて。

 エルの気持ちを聴いて。

 誰も納得なんてしてない。

「皆、離れているんだよ。特に精霊たちは、どんな影響があるかわからない。消えたくなければ、距離を取るんだ」

『これぐらい離れていれば十分じゃないかな』

『……見届ける』

『私も』

「まったく。精霊が神の言葉に反抗するなんてねぇ。……さぁ、ひれ伏せ。月の大精霊」

 誰も……。

 誰も、止めてくれない。

 他に方法はないの?

 受け入れるしかないの?

 私たちに出来ることは、もう、何もないの……?

 あぁ……。

 このままじゃ……。

 エルの腕の中で、呼吸を整える。

 考えてる時間はない。

 納得なんてしてない。

 でも、後悔したくない。

 気持ちの整理だってつかない。

 でも、エルを手伝わなきゃ。

 ちゃんと、出来ることをやらなきゃ。

 今、やらなきゃ。

 もう、二度と会えない。

「エル」

 顔を上げると、エルの頬を伝う雫が顔に落ちた。

 手を伸ばして、その目元を拭う。

「ちゃんと、見なくちゃ」

 ……もし、これが最後なら。

 見送ることが出来るのは、今だけ。

 だから。

「ね?」

 ちゃんと、見送ろう。

 小さく頷いたエルと一緒に、レイリスを見る。

 跪いたレイリスに向かってポラリスが両手を伸ばすと、次々とレイリスから金色に輝く精霊たちが飛び出した。

「砂の精霊……」

 精霊を、生み出してる……?

 どうして?

 急に、また足元が揺れ始める。

「あぁ、なんてことだ。すっかり失念していた。まだ終わってないと言うのに。これだけ多くの大精霊が一か所に集まっておいて自然に影響がないわけがない。……とっとと散れ!これじゃあ、お前たちのせいで失敗する!エルロック、リリーシア。お前たちも行け」

『仕方ない』

『少し離れてるよ』

 周りに居た大精霊たちが飛んで行く。

『エル、リリー。いつでも見守っているわ』

『また会おう』

「エイダ、パスカル……」

 手を振りながら、二人が消えていく。

『ポラリス、僕も相棒の所に帰るからね』

 そう言って、ルビーも消えた。

「エルロック。リリーシア」

「アルテア」

「人の身に、ここは危険だ。……レイリスは、私たちが見届ける」

「大樹を使って、ラングリオンに送り届けるか?」

 でも、レイリスはまだ……。

「もう少し、待ってくれ」

「エル!リリー!早く行け!」

「でも、」

『エルロック、リリーシア。持ってきたよ』

「デルフィ」

 向こうに繋いでおいた熱気球だ。

『おいで。空ならもう少しここに留まって居られる』

「エル、行こう」

 手を引いても、エルはレイリスを見たままだ。

 伝えたいことがあるなら、もう少し待ちたい。

 もう少しだけ……。

 もう少し……。

 エルが、口を開く。

「レイリス!」

 私の手を握るエルの手が強くなる。

 ……エル。

 頑張って。

 声に出して。

 伝えられるのは、今しかない。

「もう、会えないなんて嫌だ。必ず方法を探す。だから、」

 だから。

「生きて」

 ……それが、エルの望み。

 レイリスが振り返る。

「エル。受け取れ」

 レイリスが投げた光るものを、エルが受け取る。

「俺がエレに贈った形見だ」

 精霊玉……。

「言っただろ?呼べばいつでも会いに行くって」

「レイリス……」

 エルが宝石を大事そうに握って。

 そして、レイリスを見る。

「ありがとう。俺を生んでくれて」

 笑顔のレイリスに見送られて、エルが私を見る。

「行こう、リリー」

「うん」

 エルと一緒に、熱気球に乗る。

『行くよ』

 周囲に風が舞う。

 ひときわ大きな風が吹きあがった瞬間。

 ポラリスが被っていたフードがめくれて、一瞬だけ、黒髪に紅の瞳の女性の顔が見えた。

「母さん」

「え……?」

 熱気球が、一気に空の高い所へ飛び上がる。

 

 空の上から、エルが地上の様子を見下ろしてる。

 もう、この高さからじゃ人の姿なんて見えない。

 目立って見えるのは、ヴィエルジュの大樹が放つ輝きと、レイリスと、レイリスから生まれ続ける砂の精霊たちの光だけ。

「エル、さっきのって……」

 あの、黒髪に紅の瞳の女性。

「ポラリスが使ってる御使いは、俺の母親だ」

 あれが、エルのお母さん……?

「どうして……」

「わからない。でも、事実だとすれば……」

 御使いになる条件は……。

『御使いとなる契約を交わしたのだろう』

「契約?」

『御使いとは、神が死者の願いを叶える代わりにその肉体を使う約束を交わしたものだ』

『じゃあ、ポラリスに何か願ったってこと?』

『そうなるわねぇ……』

 エルのお母さんは、何を願ったの?

 

 神の台座に残された金色の輝きが、その強さを失っていく。

 ゆっくりと、確実に。

 鼓動の音が弱まるように、呼吸の音が静まるように小さくなって。

 最後。

 わずかに瞬いて、消えた。

 

『レイリスの気配が消えた』

「アーラン」

 大精霊たちが、私たちの近くに飛んでくる。

『気に病む必要はない。精霊は、消えゆく存在だ』

『寂しかったら呼んで。会いに行くよ』

「アイフェル」

『またね』

 私たちを抱きしめて、アイフェルとアーランが飛び去る。

『人は悲しみを涙で洗い流すものなのだろう。私に手伝えることがあるなら、いつでも来ると良い』

「パール」

『人間は何でも乗り越えられる生き物だ。いつでも遊びに来いよ』

「シミュラ」

 二人も、遠くに飛んで行ってしまった。

『あれ。リスプ。君がここに残るなんて珍しいね』

『……ユール』

『なぁに?』

『人間は、楽しい?』

『リスプは、まだ人間を解ってないのねぇ。気まぐれで、当たりはずれが多くて、勝手な信念に従って生きてるのが人間よぉ』

『最低だ』

『あたしはねぇ、好きになった人間の傍に居るのぉ』

『好きにしろ』

 リスプは、空の上の方に飛んで行った。

 真空の大精霊の住処は、地上ではない遠い場所だ。

 ……遠い場所。

「デルフィ。ラングリオンまでは遠い?」

『もう少しかかるね』

「じゃあ、ゆっくり飛んでもらっても良い?」

『良いよ』

 エルを抱きしめる。

「エル。……今度は、私がエルを受け止めるね」

「リリー?」

「悲しい時は、いっぱい泣こう」

 心が壊れてしまう前に。

 全部、外に出して。

 大丈夫。

 私が、全部受け止める。

 エルと一緒に籠の中に座って、体を預けてきたエルを抱きとめて。

 柔らかい金色の髪を撫でる。

 

 他のことは何も考えなくて良いから。

 忘れる必要だってないから。

「レイリス……」

 エルが、手にした精霊玉を額に当てる。

 

 正しいことが正しいなんて、誰が証明できるんだろう。

 選んだことが最善だなんて、誰が断言できるんだろう。

 この世界には、正しいことも最善なこともない。

 それでも。

 生きている限り、私たちは進まなくちゃいけないんだ。

「レイリス」

 エル……。

 一度壊れた世界が、以前とまったく同じ姿に復活することはない。

 それでも、新しく生きられるように。

 私が支える。

 

 今なら、前よりもずっと、あの歌の歌詞が良く解る。

 砂漠でレイリスが歌っていた歌。

 あの日……。

「私に、会いに来てよ」

 レイリスが、エルのお母さんから教わった歌。

 エルが、かすれた声で一緒に口ずさむ。

「今すぐ、会いに行きたいよ」

 

 ……どうか、見守っていて。

 


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