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智枝理子の資料集  作者: 智枝 理子
Sep2エル編ノーカット版より抜粋「Requiescat in pace」
43/56

160 忘れない

 静寂。

 目の前に広がっているのは晴れ渡った空。

 太陽と月が離れていく……。

 ……成功したのか?

 腕が、痺れてる。

 力が入らなくて、とうとうエイルリオンが手から落ちた。

『エル、』

 地面にぶつかった剣から、飛び出すようにアルテアが現れる。

「アルテア!」

 倒れたアルテアが、ゆっくり体を起こした。

「心配は無用だ」

 良かった。自力で立てるぐらいには元気らしい。

『リリーを呼んでくるよ』

『いってらっしゃぁい』

 イリスが飛んでいく。

 リリーが、どうしてあんな魔法を放ったのか気になるけど。

 皆、無事なのは確かだ。

「皆、手伝ってくれて、ありがとう」

『当然だ』

『まぁねー』

『ふふふ。まかせてぇ』

『どういたしまして』

『無事で良かった』

 精霊たちが、顕現を解く。

『ね。本当に大丈夫なの?』

 さっきの炎の精霊が、心配そうな顔でアルテアを見ている。

「心配要らない」

『もう。そればっかり』

 炎の精霊がアルテアの肩に乗った。仲が良さそうだな。

「あなたは?」

 リリーが、俺の隣に来る。

 リリーにとって、氷の大地に炎の精霊が居るのは違和感がある光景だろう。

『見てわからない?あなたたちと同じだよ』

 同じ、か。

 それだけ長い付き合いなんだろう。

『ねぇ。僕たち、勝てたの?』

 ……アンジュ。

 リリーと一緒に空を見上げる。

 最後に聞いた声。

 あれが、アンシェラートと創世の神の声だったとすれば……。

『そうね。勝ったのよ』

「エイダ」

『そうだな。私たちは、追い返すことに成功した』

『空も晴れてるからね』

『太陽と月も役目を終えたようだ』

『創世の神がどこに行ったかはわからないけど』

『帰ったんだろ』

『ここが守られたのは事実だ』

『ありがとう。勇者たち』

 リリーと顔を見合わせる。

「そんなことないよ。皆で協力したからだよ」

「あぁ。ここに居る俺たちだけの力じゃない。何か、もっと大勢の大きな力を感じたんだ」

 背中を押された感覚。

 そして、集まった力のすべてが、エイルリオンから放たれた。

「?」

 あれ?

 地面の上にあるエイルリオンの様子がおかしい。

 拾って、エイルリオンを見る。

「え……?」

 輝きが、今にも消えそうなほど弱弱しくなってる……?

 色も、消えてしまいそうなほど透けてる。

「なんで……」

「エイルリオンは、内に秘めるジュレイドを私に返し、その力のすべてを使い果たした。……このままでは、消えてしまうだろう」

「そんな……」

「どうにかできないのか?」

 アルテアが首を横に振る。

「ジュレイドの代わりとなる剣が必要だ。しかし、今の私では、代用となる剣を作り出すことは出来ない」

 ジュレイドの代用。

 神の力を持つ剣……?

「リリー」

 せっかく、戻ってきたけど。

 頷いたリリーから、イリデッセンスを受け取る。

「アルテア。これは使えるか?」

 リンの祝福を得たリリーの傑作。

「この剣は……。リリーシアの持つ神の力まで取り込んだのか。確かに、ここまでリンの祝福を得た剣ならば代用となるかもしれない」

 リリーが持ってた力。

 さっき封印解除した時に、吸わせたのか。

 アルテアがエイルリオンを見る。

「後は、エイルリオンが受け入れるかどうかだ」

 ……今は、これしか解決方法が思いつかない。

 イリデッセンスとエイルリオンを持つ。

「エイルリオン。……どうか、イリデッセンスを受け入れて」

 目を閉じて。

 ジュレイドを引き抜いた時の感覚を思い出して、ゆっくりと剣を鞘に納めるイメージで、エイルリオンとイリデッセンスを重ね合わせる。

 引き抜いた時に似た感覚。

 イリデッセンスの重みが消えて。

 目を開く。

 目の前にあるのは、前と同じ輝きを持つ美しいエイルリオン。

 ……上手くいった。

「ありがとう。エイルリオン」

 エイルリオンの持ち手をアルテアに向けると、アルテアが首を横に振る。

「自らが望む場所に置いてやると良い」

 望む場所……。

「ヴィエルジュ」

 大樹の洞からこちらを見ていたヴィエルジュも、首を振る。

「その剣は、もう自由。……望む場所へ連れて行って」

 返事は同じ。

「わかった」

 エイルリオンを背に戻す。

 望む場所がどこかなんて知らない。でも、まだ人間と共に居たいと思ってくれるなら。エイルリオンが帰る場所は、アレクの元だろう。

「!」

 急に、アルテアが自分の胸を押さえて苦しそうに呻く。

「どうし……」

「あ、」

 同時に、大地が大きく揺れる。

「リリー」

 すごい揺れだ。

 リリーと一緒に身を屈める。

 創世の神は押し返したはずじゃ?

 一体、何が……。

「封印の棺が開かれた」

「は?」

「え?」

 目の前で、アルテアの髪が肩を越えて長く伸びていく。

 この揺れは、封印の棺が開いたせい?

 揺れが収まって、アルテアが立ち上がった。

 その顔には、両方の瞳が揃ってる。

 髪だけじゃない。失っていた瞳も戻ったんだ。

「レイリス。竜の山の状況を教えてくれ」

 そうだ。

 急に呼んだから……。

「地下の神々は、アンシェラートに勝った」

『そうなの?』

「ヴィエルジュがアンシェラートの力をこっちに引き寄せたおかげで、地下に抑え込むことが出来たんだよ」

 ……そんなことが出来たのか。

 ヴィエルジュ自身も、自分にそんなことが出来るなんて知らなかっただろうけど。創世の神を追い返す計画の中で、ついでにアンシェラートに勝てたなら、大きな収穫だ。

「後は、地上に出ないよう封印を施すだけ。……って所でエルに呼ばれたから、こっちに来たんだよ。創世の神は来てるし、お前らは仲良くなってるし。もう少し、まともに俺に説明する奴は居ないのかよ」

 説明する暇がなかったんだから仕方ない。

 何から説明すれば良いのか……。

『なんだ。アンシェラートを無視して来たわけじゃなかったんだね』

『役目を放り出して子供の頼みを聞きに来たのかと思ってたぜ』

『ふふふ。本当のところはどうなの?』

『……うるさいな』

 ……呼べば必ず来てくれるって、信じてた。

「∀1∈」

 アルテアがヴィエルジュの元に行く。

「君に、これを」

「これは……。あなたのものだ」

「私はジュレイドを受け取っている。ずっと返したいと願っていた。どうか、受け取って欲しい」

「……わかった」

 ヴィエルジュも、種を取り戻したらしい。

「エル。彩雲も返しておくね」

「あぁ」

 彩雲を鞘に納める。

 髪、瞳、そして、種。細かい所なんて見えないけど、爪も取り戻したとすれば、アルテアは、奪われていたものをすべて取り戻したってことになる。

 でも、封印の棺の神の力は、ここには来ていない。

 なら、神の力は、どこに……?

「エル、虹が……」

「虹?」

 見上げた空には、いくつもの大きな虹が架かっている。

 ……けど。

「なんだ、あれ」

 あり得ない。

 大きさと言い、太陽との位置関係と言い、おかしいことだらけだ。

 だいたい、虹の弧の片側が、すべて同じ場所に刺さるなんて。

 しかも、虹の一つは動いてる。

「光が集まってるのは、竜の山だ」

 虹の弧の先が、竜の山?

 竜の山には今、アンシェラートを封印する為に神々が集ってる。

 ……虹の本数は、全部で四つ。

「あの虹は、封印の棺から出てるのか?」

「あの虹って、神の力なんだよね?」

 リリーを見る。

「そう見えるのか?」

「うん。あの光って、あの人の斑の光に似てるから」

 なら、間違いない。

「今、封印されていた神の力が、地下の神々へ還ってるのか」

 あの虹のもう一端が、それぞれの棺の在り処だとすると……。

「動いてる虹は、ロマーノか?」

「だろうな。でも、ロマーノを動かせるのはルネだけだ」

 意図的に動かしてる?

 なんで?

 封印の棺がすべて開いたのが事実だとして……。

 すでに開かれている棺は、三つ。

 一つ目は、神の台座で本体を封印していたコールポの棺。……この中に封印されていた神の力は、氷の大精霊と契約した女王からリリーへ、そして、イリデッセンスへと引き継がれた。

 二つ目は、フォルテが持っていた棺。中身はアルテアが奪い去り、さっきの戦いで大精霊たちが回収した。

 三つ目は、砂漠にあったコッロの棺。さっき開いて、アルテアが力を回収した。

 残りは四つ。空に架かる虹の本数と同じ。

 ロマーノにある、ハラーロの棺。

 ラングリオンの王都にある、ナイリの棺。

 クエスタニアの光の間にある、プピーオの棺。

 そして、セントオの棺。

 そのすべてが、同じタイミングで開かれた?

 どの棺も、月の力で封印されていた。封印を解けるのは太陽の大精霊だけだ。

 太陽の大精霊が協力したとして……。

 棺を開けるのは人間。

 ロマーノ、王都、クエスタニア。

 人間が近くに居る場所なら、人間に開かせる方法はいくらでも存在するか。協力を頼むことはもちろん、誰かに強行させることも可能だ。

 でも、セントオの棺だけは無理。

 太陽の大精霊が封印を解いたとして。

 どこにあるかもわからない棺を、誰が開けるって言うんだ?

 っていうか、こんなにあちこちにある棺を一斉に開くよう指示できる奴なんて……?

「そういうことか」

 レイリスが呟く。

「エル、リリー。これで、アンシェラートを完全に封印できる」

「え?」

「どういうこと?」

「地下の神々は今、地下に押し戻したアンシェラートの完全な封印を目指している。けど、地上に繋がる道は残ったままだろ?ルネは、その道を塞ぎつつ、月の石を使って地上からも封印を施すつもりなんだ」

 それが、ルネの目的。

「ロマーノで、アンシェラートが竜の山に開けた穴に蓋をするってこと?」

「正解」

 蓋か。

 物理的にも不可能にするってことは……。

「アンシェラートは完全に封印され、竜の山からは、もう出てこないって考えて良いのか」

「あぁ。そういうことだ」

 これで、レイリスが犠牲になることもない。アレクも無事で、全部元通りになる。

 目的は達成できた。

 見上げた空には、七色の虹が架かっている。

 けど、虹は徐々に薄れていって。

 そして、消えた。

 ……何故か、胸騒ぎがする。

 すべて上手くいって、終わったはずなのに。

「∀0Λ0Ⅳ†∈!」

 え?

 振り返ると、大樹の根元で、ヴィエルジュがアルテアを抱いている。

「あぁ……」

 ヴィエルジュの頬から涙が流れ落ちる。

 まさか……。

 リリーと一緒にヴィエルジュの傍に行って、アルテアに触れる。

 呼吸もしていないし、鼓動も聞こえない。

「なんで……」

「リンの力を使い果たしたの……?」

 使い果たした?

「どういうことだ?」

「巫女は……。神の力を得た巫女は、神の力をすべて使い果たせば、死んでしまうって……」

 まさか、それを知った上で、リンの力をすべて使い果たしたって言うのか?

 さっき渡した神の力もすべて?

 エイルリオンの為の剣が作れなかったのも、もう自分にリンの力が残ってなかったからだって言うのか?

 ……気づけなかった。

 止められなかった。

 アルテアが、自らの滅びを望んでいたなんて。

「来たか」

 レイリスが、地上の一点を見る。

 でも、そこには何もない。

 リリーがレイリスと同じ方向を見て、呟く。

「アイリス」

 ……それが、名前。

「リリー、知ってるのか?」

 レイリスが驚いたように聞く。

「アイリスは……」

 リリーが黙る。

『アイリスは、リリーの育ての親だよ。女王の娘になるまで、ずっと一緒に暮らしてたんだ』

 ずっと、育ての親として一緒に居たのか。

 本当のことは、すべて隠したまま。

「さっき、私たちを手伝ってくれたのは……。太陽と月に力を渡すよう、私に指示したのは、アイリスだよね?」

 さっきまで、リリーの傍に居たのか?

 レイリスですら、その姿を認識したのは今なのに?

「メラニー、気づいてたか?」

『そう簡単に見ることの叶わない精霊だ。以前は、精霊に見える形でお前の前に現れていた』

―エル。目の前に居るぞ。

 あの時、俺の前に居たのは、アイリスだったのか。

 精霊はもちろん、闇の精霊ですら存在に気づけないなんて。

 色彩のすべてを操る。

 それが、太陽の大精霊の力?

「姿を現せ」

 視線の先に。

 金色の髪に金色の瞳をした精霊が現れた。

 身長は少し高めか。でも、髪の色と瞳の色がいくら違おうと。この顔を見間違えるわけがない。

 間違いなく、リリーの親。

「太陽の大精霊」

―エル。太陽の大精霊には気を付けろよ。

 あ……。

 確か、大精霊の大精霊は。

「レイリス。地上にルネが降り立った今、あなたには消えてもらわなければならない」

「わかってるよ」

「だめ!」

「そんなことさせない」

 リリーと一緒に、アイリスとレイリスの間に割って入る。

「エル、リリー。邪魔をするな」

「でも、」

「だって、」

「ルネは、ロマーノと共に地上に降りた。このまま月の力だけが増えれば、自然のバランスは崩壊し、地上は外部の力に侵食されて滅ぶ。せっかく守った世界が壊れるんだぞ」

「だからって……」

―月の女神は、レイリスを送る際に取り引きをした。

―地上で月の力が強くなり過ぎた場合、いつでも月の力を消滅させることが出来るよう。

―地上には、太陽の大精霊の魂の完全な片割れを送ることにすると。

「神々の準備が出来た」

「準備?」

 アイリスが右手を掲げると、遠くから虹の光がこちらに向かって届く。

 

 光は真上で分岐すると、大精霊たちに降り注いだ。

 赤い光は、炎の大精霊へ。

 黄色の光は、光の大精霊へ。

 黄緑の光は、風の大精霊へ。

 緑の光は、大地の大精霊へ。

 水色の光は、氷の大精霊へ。

 青い光は、水の大精霊へ。

 黒い光は、闇の大精霊へ。

 銀色の光は、真空の大精霊へ。

 ……そして、光が消える。

 

「竜の山から神へと繋がる入口は、たった今、ルネが運ぶ月の石によって閉ざされた。これが地下の神々による最後の意思。……神から与えられた力をどう使うかは、あなたたちの意思に委ねられた」

 神の力を媒介し、神の意思を伝えることまで出来るなんて。

 これも、太陽の大精霊の力なのか?

「地上には最早、太陽の力も月の力も不要だ」

 不要だって……?

―レイリスは、太陽の大精霊の魂の片割れ。

―二人は、触れるだけで簡単に消滅する。

「お願い、アイリス。レイリスを消さないで。アイリスだって、消えて欲しくない……」

 触れるだけで、お互いを消してしまう関係。

 ……どうすれば、レイリスを守れる?

 アイリスにもレイリスにも、その意思がないのに。

「あぁ、良かった。間に合ったね」

 この声。

 見上げた空には、赤い光が見える。

「炎の大精霊……?」

『ルビーだ』

「ルビー?」

 背中には、見覚えのあるローブ姿が乗っている。

「ポラリス」

「ポラリス。何しに来たんだ」

「質問は後だ。さっき拾った魂を処理しなければいけないからね。アイリス、そこで待っているんだよ。レイリスもだ」

 地上に降りた炎の大精霊の背から、ポラリスが降りる。

 そして、ヴィエルジュの方へ行った。

「∀1∈」

 ポラリスが小箱を出す。

 あの箱は、前に見たことがある。

 魂を閉じ込める箱……。

「ここに、かつてリンの巫女だったものの魂が入っている。これを、そこの死体と交換してくれないか」

「魂があったところで、肉体が無ければ復活させることは出来ない」

「妖精の女王とは思えない言い草だね。種を取り返したのだろう。お前は新しい命を作り出せるはずだ。さぁ、やってごらん」

 ポラリスが小箱を開く。

 ヴィエルジュが箱から出てきた光を手に包んで祈りを捧げると、そこから、妖精の羽を持つ人間が生まれた。

「∀0Λ0Ⅳ†∈」

「……∀1∈?」

 人間と同じ大きさの妖精。

「上手くいったようだね」

 復活した……?

「ポラリス。何故、私を地上に残した」

「お前が世界に与えた影響は、良いものばかりとは限らない。滅びの時を自分で選べるとでも思っていたのか。そう簡単に眠らせやしないよ」

 アルテアがため息を吐いて。

 ヴィエルジュを見る。

「∀1∈。君の目指す世界を手伝おう」

「……それは、あなたの意思?」

「もちろん。この生命は君と共にある」

「ありがとう。∀0Λ0Ⅳ†∈」

 人間の体を捨てて、ヴィエルジュと同じ存在になったのか。

「エルロック、リリーシア」

 ヴィエルジュがこちらを見て、初めて微笑む。

「ありがとう」

 ……なんだ。

 笑えるんじゃないか。

 妖精のアルテアがヴィエルジュを抱いて、大樹の洞に連れて行った。

『久しぶりだね、エイダ。生きてたんだ』

 ルビーがエイダの方へ行く。

『どうかしら。生きてるって表現して良いのか難しい所ね』

『相変わらず難しい表現が好きだね』

 エイダの今の状況を正確に説明できる奴なんて居ないだろう。

『あなたこそ。エルとリリーを手伝ってくれると思っていたのに、今まで何をしていたの?』

『僕が居なくても、勇者には十分なバックアップがあったでしょ?』

 俺たちの存在を知ってる?

「あなたは、セズディセット山に居た炎の大精霊なの?」

『ご名答。僕の名前はルビー。ポラリスから頼まれて、人間の相棒と一緒に棺探しをしてたんだ』

「じゃあ、セントオの棺を見つけたのは、」

『そう。僕と僕の契約者さ』

 得意気に語る炎の大精霊を見て、ポラリスがため息を吐く。

―デルフィが人間と居るところを見かけたらしい。

 って、誰かが言ってたな。

 まさか、人間と一緒にセントオの棺探しをしていたなんて。

「まさか、ここまで仕事が遅いとは思わなかったが。何とか間に合って良かったよ」

『失礼だな。褒められる覚えがあっても、愚痴られる覚えはないよ。だいたい、誰がここまで連れてきてあげたと思ってるのさ』

「さて。次は、こっちだね」

 ルビーを無視して、ポラリスがこちらを見る。

「レイリス。私は、月の大精霊に選択を与えに来た」

「選択?」

「アイリスと共に消えるか。一人で消えるか。好きな方を選べ」

「は?」

「え……?」

 そんなの、選択権があるって言わない。

「一人で消える」

「レイリス!」

「だめだよ」

「地上にルネが居る以上、アイリスは残った方が良い。同時に消えれば月の力が強い状態は改善されないからな。新しい太陽の大精霊を呼んだところで、召還には時間がかかるし、降り立つ時の地上への負担も大きい」

 それは、わかるけど……。

「アイリス。提案を受け入れるか?」

「もちろん。断る理由はない」

「では……」

「だめ。消えないで」

 リリーがレイリスにしがみつく。

「元々、あそこでアンシェラートと心中するつもりだったんだ。最後に顔が見れて良かったよ」

―じゃあな。元気でやれよ。

 別れの言葉は。

 もう、言われてた。

「リリー。エルを頼む」

 リリーが首を横に振る。

「嫌だ……」

「エル。ちゃんとリリーを捕まえておけよ」

 レイリスが突き放したリリーを捕まえて、後ろから抱きしめる。

「レイリス。私の前へ」

「だめ、行かないで」

「……」

 レイリスが俺の頭を撫でる。

「エル」

 顔を上げて、レイリスを見る。

 だめだ、ぼやけて……。

「俺の子供として生まれてきてくれてありがとう。エルロック。お前が生きてるだけで、存在してるだけで。俺は幸せだったんだ」

 レイリスが俺の目元に触れて、微笑む。

「情けない顔するなよ」

 そう言って、レイリスがポラリスの方へ行く。

 ……行かないで。

「いやだ……。行かないで、レイリス。エルは良いの?せっかく会えたのに。ようやく、父親だってわかったのに」

「リリー」

「レイリスは、ずっと頑張ったのに。この世界を守ってくれたのに。その結果、どうして消えなくちゃいけないの?こんなのってないよ。ひどい……」

「リリー」

 暴れるリリーの腕を引いてリリーの体の向きを俺の方に変え、リリーを抱きしめる。

「これは、レイリスが決めたことだ」

「エルは、それで良いの?」

「……」

 良いなんて思ってない。

 受け入れたくなんてない。

 こんなの……。

 こんな、結果。

 望んでない。

 望んでるはずがない。

 ……行かないで。

「行かないで!レイリス」

 声を上げて泣くリリーの頭に顔を付けて、リリーを抱きしめる。

 泣き声が、叫びが。

 痛みとなって響く。

「皆、離れているんだよ。特に精霊たちは、どんな影響があるかわからない。消えたくなければ、距離を取るんだ」

『これぐらい離れていれば十分じゃないかな』

『……見届ける』

『私も』

「まったく。精霊が神の言葉に反抗するなんてねぇ。……さぁ、ひれ伏せ。月の大精霊」

 一緒に過ごした遠い昔のことを思い出す。

 小さい頃は、いつも傍に居てくれた。

 一人だった時は。

 寂しくないように、いつも居てくれた。

 夜中に目が覚めてしまった時も。

 どうしようもなく不安な時も。

 生まれた時からずっと。

 一緒に居てくれた。

 一人じゃなくなってからは、あまり会えなくなって。

 何度も離れたけど。

 それでも、精霊ならどこかに居るんだろうって。

 生きていれば会えるだろうって。

 安心してた。

「エル」

 顔を上げたリリーが、俺の目元を拭う。

「ちゃんと、見なくちゃ」

 見る?

 ぼやけた視界が晴れて、リリーの顔が良く見える。

 ……なんで。

 どうして、そんなに優しい顔が出来るんだ。

 自分だって、泣きはらした真っ赤な目をしてるのに。

「ね?」

 ……ちゃんと、見送らなきゃ。

 顔を上げて。

 膝を付いて俯くレイリスを見る。

 ポラリスがレイリスに向かって両手を伸ばすと、次々とレイリスから金色の光が溢れ出した。

「砂の精霊……」

 レイリスの力を奪ってる?

 また、地面が揺れ始めた。

「あぁ、なんてことだ。すっかり失念していた。まだ終わってないと言うのに。これだけ多くの大精霊が一か所に集まっておいて自然に影響がないわけがない。……とっとと散れ!これじゃあ、お前たちのせいで失敗する!エルロック、リリーシア。お前たちも行け」

『仕方ない』

『少し離れてるよ』

 大精霊たちが空に昇る。

『エル、リリー。いつでも見守っているわ』

『また会おう』

「エイダ、パスカル……」

 二人が消える。

『ポラリス、僕も相棒の所に帰るからね』

 ルビーも契約者の元に転移したらしい。

「エルロック。リリーシア」

「アルテア」

「人の身に、ここは危険だ。……レイリスは、私たちが見届ける」

「大樹を使って、ラングリオンに送り届けるか?」

 離れたくない。

「もう少し、待ってくれ」

「エル!リリー!早く行け!」

「でも、」

『エルロック、リリーシア。持ってきたよ』

「デルフィ」

 熱気球だ。

『おいで。空ならもう少しここに留まって居られる』

「エル、行こう」

 だって……。

 また、知らない所で、見えない場所で大切な人が死ぬなんて。

 嫌だ。

「レイリス!」

 リリーと繋いだ手に力を込める。

 何が最善かなんてわかってる。

 自分がやるべき行動も、選択しなければならいことも。

 わかってる。

 それでも。

「もう、会えないなんて嫌だ。必ず方法を探す。だから……」

 だから。

「生きて」

 望んで。

 そんな結末を選ばないで。

 レイリスが、俺を見る。

「エル。受け取れ」

 レイリスが投げたものを受け取る。

「俺がエレに贈った形見だ」

 ……想いの結晶。

「言っただろ?呼べばいつでも会いに行くって」

「レイリス……」

 ずっと。

 会いたかった。

「ありがとう。俺を生んでくれて」

 レイリスが、いつもの顔で笑う。

 ……ありがとう。

「行こう、リリー」

「うん」

 リリーと一緒に、熱気球に乗り込む。

『行くよ』

 デルフィの風が舞って。

 レイリスの前に立つポラリスのフードが、はがれる。

 その顔……!

「母さん」

「え……?」

 熱気球が、一気に空高く上昇した。

 

 地上が遠い。

 ここからじゃ、下の様子なんて全然見えない。

 辛うじて見えるのは、崩れていく神の台座と、その中央で輝く濃緑の大樹、そして、月の大精霊の黄金の輝き。

「エル、さっきのって……」

 さっき見た顔。

 たった一瞬だったけど、見間違いじゃないって断言できる。

「ポラリスが使ってる御使いは、俺の母親だ」

 レイリスが何度も夢で見せてくれた人。

 脳裏に焼き付けた顔。

「どうして……」

「わからない。でも、事実だとすれば……」

 ポラリスと……。

『御使いとなる契約を交わしたのだろう』

「契約?」

『御使いとは、神が死者の願いを叶える代わりにその肉体を使う約束を交わしたものだ』

『じゃあ、ポラリスに何か願ったってこと?』

『そうなるわねぇ……』

 一体、どんな契約を結んだんだ?

 

 神の台座に残された金色の輝きが、その強さを失っていく。

 ゆっくりと、確実に。

 鼓動の音が弱まるように、呼吸の音が静まるように小さくなって。

 最後。

 わずかに瞬いて、消えた。

 

『レイリスの気配が消えた』

「アーラン」

 顕現した大精霊たちが、熱気球の周囲に集まってくる。

『気に病む必要はない。精霊は、消えゆく存在だ』

『寂しかったら呼んで。会いに行くよ』

「アイフェル」

『またね』

 アイフェルが俺とリリーを抱きしめて、アーランと共に飛び去る。

『人は悲しみを涙で洗い流すものなのだろう。私に手伝えることがあるなら、いつでも来ると良い』

「パール」

『人間は何でも乗り越えられる生き物だ。いつでも遊びに来いよ』

「シミュラ」

 パールとシミュラが飛び去る。

『あれ。リスプ。君がここに残るなんて珍しいね』

『……ユール』

『なぁに?』

『人間は、楽しい?』

『リスプは、まだ人間を解ってないのねぇ。気まぐれで、当たりはずれが多くて、勝手な信念に従って生きてるのが人間よぉ』

『最低だ』

『あたしはねぇ、好きになった人間の傍に居るのぉ』

『好きにしろ』

 リスプが、空のずっと高い所へ飛んで行く。

 遥か遠く。

 簡単には届かない場所。

「デルフィ。ラングリオンまでは遠い?」

『もう少しかかるね』

「じゃあ、ゆっくり飛んでもらっても良い?」

『良いよ』

 リリーが、俺を抱きしめる。

「エル。……今度は、私がエルを受け止めるね」

「リリー?」

「悲しい時は、いっぱい泣こう」

 泣く?

 ……。

 心地良い心音。

 あったかい。

 熱気球の中で膝を折って、そのまま体を預けると、リリーが頭を撫でる。

 ……目が熱くなって、ぼやける。

 誰かの死を体験するのは、もう何度目かわからない。

 思い出の中には何度も現れるのに。

 何度も会えるのに。

 現実では、どこを探しても会えない。

 触れることが出来ない。

 声を聴くことも。

 もう。

 もう、二度と会えない。

 

 だから……。

 

―もう、何も忘れなくて良いよ。

 

 そうだ。

 忘れなくて良いんだ。

「レイリス……」

 手の中の精霊玉を額に付ける。

 

 ずっと、会いたいって思い続けてた。

 なのに。

 リリーに連れられて、砂漠で久しぶりに会った時、なんて言えば良いかわからなかった。

 また、すぐに消えてしまうかもしれないって。

 伝えたいことがたくさんあったはずなのに。

 話したいことがたくさんあったはずなのに。

 でも、また会えるんだって。

 いつでも会えるんだって……。

「レイリス」

 来てくれるって。

 呼べばいつでも会いに来てくれるって言ったのに。

 ……いつも、勝手に居なくなる。

 

 隣で、リリーが歌を口ずさむ。

 懐かしい歌。

 ……忘れない。

「私に、会いに来てよ」

 レイリスから教えてもらった歌。

 リリーと一緒に口ずさむ。

「今すぐ、会いに行きたいよ」

 

 ……会いたい。

 

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