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智枝理子の資料集  作者: 智枝 理子
Sep2リリー編ノーカット版より抜粋「Si vales, valeo」
48/56

155 輝きの約束

 鏡の前に立つ。

 装備は整えたし、綺麗に髪も結べた。

 もう一回、荷物の確認をしておこう。

 ……レインコートなんて、要るかな?

 いつも忘れちゃうから、入れておいて良いよね。

 大丈夫。ちゃんと綺麗に入ってる。

 準備は万端だ。

 

「おはよう、エル。リリー」

「おはよう、エル。リリーシア」

「おはよう」

「おはよう。……早起きだな」

「見送りするって言ったからね」

「朝ご飯は出来てるわ。お昼にサンドイッチも作ったから、持って行ってね」

「わぁ。美味しそう」

「ありがとう。持って行くよ」

 エルがキャロルを抱き上げる。

「前より重くなったな」

「もうっ。女の子に失礼なこと言わないでくれる?」

 エルが楽しそうに笑ってる。

「コーヒーが入ったよ。一緒に食べよう」

「あぁ」

「うん」

 温かくて、良い匂い。

 

 ※

 

「いってらっしゃい。エル、リリー」

「いってらっしゃい。エル、リリーシア」

「いってきます」

「いってきます」

 

 玄関までルイスとキャロルに見送られて、隊長さんの家を出る。

 それから、オルロワール家の裏口へ。

 歩いていると、見慣れた精霊が飛んできた。

「ネモネ?」

『早起きなんて珍しいんじゃない?』

『見送りたいんだってさ。あっちを見て』

 ネモネが飛んで行った方を見る。

 みんな……。

 アリシア、ポリー、メルに向かって、大きく手を振る。

 ありがとう。

 いってきます。

 

 オルロワール家を通り抜けて、門から出る。

 え?

「隊長さん」

「ガラハドに、パーシバル」

「おはよう。エル、リリーシア」

「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます。本当に、早いっすねぇ……」

 パーシバルさんは眠そうだけど、隊長さんは相変わらずだ。

「調子はどうだ?」

「大丈夫です」

「いつも通りだよ」

「適度な緊張は戦闘に向くが、緊張し過ぎは体を固めるだけだ。上手く力を抜くんだぞ」

 緊張……。

「少し、手合わせをお願いします」

「朝から元気だな。剣は使わないぞ」

「わかりました」

 広い通りの真ん中の方へ。

 呼吸を整えて。

 隊長さんに向かって走って、腕を突き出す。

 受け止められた。

 続けて拳をぶつけて、足で蹴り上げる。

 ……ロニーと同じ。全部の攻撃を受け止めてくれるみたいだ。

 でも、せめて一発ぐらいは当てたい。

「随分、肩に力が入ってるじゃないか」

 本当だ。

 程よく力を抜いて。

 身体が滑らかに動く方へ。右、左、右、振り返って足を当て……、無理。じゃあ、もう一度右で。

 攻撃が、入った。

「上出来だ」

 さっきよりも体が軽い。

「ありがとうございました」

 隊長さんに礼をする。

「良い顔になったな」

「はい」

「エル、リリーシア。ちゃんと帰って来るんだぞ。いってらっしゃい」

「いってらっしゃい。お気をつけて」

「はい。いってきます」

「いってきます」

 

 お城へ。

 正門には、衛兵が居る。

「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」

 挨拶をして、そのまま門をくぐる。

「エルロック。リリーシア」

「レティシアさん。ユベール君」

 それに、魔法部隊の人たちだ。

「朝っぱらから演習か?」

 エルの言葉に、レティシアさんがため息を吐く。

「こんな早朝から王都の上空を飛ぶ輩が居るのだ。不測の事態に備えなければならないだろう」

「そう簡単に落ちるわけないだろ」

「だと良いが。……無事を祈っている」

「あの、どうか、お気をつけて」

「ん。いってきます」

「いってきます」

 魔法部隊の人たちに手を振って、お城の中に入る。

 

 人が全然居ないお城の中は、いつもより広く感じる。

 エルと一緒に、真っ直ぐお城を通り抜けて、北門前にある広場へ。

 お城を出た広場では、セリーヌたちが前みたいに巨大風船を膨らませている。

「おはよう」

「おはようございます」

「おはよう。準備はもうすぐ整うわ」

「待っててねぇ」

 マリー、セリーヌとユリア。

 それに、カミーユさんと錬金術研究所の人たち。ルシアンさんも居る。

 皆、来てくれたんだ。

「リリー。忘れ物はない?準備は、大丈夫?」

「大丈夫だよ、マリー」

 虹のワンピースも着てるし、ロザリーが作ってくれた流れ星のリボンとマントも付けてる。もちろん、リュヌリアンとカーネリアンも。

 それから、キャロルから借りたクローバーを入れた懐中時計も。

「これが、魔法の玉の大玉か?」

「そうよ」

 エルが、大きな魔法の玉を見てる。

 あれ、バニーがセイレーンと戦った時に使った奴だよね?

 シールの雷の魔法が入ってたもの。

「簡単に割れないから、急いで使う時は剣で斬った方が早いかもしれないわ」

「えっ。魔法が出てくるんだよね?大丈夫?」

「大丈夫よ。中身は逃走用の煙幕だもの」

「そうなんだ」

 良かった。攻撃魔法じゃないみたいだ。

「こっちの中玉は回復魔法よ。危ないと思ったら、すぐに使ってね」

「うん。ありがとう」

 バニーが炎の魔法を詰めてたのと同じぐらい。

 エルが怪我をしたら、すぐに使おう。

「浮かぶわよ!」

 巨大風船が空に向かって起き上がる。

 近くで見ると、本当に大きい。

 地面にロープで繋がれてるけど、今にも飛んで行きそうな感じで浮いている。

「荷物を運びこむわ。っていうか……」

 セリーヌが私たちを見る。

「他に持って行くものないの?」

「え?」

 忘れものなんてないよね?荷物チェックは出かける前にもしたし。ちょっと余計かなって思うものまで持ったと思うけど……。

「忘れ物があったら帰って来てねぇ?」

「えっ?忘れものは、ないと思う……?」

『もう。ピクニックに行くんじゃないんだからさぁ……』

「おやつは持ったぁ?」

「持ったよ」

「エル!」

 大きな声が聞こえてエルの方を見ると、エルが何かを避けたのが見えた。

 近くにはシャルロさんとカーリーさんも居る。

 三人が見た方で、何かが爆発した。

「えっ」

「何、投げてるんだよ」

 エルが怒って向こうに行く。

 投げたのは、ルシアンさんたち?

「おはようございます、リリーシア様」

「シャルロさん、カーリーさん。おはようございます」

「おはよう。あの馬鹿は相変わらずだな」

 逃げ回るエルに向かって、皆が魔法の玉を投げてる?

 あちこちで爆発してるけど……。

「あれ、何ですか?」

「音だけの花火みたいなものだ。騒がしいだけで大した害はない」

「当たっても痛くないんですか?」

「痛いんじゃないか?あの装備なら平気だろうが」

 平気かなぁ……。

 でも、楽しそう?

「ちょっと、あんたたち!何やってるのよ!」

「あちこちで煙が上がってるねぇ」

「やめなさい!」

 ……やっぱり、だめだよね。

 マリーが怒った瞬間、城壁の上で爆発が起きた。

「あ」

 皆が焦ったように、上を見上げる。

 あれ?何か変。

 爆風が起きた場所に、誰か居る……?

 あ。

 カートとコートニーだ。

「参ったな。見つかってしまったか」

 声の主が姿を現す。

「アレクさん、ロザリー」

「アレク、ロザリー」

 闇の魔法?

 隠れて、こっそり来てたんだ。

「アレクシス様!」

 衛兵が慌てて向かったけど、すぐにアレクさんの傍にマリユスとローグが立つ。ライーザも一緒だ。

「エル。リリーシア。いってらっしゃい」

「二人の帰りを待っています。いってらっしゃい」

「あぁ。いってきます」

「はい。いってきます」

 それだけ告げて、皆が去っていく。

 ……アレクさん。

 心配してる感じじゃなかったよね。

 帰って来るって、信じてくれてるんだ。

「エル、リリー。準備できたわよ」

 セリーヌの方を見ると、熱気球の近くに大精霊たちの姿が見えた。

「デルフィ、来てくれ」

『ふふふ。ちゃんと居るから心配しないでおくれ』

「エル。大精霊たちも、ここに集まってるよ」

 光と闇、水と大地、そして、風の大精霊。

「じゃあ、出発しよう」

「うん」

 エルに手伝ってもらいながら、熱気球の籠の中に乗る。

 思ったよりも広い。

 立つスペースしかないと思っていたけど、二人で座れるぐらいの場所がある。

「熱気球の動かし方は大丈夫よね?」

「上昇と下降の方法はわかってる。方角は精霊に頼むよ」

「火力が足りなくなりそうだったら、予備の炎の中玉を使って」

 足元には、箱に入った色んな色の魔法の玉が置いてある。

 割らないように気を付けなくちゃ。

「これからロープを切り離すわ。一気に空に飛んで行くから、振り落とされないように気を付けてね」

「わかったよ」

 えっと……。ここを掴んでいれば大丈夫かな?

「リリー。気を付けて」

「うん。ありがとう、セリーヌ」

 セリーヌが微笑んで、走って遠ざかる。

「準備は良い?」

「良いよ」

「待って!」

 ちゃんと、言いたい。

「皆、ありがとう。たくさん手伝ってくれて。私たちの為に、色々用意してくれて。私たち、ちゃんと帰って来るね!……いってきます!」

「いってきます」

 必ず帰って来る。

「皆、ロープを切って!」

 熱気球と地上を繋ぐロープを、カミーユさんたちが剣で斬る。

「ありがとう!」

 エル……。

 エルの声と共に、熱気球が空に飛び上がる。

 

 ※

 

 すごい速さで地面が遠ざかる。

 一瞬で、皆が小さくなった。

 私たちはもう、空に居る。

『さて。目指すは神の台座だね』

 デルフィが私たちの傍に来る。

『寄り道するところはないかい』

「ないよ。真っ直ぐ目指してくれ」

『それは残念』

『それで?私たちは、君たちの傍に居れば良いの?』

 アイフェル。

『近くに居ては意味がないだろう』

 少し離れた場所に居るのが、闇の大精霊のアーラン?

『では、どこに居れば良い?』

 急に、パールが目の前に現れて、思わずエルにしがみつく。

 ……どうして、急に出てくるんだろう。

 シミュラがパールの隣に並ぶ。

『自然に溶け込んでても、あいつには気づかれそうなんだよな』

 だったら、私たちのすぐ傍に居ない方が良いかも?

「デルフィ、この熱気球を上空に留めておくことってできるか?」

『一点から動かさないのは難しいけれど。神の台座の上空にふらふら浮かべておくことなら出来るよ』

「それで十分だ」

『隠しておきたいなら、私が幻惑の魔法でもかけておこうか』

「あぁ。頼む」

『わかったよ』

 幻惑の魔法。光の魔法の幻で包むってことだよね。

「地上に居るあいつから神の力を奪うのも、これぐらいの距離で可能か?」

『出来るよ』

『可能だが。距離が離れた分だけ、呼びかけに応じる時間はずれる』

「どれぐらい?」

『この程度なら、誤差の範囲だろう』

 すぐに応じてくれるみたいだ。

「なら、それで大丈夫だ」

 大丈夫。

 精霊たちは、いつでも助けてくれる場所に居てくれる。

 アイフェルの隣に居る闇の大精霊を見る。

「あなたが闇の大精霊だよね?はじめまして。リリーシアです」

『アーランだ』

『あれ?リリーシアとは、初めて会うの?』

 アイフェル。

『勇者選定時に顔を合わせたきりだ』

『そうなんだ』

『リリーシア。あまり、夜間に強力な光を放つのは止めてくれ』

「強力な光?」

『それって、月の女神に祈った時のこと?あれはしょうがないよ』

『それは理解している。しかし、あの光は闇の精霊には眩し過ぎる』

 アレクさんとレイリスを助けたくて、祈った時のことだ。

 私は何も考えずに魔法を使ってしまった。

 でも。

 強い魔法を使う時、エルはいつも周囲の精霊の理解を得ていた。

 精霊を傷つけないように。精霊と敵対しないように。

「ごめんなさい。気を付けます」

『素直だねぇ』

 私たちは精霊の力を借りて魔法を使っている。

 自然や精霊に配慮することは、魔法を使う上で一番大切なことだ。

『心配しなくても、あいつと戦う時は気にしなくて良いよ』

『あの男の近くには、精霊は寄り付かない』

 確かに。

 嫌な感じがするって、精霊たちは逃げてたっけ。

 熱気球から外を見る。

 今は、海の上を飛んでるみたいだ。

 デルフィの力で早く進んでるのかな。

「あの人から神の力を奪ったら、デルフィたちは、もっと強い精霊になるの?」

『まさか。私達にだって許容量はある。それを越えた分を持ち続けるのはきついかな』

「そうなの?」

『過剰に得た分は、私たちにとっては毒のようなものだ』

『前は、エイダが入ったレプリカの棺に吸わせたんだけどね』

『それ、リリーが壊した奴?』

「ごめんなさい……」

 壊しちゃったから、同じ方法は使えない。

「ねぇ、エル」

「ん?」

「大精霊が回収した神の力って、どこかに出さないといけないんだよね?」

「そうだな」

 力を出す方法……。

 何か、考えないと。

「その力で、新しい精霊を生むことは出来ないの?」

『そんなことは、してはいけない』

『過剰に精霊を生めば自然を破壊するからな。……砂漠がそうだろ?あそこは、砂の精霊の力で満たされていて、バランスが悪い』

 精霊は自然そのもの。

 バランスが崩れれば、自然も崩れてしまう。

「じゃあ、対になる力で相殺するのは?前に、パールとシミュラが見せてくれたでしょ?二人が手を合わせると、力が消えていくの」

『え?何?二人でそんな実験してたの?』

 デルフィがパールとシミュラを見る。

『実験ではない』

『人間の真似だ』

『君たちは仲が良いよね』

『人間と慣れ合っているデルフィに言われたくない』

『ふふふ。人間は良いよ?』

 デルフィは、ウォルカさんのことが大好きだよね。

「っていうか、触れ合っても平気なのか?」

『アイフェル』

 アーランがアイフェルを呼んで、手を差し出す。

『えぇ?人間の真似をするの?私たちが?』

 笑いながらアイフェルが自分の手を伸ばして。

 二人の手が触れ合う。

 触れ合った場所から、その手が溶けるように混ざって、渦巻いて、暗いオレンジ色に染まって……。

「アイフェル!」

「アーラン!」

『これは……。確かに、力が削られるね』

 手を離すと、元通りになった。

『手っ取り早く力を消費する方法なのは、確かみたいだね』

『しかし、混ざった力が消滅したと考えるのは早計だ』

『俺たちの場合は、泥みたいなのが残ってたな』

『合わさった力は消滅しなかった』

 そういえば、あの時、混ざったものは別の何かに変わってたっけ。

『困ったね。これじゃあ、自然にどういった影響を与えるのかわからない。エイダとパスカルは上手く力を合わせて消したみたいだけど』

『消した?そんなことはない。精霊なら、誰もが自然への影響を感じたはずだ』

『異常は感じたが……。バランスを崩すような変化は見られないだろ?』

『今のところは』

『まぁ、こんなこと、前例がないからな。二人が根源へ還ったってことぐらいしか……。アーランは、どう思ってるんだ?』

『わからない。ただ、エイダの気配もパスカルの気配も探せない以上、二人は根源の神へ還ったのだと考えている』

『私もあれ以来会ってないよ。二人は愛によって結ばれ仲良く根源の神の元へ向かったんだ。きっとね』

『そう考えるのが自然だね』

 二人は、本当に根源の神へ還ったの?

「もしかして、誰もエイダとパスカルがどうなったのか解ってないのか?」

『わからない』

『二人が一つになろうとして、それを成功させたのは確かだ』

 ……成功。

 あれは、エイダとパスカルが望んだ結果?

『検証は君の役目だろう?エルロック』

 エル、大精霊からも信頼されてるんだ。

 エルが少し考えた後、自分の指輪を見る。

「二人が消えた後に、これが残った」

 ルブライトの指輪。

『エイダとパスカルが残した宝石だね』

『精霊玉っぽいな』

『精霊の力は感じない』

 私も、それは思ってた。

 精霊玉っぽいけど、精霊玉ではない。

 不思議で、とても惹かれる石。

 エルがまた、難しい顔で悩んでる。

 ……今すぐ答えを出す必要はないよね。

「エル。それ考えるの、帰ってからじゃだめ?」

 エルが顔を上げて、頷く。

「そうだな。あいつをどうにかした後だ」

『そうだね』

『そろそろ見えて来たよ』

 進む方角には、氷で閉ざされた大地。

 神の台座。

「適当な場所で、リリーと一緒に降りるよ。デルフィ。俺たちが助けを求めたら、俺たちをここまで引っ張り上げてくれ」

『助けの合図は?』

「風のロープを空に向かって打ち上げる」

『それを掴んで引っ張り上げれば良いんだね』

「あぁ。頼むよ」

 もうすぐ、到着する。

 目を閉じて。

 呼吸を整えて。

 自分の身体の調子を一つずつ確認する。

 ……少し、緊張しすぎてる。

 上手く力を抜いて、身体をしっかり動かせるようにしておかなくちゃ。

 

 ※

 

 高い所から、少しずつ低い場所へ下がっていく。

「俺たちが降りれば、軽くなった気球は上昇する。これぐらいの高度を保っていられるか?」

『これぐらいの風船ならいくらでもコントロールできるよ』

 熱気球はこの辺に浮かべておくみたいだけど、アイフェルが光の魔法で隠すから、下からは見えない。

「リリー、準備は良いか?」

「うん。いつでも大丈夫」

「捕まって」

 エルに抱き寄せられて、しっかり捕まる。

「じゃあ、行ってくる」

「いってきます」

『いってらっしゃい』

 大精霊たちに見送られて。

 エルと一緒に、熱気球から飛び出す。

 

 落下。

 

 エルの砂の魔法のおかげで、落下速度は緩やかだ。

 

 

 落下。

 

 眼下に広がるのは一面の氷。

 その中央にあるのは、濃い緑の葉を生い茂らせた大樹。

 目指すのは、あの場所だ。

 

 

 落下。

 

「あいつの気配は?」

「ないよ」

 

 

 

 落下。

 

 きらめく地面に近づく。

 見える範囲には誰も居ない。

 

 

 

 

 落下。

 

 地面が近い。エルにしっかり捕まる。

 エルが、地面に向かって砂の魔法を放った。

 

 

 

 着地。

 

 砂漠の嵐のように砂塵が舞う。

 衝撃で氷が割れないか心配だったけど、足元はしっかり硬い。

 エルから離れて、リュヌリアンに手をかけて、周囲を見回す。

 誰も居ない。

 ……静かだ。

 嫌な感じもしない。

 本当に、誰も居ない?

 砂塵が消えた。

 遮るもののない平原を、ゆっくり見渡す。

「精霊が居ない」

「精霊が?」

 誰も居ない。

 けど、精霊の存在を感じる。

 不思議な違和感……。

「あれ?地面が光ってる……?」

「本当だ」

 エルが放った砂の魔法で、辺りに砂が散っているけど。

 その下にある氷が、優しく光を放っている。

 不思議で、どこか懐かしい。

 この輝きって……。

「月の渓谷みたいだね」

「月の渓谷みたいだな」

 声が重なって。

 エルと一緒に顔を見合わせて、笑う。

『二人とも、ここはやばい奴が居る場所なんだからね?』

『今のところ、周囲に異常はないようだが』

『気を付けてよー』

「ごめんなさい」

『ふふふ。いつも通りで良いんじゃなぁい?』

『そうね』

「お前ら、絶対に俺から出るなよ?」

『わかった』

『了解』

『ボクは、リリーの方に居るよ』

「あぁ。頼む」

「ありがとう。イリス」

 イリスが私の中に入る。

 あったかい。

 エルに手を引かれて、大樹の方に歩く。

「ヴィエルジュ、居るか?」

 エルが呼ぶと、大樹が膨らんで、洞が開いてヴィエルジュが現れる。

 エルが荷物から何か取り出して、大樹の中に入れた。

 魔法の玉の……。中玉?

「呼びかけるまで、洞は閉じて待っててくれ。危なかったら別の場所に居ても良い」

「わかった」

 大樹の洞が閉じたけど、膨らんだままだ。

 まだ、ここに居るんだよね。

「あいつを探しに行こう」

「どこに居るかわかるの?」

「確実とは言えないけど……。ここから西に進む」

「わかった」

 エルと手を繋いで、氷の大地を歩く。

 思ったより滑らない。

 エルが砂を巻いてくれたのもあるけど、適度なでこぼこが滑り止めになってるみたいだ。

 遮るものの何もない大地は、どこか砂漠を彷彿とさせる。

 見上げた空は雲で覆われていて、星なんて見えないけれど。

 ……しかも、まだ昼だけど。

 わずかな明かりと世界のほの暗さは、夜のような雰囲気がある。

 変な感じだ。

 何より、敵地に居ると思えない。

 精霊が一人も居ないのに、どこか、私たちはこの場所……。ここの自然に迎え入れられているような気がする。

「寒くないか?」

「平気」

 そっか。

 全然寒くないから、気持ちが安心してるのかも。

 エルもそうかな。

 炎脈のコートは、エルを寒さから守ってくれているはずだ。

「空、暗いね」

 本当に夜みたい。

「今は極夜だからな」

「そっか」

 太陽がほとんど昇らない時期。

 夜っていう感じも、あながち間違いじゃないらしい。

「グラシアルも極夜があったのか?」

「冬至の頃は極夜の時期だけど……。女王の力があったから。真っ暗で怖いって思う日はなかったよ」

 実際に太陽を見ない日があったかは覚えていない。

 冬至の時期は、お祭りで賑やかだから。

「あ。この光って、城の中に似てるかも」

 だから、懐かしい感じがしたんだ。

「グラシアルの?」

「そう。お城の中って、光源がなくても、だいたいの場所は明るかったんだよ。あれ?でも、夜は暗くなってた気がする……?」

『城内の光の調節は、女王がやってたんだよ。エルとリリーも見ただろ?城の外の大広場にあった、女王の機嫌が解るっていう装置』

「球体のオブジェのこと?」

『そうだよ』

 そういえば、あの城は女王の体みたいなものだって誰かが言ってたっけ。

 球体のオブジェはもちろん、城も丸ごと女王の管理下にあったんだ。

 ……あったよね。全部、女王が作ったものだ。

『あれと似たような感じで、明るさを変えられるんだ』

「じゃあ、この氷の明かりも誰かがコントロールしてるのか?」

『わからない。そんなこと出来るのは、氷の大精霊ぐらいだと思うけど』

 パスカルだけ?

「イリスには出来ないの?」

『小さな氷ならともかく、こんなに広い範囲は無理だよ』

 氷の精霊が力を合わせれば出来そうな気もするけど。

 ここには精霊が一人も居ないから違うよね。

 あ。でも、精霊は自然に溶け込むことが出来るはずだ。

 私が見えないように自然に溶け込んでる可能性もある?

 ……だとしたら、誰が?

「グラシアルからは、神の台座は輝いて見えたのか?」

「え?うーん……。日中は普通の氷の塊にしか見えないし、月の出ない夜に光ってた印象はないよ」

 神の台座を夜中に見る機会なんてそんなにないけど。

 遠くからでもわかるような光を放っていた印象はない。

 それに、ここは神の台座の真ん中ぐらいのはずだ。この辺りだけ、これぐらいの淡い光で光ってたとしても、グラシアルからは見えないんじゃないかな。

 ……あっ。

「エル」

 エルの手を引く。

 嫌な感じがする。

 エルが私を見て、頷く。

 この先に、あの人が居る。

 今まで平原だったけど、ここから先は樹木や氷が張り巡らされた複雑な場所だ。

 でも、足元を見ると、道のように平らな場所が奥の方へ続いてる。

「メラニー。トラップに警戒してくれ」

『了解』

「行こう」

「うん」

 エルと一緒に歩き進めると、氷で出来た洞窟の入口に来た。

 ここから先は、氷で覆われた場所に入る。

 崩れたりしないよね?

 天井を見上げる。

 入り口は少し狭かったけど、中はすごく広くて高い。

「綺麗……」

 宝石のように透き通った氷の空間。

『ちゃんと警戒してよ』

「わかってるよ」

 でも、こんなところで戦ったら氷が崩れて下敷きにされそうだ。

 ……炎の玉を、すぐ出せる場所に入れておこう。荷物のポケット。ここなら、手探りですぐに取り出せる。

 天井が崩れたら、これを使って氷を溶かして外に出よう。

 

 ※

 

 道の先。

 辿り着いた場所は、円形の広い……。部屋?

 その中で、誰かが地面に這いつくばって何かしている。

 ……あれって、あの人だよね?

 何してるんだろう?

 木の枝を持って……。

 地面に、何か書いてる?

 エルがしゃがんで、地面を見ている。

 あ。

 ここだけ地面が違うんだ。

 氷じゃなくて、柔らかい土の地面だ。

 エルが土に触ってる。

「勝手に書き込むな」

 急に怒られて、あの人の方を見る。

 でも、あの人は作業を続けてるみたいだ。

 良く見ると、地面には良く解らない文字がたくさん書き込まれている。

 そして、部屋中に本が散乱している。

 なんだろう。この、既視感。

「エルの部屋みたい」

「どこが?」

 どこがって……。

「本が散らかってるところ?」

 エルが周りを見て、落ちている本を拾って読み始めた。

『あーあ』

『これは、時間がかかりそうねぇ』

 手に取った本を捨てずに、エルが次の本を拾って読み始めた。

 珍しい。

 そんなに面白い内容だったのかな。

「皆、エルから出てきて大丈夫?」

『戦ってないなら大丈夫じゃない?』

「そうだけど……」

 あの人は、相変わらずだ。

 後ろから斬りかかったら簡単に攻撃できてしまうぐらい無防備な姿。

 エルも本に夢中だし、もう少し待った方が良いのかな。

 地面に広がる文字を見る。

「この地面に書いてある文字って何かわかる?」

『古代語でしょうねぇ』

「え?古代語なの?」

『え?古代語?』

『全然、読めないわ』

「読めないの?」

 精霊が?

『そうねぇ。あたしたちのぉ、知らないのばっかりだものねぇ』

「古代語は精霊の文字じゃ……」

『これはぁ、人間があたしたちを真似て作った文字よぉ』

 つまり、人間が使っていた最も古い文字?

 だったら、読めそうな気がする。

 少し歩いて、地面に書かれているものを見る。

 ……だめ。全然わからない。

 あ、でも、この辺はわかりそうな気がする……?

「なんか、ここって違うよね」

 見ていると、エルが私の方に来た。

「違うって?」

「なんとなく……」

 上手く説明できないんだけど……。

 皆がエルの中に戻って、イリスも私の中に戻る。

「北がずれてる」

「どういうこと?」

「これだと、リラが北極を示す星になってる。本来ならポラリスだろ?」

「北を定める星はリラだ」

 嘘。

 いつの間に、後ろに?

 背後に来たの、全然、気づかなかった。

「違う」

 警戒したけど、エルは普通に答えて、荷物から出した本を渡す。

 すると、目の前に居る人が持っていた本を捨ててエルから貰った本を見始めた。

「……エルみたい」

『本当にね』

 エルが、あの人が落とした本を拾って読み始める。

 ……もしかしたら、すごく気が合うんじゃないかな?

 エルとこの人。

 二人とも、研究者になってる。

「この本は、いつの記録なんだ?」

「軸がずれている。……何があった?」

「軸?」

 軸って……。

 本を持ったまま、あの人が数歩歩いて離れて。

 そして、急にこちらを見た。

「エルロック・クラニス。そして、リリーシア・イリス・フェ・ブランシュ」

「違うよ。私の名前は、リリーシア・クラニス」

「私が複数の名を持つように、どちらも君を示す言葉だ。用件を聞こう」

 研究者モードから切り替わったみたいだ。

「賭けをしたい」

「賭け?」

「俺たちは、お前を越える」

「何を以て越えた証とする?」

「俺たちの勝利条件は、空を覆う雲を消すことだ」

 空を晴れに変えれば、月の女神の助力でレイリスを助けられる。

「良いだろう」

「俺たちが勝利した時に求めることは一つだ」

 エルが私を見る。

「ヴィエルジュに……。あなたの愛してる人に、自分の気持ちを伝えてください」

「断る」

 ……嫌なんだ。

「言葉で言わないと何も伝わらないです。ヴィエルジュは、あなたを拒否してるわけじゃなくって……」

「私と彼女の間には何者も介入させはしない」

「私たちが負けたら、神の力を渡します」

「私の勝利は、お前たちの死。お前が内に封印する力を取り出せば済む」

 私に封印された力……。

 そっか。私が死ねば……。

「俺たちが用意したのは、お前が砂漠まで取りに来た封印の棺だ。封印を解いた状態で、今、ヴィエルジュが保管してる。真偽を確かめたいなら、ヴィエルジュに聞けば良い」

「それは、私の目的を理解した上での取り引きか?」

 この人の目的……。

―私こそが、この地上を支配する神。

―お前たち人間を祝福する人間の神だ

 人間の神となること。

―人と精霊が色濃く存在するこの地ほど使いやすい場所はない。

―死体も多く手に入ることだしな。

―……さぁ、私の糧となれ。

 この人は、暴力で人間を従わせようとしている。

「神さまは、力での支配も信仰の強制もしないです」

「王都を攻撃しようとした奴に誰が付いて行くんだ。お前を神として崇める奴なんて一人も居ないぞ」

「弱者を操る方法など無限に存在する」

「私たちは、簡単に操られたりなんかしない」

「皆、一人一人が自分の意思で生きてる」

「神の救済が全く必要ないと?進む方向を簡単に違え、悪意と私欲の為に争いを繰り返すのが人間だ。この世界には、争いの歯止めとなる存在と、人間の悪意のすべてを受け止める存在が必要だ」

 争いを止める為に作られる存在。

「それが、勇者なの?」

「それが、悪魔なのか?」

「その通りだ。敵が居ない世界では、お前のすぐ隣に居る者が簡単に敵となる」

「そんなこと、絶対ない」

「そんなこと、絶対ない」

 エルと手を繋ぐ。

「人間に可能性が存在すると言うのなら。その力を私の前に示すが良い」

「賭けに乗るんだな」

「私の勝利は、アンシェラートによって選ばれた勇者二人の死だ」

「空が晴れたら俺たちの勝利だ。さっきの約束に従ってもらうぞ」

「良いだろう。……お前たちが降り立った神樹の傍で待つ」

 あの人が急に消える。

 ……まるで、精霊みたい。

「あの人、ヴィエルジュの傍にはいつでも行けるのかな」

「なんで?」

「精霊って、目印のある場所には行けるはずだから」

「目印って、精霊玉?」

「えっと……。エルは見たことないかもしれないけど、エイダって、エルが指輪にしてた精霊玉から出てくるんだよ」

「なんだそれ」

 そっか。エルは知らないんだっけ。

 レイリスも、エルの傍には自由に行けるみたいだったよね。

「だから、目印がある場所にはいつでも行けるのかなって」

 神の力を持ってるから可能な方法なのか、あの人がそもそもできることなのかはわからないけど。

「戦ってる最中にも、あいつが転移の魔法を使う可能性がある。その時は、ヴィエルジュの大樹を探そう」

「わかった」

 アレクさんと戦った時も、急にアレクさんが消えて見えなくなった瞬間があったっけ。

 あの時は、少し焦ったけど。

 落ち着いて状況を見極めれば大丈夫。

「リリー。準備は出来てるか?」

「うん」

 エルの手を取って、エルを見上げる。

「勝とうね」

「もちろん。勝つよ」


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