終章 Requiescat in pace
月の大精霊から、数多の砂の精霊が飛び立っていく。
強制的に力を引き抜かれ続ける月の大精霊は、地面に這いつくばりながら死者の神の御使いを見上げた。
黒髪に、彼の子供と同じ美しい紅の瞳。
常にフードで隠されていた御使いの顔は、今、白日の元にさらされている。
記憶に深く刻まれたその顔を忘れたことなど一日たりともなかった。
彼女が死を迎えたその日から。
ずっと。
「どんな取り引きをしたんだ」
レイリスの質問に、御使いは不適な笑みで答える。
「おや。おかしいね。この娘は、私との約束は、お前に伝えてあると言っていたぞ」
記憶とは全く異なる声。
最も、声が同じならば、幾度となく彼の前に現れた御使いの正体にレイリスが気づかないはずがなかった。御使いは、彼に気づかれないよう、姿も声も隠し続けていたのだ。
しかし。
「御使いになるなんて聞いてない」
「願いの代償を受け入れただけさ。そして、私には願いを叶える義務がある」
神に課せられた義務。
彼女の願いは、まだ叶っていない……?
疑問が渦巻くが、声を発することもままならないほどに、体の力が、命が奪われていく。
これが人間で言うところの死。
消滅へ向かうということなのか。
自らの急激な変化に、レイリスは目眩を覚える。
「ポラリス」
妖精の女王と共に大樹の洞から様子を見守っていた男が声をかける。
「何故、地上に月の力をばらまくようなことをする。このままでは、地上に月の力が溢れてしまうだろう」
彼の疑問は当然のことだ。
月の大精霊の力は、砂の精霊となって地上に放たれている。
これでは、月の大精霊が一人居る状態と変わらない。
「ふふふ。解りきったことじゃないか。月の大精霊に帰る場所などない。月へ帰れないからと言って、星の外に追い出すわけにもいかないのさ」
この星に来た時から、月の大精霊は、この星で生きることを定められている。
その力が星に影響するほど大きくなってしまったならば、太陽の大精霊が消滅させるしかないのだ。
しかし、太陽の大精霊は御使いの提案を受け入れ、すでに去っている。
「神として消滅させるつもりではなかったのか」
「もちろん、私は月の大精霊を消滅させる」
「お前がしていることは、ただの分解だ」
御使いが笑う。
「分解か。せめて、解放と表現して欲しいところだね」
意識が混濁し、聞こえる声も徐々に遠くなる。
レイリスの体は、アンシェラートの力に引かれて地面に倒れた。
目に映る光景もぼやけていく。
「妖精の女王よ。そして、その王配となった妖精よ。お前たちは、この世界が終わるまでずっと、地上を砂に変え続ける精霊と戦い続けなければならない」
月の力の浸食は、月の大精霊の消滅だけでは終わらない。
「ならば、レイリスを消滅させる必要などないだろう」
「残念ながら、私にはその必要があるんだ。月の大精霊には消えてもらう」
レイリス
「エル……」
遠くから聞こえる声。
まだ人の姿を保っているとはいえ、彼にはもう、彼の子供の元へ行く力はない。
彼の愛した人の前で。
レイリスは意識を閉じた。
※
歌が終わる。
熱気球の中で寄り添っていたエルロックとリリーシアは、空を見上げた。
「きれいな空だね」
「あぁ」
世界を暗く閉ざしていた雲は去り、ここから見渡せる空と大地は明るい光に満ちている。
救う為に戦ってたはずなのに。
生きる為に戦ってたはずなのに。
達成出来たと思ったのに。
……なんで。
救えなかった。
選べなかった。
何も出来なかった。
それが、現実だ。
それでも……。
『二人とも、そろそろ到着するよ』
風の大精霊は、約束通り二人を導いてくれた。
ラングリオン王都。
彼らの帰る場所へ。
「エル。もう少し散歩する?」
心配そうに見つめるリリーシアの頬を撫で、泣き腫らした輝く瞳にエルロックは癒しの魔法を使う。
「私は大丈夫だよ」
今度は、リリーシアがエルロックの目元を優しく撫でていく。
「私も癒しの魔法が使えたら良いのに」
輝く瞳が、彼の紅の瞳を見つめる。
「使えるよ」
「え?」
体を起こしたエルロックが、リリーシアにキスをする。
「帰ろう」
頷いて、リリーシアが微笑む。
「一緒に帰ろう」
Fin ?




