156 変革の時 手にした答え
世界の始まりの大陸“神の台座”。
そこは、オービュミル大陸の北西に位置する氷に覆われた大地だ。
あらゆる生き物の侵入を拒む閉ざされた大陸。
その中央には冷たい風が吹き荒ぶ広い氷の平原がある。
雲で覆われ、極夜の時期に当たる大地は、深い暗闇に閉ざされているはずだった。
しかし、見渡す限り、一面の氷は淡い輝きを放っている。
それどころか、一筋の草はおろか表土すら見えない凍てついた氷面の中央には、したたかな輝きを帯びた生命力溢れる濃緑の大樹が一本。
その傍らに。
片方しかない紅の瞳で大樹を仰ぎ見る白髪の男が居た。
姿は人にしか見えないが、今では人間という括りに当てはめることが不可能な別の存在。
その手から、紅の剣が伸びた。
十分な距離を取って、彩雲を構える。
右隣で、リリーがリュヌリアンを構えた。
視線と呼吸を合わせて、頷いて。
走る。
……途端に、世界が暗闇で覆われた。
闇の魔法だ。
「リリー。見えるか?」
「大丈夫!」
手にした剣は光ってるけど、暗視を使っておこう。
色が反転した。
世界が白い。
光を放っている地面は僅かに暗いけど、細かいでこぼこまで、はっきり視認できる。同じように、人の姿も影がかかったように少し薄暗く見えるものの、表情までしっかり把握できる。
リュヌリアンと彩雲は暗い色で、紅の剣は紅色のまま。
多少の違和感は残るけど、どれもはっきり見える。
いつも通り戦える。
先に攻撃したリリーが、相手の紅の剣に防がれた。
すかさず、真横から斬りつける。
……前に戦った時と違う。前に戦った時は、斬られた跡がちゃんと傷になって、切断面がその場でくっ付いてたのに。今回は、亜精霊のように切断面が出来ない。
でも、攻撃を受けても涼しい顔をしているのは相変わらずか。与えたダメージが計れない。
強い亜精霊と戦う時と似てる。
とにかく今は、手を休めずに攻撃し続けるしかない。
紅の剣が、今度は俺に迫る。上手く受け流してリリーの攻撃の道を作ると、リュヌリアンが相手の心臓を的確に攻撃した。
一瞬。紅の剣がぶれる。
……なんで?
今の攻撃で、かなりのダメージを負ったってことか?
つまり、傷みを感じる部位も急所も、人間と同じ?
なんて静かな戦いだ。
わずかに響くのは、呼吸の音と、剣が空を斬る音。そして、氷に靴が当たる音。
紅の剣に当たっても金属音は鳴らない。
暗視を使っても色が変わらないのが不思議だ。
この剣は、何で出来てる?
……リリーは、どう考えてるんだ?
情報を交換したいけど、そんな余裕はない。
白い世界で、彩雲が紅の剣と交差する。
「いつでも敗北宣言して良いんだぜ」
目の前で、相手が頭からリュヌリアンで斬られる。
……流石に、表情がゆがむ。
「強さは認めよう」
紅の剣を持った手元が暗く光る。
この視界で最も黒く見える魔法。
光の魔法だ。
「アイフェル!アーラン!」
声を上げて、暗視の魔法を解きながら後退する。
『貰うよ』
目の前に現れたアイフェルが光の魔法を掴んで、引く。
同時に、闇の魔法も晴れた。
アーランも闇の魔法を掴むのに成功したみたいだ。
『ちゃんと待ってて良かったね。アーラン』
『タイミングは任せる約束だ』
「ありがとう」
待っててくれて。
闇の魔法が使われていることはアーランも解っていたはずだ。
でも、魔法を引き抜く最初のタイミングは、癒しの魔法を使った時と決めていたから。
これで、光の魔法と雷の魔法、そして闇の魔法を一気に引き抜いて貰える。
……ようやく、目が慣れてきた。
明るい。
これが、通常の視界。
リリーが俺の隣に立つ。
「残りの神の力も返してもらう」
「……」
炎の魔法が周囲に舞う。
けど、リリーが構わず炎に向かって走って行った。
慌てて、それに続く。
……防具があれば平気とはいえ。全く躊躇せずに突っ込んでいったな。
紅の剣がリュヌリアンと交差した後、相手の紅の剣から、下に向かって紅の剣が生まれた。
相手が、リリーの攻撃を止めていた力を緩め、剣を回転させてリリーに攻撃を仕掛ける。
「あ、」
……その、間に入って攻撃を止める。
リリーがそのままリュヌリアンを振って、攻撃を入れて、一緒に離脱する。
「パール!シミュラ!」
『了解』
『まかせろ』
え?
リリーの声に合わせて、二人が魔法を掴む。
「良く解ったな」
あいつが魔法を使ってるって。
全然気づかなかった。
「魔法の流れが見えたの」
「すごいな」
そんなところまで見えるようになったのか。
相手が怯んでる。
「一旦、引く」
「えっ?」
彩雲を戻してリリーを抱き寄せ、空に向かって風のロープを放つ。
すると、ロープが上に向かって引っ張られた。
一気に空に向かって飛ぶ。
※
空に浮かぶ熱気球。
デルフィに引かれて、その籠の中に入る。
「ありがとう、デルフィ」
『おかえり』
「ただいま」
『何かあったの?』
「何も。順調に進んでるよ」
「順調なら、どうして引いたの?」
荷物の中からオランジュエードを出して、リリーに渡す。
「あいつと大精霊が繋がってる間、あいつは逃げられない。行動を制限して貰える内に休んでおこう」
自分の分のオランジュエードも出して、飲む。
……思ってたより、喉が渇いてたな。寒さの影響がないとはいえ、空気の乾燥の影響はあるか。
「何か食べられるか?」
リリーが、懐中時計を開く。
まだ、昼には早い。菓子でも出しておこう。
「こんなに時間が経ってたんだ」
「着いてから、あいつを探すのにも時間がかかったからな」
「そっか」
リリーが見ている懐中時計の蓋側には、ニスで丁寧に固められた葉が付いている。
クローバーか?
葉の数が多い。全部で、七つ?
「七つ葉のクローバーなんて、珍しいな」
「お守りなの。キャロルが貸してくれたんだ」
キャロルが……。
そういえば、ルイスからも貰ってたっけ。
エリクシールを出す。
「エリクシール?怪我なんてしてないよ?」
「上出来の奴は、飲んでも美味いんだ」
栓を開けて、一口飲む。
……薬草が混ざった独特の味と香り。
リリーも一口飲んで、眉をしかめる。
「薬の味がする」
「そりゃそうだ」
薬として作られた物なんだから。
薬草系のリキュールと大して変わらないだろう。
「でも、なんだか元気が出るね」
「ルイスが作った奴だよ」
「そうなんだ」
栓を閉じて、荷物に仕舞う。
横で、リリーがプチガトーショコラをつまんでる。
俺も食べよう。
「……あ」
リリーが外を見る。
「雨」
「雨か」
まずいな。
いくら光の魔法で隠していても、熱気球がある場所は雨が途切れてしまう。
居場所がばれて、熱気球が壊されたら困る。
「デルフィ、頼みがあるんだけど」
『何だい』
「この熱気球を、あっちの大樹まで運んでくれ」
『良いよ』
熱気球が風で運ばれる。
「あっちに行くの?」
「あぁ。帰りにも使いたいし、向こうの大樹に繋いでおくよ」
「デルフィ、帰りも私たちを助けてくれる?」
『もちろんだよ。私の帰り道でもあるからね』
「ありがとう」
……その約束が忘れられなきゃ良いけど。
今の内に情報交換もしておこう。
「リリー。あいつについて、気づいたことは?」
「亜精霊みたいな人間」
俺の感覚と同じか。
「心臓を斬ってるみたいな感じだった」
「心臓?」
「フォルテに止めを刺した時の感覚に似てたの」
「あいつに心臓はないぞ」
「そうなの?」
「転移の魔法陣の言葉は、あいつが奪われた体の部位を示してる。コッロは心臓。砂漠の封印の棺に入ってるはずなんだ」
リリーが俯く。
……フォルテと戦った時のことを思い出してるのかもしれない。
「もしかしたら、あいつに入るダメージ量を感じてるのかもしれない」
「量?」
「攻撃した場所によって、ダメージを与えた感覚が違うだろ?リリーは、よりあいつに深いダメージを負わせる場所を攻撃してるんだ」
「さっきはずっと、斑の光に向かって攻撃してたよ」
それだ。
「なら、この先も狙う場所はそこに絞って良いな。……出来るか?」
リリーが頷く。
けど……。
「迷うぐらいならやらない方が良い」
「迷ってなんか……」
リリーの頬に触れる。
「不安なことがあるなら話して」
リリーが俯く。
「あの人が死ぬ条件って、何かな」
「あいつは簡単に死なない。神の力も得て、不死身に近い状態になってる」
前にアレクと一緒に戦った時とも違う。
神の力に侵食されてるのか、神の力を自在に操っているのか。亜精霊に近い状態になってる。
「じゃあ、本来あるべき姿に戻さなきゃ、どうにもならないってこと?」
「そういうことだ。神の力をすべて抜き取って、リンの巫女の状態に戻せば、普通の人間と同じになるかもしれない」
そこまでして初めて、対等に戦える。
「だから、まずは神の力を抜き取ることを目指す」
ただ……。炎の大精霊と氷の大精霊の助力を請えない以上、この二つに由来する神の力は引き抜けない。
「次は、エイルリオンとジュレイドで戦うの?」
エイルリオンと、ジュレイド。
本来あるべき姿に戻す剣。
あいつと戦う為の剣。
「……もう少し、食べるか?」
リリーが首を振る。
「もう大丈夫」
なら、片づけるか。
出していた荷物を整理する。
「そうだ。ユリアから、魔法の玉をたくさんもらったんだよ」
リリーが手の平いっぱいの魔法の玉を見せる。
「中身がわからないのはあるか?」
「えっと……。紫が煙幕で、白いのが光の玉、赤が炎だよね?あ、青いのは、水がたくさん出てくる水の玉?」
「そう。黄色は、光の癒しの魔法が込められてる。水色は水の癒しの魔法。……緑は使わないな」
「どうして?」
「これは、畑の肥料用。大地の魔法が込められてるんだ」
「そうなんだ」
ユリアの奴、持ってたのを適当に渡したのか?
緑の魔法の玉なんて、人間に使っても意味がない。
「エルが使うのある?」
「いや。全部、リリーが持ってて良いよ」
手持ちもいくつかあるし。
リリーが持っていた方が使い道があるだろう。
『着いたよ』
もう着いたのか。
「ちょっと待っててくれ」
「うん」
熱気球から飛び降りて、ロープを熱気球の底に括り付ける。もう一方は、大樹の木の枝へ。
……燃料がいつまで持つかわからないけど。
こうしておけば、どこかに飛んで行ったりしないはずだ。
「降りて良いよ」
「わかった」
熱気球から飛び降りたリリーが、地上に着地する。
真っ直ぐ下に降りたか。
その隣に、飛んで降りる。
「デルフィ、気球の面倒はもう見なくて良いよ。その代わり、俺たちが合図しなくても、あいつが風の魔法を使ったら風の魔法を引き抜いてくれ」
『おや皆はちゃんと呼んだのに私だけ呼んでくれないのかい』
「そろそろ、あいつも警戒してるだろうからな。俺たちで気づけたら呼ぶけど、デルフィのタイミングで入ってきて良いよ」
『わかったよ』
さて……。
どうするかな。
「どうしたの?」
「迷ってる」
「え?」
「どっちの剣で戦うか」
このまま彩雲で戦い続けたとしても、炎と氷の力を引き抜くことは出来ない。
でも……。
出来れば、エイルリオンもジュレイドも使わずに戦いたい。
「リリーの意見を聞かせて」
リリーなら、俺が思いつかないような助言をくれるはずだ。
「エイルリオンとジュレイドを見せてもらっても良い?」
背中からエイルリオンを、腰の鞘からジュレイドを抜いて見せると、リリーがエイルリオンに手を伸ばす。
リリーの手は、エイルリオンに触れることなく透過した。
「エルは、どうしてエイルリオンとジュレイドが、私たちに過去を見せてくれたんだと思う?」
ジュレイドが過去を見せた理由?
……あんなのを見せられた後なら、あいつとの戦いを躊躇ってしまう。
でも、目的は戦いをやめさせることじゃないだろう。
この剣は、本来、あいつと戦う為の剣だ。
だとしたら。
「記憶を俺たちに見せる必要はない?」
「うん……。エイルリオンとジュレイドが本当に記憶を見せたい相手って、ヴィエルジュとあの人なんじゃないかな。私たちに見せたのは、単に、記憶を持ってることを教えたかっただけなのかもって」
俺たちに見せたのは、あいつらに記憶を届ける為?
……ラグナロクの目的も?
「ジュレイドが俺に見せたのは、あいつが捨てた記憶なんだ」
「捨てた記憶?」
「そう」
エイルリオンとジュレイドを仕舞う。
「ここにあるのは、今、あいつが持っていない想いなんだ」
「じゃあ、あの人は、ヴィエルジュへの気持ちを忘れてるの?」
「まさか。感情なんて捨てられない。溢れかえった分を精霊玉に詰めて外に出してるだけだ」
「えっ?精霊玉?」
黄金の指輪を嵌めたリリーの手を取る。
「リリーに贈った精霊玉は、リリーへの想いの結晶なんだ。でも、リリーへの愛を失ったわけじゃない。どれだけ精霊玉を作ったとしても、この想いは絶対に消せない」
「エル……」
頬を染めたリリーが、俯いて。
俺の手を握る。
「ありがとう。私も……。絶対に消えないって、わかるよ」
「愛してる」
「愛してる、エル」
リリーの唇にキスをする。
……愛してる。
この気持ちは、溢れることはあっても消せはしない。
「ラグナロクは、想いの結晶を集めてジュレイドに託した。……これを、あいつに返さないと」
「どうやったら返せるのかな」
返す方法……。
この剣で斬りつけたところで、斬られた対象がジュレイドの記憶を見ることが出来るとも思えない。
でも、ジュレイドが精霊玉と同じようなものだったとしたら……。
「デルフィ」
『何だい』
リリーが振り返る。
姿が見えないけど、近くに居るらしい。
「精霊は、生み出した精霊玉を、どうやって回収するんだ」
『回収?変わったことを聞くね。捨てたものを拾うようなことなんてしないからわからないけれど。私がどうしても取り戻したいと思って受け入れようと考えれば受け入れられるかな』
つまり……。
「本人に回収の意思が無ければ、回収出来ないのか?」
『無理やり食わされたら体に入って来るかもしれないけど』
リリーが宝石を取り出して何かやってる。そういえば、リリーはデルフィから精霊玉を貰ってたっけ。
デルフィの笑い声が聞こえる。
『そんなことしても意味がないよ。一度切り離された物と私の間には境界が存在する。リンの力によって引き離されたものを元通りにするなんて簡単なことじゃないからね』
「でも、不可能じゃないんだよね?」
『もちろん。この世に不可能なんてないことはいつも君たちが証明しているじゃないか』
不可能じゃない。
この記憶をあいつに返す方法はある。
『そうだ。あれに頼めたら早いかもね』
「あれ?」
『虹の女神』
―虹の女神は、世界を繋ぐ架け橋。真実を繋ぐ女神って。
「太陽の大精霊?」
『そう。外部の精霊っていうのは変わった力を持っていてね。境界すら越えて色んなものを繋ぐ力があるらしいよ』
境界を越える……。
リリーの力を使えば可能ってことなのか?
でも、リリーはジュレイドを持つことは出来ない。
ジュレイドと太陽の力は揃ってる。後は、方法とタイミング。
「空を晴れに変えるのと、あいつに記憶を返して自分から想いを伝えるよう判断させるのと。どっちが早いだろうな」
「両方やろうよ。私は空を晴れに変える。だから、エルはあの人に記憶を返して」
簡単なことじゃないんだけど。
リリーが言うと出来そうだから困る。
「わかったよ」
リリーが満足そうに微笑む。
『それで?次はどっちで戦うことにしたの?』
「彩雲」
「彩雲」
※
リリーを抱えて、氷の平原を飛ぶ。
大精霊たちと、あいつを繋ぐ光が伸びる大樹の袂へ。
「私も飛べるのに」
「こんなところで迷子になられたら困るからな」
リリーが頬を膨らませる。
「ならないよ」
可愛い。
その頬にキスをする。
「エルは、いつから彩雲で戦おうって思ってたの?太陽の大精霊に頼んだのも、それが理由?」
理由か。
「人間としての意地だよ」
「意地?」
「前に、アレクに言ったんだ。……人間が、自らの力を越えるものに頼らなければ平和を築けないなんて思いたくないって」
―……私の考えを真っ向から否定し続けたのは誰だったかな。
「太陽の神の力は得たけど。彩雲も逆虹も、あくまで人の力によって作られた、誰にでも扱える道具だ。俺は人間として、人間が作り出したものであいつを越えたい」
エイルリオンとジュレイドを扱えることで勇者に選ばれたようなものなのに。
この選択をするのは、間違っているかもしれない。
でも。
「越えられるよ」
リリーが俺の頬にキスをする。
ありがとう。
その言葉が、何よりも信頼できる。
※
大樹に近づくと、ヴィエルジュにもたれかかっていたあいつが立ち上がったのが見えた。
不意打ちをしたかったけど、流石に無理か。
距離を取ってリリーを下ろし、彩雲を構える。
「リリー。行くぞ」
「うん」
もう一度、さっきのようにリリーと視線を合わせて。
一緒に駆ける。
最初に放ったリリーの一撃に対し、相手が氷の盾を張る。リリーの攻撃は盾を破壊して相手に通ったものの、砕けた氷の破片がリリーに襲い掛かった。
……あの程度なら防具で何とかなるだろうけど。炎の魔法を放って、氷の破片を消す。
さっきと戦い方を変えた?
こちらが炎と氷の魔法を奪えないと解ってのことだろうけど……。
「エル、」
よそ見をしてる場合じゃない。
氷の盾を張って紅の剣の攻撃を防いで、盾の向こうに向かって月の魔法で作った剣をぶつける。
『終わったよ』
『こちらも終わった』
アイフェルとアーランの声。
光と闇に由来する神の力は回収し終えたらしい。
なら、パールたちももう少しだな。
リリーと一緒に攻撃を続ける。
さっきよりも魔法の使用頻度が増えた。
こちらの防具が魔法に耐性があることには相手も気づいてるんだろう。
もしかしたら、どれぐらいなら効果的なダメージになるか計算してるのかもしれない。いくら有能な防具だとは言え、強力な魔法を受ければ貫通する。
面倒だけど、なるべく相手の魔法は消していくか。
炎の魔法に対して氷の盾を張って。氷の魔法の攻撃を炎で消す。
……それにしても。
攻撃は続けているのに、どれだけ消耗させてるか全然わからない。
最初に戦った時と反応が違う。
心臓を狙ったとしても、一切、怯まなくなった。
『終わった』
『終わったぜ』
パール、シミュラ。
これで、水と大地に由来する魔法も使えなくなった。
大精霊の束縛から解放された瞬間、相手の動きが加速する。
まずい。
「リリー、」
闇の魔法を使いながらリリーの手を引いて、砂の魔法で一気に後退する。
俺たちが居た場所が紅の剣に貫かれる。
「エル。……私のことは、心配しないで」
「そんなわけにはいかない」
「絶対に足手まといにならないから。信じて」
どうして、そうなるんだ。
「リリーは、俺が知る中で一番強いよ」
「え?」
「信じてる。リリーが居ないと勝てないんだ。だから、俺はリリーと一緒に戦う」
リリーは、一人でどうにか出来るって考えてるかもしれないけど。
俺がサポートすることで有利になる状況があれば、いくらでも助ける。
「行こう」
「わかった」
砂の魔法で加速して、相手に向かって走る。
彩雲が紅の剣と交差する。軽く滑らせて相手の懐に入り込み、反対に伸びた刃を腰から抜いた逆虹で弾いて、彩雲で攻撃する。
続けて、後ろでリリーが攻撃したのが見える。真空の魔法を使って、リリーに向かって攻撃を入れようとした紅の剣を止める。
「!」
良かった。真空の魔法も有効だ。
続けて彩雲で攻撃を入れたところで、紅の剣に振り払われて大きく飛ばされた。
空中から、月の魔法の剣で攻撃。
リリーの長い髪が大きくなびいたのが見えた。加速して一回転させたリュヌリアンの斬撃が綺麗に入る。真っ二つに斬り裂くように入った強力な攻撃の後、止まることなくもう一回転しようとしたリリーに向かって、相手が紅の剣を振る。けど、屈んだリリーは、そのまま相手に足払いをかけた上に、もう一撃を加えると、相手の手元に氷の魔法を放って、バク転して離脱した。
あんな離れ業を出来るのはリリーぐらいだ。
倒れた相手に向かって、上空から彩雲で突き刺す。
居ない。
直前に逃げられた?
風の魔法か!
「デルフィ!」
「デルフィ!」
『貰うよ』
離脱に使った風の魔法をデルフィが掴んだ。
これで行動も制限できる。
少しふらついてるな。
このまま、畳みかける。
リリーと一緒に走った瞬間、目の前に巨大な氷の壁が現れた。
慌てて止まると、リリーが氷を攻撃する。
……攻撃した場所から、氷が分厚くなっていく。
「エル、どうしよう?」
氷の動きが止まった。
呼吸を整えながら、懐中時計を出す。
太陽が南中する時間だ。
空を見上げる。
「リリー。どれぐらい疲れてる?」
リリーが軽く体を動かして、深呼吸する。
「平気。さっき、休んだばかりだから」
まだまだ元気そうだな。
俺も、まだ余裕はある。
「じゃあ、空に向かって魔法を放ってくれ」
「わかった。やってみる」
リリーが祈るように手を組んで空に向かって光を放つ。
ピンク色の光。
あたたかくて、リリーらしい優しい色だ。
「アンジュ。彩雲に宿って」
『うん』
炎の力が宿った彩雲で、目の前の氷を斬り裂く。
「見ろ。俺たちの勝ちだ」
蒸発した氷の中から、紅の剣が飛び出して来た。
彩雲でガードして、一歩引く。
『リリー、上!』
空に現れた黒い槍が、リリーに向かって降り注ぐ。
大丈夫。リリーなら。
紅の剣を弾いて、心臓に向かって彩雲を突き刺す。
「お前の相手は俺だ」
相手が口から血を吐く。
そのまま斬り払い、続けて攻撃しようとすると、逃げられた。
砂の魔法で加速して追いかけながら彩雲を振る。デルフィに力を抜かれ続けているせいか、動きが鈍い。
……空は、まだ晴れない。
『まだ来るよ』
注意をこちらに向けてるはずなのに、空の雲を修復しながらリリーに向かって黒い槍で攻撃を続けてる。
彩雲を振りながら、月の魔法の剣を複数出して攻撃する。……半分ぐらい避けられた。やっぱり、リリーが居ないときつい。
『エル。あまり深追いするな』
……かなり、リリーから離れてる。
リリーの方へ誘導したいけど、俺が追いかける方である以上、少し難しい。
戻ろう。
闇の魔法で自分の影を作って、砂の魔法で一気に後退。
ついでに砂嵐の魔法も放って、嵐に紛れてリリーの方へ移動する。
空から黒い槍が降ってきた。
それに向かって、炎の魔法を放って消し去る。
「エル」
「ただいま」
リリーの隣に立つ。
「おかえりなさい」
空は……。
まだ、晴れには程遠いな。
「ごめんね、エル。私の魔法じゃ、あの人の魔法に勝てないみたい」
「それだけまだ力を残してるってことだ。もう少し弱らせないと」
「弱らせれば消せるの?」
「あいつは、空を雲で覆う分には大した魔力を使わないらしい。でも、さっき戦った感じだと、空を晴れに変えようとする力に対抗するには、魔力も集中力も必要みたいだった。あいつを追い込めば、リリーが勝てる」
あいつが俺と戦いながら黒い槍を降らせていたのは、リリーの魔法の邪魔をしたかったからだ。
確実に疲弊してるし、このまま攻撃を続ければ勝機はある。
『エル、リリー、気を付けて』
リリーと手を繋ぐ。
『下だ』
「え?」
「え?」
足元が揺れて、巨大な氷に突き上げられる。けど、尖った氷は、すぐに炎に包まれて消えた。
炎……?
「エル、今の声って」
「逃げるぞ」
地面の揺れは収まってない。
リリーを抱き寄せて、上に向かって風のロープを放ちながら、下に向かって砂嵐を放って上昇する。
飛び続けると、急に体が軽くなった。
「デルフィ」
デルフィが風の魔法をかけてくれたらしい。
空中から、激しく隆起した氷の大地を見下ろす。
「あれ、あの人の魔法なの?」
「だろうな」
尖った氷だらけの、でこぼことした氷の地面。
「あれじゃ戦いにくいな。平らにできないか?」
『風の魔法で斬り裂いてみようか?』
『私がやる。シミュラ。岩を出して』
『何するんだ?』
『岩を濁流で流して氷を破壊する』
「えっ?」
「大丈夫なのか?」
『やってみるか』
シミュラが地面に向かって岩を降らせる。
……これだけで、あちこちが破壊されてる気がするな。
続いて、パールが渦巻く流水を流し、強い流れで落ちた岩を押し流す。
『これ、魔法なの?』
『災害だな』
間違いなく、都市を丸ごと一つ壊滅させられるぐらいの破壊力がある。
……影響が桁違い過ぎる。
大精霊に協力を頼むのは、もう止めよう。
「エル。あそこ……」
デルフィと繋がった黄緑色の光の先。
大樹が氷の盾で覆われてる。
あいつの魔法だ。
確かに、これだけのことをされたら、大樹もただじゃ済まない。
もっと考えてから頼むんだった。
……もう、頼む予定はないけど。
「アンジュ、戻って」
『うん』
彩雲に宿っていたアンジュが戻る。
……あの時、アンジュが魔法を使ったはずはない。
「イリス、アンジュ。エイダとパスカルの気配はあるか?」
『え?』
『えっ?』
『エイダ?』
『パスカル?何の話だ?』
さっき聞こえた声。
そして、誰が放ったかわからない炎の魔法。
「リリーは、聞こえたか?」
「うん。聞こえたよ。パスカルの声」
『パスカルの声?』
やっぱり、リリーも聞いてたんだ。
『ボクは聞いてないよ。それに、パスカルの気配はない』
『僕も……。わからない』
『アーラン、どうなの?』
『パスカルの気配もエイダの気配もない』
じゃあ、さっきの声と炎は?
リリーも聞いてるってことは、空耳だとも思えない。
リリーが周りを見渡す。
……探せないらしい。
『平らになった』
『これ、平らか?』
水が引いて、砕けた岩が点在する氷の大地が現れた。
……さっきよりは、ましか。
『終わったよ』
デルフィから伸びていた光が消える。
これで、あいつは風の魔法を使えない。
残りは炎と氷だけ。
「行こう」
「うん」
リリーと一緒に、大樹に向かって降りる。




